第20話 シヴァとヴィシュ


「そぉい!」


 とある農地の倉庫の中から元気な声が響く。その後に響く藁の様な物が地面に着地する音がする。


「もう一つ!」


 更にもう一度同じ音が聞こえる。その光景を見ていた倉庫の収納状況と出荷状況の管理をしていた少年は、呆けた顔でそのミニ牧草ロールを眺めていた。


 2段に積み上げられたミニ牧草ロールは微動だにせず、形も崩れていない。大人が2人がかりで持ち上げられる程度の重さなのに、まだ見た目年若い青年に見えるアキラが、一人で軽々と作業をこなすのを見ていると、何か仕掛けがあるのでは?


 と誰もが考えてしまうだろう。この少年もその例に漏れず、仕掛けが無いか取り敢えず藁を撫でてみる少年だが、他のと何ら遜色のないミニ牧草ロールだ。気がつけば『また』2つのミニ牧草ロールを肩に担いだアキラが小走りで倉庫に入ってきた。


「そぉい!」


 若干ふざけ気味で余裕のあるアキラの掛け声に、つい少年は尋ねてしまう。


「あの! お兄さん! アキラさん…だっけ?」


 その声に倉庫から出ていこうとしたアキラの足が止まり、時間が無い事を依頼主に愚痴るわけにもいかず、振り返りその場で返事をする。


「はぁはぁ……なに?」


 呼吸を荒らげ、一呼吸置いて「疲れてますよ」とあからさまなアピールをして用事を流して欲しい。


 そんな願いを込めて小芝居をするアキラだが、先程見せた余裕な態度を目の前の少年は見ていた。


 それに小走りで戻る時もなんら疲れた様子を見せていなかった。勿論アキラの位置から少年が見えないと言う事も無い為、少年は突然疲れたアキラを余計に訝しむ。


「ちょっと気になることがあるからカード見せてよ」

「あぁ、わかった」


 ここで本格的に時間を使われると思ったアキラは、手早く終わらす為に少年の所へ小走りで向かう。


「はい、時間無いから手短に」


 ついさっき息を荒げていた男が既に呼吸を整えた様な態度だ。小芝居といい、早く済ませて欲しい言動といい、アキラは今日中にノルマをこなすつもりだと言うことを、少年はこの行動で感じた。


 少年が自身の持ってるカードに映し出されているアキラの現在の運搬状況と、アキラのカードの運搬状況を照らし合わせるも、相違点は見られない。


 原理は知らないがクエストカードは正しく依頼状況が表示される事を聞いていた少年は、歯に物が挟まった様な顔をして、無言でアキラにカードを返す。アキラも無言で受け取る。


「ねえ、どうやって運んでんの? オレもだけど大人だってミニ牧草ロールを持ち上げられる人なんてそんな居ないよ! 首都に近い所は、普通の牧草ロールだって持ち上げられる人も居るって聞くけど、そんな話子供だって騙せないぞ!」


 気になる単語を聞いたが、今は本当に時間が無いアキラは今度情報収集でもしようと後回しにする。少年の質問についてアキラは困った様に苦笑するだけだった。


「やっぱ教えてくれないのかよ。チェッ」


 やはり利発そうに見えても子供なのか、不満満載な言葉と態度でアキラに抗議する。


「話がそれだけならもう行くぞ、本当に時間が無いんだ」

「……わかった。引き止めて悪かったよ」


 拗ねながらも未練たっぷりにアキラを見るその視線を背に受け、仕事へと戻るアキラだった。




 作業も半分以上進んだアキラは時間を見て十分余裕があるのを確認する。


「残りは1セット分と少しか、早く終わらせるか」


 アキラが再びミニ牧草ロールの前に行き、腰を下ろして両手で持つ。力を込めると余裕を持って持ち上がり、もう片方のミニ牧草ロールの近くに運んでから、頭一つ分くらいの隙間を開ける様に下ろした。


 そして、両手にある物を用意する。


 それから2つのミニ牧草ロールを担ぐ為に、膝をつく。服が土に汚れるのを気にせず、円柱になっている中心部分にタックルの要領で肩に当てて手で挟む様に抱え込む。


 掴むのではなく、挟んで抱えるのには理由があった。利き手である右の手には攻撃を担当してくれる相棒のシヴァが握られていた。そして、反対の手には緑色の銃が握られている。


「よぉいしょ!」


 気合を入れて声を出し、力を込めて身体を起こす。運ぶのに余裕があるアキラだが、持ち上げるには相応の力が必要になる。


 要領良く2つ共担ぎ、小走りで倉庫へ運んでから再び担ぐ、これの往復を繰り返しながら、先の見通しが立って余裕が出来たのか、今の自身の状況が気にかかる。


「飯が食えそうで助かったな。それにしても俺の身体どうなってんだ? 息が一切乱れず、まるでゲームの操作キャラみたいに動き続ける事が出来る。……まぁ悪い事じゃないからいいんだけど」


 アキラが持ち前のポジティブ思考で前向きに捉えると、今度は両手に握った銃を見る。アキラが間に合う切っ掛けになった二丁の銃オルターはこんな依頼すらアキラの手助けになってくれていた。


「バッグ使わなくて済んだし、こんな重いものを担げる様にしてくれたシヴァと“ヴィシュ”に感謝だな!」


 アキラの言葉に反応して、両手から喜びの感情が伝わってくる。2つのオルターは生まれたばかりで感情を伝えることしか出来ないが、それでもアキラはその返答に満足する。


 アキラがこの世界で心から許せる相手はこの銃のオルターのみで、その理由も薄々とはわかっている。


 ただ、それとは別にそんな事が本当に可能なのか? と言う疑問だけは生まれていたが、オルターの存在を考えるなら事実であって欲しいと祈る。


 例外としてホームの管理獣は別の意味で信頼できるが、友達に近い感覚なのかもしれない。


「あと少しだけどそろそろ切れるな……もう一回やっとくか」


 アキラは視界の左上隅に表示された[活性]のバフアイコンを確認する。アイコンは全体的に緑がかっており、人形が腕を組んで背後にオーラらしき物が出ている状態の絵だった。


 そのバフには制限時間が存在するのか、アイコンの下に数字が表示されている。残りは【50】と出ていて、これを見たアキラは初めてこのバフを発見した時の事を思い浮かべる。


(まさか“ヴィシュ”の効果が回復だけじゃないだなんて…)




 これから運ぼうとしているミニ牧草ロールは藁の塊をロール状に加工した物である。一本一本はとても軽い藁でも、まとまって密集すると例えミニと言っても、その重さはアキラの体重の2倍程度はあるだろう。


 そもそもアキラはこのサイズの藁の塊は1つ持つので限界だった。そのせいでどう考えても1時間で30往復する時間は無く、次の日に回りざるを得ない事に落ち込んでいたのだ。


 しかし、諦めの悪いアキラはどうにか出来ないかと考える。そして考えなしにメニューリストを弄って、宛もなくスキル一覧を眺めた。


 当然力が増したりとか、重量が軽くなるようなスキルはこんな序盤には存在しない。あるのは仮眠室で確認した物だけだった。


 メニューリストを滑らせていると、オルターの項目で指が止まる。時間が残り少ないのに、気になったら差し迫った事が無い限り目の前の事をこなしてしまおうとする、アキラの悪い癖が出てしまう。


(そういやまだオルターの項目見てなかったな…よし少しだけ見よう、少しだけな)



【オルター】

名前:シヴァ

ソウル:本能

タイプ:遠距離シューター

詳細

アキラのソウルから写し取られたアニマを銃という器として構成されたオルター。

遠距離型の攻撃方法とは真逆に、シヴァに触れている限りDEXの値が条件によってSTRに加算されてしまう。その為、シヴァ装備状態での遠距離攻撃は著しく低下した状態になる。超至近距離のみ効果を発揮する【インパクトドライブ】を銃弾に宿す事が出来る。



(…え!? シヴァの銃撃が弱い理由俺のせい!?)


 思った以上に詳細が載っていた事に疑問を覚える前に、己の自業自得にアキラは驚愕のあまり立ち尽くしてしまう。


 記載されている詳細が正しければ、DEXと言うのは命中率だけではなく遠距離攻撃の威力にも影響を及ぼしている事がわかる。


 そんな後悔はさっさと流すアキラは、超至近距離のみ効果を発揮するスキルに着目した。


(過ぎたことはもういい、あの時はどうしようもないからな。過ぎた事よりシヴァのこの効果だ【インパクトドライブ】銃口を押し当てた状態でしか出来なかったあの大砲みたいな攻撃はこれの事だったのか、それにウルフ・リーダーの時は何ていうか……凄かったしな)


 アキラはウルフ・リーダー戦の最後に、押し当てた銃口から広がる亀裂のような衝撃が奔っているのを思い出す。


(もっと簡単な事しかわからないと思ってたのに、シヴァの能力がわかったのは思わぬ収穫だったな。……それじゃぁ次見るか)


 アキラは少し見るつもりが、集中して観察している。既に時間の事は忘れているようだ。


名前:未設定

ソウル:本能

タイプ:特殊サポート

詳細

アキラのソウルから写し取られたアニマを銃という器として構成されたオルター。

ソウルが未熟な為攻撃する能力を有しておらず、支援を行う弾丸は敵意ある存在には決して命中しない。銃は選択した能力の色に切り替わり、弾丸にはその選択したバフが宿る。


1.【アニマ滋養供給法】

命中した対象のアニマを活性化する。HPがMAXの時に弾丸を受けると、3分間[活性]状態になり全てのステータスが1.2倍される。HPが減少するとバフは消える。


一度バフが切れるとアニマ循環状態になり、5分間効果を受けられなくなる。HPが減少状態で使用するとアニマが肉体の損傷を微修復し、HPが回復する。弾丸にはMPを消費する。

2.-

3.-


(………俺は何回驚けばいいんだ? って言うかこのオルターのツッコミどころはすごいあるけど、こいつとシヴァのお陰で俺は今も生きていられるんだ。余計な事考えずに感謝しよう)


 アキラが思う所があっても自分の助けになっても損にはならない。そんな事実で十分だった。現金な物だが、そんなオルターに感謝しつつも、まだ大事な物を付けていないことに気づく。


「ってそうだ。お前にも名前付けなきゃ!」


 シヴァには名前が付いていたが、この緑色の銃のオルターの名前は未設定になっている。もう一つの相棒にも名前を付けるべく、シヴァともう一つの銃を召喚する。


 二丁同時に召喚したせいか、暖かい感覚が手から感じられる。シヴァからは少し元気すぎる程度の感情が、もう一つの銃からは控えめながら挨拶程度の感覚がきた。


 アキラはその感触を手に、緑色の銃の名前を考える。


(もう一つの神話から取った能力が、この銃には託されてる気がする。シヴァもそうだった、だからヴィシュヌにするのも有りだけど…ヌの部分が何か詰まった感じがして読みにくいな。縮めてヴィシュにするか)


「よし! お前は今日から“ヴィシュ”だ。シヴァと同じ神話からちょっともじって付けた名前だ」


 二丁とも名前が付いたせいなのか、今までにないお祭り騒ぎにも似た感情の奔流を感じる。そんな様子に自然と頬が緩んだアキラは、オルターの能力を把握したおかげか、今回の依頼が1時間掛からず終わる確信を持つ。


(勝ったな! それじゃぁまず活性状態ってのにするか)


 一度ヴィシュの銃弾を受けたことがあるアキラは、すぐに【アニマ滋養供給法】と思われる効果を得る為に左手にあるヴィシュの銃口を右腕に当て、トリガーに指を掛けて引き金を絞る。


 控えめにすら聞こえるその綺麗な真鍮を叩いた時に響く音は、ヴィシュの発砲音だ。じっくり聞く準備をしていないアキラだが、シヴァとは違う音の出方に銃本来とは違う物を感じる。するとすぐに異変が襲ってきた。


「お、おお。身体が少しだが軽くなった気がするぞ、明確に何かが違うのだけは感じるな」


 アキラが感想を洩らしながら視界左上隅にバフのアイコンが表示されている。意識してアイコンを見ると[活性]と書かれているその下には【2m56】とカウントがある。


 こうしている間にもカウントが減少しているのを確認すると、早速確認のため目の前にあるミニ牧草ロールを持ち上げてみる。

 両手には銃を持ったままだが、仕舞わずに出した状態のまま挟んで持ち上げる。


「うお!軽い軽い!」


 先程感じていた重みと同じとは思えない程ミニ牧草ロールを軽く感じたアキラは、これなら2つ運べるのでは無いか? と本題に取り掛かる。2つ並べて肩に重心を乗せる要領で抱え、腕を挟むように力を込める。


 アキラが力を込めても少し動くだけだ。しかし、その力を段々と強めていき、全力で力むと漸く2つ共持ち上がった。持ち上げられれば、後は維持する筋力だけ残してリラックスする。


 このとき、シヴァの赤い3本のラインが消灯から1つ光る状態に移行しているのに、アキラは気づかない。


「はぁはぁ……一気にやらないと疲れるな」


 アキラがやり方を模索しつつ一歩を踏み出すと、若干足の沈む感触がくる。気分は巨人になったつもりで、どんどん歩を進めて倉庫へ辿り着き、荷物を下ろす。


 こうして1時間弱で依頼達成の目処が立ったのだ。

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