第17話 ギルド、仮メン
時刻はおやつの時間である3時を示していた。アキラはメニューの視界にある時計を見ながら、そろそろ腹に何かを入れたいと考え始める。
現実で食べた夜食はこの体に残っているかもわからないのだ。そんなことを考えながら、少しくたびれた頼りないウエスタンドアをそっと押して中へと入る。
勝手に定位置へと戻るドアの軋む音を聞きながら、自然と吸った呼吸からハーブの落ち着く匂いがアキラの鼻へと吹き抜けた。
とても心地良く、リラックス効果がありそうだ。
天井には3枚の扇風機の羽根を長くした物と、その中央にライトがセットされたシーリングファンライトと呼ばれる家具が一定の間隔で並んでいる。
1つの丸テーブルと3脚の椅子が3個あり、そのテーブルを囲むように椅子が設置されていてそのセットが一定の間隔で並んでいる。
部屋の隅には観賞用らしき観葉植物が、匂いと相まって中々おしゃれな空間を演出している。
(ここギルドなんだよな? 荒くれ者達が居る雰囲気じゃ無いぞ)
周囲の壁にはボードが2種類ずつ合計3箇所に設置されていて、そのボードに羊皮紙らしき紙がピンで止められている。ボードがセットになっているが、なぜかセット同士の間隔に開きが認められた。
そして特に目を引いたのは、とても長く特注品と思わしきカウンターだった。そのカウンターは3つに別れるように仕切られていて、常に二人体勢で並んでいる。
上部には右から【総合受付】【受領所】【素材買取出張所】とわかるように看板が掲げられている。
「随分清潔感あるな」
想像していた印象とは異なるその雰囲気に、アキラは圧倒されながらも、総合受付と書かれているカウンターへと足を運ぶ。
アキラが近づくとカウンターに並んだ二人の女性はお喋りを止め、言葉遣いを丁寧に歓迎の言葉を発する。
「「ギルドへようこそ、ご用件をどうぞ!」」
ゆっくりとハモるように声を揃えて挨拶をする二人の女性の内一人は、青い瞳とブロンドの髪をポニーテールにした可愛らしい顔立ちで、もう一人はストレートヘアの赤毛にブラウンの瞳をしたスタイルの良い美人だった。
二人共ギルドの意匠が入ったワッペンを左胸に見えるように付けており、頭には三角巾を被っていて、その三角巾にはレースの刺繍が施されたワンポイントが付いている。
服装は落ち着きのある見た目で、ひと目見てわかるほど綺麗で清潔なエプロンドレスを着ている。
エプロンドレスの装飾は統一されていて、ブラウスで色が分かれており、三角巾も着ているブラウスと同色だ。
「あ、あのギルドは初めてで登録をしたいんだけど…」
アキラが消え入りそうな声音で美人に萎縮した対応をしている。アキラは同性には何も頓着しないが、妹以外の異性となると途端に緊張してしまう。
受付の女性はそんなことはまったく気にせず優しく微笑みつつ、ブロンドの受付嬢が返答してくれる。
「ご登録ですね! ホームカードをご提示ください。お持ちでない場合はこちらで発行することが出来ます」
アキラがホームカードと聞いてポケットから出す振りをして、バッグからリスから貰ったカードを取り出す。
「これで大丈夫ですか?」
噛まない程度に返事を返したアキラがカードキーを差し出すと、受付嬢が微笑みながら受け取る。
アキラは受付嬢の営業スマイルに、動物とはまた違った癒される感覚を覚えた。単純な自分に若干の呆れを感じながら、手続きを進める。
「ありがとうございます。少々お預かりしますので、お待ち下さい」
何か登録手続きなるものをしているのか、受付嬢がカードを機械にかざしたり離したりを繰り返している。その途中で赤毛の受付嬢が何かに気づいたのか、声を上げた。
「あ!これどんぐりカードよ!」
「え?…あ!ほんと!」
アキラはどんぐりカードと言われてリスがレーザーポインターでどんぐりを出して遊んでいるのを思い出していた。
リスは遊んでいるわけではなかったのだが、アキラにはそう映ってしまう。そう思うと同時に、非常に不安な気持ちが湧き上がってきた。
何処の世界にどんぐりカードと驚かれて冷静で居られる人が居ようか? ふざけた名前と、ふざけたホームと、ふざけた動物たちを思い浮かべる。
アキラは、何一つ自信を持つことの出来る材料が無いせいで正体不明の不安感が、足元から腰にせり上がってくるのを感じる。
名前からしておもちゃのカードを出したのではないかと焦り始めていたアキラは、ついどんぐりカードについて尋ねようとしたが、笑顔でカードを返してくるブロンドの受付嬢が微笑みながら世間話のように話し掛けてくるのが先だった。
「はい!こちらはお返ししますね、ありがとうございました。お名前はアキラさんと呼ばさてもらいますね、アキラさんはテラ様の管理しているホームを所有しているのですね。羨ましいです!」
勝手に呼び方を決められたが、特に気にする点は無かったので何も言わない。
テラが何かまったくわからないアキラは、取り敢えず話を合わせることでお茶を濁し、後でナシロに相談することに決めた。
「…そ、そう?ありがと…ハハハ」
「きっと他のホームには無い素敵なオプションがいっぱい有るんだろうなぁ」
(イマイチピンと来ないけど、君の想像以上に不思議でいっぱいってことは言えるな)
「ちょっとエミリー!まだ登録作業終わってないでしょ、暇な時間帯だからって気を抜きすぎよ」
どんぐりカードを発見した張本人である赤毛の女性から発せられた声で、エミリーと呼ばれたブロンドの女性は肩を一瞬縮こまらせて目をつぶった。
アキラも驚いてエミリーまでとは言わないが、身を小さくしてしまう。
「あははぁ…そうでした。アキラさん失礼しました」
エミリーが目を半開きにして若干不満気に赤毛の女性を見るが、赤毛の女性は澄まし顔で正面を向き直った。
二人のやり取りから慣れのような物を感じつつ、テラ様と言われる存在や他のホームを知らないアキラは、これ幸いにとこの話題を終わらせにかかる。
「いや、気にしないで」
「そう言っていただけると助かります!」
「所で、登録はもう…?」
「はい!後は、当ギルドのご利用方法について簡単に説明させていただきます。詳細については、後程ご質問願います」
アキラがエミリーの話に頷くと、椅子が3セットが丸テーブルを囲んでいる席に案内される。受付カウンターから出てきたエミリーの足元は服装と同色のヒールパンプスを履いていた。
丈の長いロングスカートは落ち着きのあるエプロンドレスに良く合っており、チラリと覗く足は黒のソックスを履いているのがわかるが、靴下の丈は当然見えない。
アキラは案内に従って着席し、もう一脚の椅子にエミリーも腰を落ち着けた。椅子に座ってから持ち上がるスカートから覗く足は、靴下に覆われたままでハイソックス以上の丈の靴下を履いているのがわかる。
(ふむ足を隠しすぎているな、ふざけてるのか?季節(?) に合っていないし魅力減で非常に良くない。95点って所かな)
一瞬だけエミリーの足元に視線を走らせたアキラは、自身の趣味に照らし合わせて、謎の酷評とは裏腹にやけに高い評価を下す。
そんなアキラの内心をよそに、エミリーは解説を始めた。
「当ギルドのシステムを説明させていただきます」
(システム自体はそんな難しいものでもないな、多分)
アキラは質問をする前に簡単に行われた説明を頭の中で思い返す。
・ギルドでは登録した会員を通称メンバーと呼び、そのメンバーに合った仕事を把握するために、特殊な仕事を除いてメンバーは全ての仕事に1度従事しなければならない。
・仕事の種類は大まかに分けて【戦闘】【生産】【収穫】の3つあり、それぞれの依頼をギルド側が用意する。
・依頼は基本的にメンバーが買い取り、その依頼を達成すると報酬を受け取ることが出来る。
・依頼、依頼外問わずに倒した魔物の素材はギルドで買い取ってもらえる。
・メンバーはダンジョンへのショートカット利用権を保有する。
・メンバー特典でオークションの利用が可能になる。
・メンバーはギルド関連施設の利用が可能になる。
「細かい所が気になるけど、それは必要になった時に聞いても大丈夫かな?」
エミリーが会話のテンションを一定に保ち、そのおかげでコミュニケーションの軌道にうまく乗れたアキラは自然に話せるようになっていた。
受付嬢の力を思い知ったアキラの質問にエミリーが笑顔で頷く。
「勿論必要な時に聞いていただければその都度お答えします!」
エミリーの愛嬌のある元気の良さに、アキラも自然と穏やかな気持ちになっていく。そんな空気の仲エミリーの話は続く。
「ここまではよろしいでしょうか?」
「うん、多分大丈夫」
「それでは現状の説明をさせていただきますね。アキラさんはメンバーとして登録はされましたが、現状仮メンバーと言う扱いです」
「それは初心者ってこと?」
「簡単に言ってしまえばそうですね、誰しもが通る道ってやつです!」
エミリーが拳を握って立ちはだかる何かを見上げるように振る舞う動きに、アキラは若干呆けてしまうが、そんなアキラに構わないでエミリーはアキラに話の続きをする。
「先程説明したように3つの依頼を私が見繕いますので、アキラさんにはそれをこなしていただきたいのです。それが終わって無事依頼を達成すれば、晴れてメンバーです!」
「依頼を受けるのはわかったけど、依頼は基本自分で買う形を取ってるんだよね?」
「そうです!しかし、指定する依頼は基本的に受領手続きのみの簡単な物で、料金はいただきません。ですから報酬に関して文句言っちゃ駄目ですよ?」
「タダで受けれるんだから言えないって、それで?」
「はい、依頼について詳細な説明に入ります。実際に依頼を受けてみましょう」
エミリーは席から立ち上がって、アキラに「こちらへどうぞ」と告げて案内を始める。連れられた場所は2種類のボードが設置されている場所だった。
よく見るとモダンな雰囲気のコルクボードに貼られている羊皮紙は、非常に雰囲気にマッチしている。
「初めは怪我のリスクが少ない生産型の依頼から初めましょう。依頼を選んで貼り付けてある羊皮紙にカードをかざしてください。今回は私が指定した物をお願いしますね、それ以外の依頼書にかざしても仮メンのアキラさんでは受領資格が無いので受領手続きが行えません」
(仮メン…)
アキラがエミリーの言葉に車の仮免を想像したが、直ぐに言われた通りにカードを取り出す。
「それではこの【道具屋の荷物運び】と書かれた青いスタンプの付いた依頼書にカードをかざしてください」
アキラは言われた通りにする前に、依頼内容に目を通そうとスタンプを少し見つめる。青いスタンプは正三角形で、遠くからもわかりやすい作りをしている。
アキラは、目の前のスタンプがあの不思議空間だったら、このスタンプは猫の爪が出た肉球に違いない。
アキラが毒された想像をしながら依頼内容を今度こそ読む。当然日本語で書かれているため理解できる。
【道具屋の荷物運び】
達成難度:☆
達成条件:携帯ポーチ、携帯食料、サバイバルナイフ、手持ちピッケル、魔除け香、ランタン、以上の品を道具屋【ソナエ道具店】へ運ぶ。
失敗条件:受託後1日経過しても達成条件を満たしていない。
受託期限:なし
詳細:一人1回までしか受託出来ません。
報酬:初心者セット引換券3
内容を確認したアキラは、特に思う所がなかったのか、すぐにカードをかざす。
「こう…かな?」
『シャリーン♪』
「おお…どっかの電子マネーみたいな音だな」
カードは青の無地のままだったが、かざしてから一瞬光りと共に聞き覚えのある電子通貨音を耳にする。
多少驚きはしても、そのまま音については考えない方向に流したアキラは、カードに[待機中]【道具屋の荷物運び】と浮かび上がるのを確認する。すぐにエミリーから声が掛かった。
「カードをかざすと依頼名が出て来てると思いますが、まだ依頼は受領されていないので気をつけてください。中にはこれで依頼を受けたと勘違いする方も居ますので」
「それだと、依頼を受けていない状態で依頼をこなすと人も出てくるんじゃない?」
「はい、現に一定数居て、中には受領を後回しにして、受領手続きを忘れてそのまま依頼に出かけられる方も居ます」
いつの時代もそう言ったミスは必ず起こるとアキラが再認識しながら、確認を取る。
「それをやるとどうなるの?」
「生産や収穫、戦闘による納品依頼なら問題は無いのですが、素材の鮮度が重要な依頼や討伐依頼なんかは残念ながら達成されません。それと1度しか無い機会の依頼でそれをやった場合は目も当てられません。やり直しが効かないのですから」
「おぉ、それは…」
アキラはまだ仮メン状態だが、やらかしてしまった人に対して同情を禁じ得ない。
「アキラさんも気をつけてくださいね!やっちゃう人はベテランの人でもやっちゃいますから!それでは続きを説明しますね。あぁそうだ!それと、依頼が受領状態で待機中の場合、その依頼書は待機中になるので他の人はその依頼を受けることが出来ません」
暗い話になり兼ねない話題だったが、まだやってもいないことなのでエミリーは明るく次の説明を続けた。
「そして、この依頼書の青いスタンプは依頼を達成しても無くなったりはしません。通称ロット依頼と呼ばれています」
「あれ?依頼って一度こなすと無くなるの?」
「はい、複数依頼する人が居ればその限りではないのですが、基本的に依頼を達成するとその依頼は無くなってしまいます」
「…そりゃそうだよな、色んな人が色んな依頼をして、色んなメンバーが達成していくんだから当然か」
アキラはこの世界を現実と受け入れるつもりでいたが、慣れない世界と慣れないシステムを自然とゲーム的に考えていた。
「このロット依頼は収穫や戦闘にも?」
「はい、どのギルドにもどの系統の依頼にも1つは必ず用意されています。それでは、受領所に行きましょう」
依頼を受けたら、同時に他の人も同じ依頼をこなすことができる。そんなプレイヤー感覚が未だ抜けていないことに少し落ち込むアキラだが、考えを即座に切り替えることは普通に過ごしていた人間には難しい。それも仕方がないことではある。
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