番外編 その頃、現実では2


【Soul Alter臨時開発室】喫煙所


 汚れが目立たないためなのか、この喫煙所に併設されているテーブルとベンチは真っ黒だ。その黒いベンチに加賀と吉本が座って漂っている煙草の煙を眺めている。


 煙草は嗜まないようで、スーツを着た護衛の女性は喫煙所の外側で待機している。


 そんな中、加賀がぽつりと呟いた。


「やっぱよくわかんないよねぇ」

「さっきの話ですか?」

「そそ」

「やっぱり魂とかよくわかんないですよね」

「え?」


 以外だったのか、加賀が疑問の声を上げる。


「あれ? 他に何かわからないことありませんでしたっけ?」

「おいおい、よしもっちゃんさ、魂の存在信じてないなら、他にデバッグの子が消えた方法とか気にならないの?」

「そりゃ気になりますけど、それを気にしてたんですか?」

「いや、微妙に違うけどさ」

「……」


 吉本は加賀が気になっていることが次第になんなのか知りたくなってしまう。だが、吉本が問う前に加賀が先を続ける。


「魂って存在があるって前提で話すけどさ」

「はい」

「なんで魂送られると身体まで消えちゃうのかわかった?」

「……そういえばなんでですかね」

「やっぱ否定派のよしもっちゃんじゃわかんないか」

「そりゃそうですけど、物理的なトリックとかじゃないのはわかりますよ。薄らといなくなったんですから」


 吉本が当時の状況を簡単に声に出すと、加賀が煙草の火を消して言う。


「よし! それならあの子に聞こうか」

「俺、また生徒になるんですか? 聞きたくもない物受講したくないんですけど」

「そんなこと言わずにさ、前の仕事に比べて大分時間取れるようになって暇じゃん?」

「僕は忙しいですよ」

「まぁまぁ」


 吉本は煙草を既に吸い終わって2本目に突入する前に加賀に外へと連れ出される。


「もうお済みですか?」


 外で待っていた護衛の女性が声をかけてきた。


「1本吸えば十分だよ、それでちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

「私も暇なので構いませんよ」

(暇なのかよ)


 吉本が心の中で過去に言っていた「突っ立っているわけじゃない」と聞いた言葉を思い出していたが、ツッコめる程仲は深まっていない。名前を知っている程度だ。


「それでは立ち話もなんなのでカフェに行きますか」




 ビルに備え付けられている誰も利用者が居ないカフェに辿り着く。


「いつも思うんだけどなんでここ誰も居ないんですか?」


 吉本がカフェに人が居るか確かめるために辺りを見回す。壁には茶色の手すりが付いていて、壁は真っ白だ。


「ここは特別な日にしか使われませんからね」

「はぇ~」


 一人掛け用のアルミ製の高そうな椅子がこれまた丈夫そうで重厚な取り付け型のテーブルに並べられている。


 3席分の席へと移動がてら、カフェに設置された飲み物がカップで出てくる自動販売機に寄る。


「この自販機うちにも設置できないんですか?」

「うちの会社にこんなホワイトな機械置けるわけないでしょ?」

「言ってみただけです」


 その自販機はボタンを押すだけで物が出てくるので、小銭や電子マネーでの支払いが不要の労働者に優しい環境が整った施設だ。大きな物で、2台並んで置いてある。


 加賀と吉本は手慣れた操作でボタンを押した。女性は悩んでから紅茶のボタンを押す。加賀が飲み物が出てくるまでの間に軽く聞きたい話の前置きを始めた。


「聞きたいことってのはね、魂が“とある場所”に送られたって言ったよね? もうぶっちゃけるとSoul Alterに用意された世界、又は、魂強化計画に利用される予定の場所に送られたんでしょ?」

「え? 加賀さん小屋敷こやしきさんの話信じちゃってるんですか?」

「その話ですか、別に今更隠すことでも無いので落ち着いてから話しましょう取り敢えず席へ」


 小屋敷と呼ばれた女性は吉本のリアクションを流して席へ促す。席へ着くと、吉本が熱々のコーヒーを啜ろうとゆっくり飲み、加賀は手を付けずにテーブルの上に置いたままだ。


「教えてよ、そこんとこどうなの?」

「その質問の答えは“わからない”です」

「意地悪してるわけじゃなさそうだけど、聞いても?」

「ええ、私達が予測している“とある場所”と言うのは加賀さんがおっしゃった通りなのですが、Soul Alterには独自の世界が構築されていますよね?」

「そうだね、そこは結構力入れたね。ユーザーの評判が見られないのは残念だったけど」


 加賀がディレクターとして、初のハードでMMORPGを手掛けるために仮想現実と現実の差異を強く表現したかった。


 その表現は現実の物だけど、なぜか現実とは少し違い、仮想現実だけど現実との違いが違和感でわかる。そのように工夫してシナリオライターと世界観を組んだのだ。


 アキラが良くツッコみたがる部分がその差異として現れている。


 現実だけどはっきり現実じゃ無いと意識させることで、より仮想現実を強く演出したかったのだ。


「それがこんな状態でリリースされちゃったから、結構ショックなんだよね」

「あちちっ、ところで話の途中すみません。なんでSoul Alterってリリース止められなかったんですか?」

「よしもっちゃん業界の人間な筈なのになんでその質問が出ちゃうの?」

「え、い、いや~流石に1週間も前なら発売準備も終えてるのをわかってても発売中止にできるんじゃないかな~って」

「あの時期じゃ無理だってわかってるでしょ? 万が一出来てもゲーム開発で行方不明なんてなるわけないし、なったとしても会社がここまで金掛けたプロジェクト、証拠も無しに販売停止にできるわけないでしょ?」

「で、ですよね~、ははは」


 吉本の思いつきの疑問は真面目モードの加賀に呆れられながらあっさり流された。吉本がSoul Alterがそのまま発売されたことを未だに信じられていないが故の言葉である。


 前に行方不明の話が表沙汰に出なかったのは、当然証拠が無いからだ。証拠を見せるには人間一人を送らねばならないため、販売停止まで至らず、ユーザーが行方不明になるのを待つしか無い最悪な状態を迎える。


「話を戻しますよ?」

「あぁ、お願い」

「その世界と、魂強化計画に用意されていた場所。修練場と言うのですが、このどちらに送られたのかが不明なのです」

「そっか、それじゃもう一つ聞いていい?」

「構いません」


 一つの疑問が解決した加賀が今度は本当に聞きたい本題について質問する。


「魂ってのが送られたって言ったよね?」

「はい」

「ちょっと不思議なんだけど、小屋敷さん一度も“身体が送られた”とは言わないけど、なんか違いがあったりするの?」

「……やっぱりそこは気になりますか」

「やっぱりなるね」


 少しの沈黙の後に小屋敷は説明に入ろうとするが、あまり気が進まないようだ。


「私がなぜそんな言い方をしたのかは、吉本さんを見ていただければわかると思うのですが、基本的に魂と言うのは名前だけでその存在を認知する人は殆ど居ません」

「そうだね、俺も信じたいけど未だに半信半疑だし?」

「私も詳しく把握しているわけではないので、詳細に語るのは難しいんです。話さないにこしたことは無いので話さなかっただけです」

「あー……っと」


 またもや小屋敷は言わなくてもいいことを言ってしまう。本人は気づいていないが、案外面倒臭がりなのかもしれない。それを察した加賀も吉本も指摘はしない。


 そんな堅苦しくも愛嬌と言えなくも無いギャップを感じつつ、小屋敷は話を続ける。


「どうしてもと言うのであれば仕方ありません」

「うん、教えて欲しい」

「それではその話をいきなりするのもややこしくなるので、まずは魂の性質について話しましょう」


 関わっている仕事に影響していたのか、加賀だけでなく吉本も真剣に聞く体勢を取っている。


「魂と言うのはその生命が存在するために必要な、謂わば本能です」

「ピンと来ないんだけど例えば今よしもっちゃんから魂を引き出したらどうなるの?」

「例えて言うなら吉本さんは結果的にはくを失うので、時間の経過と共に身体が保てなくなり、消滅します」

「死んだことすらわからない! そしてなんで俺を例えにしたんですか!?」

「まぁまぁ、例えだから例え」

「吉本さん加賀さんが例えで出しただけなんです。気にしすぎです」


 加賀は加賀でふざけながら話を進め、小屋敷は小屋敷で本当にそう思っていそうだ。そんな吉本に一声かけてすぐに本題へと二人は戻る。


「消滅って言うのはよしもっちゃんの身体が文字通り消えて無くなること?」

「そうです。身体と言うのは魄があって初めてひととしての形を保てるのです。そして、魄と言う存在は魂があるから形作ることが出来、魂と言う存在も魄が無ければ存在を維持する方法を失うのでただ消えていくだけです」

「加賀さんは僕を引き合いに出さないでください。と言うかややこしくてよくわからないんですけど? 加賀さんも企画の人間ならもっとわかりやすくしてくださいよ」


 吉本から抗議の声が上がる。それを受けてか、加賀は例え方を目の前の未だ手を付けていないコーヒーを見て思いつく。


「それじゃ、ちょっとこれで例えてみるから間違ってたら言ってね」

「わかりました」

「まずよしもっちゃんが飲んでるカフェオレを人間に例えるね」

「どうしても僕を絡ませたいんですね」

「このカフェオレってコーヒーとミルクで出来てるよね」

「そうっすね」


 加賀が自身のコーヒーとミルクポットを並べ、吉本のコーヒーを指さす。


「魄がカフェオレの形を保ってる状態、要はミルクとコーヒーを混ぜ合わせた状態にしている。そしてミルクが魂とするとコーヒーは器、要は人間の肉って考えよう」

「言い方がちょっと危ないですよ、コーヒーは身体でいいでしょうに」

「わかってるじゃないか、そんで簡単にまとめるとね。カフェオレを飲むためには、コーヒー身体ミルクを魄で一緒にしなくちゃカフェオレは飲めないってこと!」

「その例えならギリギリわかりますよ」

「その考えで多分大丈夫でしょう」


 小屋敷が合ってはいるが、そこまで得意な話では無いため大体で返事をする。そしてそれを誤魔化すように話題を変える。


「それでは本題に入りましょう」

「待って! ちょっとわかったから俺の考え言っていい?」

「構いませんよ、間違っていたら私がその都度指摘すれば良いんですね」

「お願い」


 加賀が仮定を思いついたようで、カフェオレと自身のコーヒーを並べて説明する。


「人が消えた理由はそんなに難しいことじゃない。このカフェオレからミルクだけを抜き取るとどうなる?」

「それは、ただのコーヒーになるんじゃないですか?」

「そうだね、カフェオレって言う人間は居なくなっちゃったね」

「あぁ、そう言うことですか! あれ?でもそれじゃ肉……じゃないですけど人の身体はヘッドマウントディスプレイを被ったままになる筈じゃ?」

「何言ってるのよしもっちゃん。魂と言うミルクが無くなったんだよ? 当然カフェオレを維持してる魄も一緒に消えて、身体と言うコーヒーも居なくなるよ!」

「ん~?」


 加賀の中では理解できているのか、吉本にはまだ繋がりが見えないようだ。


「小屋敷さんが言ってたでしょ? 魄があるから身体は人としての形を保つことが出来るって」

「あぁ! そう言う理屈だったんですか! 魂がどこかに送られた結果人が消えるってのがよくわかんなかったんですけど、やっと繋がりましたよ。魂が消えて、魄も存在を維持できず、その結果肉体が消滅したってことですか! って怖すぎないっすか!?」


 吉本は縋るような目で小屋敷を見つめる。まるで勢いに乗った言動を咎めて欲しそうに感じる。


「はい、その通り肉体は消滅を確認しました」

「そ、そんな!」

「非常に残念ですが、此の世にはもう居ません」

「な、なんでそんな結果に……」

「小屋敷さん、よしもっちゃんをあんまりいじめないであげて」

「はい?」

「む、無自覚って、まぁいいや、よしもっちゃん。落ち着きなって魂が送られたって小屋敷さん言ってたでしょ? ってことはね」


 先程カフェオレの隣に置いたコーヒーに加賀が持ってきたミルクポットを手に持った。そして吉本のカフェオレを指さして事実を話す。


「よしもっちゃん、さっきカフェオレを人に例えたよね?」

「え、えぇ」

「よしもっちゃんのカップがこの世界って考えて、俺のこのカップは送られた側の世界としよう。俺のカップの中には、今よしもっちゃんのカップの中のミルク《魂》を移したと仮定する」


 吉本のカフェオレからミルクを取るジェスチャーをしてから加賀のカップにミルクを入れる。その際にミルクポットからミルクを注いでカフェオレを作った。


「ってことはだよ? 送られた側の世界にそのカフェオレがあるはずなんだ」

「そうです。言われてしまいましたが、魂を鍛える場所を用意するのに魂を消してどうするんですか? 此の世には居ませんが、送られた世界に魂の存在は確認されたじゃないですか?」

「へ?」


 小屋敷が今頃新情報を入れてくる。


「吉本さんの仕事でその方法が確立されたと聞いてたのですが、メール見てませんか?」

「み、見てません」

「まぁまぁ、よしもっちゃん! 真面目な君らしいけど、この件で責任を感じるなんて少し調子に乗りすぎじゃないかい?」

「ちょし……え?」


 加賀が、吉本の落ち込んだ姿に対して優しげに喝を入れる。


「責任は取るべき人間が取るんだよ? なのに君は今回の事件で人が死んだと思って責任感じたろ?」

「だ……だって、Soul Alterを作ったのは……」

「そうだね、だけど制作に携わってもそれは責任を取る立場にあるわけじゃないだろう? ましてや今回は防ぎようが無かったんだ。例えよしもっちゃんが居なくても、この事件は起こってた筈だ」

「……そ、そうかもですけど」

「それに! 取れない責任に対して責任を感じるって、どうすればそんな器用なことができるか不思議でしょうがないよ」


 加賀がそれらしいことを言って吉本にかかっている重圧を逸らそうとしている。畳み掛けるようにさらに言葉を重ねる。


「俺はね、思うんだ」

「……な、なにをですか?」

「責任ってのは“上の人間”が取る物なんだって……ね」

「……か、加賀さん! 僕はあなたを誤解していました……」

「なぁに気にしなくて良いさ、君は君に出来る仕事をすればいい」

「そうですよね! 嘆いていないで少しでも向こうの様子がわかればいいんですよね!」

「そうだぞ! 行ってこい!」

「はい!」


 加賀は吉本に自分の仕事が必要な物であると促すのと同時に、ある一つの誤解を与えていた。


 上の人間が責任を取る。これはたしかに立場的には企画の人間がトップに立つだろう。残念なことにトップに立てるのは立場だけなので、どっちにしろこういう面では矢面に立たざるを得ないのだ。


「加賀さん、私も貴方を見直しましたよ。察しはいいのに自己中心的で自堕落な人だと思っていました」

「小屋敷さん……俺は一応人だから傷ついたりするんだよ?」

「ついたんですか?」

「いや、その程度で傷なんかつかないけど思うところが無いわけでも無いんだよ?」

「いいではないですか、貴方が責任を取ると言ったのを見て、何をするのか少し楽しみになりました」

「あれ? 責任取るって言ったけどそれは上の人間だよ?」

「? 貴方でしょ? 上の人間って」

「いや、プロデューサーが居るじゃん」

「……見直すことは見直させてください」

「仕方ないなぁ、次はないからね」


 微笑みながら、Soul Alterへ送られる時に死者が出なくても、送られた後に死者が出ることについては加賀は指摘しない。いずれ吉本も気づいてもその時にまた話を逸らすだけだ。


「うん! カフェオレ飲むつもりじゃなかったけどうまいね」


 冷めたカフェオレを一口飲んでお茶を濁すように一言呟く。加賀の嘘はつかなくても本当のことは誇張して表現する弁舌は、まさしくプランナーとしては優秀なのかも知れない。


 当然、そんな言葉を吐く自分に自己嫌悪するが、内心はおくびにも出さない。

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