第18話 ソナエ道具店
「アキラさーん、こっちへ来て下さーい」
エミリーが通常より少し声を張ってアキラに向かって、手を振り上げながら呼ぶ。その声を聞いたアキラはすぐにエミリーの元へ歩いて行き謝罪を口にする。
「ごめんごめん、ちょっと考え事に夢中になっちゃって」
「大丈夫ですよ! 考え事は大丈夫ですか?」
「うん、お陰様で」
「それでは続けますね。この受領所では待機中になっている依頼の受託、達成された依頼の確認、成功報酬の受領が主な業務です」
受領所に居る色違いの受付嬢が小さく手を振ってくれている。
(これは完全に惚れられているな!俺だったらこんな麻の服の男には惚れないが…)
微妙な空気にしないための業務を円滑にする営業スマイルだが、妄想するだけならタダなのだ。アキラは自虐しつつ、手を振ってくれた人に軽く会釈をする。
「そして依頼を受託するためにカードを受付の方に渡してください」
言われてアキラはカードを差し出す。受付嬢がそれを「お預かりします」と言って受け取り、手元で何か手続きらしき物をしてから返してくれた。殆ど時間は掛かっていない。
「こちらお返ししますね。運搬品については総合受付でこの番号札をお渡しください」
「どうもです」
アキラは木で出来た番号札を受け取ってお礼を言い。エミリーの方へと顔を向けて聞く。
「この後は総合受付へ行っても?」
「はい!それでは私は戻っているのでお越しください!」
戻るも何も隣のカウンターなのだがエミリーは形を大事にしているのか、小走りで総合受付のカウンターへと行く。
アキラが入ってきた時同様の立ち位置でアキラを待ち受けている。
受付嬢が微笑ましくエミリーを見ているのをアキラは見逃さなかった。きっとこのギルドのギルド員は丁寧な教育を受けつつも、アットホームな職場なのだろう。
受領所の受付嬢がエミリーからアキラへと視線を変えて言う。
「いってらっしゃい、気をつけてくださいね」
「はい、いってきます」
微笑ましくも温かい物を感じつつ総合受付へとアキラは足を運ぶ。
「それではアキラさん木札をいただけますか?」
「どうぞ」
「お預かりしますね」
アキラから木札を預かったエミリーはカウンターの奥へ行き、ドアの奥へと向かってしまう。さっきの言葉通り今は暇なのか、赤毛の受付嬢が話しかけてきた。
「エミリーはいい子でしょ?」
「ええ、なんかこっちまで元気になりますね」
「わかってるわね!そこがあの子の魅力の1つなの!」
エミリーですっかり慣れたのか、落ち着いて話すことが出来た。赤毛の受付嬢が妹を誇る姉のような若干シスコン風な自慢をしている。
「あんないい娘の彼氏はいいですね」
「駄目よ、アキラ君。あの子には彼氏はいないし、まだ早いわ」
「…そ、そうですか」
君付けで呼ばれたのを驚きつつ、親みたいなことを言う赤毛の受付嬢に対するイメージが若干崩れていくのを感じていると、先程エミリーが入ったドアが開く。
そのドアからは、両手に丈夫そうな革袋を抱えたエミリーが、ゆっくりこちらにやって来る。
「ぅおいしょ!ふぅ!」
重かったのか、カウンターに革袋を乗せ、両手を腰にやって一仕事終えた感を出したエミリーが告げる。
「アキラさんお待たせしました。運搬品の確認をお願いします」
一つ一つ中から品物を取り出して確認を終えると、再び革袋の中へと収納していき、作業中のエミリーに赤毛の受付嬢が話しかけた。
「エミリーはアキラ君に注意事項話したの?」
「あ!忘れてました!」
「凄く大事なことなのに忘れちゃだめでしょ?まったく仕方ないんだから」
赤毛の受付嬢がエミリーの頭を三角巾ごとかき乱しながら言う。
「い、今は仕事中なんです!遊ぶのは、やーめーてーくぅだぁさーいー!もう!」
「ふふふ、ごめんねエミリーそんなに怒らないで、ほらアキラ君待ってるわよ?」
「!」
慌てて身なりを整えるエミリーだが、その所作は手慣れている。定期的にいじられているのだろう。
「ごめんなさいアキラさん」
「いや、気にしないで」
「ありがとうございます。それと注意事項なんですけど、依頼期日の理由の無い超過、対象の依頼品の紛失、受託中の依頼中止は罰金の対象になるので注意してください」
言い終えたエミリーは再び革袋の収納を続ける。
「わかったよ。罰金はどのくらいになる?」
「依頼の難易度によりますけど星×1000Gになります。後、運搬品の依頼で運搬物を破損してしまうとお金では無く、評価が落ちてしまいます。評価が落ちてしまうと受けられる依頼に制限がかかるので注意してください」
「わかった……払えないな」
本心を小さな声で零すアキラは、ギルドの依頼は絶対にこなそうと心に誓う。1000G払う懐の余裕等アキラには存在しないのだ。
「それと中にはその運搬品を盗む方も居ますが、そんなことが発覚すればホームの出入りが出来なくなりますので気をつけてください」
「普通にしてれば縁のない話ってことか」
「そうです! ……よし、お待たせしました。こちらをどうぞ!」
「ありがとう」
エミリーが準備を終えてアキラに革袋を渡す。アキラはそれを片手で持ち上げるが、エミリーがひ弱なのか、それ程重くなかった。
持ち上げた革袋の重さを確かめてから肩に背負うと、アキラは大事なことを確認する。
「あ、忘れてた。ソナエ道具店ってどこか教えてもらっても良い?」
「フフ、アキラさんソナエ道具店はお隣ですよ」
「え?まじ?」
「もうエミリー、ここを知らない人だって居るのに笑っちゃだめでしょ?」
「あ、ごめんなさい…」
「いや、周りをよく見なかった俺がいけないんだ。気にしないで、それじゃまた来るよ」
「はい、お待ちしてます!いってらっしゃーい!」
アキラは気まずげに笑いながらそう言うと、エミリーの朗らかな見送りを背に外へと向かう。
ウエスタンドアを開けて外へと出たアキラは、周囲を見回す。ソナエ道具店は左手側にすぐ見えたが、傍を通っている筈だとアキラが訝しむ。
目的地を設定して慣れない道を通る時は、余程目立たない限りただの風景の一部としてしかアキラの頭には残らなかった。と言う良いわけを咄嗟に思いつく。
「人間なんて物はいい加減な生き物だから俺が忘れても仕方が無い」
アキラが自分の非を、すぐに手放すであろう背負った革袋並に心に留めることを誓いながら、メニューリストからクエストを確認する。
「まだクエストはクリア扱いになってないし、仮メンから脱しないとクリア扱いにならないっぽいな…ん?」
アキラがクエストの項目を見ると【サブクエスト】と書かれた項目が新しく出来ているのがわかる。
アキラはそれを選択すると、タブ形式のように現在受けているサブクエストの下の行に【道具屋の荷物運び】と依頼と同じ文章が記されているのを発見した。
更にサブクエストの【道具屋の荷物運び】に触れると右隣に半透明のウィンドウが出現する。そこにはサブクエストの詳細が載っていた。
「…うん。便利だな、ただ内容が依頼書と同じなだけか」
アキラが多少なりとも便利になるのは良いなと考えながら、背負った荷物を邪魔に感じてバッグの中へと入れる。
アキラはバッグに革袋が入らない等微塵も考えないのか、放り込むようにして入れられたバッグの中身に表示された革袋を選択して、詳細を表示させる。
【初心者依頼セット】
「ん? 初心者セットじゃないのか? てっきりこの依頼の報酬にこれ貰えると思ったのに……」
アキラはRPGにありがちな、自分がこなしていた依頼は実は冒険の旅に出るための準備だと考えていた。
微妙な名前の違いだが、その推測は当たってもいなければ外れても居ない。それを疑問に思いつつも説明が書かれているのでそこに視線を落とす。
【初心者依頼セット】
ギルドの依頼専用品であり、中の物は依頼に使いまわされた品々が入っている。
相当くたびれているため、実用には耐えないだろう。
「……どうなってんだこれ。ま、まぁ人間はいい加減な生き物だからな、間違えはあるだろうよ!取り敢えず持ってくか」
背負う筈だった非が詰められた革袋、それを即座にバッグへと投げ捨てた男はエミリーが間違えて入れたと思うことで自身を慰める。
「あの娘は結構抜けている所があるからな。うん」
人としての尊厳に罅まで入れたアキラは、ポケットに手を入れてソナエ道具店へと向かって歩き出す。
アキラは革袋を背負いながらウエスタンドアを開けてギルドへと戻る。そんなアキラの雰囲気は明るくない。
それはエミリーに対して抜けていると冗談めかして小馬鹿にしたことを悔いていたからだ。そのため、ひと目で分かるほどにアキラの雰囲気は気落ちしたものだった。
エミリーは途中でそれに気づいて訪ねてくる。
「アキラさんお帰りなさい!それでは受領所に……どうしたんですか?」
「エミリー…ごめん俺が間違ってたよ」
「え?いきなりどうしたんですか?」
「い、いや受領所だな。確か依頼達成の報告をしないといけないんだよな!」
謝罪されたエミリーは、その小顔を可愛らしく傾げながらよくわからないままにアキラの言葉に同意を示す。
「んーっと、そうです!後は受領所で報告をして終わりですよ。さぁ行きましょう!」
アキラは心底後悔する。どうして自分はこんなに純粋でいい娘に対して冗談でもあんなことを考えたのか、と。
アキラが道具店へサブクエストをこなすために訪れると、開けたドアの内側上部に付いている呼び鈴が『カランカラン♪』と訪問の合図を告げる。
それは聞いたのかカウンターの奥から元気な声がアキラの耳に響く。
「らっしゃい!ソナエ屋あれば、憂いなんて吹き飛ばす!ソナエ道具店へようこそぉ!」
寿司屋に入った時に聞こえるやたらと元気な50代のおっさんのような出迎えの声をアキラは耳にする。
(店の中は道具屋って感じなのに、このおっさんが居るってだけで雰囲気壊れてるな)
店には機能美を追求したコンビニのような内装はしておらず、壁際にあるカウンターからは全ての品物を見渡すことが出来る。
小さな台を階段状にしてその上に商品が置かれていて、基本壁際にはテントや毛布、ランタンやナイフと言ったキャンプ用の雑貨が置いてある。
反対の壁際には携帯食料やこの世界でかなりお世話になったポーション、酒や毒消しと書かれた小瓶が置いてあった。
床の階段状に積まれている靴や手袋、つるはしが置いてある。他にも方角を知るためにコンパスやロープにマントと、外に出るなら何でも揃いそうな勢いを感じる。
カウンター越しの壁際には【ご入用の物はお気軽に相談を!】と大きく書かれている。そんな内装から視線を下ろすと、ラーメン屋の店主のように、腕を組んでアキラを待ち構える店主が居た。
店主はてぬぐいを頭に巻いている。西洋風な顔立ちでなかったら、間違いなく日本の居酒屋で働いていただろう。
ハッピを着ている所を見ると、最早時代錯誤の日本大好き外国人にしか見えない。しかし、声だけ聞くと堅苦しい親方が元気に声出ししているようにしか感じられない。
アキラは男に対してコミュニケーションに何ら気負いは無いので、気軽に対応することが出来た。
「すみません。ギルドからの依頼で品物をお持ちしたのですが」
「なんだ客じゃないのか、どれこっちに持ってきてくれ」
「どうぞ」
アキラが店に入る前にバッグから出した革袋をカウンターに下ろす。キャッシャー等も無いので、荷物を気兼ねなく下ろすことが出来た。
「どれどれ」
店主が革袋から商品を一つ一つ取り出す。声や喋り方に反して商品を扱う手はとても丁寧だ。
「おし、全部あるな。お前さん新入りだろ?カード出しな」
「?」
アキラは疑問に思いつつもカードを差し出すと、それを取らないで店主もカードを出してアキラのカードにかざすように重ねる。
依頼書のようには光らず『ピピ♪』と何かのロックを解除したような音が鳴る。それから店主がカードで何か操作らしき物を終わらせると、アキラのカードから『ピンポーン♪』とインターホンの音が聞こえる。
「よっし、これでいい。お前さんアキラって言うのか、俺はゲンゴロウってんだ。皆はゲンさんと呼んでるが、アキラも好きに呼んでいいぞ」
店主はカードを覗きながらアキラの名前を言うと、顔を上げて朗らかな笑顔で自己紹介してきた。
ゲンゴロウのそんな気軽な態度から、いつも通りの接し方じゃないと違和感さえ覚えるアキラは、敬語抜きに普通に話をすることにした。
「じゃゲンさんって呼ぶよ。なんで名前わかったの?」
「そうだな、アキラは新入りだから知らんのか。簡単に言うとこいつだ」
ゲンゴロウがカードを持った手を前後に振って、アキラの名前を知った存在を示した。
「こいつぁ依頼者に配られる使い捨てのクエストカードって代物でな、依頼をする時に貰うんだが相手が誰なのか信用はあるのか、とまぁ諸々の理由から情報が必要になるってことさ、カードをかざして相手を確認してから依頼を完了するって仕組みだ」
「そこに俺の情報が書かれてるってことね」
「そういうことさ、依頼する人物と依頼を受けた人物を判断すんのに使うみたいだな!」
ゲンゴロウが元気な声で他人事のように話しながら、革袋に品物を詰め直す。詰め終えた革袋をアキラに渡す。
「ん?これ貰っていいの?」
「んなわけあるか! 悪いが、その革袋はギルドにまた持っていってくれ。持っていかなくちゃぁ依頼は達成されないぜ」
「どうゆこと?」
「お前さんこの革袋の中身の品をちゃんと見たかい?」
「いや、ちゃんとは見てないけど…」
「ならこれからはしっかり確認できることは確認しといた方がいいぜ、まぁこんなおっさんの話を聞くか聞かないかはアキラ次第だ」
「何が入っているか把握するのは大事だもんな、わかった次から気をつけるよ」
「素直な奴だなぁ、叱り甲斐がねぇぜ」
ゲンゴロウが肩透かしを食らったが、大して重要ではないため話題を戻す。
「革袋の中の道具は謂わば試験用なのさ」
「試験用?」
「まだ仮メンなのに、金目の物を入れとくわけにもいかないだろ?」
「でもこの中身もそれなりにお金にはなるんじゃ…」
「言ったろう? 試験用だって、盗まれてもいい使いもんにならねぇ道具しか入ってねぇのさ」
「なるほどね、それでまた使うからギルド側に返すのか」
「そうだ。しかもエミリーの嬢ちゃんは定期的に、メンテナンスしてるんだぜ?」
「え、壊れてんのに? どうしてそんなことを?」
「ん~そうさなぁ、この報酬の初心者セット3って見て、お前さんはどう思った?」
ゲンゴロウがアキラに質問で答えを促そうとしたため、アキラもそれについて少し考えた。
「んー持たされた物が初心者セットで、これさえあれば外でも活動出来るって思ったな」
「そうだ、気がつかねぇ奴も居るが、大体の奴は薄々感づいてやがる。そんな物を確認する時にボロボロの現物出されてどう思うよ?」
「……自分のこれからを支えるであろう装備なのに、まさかボロボロの要らなくなったお下がりかよって位には思うな」
「そこまではっきり言うな……まぁそういうことさ、自前の品を用意している奴らはまだいい。だが、それを出来ない奴らばかりがギルドに集まるんだ。だから嬢ちゃんはボロボロの道具でも、定期的に見栄えだけは良くするようにメンテナンスしてんのさ、これからのギルメンのためにな」
「……」
アキラは健気なエミリーを思うと、言葉が出なかった。
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