第77話 道先案内人


「海鮮丼もう一つと、茶碗蒸しお願い」

「ありがとうございます! 海鮮一丁~、蒸し一丁~2番さんです!」


『ありがとうございまーす!』


 オーダーを繰り返す女性の声を合図に、一泊遅れて厨房から複数のお礼の声が男女入り交じって聞こえる。まだこの世界に来て数ヶ月のアキラだが、どこか懐かしい雰囲気を感じていた。


(どっかのチェーン店みたいだ)


 店内はそこそこ広く、アキラは教育の行き届いた店員の接客を受けている。


 現在アキラはギルドに向かう途中で見つけた店に居る。ギルドに向かっている途中で空腹の限界を迎えてしまい、目に付いたこのどんぶり専門店でちょっと遅めの昼食を取っていた。


(どんぶり専門店がアジーンに無かったけどここにはあるし、おまけに港が近いお陰で新鮮な魚介類が堪能出来る。いい所だ!)


 二杯目の海鮮丼を注文した所を見ると、まだまだ満腹では無いらしい。


「お待たせしました~、こちら海鮮丼になります! 茶碗蒸しはもう暫く掛かりますので少々お待ちください」

「ありがと」


 お昼時も過ぎたとあって、客足もまばらなおかげで海鮮丼がすぐに出てきた。中央に飾り付けの玉子を中心に赤身と白身、エビ類に似た物やイカっぽい物、しその葉に乗っけられたいくらとウニが彩りよく配置されている。


 どこから食べて良いのか迷う程度には身が敷き詰められているので、嬉しさのあまりに口元が自然と綻んでしまう。


(やっぱウニは苦みよりほんのり来る甘みのある方が俺好みだから嬉しい、いくらも白醤油で漬けられてるのにしつこくない)


 白醤油独特の風味が感じられるが、強く主張してこないことを考えると上手くバランスが取られた配合をしているのだろう。


(赤身もまるで本マグロみたに濃厚な赤だ。でも漬けマグロはメバチマグロみたいにねっとりと絡みつく感触がある、ちゃんと漬け用と使い分けてるんだな。良い店を見つけ……お)


「お待たせいたしました。こちら茶碗蒸しになります。熱いですので、気をつけて召し上がりください!」


 アキラは茶碗蒸しを置いていったエルフを見送る。


「綺麗だな……」


 先程までヒューマンの店員だったのがエルフに変わっていた。綺麗な細身のスタイルに笑顔で接客する姿がアキラの琴線に触れたのか、自然と口にしてしまう。


(カフェエプロンって言うんだっけ? 似合ってるな~)


 海鮮丼を片付けたアキラが茶碗蒸しを食べながら、この店の制服を着たエルフを思い浮かべる。紺色を基調とした腰から下に着るカフェエプロンと、汚れの目立ちにくい紺色のシャツは日本で見かけた覚えがある。


(どっかで見た服だけど、ちょっと違うか? あそこ全員頭巾被ってた気がするけど、ここは全員ポニーテールだ……いいね)


 西洋風な容貌の彼女が、日本の制服を着ている姿とポニーテールはひと味違う破壊力を持っていた。


「ごちそうさま~」

「はーい、それではこちらをお持ちになってカウンターの方で会計の方をお願いします」

(回転寿司みたいだ)


 料金を支払って外へ出ると、人通りが少ない。港の街なので活気が静まるのも早いのだろう。アキラは満たされた腹を撫でながら今度こそギルドへと向かう。


「ふぅ~食った食っ……!」


 そんな油断しきったアキラの懐へ手を伸ばす輩が居た。


「っと」

「いて!」


 身体から伝わる嫌な予感から即座に反応した所へ膝を持ち上げる。それと同時に子供の痛がる声が聞こえた。


「なんだなんだ」

「あっ! くっそ、離せ!」


 アキラが膝で蹴り上げた手を掴んで持ち上げると子供が釣れた。


「……ここはワービーストが釣れるのか」

「何変なこと言ってやがる! 離せ!」

「お前何しようとしたんだ?」

「は、はぁ? 意味分かんねぇよ、っわわ、は、離せ!」

「それが人に物を頼む態度かね!」


 アキラは子供の手を持ち上げて前後に軽く揺らす。揺り幅が小さくとも本人からすれば恐ろしい物だ。アキラはアキラで遊び半分に口調を変えてふざけている。


「ま、まだ何も取ってねぇだろ!」

「なんだ、やっぱスリか」

「……」


 ワービーストの子供はそれっきり黙ってしまう。アキラはスリとわかってから別のことに気を取られ始めた。


(スリ相手に普通反応なんか出来るか? ここに来たばかりの俺なら断言出来る。無理だ……なんか俺も本格的に普通から離れてきてるな)


「も、もういいだろ? 離してくれよ」

「取り敢えず門番に引き渡すか」

「いっ! ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんも取ってないだろ!」

「……それもそうだな、もう俺相手に今みたいなことするなよ」

「え? あ、あぁわかったよ」


 アキラの返しにあまりにも以外なのか、困惑した返しでゆっくり地面に降ろされる。


「っとそうだ、一つ教えてくれ」

「そうしないと手、離してくれないのか?」

「まぁな」

「うぅ……」

「何盗もうとしたんだ?」


 答えづらいのか、消え入りそうな声で返事をしてくる。


「ホ、ホームカード……」

「ん? 俺のは登録者以外使えないって聞いたが?」

「おれだって知らないけど、換金してくれる所があるんだよ」

(なんかヤバイ臭いがするから深入りは止めとこ)


 そう考えたアキラは手を離して追い払うように手で行けと合図する。


「……」


 ワービーストの少年も無言で去って行った。それを一部始終見ていた人物が駆け寄りながら声を掛けてくる。


「ちょっとアナタ、自分が何をしたかわかっているの?」

「……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 アキラは後ろから掛けられる声を聞こえていても、無視して歩き出した。声を掛けた人物はそれに驚いてアキラの前に先回る。


「失礼、通るよ」


 アキラは自分には全く関係無いという素振りで避け、素通りしようとする。


「アナタに声を掛けてるのよ、止まりなさい」


 避けようとするアキラの進行方向を抑えるように手をかざす。その白い手袋に覆われた手でアキラの進行を妨げたのはエルフの女性だった。


「すみません、ナンパなら高圧的な口調は止めた方が良いですよ?」

「だ、誰がナンパなんて!?」

「違うの?」

「当たり前じゃない!」

「うわ、恥ずかし! 本当にごめん、気を悪くしたなら謝るから!」


 アキラの急な変わりように女性も一瞬たじろいでしまう。この時初めてエルフの女性を見たが、厄介な気配を感じる。綺麗な顔立ちなのは当然として、この海洋漁港エステリアには似つかない、高級そうな生地を誂えた濃い緑のブレザーに黒のスラックスだ。


 胸には緑の丸いバッジを身に着けている。しっかり着こなす見た目から、何かの組織を現した服装だ。私服なのかもしれないが、それにしては物言いが穏やかでは無い。腰には杖を見えるようにぶら下げている。


「わかれば、いいのよ。うん」

「それはよかった! 次から気をつけるよ、それじゃあ」

「ええ、さような……ちょっと!」

「……やっぱだめか」


 アキラはエルフの女性が突き出す手の前で止まったまま、溜息を吐く。その様子にエルフの女性も仕方がないと言わんばかりに腰に手を当てる。


「もう、質問に答えなさい」

「ったく、仕方ないな」


 少し迷惑そうにしてアキラは後ろを振り返って歩き出す。その方向はエルフの女性を背にして前進している。無論、そんなアキラの肩に手を置き、その進行を阻む存在が居る。


「アナタさっきからふざけてるの?」

「おう」

「……」


 今まで命の削り合いをしてきたアキラはここぞとばかりに楽しんでいた。見知らぬ相手に対してふざけるのはあまり褒められた態度ではない。しかし、アキラからすれば自分の行動に文句を言ってくる相手に遠慮をする必要が無いと考えているため、らしいと言えばらしい。


「アナタ、自分が何をしたかわかってるの?」

「ああ……海鮮丼を二杯も食ったことだろ?」


 神妙な顔で親指をヒッチハイクのように先程海鮮丼を食べていたどんぶり専門店を指す。


「アナタの食事事情なんてどうでもいいのよ。そうじゃなくて、今、スリの子を逃がしたでしょ?」

「逃がしてない」

「私はアナタの行動を見ていたのよ? 犯罪者を野放しにするなんてどういうつもり? 共謀を疑われても仕方がないのよ?」


 エルフの女性から本当に見ていたのかと疑うような言葉が出てくる。アキラも黙っていられずに言い返す。


「お前こそ本当に見てたのか? 俺は何も取られていない、なのにあの子を犯罪者扱い。おまけに犯罪を未然に防いだ相手すら疑う始末。挙げ句の果てにその濡れ衣を着せるような物言いはなんだ?」

「あの子はスリの常習者なのよ! 捕まえることが出来ずに今まで手を焼いていたのに、アナタが捕まえたと思ったらすぐに逃がしてしまった。自分がしたことを理解してるわけ?」

「そんなの俺が知るか!」

「な! 犯罪者を逃がしたのに何も責任は感じないわけ!?」

「勝手に責任押しつけんなよ、あいつは俺に取って時間を煩わせる存在じゃ無かった。ただそれだけだ。お前の方があのスリの小僧より質が悪い」


 エルフの女性はその一言でその美貌を歪ませる。腰に下げていた杖を瞬時にアキラに突き付け、叫ぶようにアキラに吠える。現時点ではアキラは身動き一つ取っていない。


「もう我慢ならない、私を……“執行者”を侮辱したことを後悔しなさい!」

「執行者ってなんですかー?」


 アキラが明後日を見て馬鹿にした風に告げる。その言い方で益々エルフの女性は我を見失うかのように大声を上げる。


「執行者を知らない人がいるわけ無いでしょ! その身に後悔を刻み込んであげる!」

(執行者って警察みたいなもんか? 現代でそんな態度をこんな人通りでする警官居たらアウトだぞ?)

『ブレード!』


 エルフの女性が杖を振りかざしながら唱えた単語が合図となり、その言葉に従うかのように杖から刃の形状が薄らと見え始めた。


(へぇ、これも魔法かな?)


 アキラは呑気に見ているが、当然この程度は発動を止めるのすら容易い。ただ見送っているのはあまり魔法という物に触れてきていなかったのと、相手に正当性を与えないためである。


 そしてアキラはあまりにもお粗末なそのブレードと呼んだ彼女の攻撃をミリタリーグローブの甲を使って軌道を変え、当たるはずの攻撃を空振りさせる。勢いに乗った回転はそのままアキラに無防備な背中を晒すことになった。


「へっ?」


 何が起きたかわからず、間抜けな声を出してしまったエルフの女性はバランスを崩してアキラに寄りかかる形になってしまう。アキラは優しく受け止め、彼女から杖を取り上げた。


「あ」

「ブレード……出ない」


 好奇心から魔法を使ってみようとエルフの真似をするが、杖は何も反応をしない。そもそもメインウェポンをオルター以外使用できないので当たり前なのだが、試してみたいのは人間の性だろう。


 アキラが残念に感じていると、状況を把握したエルフがすぐに声を上げる。


「か、返しなさい!」

「はいよ」

「あ!」


 上空に放られた杖はきっと彼女の要望とは違う返却方法なのだろう。急いでアキラの支えを押し退けて、必死に掴もうと慌ただしく杖が降ってくるのを待っている。


「取れた! さぁ、覚悟……あれ?」


 杖を上手く取ることが出来たため、周りを見回すエルフの女性だがアキラの姿はどこにも無かった。人通りで執行者と名乗ったエルフの女性を見つめる周りの視線に、彼女は耐えきれずに急いでその場を後にした。




「やってられるかよ……なんなんだ、あの偏屈な娘は」


 ギルドに改めて向かうアキラは、愚痴を吐きながらマップを頼りに進んでいる。裏路地らしき所に飛び込んで逃げたはいい物の、マップの表示には路地の細かい道は載っていないせいで何度も行き止まりに突き当たる。


 そんなアキラを見かねたのか、小さな少年がアキラの背後から迫って声を掛けてくる。


「な、なぁ兄ちゃん。行きたい所があるなら案内するけど、どう?」

「お、スリの小僧じゃん」

「その呼び方止めてくれよ……」

「お前逃げるの早いんだって?」

「裏路地まで行ける体力を残せば十分逃げ切れるからね。へへ」


 少年は少し誇らしそうだ。


「なるほどな。それじゃ、案内して貰おうかな」

「任せてくれ! こっちだ!」


 元気よく走り出す。その速度にアキラも走らざるを得なくなる。


「おい、坊主! そこまで急いでないから歩け!」

「あ! ご、ごめんいつもの癖で」

「いいけどな」




「へぇ、雇ってもらえないのか」

「うん……父ちゃんは出稼ぎ行ったきり帰ってこないし、母ちゃんは病気で死んじまった。子供だけだと働かせてくれないんだ」

「孤児院とか無いのか?」

「あるけど、おれスリしてたから孤児院に入れてもらえないんだ。それに犯罪を犯したら罪都ざいとに連れてかれるんだろ? あ、そこ右だ」

「おっとと、へぇ、罪都はしらんけどそもそもなんで最初に孤児院に行かなかったんだ?」


 近道の途中でアキラは雑談している。事情を聞けば聞く程、自分の境遇に似たこの少年の生き方をどうにかしたいと思い始めていた。


「……金はもう底をついてたんだ。そんで病気に苦しむ母ちゃんのために薬が欲しかったから」

「それでスリか、なるほど」

「にしても兄ちゃん何者? いつもは路地でたむろしてる連中が中に入ったまま出てこないよ?」


 どうやら裏路地に普通の人が見えないのはそこに別の住人が居るせいだとわかるが、少年の言葉を考えるに、いつもは誰かしら居るらしい。とても気質かたぎには思えないのが、雰囲気から伝わる。


「そんなの俺が知るかよ、あの変なエルフが絡んでこないだけここの方がいいな」

「エルフってあの姉ちゃんか、兄ちゃん執行者相手によくそんな口聞けるよな。聞かれたらアウトだぜ?」

「居ないから言えるんだよ」

「ハハッ、言えてる」

「にしても、ここって道案内する人とか居ないのか?」

「居るわけ無いじゃん。道なんか聞けば誰でも教えてくれるし、海沿いの港町だから右か左にしか別れてないんだ」

「ほー、でもここってごちゃごちゃしてるからどこになんの店があるかわかりにくくないか?」

「慣れればすぐだよ」

「そんなもんか」

「そんなもんさ」


 アキラ達は雑談を楽しみながら裏路地を抜けていく。




「ここ抜ければすぐギルドだよ」

「助かったよ。そうだ、カード出しな」

「? おれ金持ってないよ」

「違う違う、やるから出せって言ってるの」

「え? いいの?」


 ワービーストの少年は目を輝かせてアキラに確認を取る。だがそこまで世の中は甘くないとでも言うのか、アキラは首を振りながら否定する。


「勘違いするな。これは恵むわけじゃ無い」

「?」

「お前は俺を“ここ”まで案内しただろ?」

「う、うん」

「そのお礼だよ」

「そんなことで?」

「ああ、お前にとっては何でも無いことかもしれないけど、俺はかなり助かったんだぞ? 路地裏で何度も行き止まりに行ってたの気づいてたろ?」

「でも兄ちゃん黙ってればタダで……」

「まぁまぁ、貰っとけ」

「あ、ありがとう」


 その後、アキラはすぐにギルドへと入っていくが、お金を受け取った少年は自身のカードに書かれた500Gを黙って見つめ続けていた。


(道案内をすれば、お金がもらえる……?)


 アキラは少年が持つ長所を金に換えるヒントを与えた。会話から察するにこの街には気風を考慮すれば“案内”を生業にする者が居ないのだろう。そのため、何も無いと思い込んでいた少年の人生が変わる。


 これを切っ掛けに、その日からこの少年によるスリの被害は途端に無くなる。その後はどうなったかアキラもわからない。ただ海洋漁港エステリアには初めて訪れる人に観光や街の案内を始める一人のまだ幼いワービーストの姿があった。

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