第19話 メーメー牧場


 アキラがエミリーの性格の一旦を知って、自分のふざけた部分と器の小ささとその時感じた感動の奔流を思い返していると、エミリーが声をかけていたことに気づく。


「アキラさーん! おーい!」

「おっと、ごめんごめん。道具屋にはこれからお世話になりそうだなって、そう思ってたのに自分の甲斐性のなさを情けなく思ってて」

「もー、あと少しで終わりなんですから! ソナエ屋にも書いてありましたよね? 憂いなんて吹きとばせって」

「あ、ああ店主も『ソナエ屋あれば、憂いなんて吹き飛ばす!』ってちょっと無理矢理なこと言ってたな」

「無理やり? 何がですか?」


 諺を少しもじった言い方を無理矢理に感じていたアキラだが、説明し辛いためすぐにその話題を流す。


「あぁ、いや無理やり憂いを吹き飛ばすのは俺には早いなって」

「そんなんじゃいつまで経っても憂いなんて吹き飛びませんよ!」


 根性論を地でいってそうなエミリーに、総合受付から赤毛の受付嬢からいたずらを咎める母親のような声がかかる。


「いい子なエミリーちゃんはいつになったら仕事をしてくれるのかな?」

「い、今のは仕事であって、業務の一環なのです! 勘違いしてはいけません!」

「はいはい」

「むー! アキラさん、こちらへどうぞ!」


 近づいているアキラを、エミリーが可愛らしく怒りながらカウンター前へと案内する。受付嬢はアキラにカードの提示と革袋の返却を求めてくる。


「どうぞ」

「お預かりします」


 受付嬢が革袋から中身を出して確認している。アキラはその手元を覗き込むように見ていると、エミリーがアキラの背中を優しく叩いて注意する。


「アキラさん、あまりそういうのは感心できませんよ! 女性は視線に敏感なんですからね」


 視線に鈍感なエミリーが何かを勘違いしてアキラに注意してくる。


「…え? 確認してるアイテムって見ちゃいけないのか?」

「え?」

「「……」」


 エミリーが勘違いしているのに気づいたのか、顔が段々と赤くなってきている。勘違いされたアキラはアイテムを確認中の受付嬢の方に顔を向けると互いに何も思う所が無いのか、首をかしげている。


 視線を下げたアキラは、一瞬だけ受付嬢の胸を見ると大凡の理由を察した。目の前の受付嬢は胸が原因なのか、他のギルド員とエプロンドレスの装飾が若干異なっている。


 ブラウスも胸元が少しきつめなのか、ボタンとボタンの間隔に多少の隙間が空いていて、他からは見えないブラが彼女だけ見えている。


 左胸の辺りにあるギルドマークは文字通り斜に構えていた。ギルドマークすら挑発的な、とても刺激的なギルド員だった。


(大方ブラウスの隙間のブラチラ見てるって勘違いしたんだろうな、まったく、そんな物は依頼を受託する前に確認済みだ。今見てどうするんだ、まったく、見えそうで見えない雅な感じはその一瞬のみを捉えることに意味があるんだ。今はエミリーがメンテナンスしたであろう品を確認中なんだぞ、まったく)


 アキラがやたら同じ単語を間に挟んで心の中で抗弁する。口に出したら間違いなく変な誤解を受けるのは目に見えているが、そんな失敗を当然アキラは冒さない。


 自然と再び革袋から取り出された中身に視線を固定する。


(確かによく見ると手入れじゃ賄い切れない傷や、染み、煤や、補修の跡があるな)

「アキラさんは何をそんなに見ているんですか?」


 顔を未だ赤らめたのエミリーが誤魔化すようにアキラに話しかける。


「いや、なんでもないよ。何を運んだか再確認してただけ」

「そ、そうですか!」


 うまく誤魔化せたと思ったエミリーだが、会話が終わってしまった。それを見越した訳では無いのだろうが、アキラの手続きをしていたギルド員が革袋の中身を戻して手続きを終えた。


「それではアキラさん、確認が済みましたのでカードをお返ししますね。後こちらが報酬の初心者セット引換券3です。1.2.3全て集めるとソナエ道具店で引き換えできますので、無くさないようにお願いします」


 アキラが3と書かれた紙とカードを受け取って、ポケットに仕舞う。それを見たエミリーが声をかけた。


「アキラさんお疲れ様でした!これで依頼の一連の流れは終了になります。次に収穫、その次に戦闘のロット依頼を受けてください。それでは、初心者セットを揃えたら総合受付にお越しください。私は通常業務に戻りますので、また何かお聞きしたいこと等ありましたら、お声がけください!」


 エミリーが一息に言い終えて頭を下げてから、元のカウンターへと戻る。その後姿にアキラは待ったをかけた。


「エミリーありがとう。すごくわかりやすくて助かったよ。また後で」

「いえいえ、これが仕事ですからね!お待ちしています!」


 エミリーの笑顔に釣られてアキラも笑顔になる。そして目の前に居たギルド員に一言お礼を言って、アキラはその場を後にした。


 アキラは言われた通り今度は収穫のロット依頼を確認するため、先程の掲示板とは違う反対端の掲示板へと向かう。



【ミニ牧草ロールの運搬】

達成難度:☆

達成条件:メーメー牧場に並ぶミニ牧草ロールを倉庫へ運ぶ。

失敗条件:受託後1日経過しても1セット倉庫へ運んでいない。

受託期限:なし

詳細:10個1セットとして、最低3セット運搬してもらいます。


報酬:初心者セット2、750G



 内容を確認してからカードをかざし、電子マネーの効果音を聞いたら即座に受領所へと足を運ぶ。


 生産依頼と同様の流れを辿り、受領所で依頼を受託した後、総合受付に居る赤毛のギルド員に牧場の場所を聞く。


 エミリーは革袋をしまっている最中とのことだが、聞いてもいないことを笑いながら話されるアキラは片手を上げて、軽く挨拶してから出発を告げる。


 赤毛のギルド員がアキラをイジろうとしても軽くいなすような対応に面白く無さそうな心持ちで見送りの挨拶をした。




 噴水広場に戻ってきたアキラは、力仕事の前に腹ごしらえをしようと考えていたが、アキラに手持ちは無い。ステータスに映る【29 G】がアキラの視界には、やけにボヤケて見える。


 買えないことを理解しつつも、噴水広場の椅子が2つ置いてあるテーブルに用意されているペラペラな紙を覗き見る。


 メニューらしき物の一覧にある値段だけを見ると、最低200Gで買えるらしい。とても手持ちで食べられる額ではなかった。


 紙は羊皮紙ではなく、白紙の紙に手書きで作られているのがわかる。ギルドの掲示板とは紙の質が大分異なっていた。


(なんでこんな世界に放り込まれて支度金すら用意されてないんだ…しかもウルフあんだけ倒して小銭しか貰えてないって…)


 ご飯を食べれるのはまだまだ先という現実に絶望したアキラは、依頼を先に片付けることにした。




「ここがメーメー牧場か?子供の頃見たことある牧場と全然違うな」


 壮大な枯れ草に所々緑色の草が混じっている。風で軽く揺れる牧草地帯には草と土の混じった自然の匂いと、時々若干の臭気を感じるが、この地点ではそれ程気にならない。


 柵は木製で傷んでいる箇所も見られるが、補修の跡すら無い。動物を柵から出さないための最低限の設備しか無いこの牧場に、来る場所を間違えたかと、アキラはこの世界で感じた定番の心配をする。


(え? あれは……まじ? 重機だよな?)


 柵の向こう側が見えない程の広い牧場だったが、よく見ると1台の乗り物らしき物がゆっくりと動いているのがわかる。

 暫く見ていると後ろ側から何か塊が出てきている。その塊が一定の間隔を空けて置かれている。


 ここの責任者と話さないと何もわからないと考えたアキラは、少し小走りで重機へと近づく。暫く小走りで向かっているが、思った以上に距離があったせいか5分近く走るハメになる。あと少しと迫った時に小さな疑問がアキラの中に湧いてくる。


(あれ、汗出たり呼吸が乱れないな? ウルフの時は…って思った以上にでかいな!)


 アキラが漸く重機と思っていたトラクターに近づくと、自分の何倍もある高さに軽く圧倒されてしまう。


 身体の疑問は後で調べようと、捨て置き、今は目の前でエンジン音がうるさいトラクターに乗っている老人の運転手に話を聞くことにした。


「すーみーまーせーん!」

「ふっふ~ん♪」

「おーーい!」

「ふふっふっふ~ん~ふ~ん♪」

「おい!爺さん!!」

「ふ~ん♪ふ~ふ~ん♪」


 運転手の老人はとても上機嫌に鼻歌を歌っている。アキラの耳には入ってこないが、なぜか機嫌が良さそうな様子に釈然としない物を感じた。


 麦わら帽子を被り、顎全体を白い髭で覆われ、口から出ているパイプで煙を燻らせたその老人はオーバーオールと、赤と白のチェックのシャツを着ている。


 あまりにもハマっている農家スタイルに映画のワンシーンでも見ている気分になるが、時間が経てば経つ程ご飯が遠のいていくのだ。


 それに我慢的無くなったアキラは、牧草を見渡して老人以外誰も居ないのをいいことに、シヴァを召喚する。


 街に入ってからアキラが元気になっているのが嬉しいのか、喜びの感情が脈打つ感覚を手に感じる。これから使うやり方を思えば多少気まずいものの、そんなに悪い使い方じゃないだろうと自分に言い聞かせてから上空に向かって引き金を引く。


『ダァァァァァン………』


 周囲に何も無いせいか、上空に向かって放たれた銃声は長い残響音を奏でる。当然老人はこの音でアキラに気がついた。


「なんじゃ、お前さん」

(あんな音が鳴ったのにリアクション薄いな)


 老人がアキラに問いかけながらエンジンを切ると、途端に静かな風の音が辺りを吹き抜け、時折牛らしき鳴き声が聞こえる。


 直ぐにシヴァを仕舞おうとする直前、シヴァがそれを理解したのか、陽気な気持ちと軽く叩くような感触を手に覚える。まるで『またね』と気軽に言っているように感じた。


 召喚してから即仕舞うのは雑な扱いをしているようであまりやりたくないが、時間がかかる可能性のある物はなるべく排除しなければならない。アキラはお腹が空いているのだ。


「ギルドの依頼でミニ牧草ロールの運搬をしに来たんですけど」

「おぉ今日の分は終わりかと思っとったぞ、それじゃ早速あっちに行ってもらおうかの」

「その前に聞いてもいいですか?」

「ん? 仕事の内容か?」

「いえ、この乗り物についてなんですが」

「おぉこれか! 年取ってから辛かった作業が無くなる。それだけで生まれ変わったような気分になってなぁ」


 アキラの質問の途中で老人が使い心地を話し出す。話が噛み合わない思いを感じながらアキラは遮るように話しを切り出す。


「いえ、どこで手に入れたのか知りたくて」

「何処でってこんなもん、マキナにしかありゃせんじゃろ」

「マキナ?」


 アキラはレンが付けていたアクセサリーにマキナ産の物があったことを思い出していた。


「…お前さんどんな田舎から来たんじゃ?機工都市マキナを知らんのか?」

「お恥ずかしながら…」

「まぁマキナを知らなくても仕事には影響は無いじゃろ。案内あないするから付いて来い、道すがら話てやろう」


 老人がアキラを連れて牧草地帯の更に奥へと向かう。その道中にアキラが質問を重ねる。


「あの乗り物があるのに、牧草ロールは人力でやるんですか?」

「あの乗り物はマキナから貸与されてるもんじゃて、それ以外は高すぎて買えん買えん」

「貸与?」

「マキナは機械の技術が凄く発達してるらしいんじゃが、その分農業関係は壊滅的に駄目なんじゃ」

「技術があるのに…農業が駄目?」

「あぁ、都市を開発しすぎて土地に農作物が育つ環境が存在しないらしい」

「…そんなこと有り得るんですか?」

「ワシはよくわからんが、汚染がどうたら言っておったのぉ」

「あぁ…」

「汚染とやらは、広がらないようになって大分経つそうじゃ、じゃからしてその分の食べ物は外を頼るようになっているらしい」

「そういうことですか」

「うんむ」


 アキラは国家間のやり取りはそこまで詳しくないが、当然思う疑問はこの世界でも通用するのか老人に問いかける。


「…でも土地が無いならマキナは領土を広げようとはしないのですか?」

「あの都市はなぜかそういったことには無関心での、金で解決できるならそうするらしい」

「へぇ、金持ちの考えることはわかりませんね」

「じゃな、そろそろ着くぞ。既に仕事に入ってる奴がおるが、それは気にするでない。向こうに一人子供がおるが、その子に聞けば大体の仕事内容は教えてくれるからそっちを頼るように」

「え、は、はいわかりました。マキナのこと教えてくれてありがとうございます」

「気にせんでいい」


 それだけあっさり告げると、白い髭を撫でながら踵を返し、老人は歩いて行った。それを眺めている訳にはいかないアキラはすぐに前を向き、歩きだす。


 老人の言った通り遠くには複数の人が見えるからだ。


 人の身長とまでは行かないが、間違いなく両手で抱えられない大きさの藁をロール状に巻いた、通常より小さいサイズのミニ牧草ロールが一定間隔で並んでいる。


 その並んでいるミニ牧草ロールを複数の人が協力して荷車に乗せて運ぶのを見ると。重量はそれなりにあるらしい。中には一人でロールを転がしている人物も居た。


 アキラが手近にあるミニ牧草ロールを押して重量を確かめようとする。驚いたことにその重量は明らかに人力でやるような作業では無いように感じられた。


 しかし、一度受託してしまった以上こなさなければならないため、指揮を取っているらしき子供を探す。探しても居ないため、近くに建っていた恐らく納品場所であろう倉庫へと向かった。人に聞くのは最後の手段だ。


 倉庫はただただ広い幅と高さが用意されていて、奥には運ばれたミニ牧草ロールがある。何かが出入りするためのゲートらしき大きな鉄のスライドドアは、サビが目立つがそれなりに使い込まれていそうな年季を感じる。


 倉庫に入ると多少湿った空気の流れを感じる。流れた空気はまとまった牧草に近づけば湿り気も強くなり、藁の乾く匂いが鼻につきはじめる。


 アキラがまとめ役をしている子供を探していると、丁度牧草の裏から小さな影がゆっくり出てくるのが見えた。

 牧草の影で見えなかったようだが、アキラはこれを機にゆっくり歩み寄って声をかける。


「依頼で来た者だけど少しいいかい?」

「…お兄さん誰?」


 アキラに素性を聞いてきた子供は、噴水の出前をしてた子供や路地を走り回って遊んでいた子供とは、姿勢と服装からして違う。


 青のノースリーブのベストに、インナーが白のブラウスで、ハーフパンツにハイソックスを履いている。


 見た目汚れてもいい服装をしておらず、汚れる仕事環境にあるまじきその服装にアキラは疑問を抱きつつも、子供相手に気軽に話す態度で自己紹介する。


「俺はアキラ、ギルドのロット依頼を見てきたんだ。ここへは大きな乗り物を乗ったお爺さんに案内してもらったんだけど…よかったかな?」

「そっか、それは別に大丈夫なんだけど…今から依頼に取り掛かかるの?」

「……もしかして、遅い?」

「1日で1セット終わればいいけど、もう作業時間は後1時間と少しかな? 明日は運の悪いことにお昼から作業再開だから、1日すら無いし今から依頼開始するともしかしたら期間に間に合わないかもよ?」


 利発そうな子供だが、言葉遣いに遠慮を感じない。この歳なら多少は丁寧に喋ろうとするのではないか? とアキラは考えるが、すぐに思い直す。


(現代教育とこの世界の教育を同じに考えてたら気軽に話せない気がしてきたな。気にしすぎか? もう言葉を使い分けるの面倒だし全員タメ口にするか?)


 基本的に相手に合わせて言葉遣いを変え、相手もそれに合わせて喋り方を調整する。今の人間は無意識にそれをやっているが、それは高い教育水準が前提で成り立っている社会だ。


 マキナのように技術に特化する所もあれば、時代がまだ発展途上の場所も存在する。ここはそういう場所で、一々相手に言葉遣いを合わせていたら、その者は要らない気を使い続けることになる。


 少しだけそんなことを考えたアキラは返答する。


「勿論やるよ、こっちも時間が無いし急いで作業するよ」

「そうまで言うなら止めないよ。カード出して」


 子供はアキラが言葉遣いを多少変えても特に何かを気にした様子がない。それを確認したアキラは言われた通りにカードを差し出すと、子供もカードを出して重ね合わせる。


 電子ロックを解除したような音が鳴ると、子供がカードを操作して依頼を開始する。


「アキラさんね、作業内容を簡単に説明するね」

「頼む」

「外にあるミニ牧草ロールをこの倉庫に運んで、必ず2段になるように積み上げて、それだけだから」

「運ぶ方法は?」

「人と協力してもよし、荷車使うのもよし、一人で運ぶもよし、だけどやり方は任せるよ。運んだ数はカードが勝手に記録するから、誤魔化しもサボりも結果になって現れるからね。そこは気をつけて、後トラブルは勘弁してね。」

「わかった」

「説明は以上、他には何か聞きたいことある?無かったらもう作業に入っていいよ」

「ありがとう、それじゃまた後で」

「後で? ノルマ終われば勝手に帰っていいから来なくてもいいよ、ただ依頼完了する時はこっちに来てね」


 子供は残された僅かな時間でアキラが依頼を終えるとは思っていない。ノルマすらも怪しいと考えている。


(終わるとは思ってないんだろうな……一応俺の考えが間違ってないならシヴァを持てばノルマはすぐ終わるはずだ。最終兵器のバッグは恐らく大丈夫だと思うけど、なぜだろう。すっごく使いたくない)


 アキラが子供の内心を予想しつつ、ゲーマーとしてのロマン思考故の小さなプライドを胸に「わかった」と一言告げると、依頼をこなすためミニ牧草ロールが並ぶエリアに向かった。

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