第21話 初めての異世界定食
「後1.2回の強化で終わりそうだな」
アキラはメニューリストから選んだサブクエスト欄のミニ牧草ロールの数を見ながら呟く、その呟きからわかる通り既に大半のミニ牧草ロールを運び終え、長いようで短い時間が過ぎていった。
そして、残り時間15分を残してノルマを達成する。
牧草の下ろした音を聞くと、最後のミニ牧草ロールを確認する。反動で若干揺れる牧草の塊を見ると、終わらせる事が出来た安堵感と、これからご飯が食べられる喜びを噛み締められた。
時刻は既に夕方に差し掛かっていて、体力はともかく気力は既に限界だった。
「よし、これで終わりだ!はぁーやっと終わったぁ」
「本当に終わらせちゃったよ……」
最後の運搬を見ていた少年は驚きながらも、その結果に驚きに近い呆れを隠せない。当然アキラはそんな事をお構いなしに、丁度いいとばかりに自身のホームカードを出すと、少年もそれに応える様にクエストカードを取り出す。
「その身体の何処にそんな力があるの?」
「世の中そんなもんだ」
「そんなもんなの?」
「もしかしたら、これからもっと不思議な事に直面するかもしれないだろ?」
「……想像できないよ」
「俺もだ、ハハハ」
「はぁ……」
思わぬ発見と依頼を終わらせて食事に行ける未来に、アキラのテンションは高めの位置をキープしている。
そんないい加減な風に見えるアキラに溜息を付いて、少年はクエストカードに指を滑らせ依頼達成の手続きを取る。
『ピンポーン♪』
インターホンの様な気の抜ける音を出して、アキラのカードが音を発して依頼達成の合図が出ると、すぐにアキラはギルドへと向かう事にした。
「少年それじゃぁな!」
「またいつでも待ってるよ~」
アキラが大手を振るのに対して少年は軽く手を振って別れた。
広すぎて帰り道がよくわからなくなったアキラはマップを頼りに街へと戻る。
初心者セットまで後一歩なのと食事が取れる小さくも明るい未来に思いを馳せて、漸くギルドに到着する。
ウエスタンドアを開けると、そこには他のギルドのメンバーらしき冒険者風の人達でごった返していた。
傷だらけの鉄の鎧を着ている者も居れば、新調したばかりなのか、傷一つ無い革の鎧を着ている者も居る。
魔法使いらしき杖を持ち、ローブを着ている者が居る。何も持たない人も居ればでかい斧を背中に背負った大男と、種類は様々だった。
全員が全員受付で順番待ちしているわけではなく、パーティを組んでいるらしき組が「頼んだぞ! 待ってるからはやくしろよな!」と言った言葉を受けた人物が、受付へと足を運んでいる。
どうやらパーティを代表して受領所へと向かっているのがわかる。その為に周りのテーブルセットで待っている人達が多く居た。
「俺だけじゃないだろうとは思ったけどこんなに混むもんなのか……」
愚痴を零しながら素直に最後尾へと並ぶが、思った以上に列が捌かれるのが早かった。それも当然でアキラの時は説明を挟んでいたせいで遅くなっただけで、基本はカードを預けて返してもらい、報酬を受け取るだけなのだ。
報酬も金銭らしき物をアキラは見たことがなく、この世界の貨幣は基本的にカードの中の金額をやり取りする事で成立するらしいのがわかる。
そんなので貨幣経済が成り立つのかと疑問に思うが、そもそもこの元の世界はゲームなのだ。
金銭らしき物が数字上でしか存在しないが、使用できて通用する。それで問題にはならないし嵩張らない事を考えれば、現物の貨幣が無いことに対して思う所はまったくないとアキラは考えた。
現物が無いため、金銭感覚が麻痺して使い過ぎる人も居るデメリットには目を瞑る。
色々と考えている内にアキラの番が回ってきた。先程の様にエミリーは居ないが、何も問題はないアキラはカードを渡して、手続きを済ませ、2と書かれた紙を貰ってカードを返される。そしてすぐにその場を離れて次の人に順番を譲った。
(ステータスの金額が増えてるな、カードでも見れるらしいがこっちの方が楽だからわざわざカードを見るまでもないな)
依頼を終えたアキラは今日は激動の一日にも関わらず、少しの休憩しか取っていない。身も心も疲れているが、本人はそれに気づいていない。
それでも腹は減り、いい加減ご飯を食べたいアキラはマップでフォークとナイフのアイコンを目指す。
アキラの食事が始まるのだ。
(噴水広場のご飯は次の楽しみに取っておくか、取り敢えず温かいご飯が食べたい)
アキラの向かった食事処は、大衆食堂だった。日本独特の雰囲気を感じる
掴みやすいがその西洋風な作りがボタンを1つ付け忘れた、微妙に気づけるかどうかの違和感を感じる。
だが、空腹も限界なアキラはここしか無いと言い聞かせてドアの横にあるメニューに目を通す。最早世界観等、気にしていられないのだ。
【定食】
A定食 450G
・本日の魚、煮物、小鉢
B定食 600G
・ハンバーグ、エビフライ、小鉢
メサイア定食 1800G
※全ての定食にご飯、味噌汁が付きます。おかわりは1杯まで!
「ここだけ完全に日本だな」
アキラが今いる所はどこなのかを考える必要が本当にあるのかすら疑わしいが、空腹を前にそれは置いておく。
予算的にもA定食しか選択肢が無いアキラは、メサイア定食の詳細を気にしながらドアを開けようとする。
「開かない…ってこれ
作りに驚くが、すぐに横にスライドさせる。
「いらっしゃい!お一人様?」
「あぁ一人だ」
出迎えてくれたのは割烹着を着た、丁度垢抜けたしっかりしてそうな顔立ちの女の子だった。頭巾も白く、顔立ちは北欧系の目がパッチリした綺麗めだ。足はサンダルらしき物を履いていてショートな靴下は昭和な雰囲気を感じる。
(北欧系の人が割烹着だと…ほぉ、有りだな)
「それじゃこっち空いてるからどうぞ! お父さん、一名様ご案内!」
「あいよ~」
アキラが紳士な心で新しい趣向を芽生えさせていると、気軽な返事が厨房の奥から聞こえてくる。
どうやら親子で切り盛りしているらしい。アキラが、この世界には綺麗な人しか居ないのかと考えていると、割烹着姿の看板娘が注文を取りに来た。
「なんにします?」
「A定食お願い」
「A定食ですね、すぐ出来るから待っててね。お父さん!A定入ったよ!」
「あいよ~」
看板娘が略した定食名と店主の声を聞きながら、辺りを見回す。この店にはアキラを除いて現在3名程客が居る。
二人コンビのギルドのメンバーらしき男の二人で、酒を飲みながら楽しそうに喋ってつまみを食べている。
もう一人は仕事終わりなのか、お猪口を使ってチビチビと飲んで一日の疲れを癒やしながら酒を楽しんでいるように見えた。
大衆食堂特有の雰囲気に、アキラは本当に別の世界に来ているのか? と現実とほぼ変わらない雰囲気に、何かが足りない思いに駆られる。
(深緑はどうしてるんだろう……って俺がログインしたのは深夜だから漸く起きたか、既に学校か。俺はもう卒業待つだけだから問題ないけど…心配してるだろうな……)
「はい! A定食お待ち!」
アキラが傷心に浸っていると、元気な声で定食を持ってくる看板娘がアキラに向かって言う。
「何辛気臭い顔してんのよ! お腹が減ってるからそんな顔しちゃうんでしょ。今日の魚は美味しいから食べて元気だして!」
「あ、ありがとう」
(口調は今の日本じゃ絶対に味わえない接客だな。気安いのに暖かみを感じる。なんかいいな、こう言うのも)
腹が空いているアキラは、取り敢えず味噌汁から飲む。啜った味噌汁は白味噌を使っているのか、ほんのり旨味の効いた味噌の味わいが舌を刺激する。
胃に入った味噌汁の香りが呼吸と共にあっさりした風味と同時に鼻を吹き抜け、ホッとさせてくれる。
小鉢に入っていたのはひじきの煮つけで、用意されている箸で摘むとあまり崩れず摘むことが出来た。
これは相当手間と時間をかけた、ひじきの煮付けの特徴だと悟ったアキラは、湯気が立ち昇るほかほかの白米の上に乗せる。
米は濡れすぎず、乾きすぎないが、光の反射が雪原に差す太陽の光にさえ感じる炊き加減だ。その上にひじきが乗っかるとその煮汁がその丘を汚す。
米が汚れるのを嫌うアキラは、白米を煮汁ごと掬い取って口に運ぶ。米が一粒一粒立った食感に味の染みたひじきが絡みあう。
口の中で合わせた時のみ味わえる、米とひじきのマッチングはご飯を更に追加するのに十分だろう。ひじきの濃い味付けにご飯を合わせ、薄くなった味付けにひじきを合わせる。
ご飯で味の濃さを散らしていく感覚を一段落終えたら、味噌汁を口に含む。先ほどとは多少違う味が舌を唸らす。
そしてメインの魚に取り掛かるが、色が白く、銀ダラの様にも見える。ほぐしてみるとどうにも覚えのある感覚が箸に伝わる。
だが、思い当たらないので取り敢えず一口入れると、食べ慣れた鮭の塩味と仄かに香る脂身が口の中を満たしていく。気がつけば米を口にして塩と脂の割合を絶妙な加減に調整していた。
自然と白い鮭の切り身に箸を伸ばして、皮から切り離した身を口の中に頬張る。ご飯を食べて、ひじきを味わい、味噌汁を啜る。この一連の流れを止めるのは目に止まった煮物だった。
流石に濃い味が続くのは舌が飽きてしまう。でも食べないわけにもいかないので、まずは具を確認する。
人参とごぼう、しいたけに大根、そしてレンコンとさやえんどうが入っていた。実に一般的な煮物に見える。
味も当然普通の……と思いかけて、香りを確かめる。煮物なのに煮物特有の鰹出汁と醤油と野菜の出汁が混ざり合う複雑な香りがしない。
まさか最後の最後で煮物とは名ばかりのなんちゃって煮付けかと警戒する。そういえばこの煮物の底に見える汁も、よく見れば透明だ。
野菜も煮てはいるが、色も染まっていないので、これはほぼ茹でただけの簡単な似非ポトフだと思われた。しかし、濃い味付けが続いたのだ。口直しには良いだろうとアキラは思った。
箸で摘んだ人参はもう少し力を入れてしまったら、切れてしまいそうなほど煮込まれている。煮崩れは起こしていないが、ただお湯で煮るだけならやり過ぎだと思ってしまった。
少し残念に思いながらもそれを口に含むと、食べもしないで狭い了見でつまらない事を考えていた思い等一瞬で吹き飛んでしまった。鮭の色がピンクではなく白いままの時点で気づくべきだったのだ。他とは違うのだと。
まず野菜に絡んでいた汁はお湯なんかではなく、鳥から出た出汁だった。多少光が油を反射していたが、まさか鳥の方の脂だったとは思わなかったのだ。
そして人参は余計な雑味が一切なくホクホクの健康的な甘みを感じる。その甘味も鶏ガラがうまくしつこくならない様にバランスを取っている。
ごぼうはどうなっているのかと食べてみれば、噛んだらその実から溢れる汁は口の中をサッパリとさせてくれる。鳥のあっさりさが非常に生きてくるこの組み合わせに思わず虚を突かれた気分だ。
しいたけを噛めば無いと思っていた醤油出汁の香り、忘れた頃に襲ってくるご飯が食べたくなる味に我慢は必要ない。もう1/3も無かったご飯はしいたけとひじきで消化してしまった。
すかさず王道の一手を指す。
「ご飯おかわりください!」
「はいただいま~」
大根はなんと蒸した大根を冷やした状態で、鳥の出汁に沈めた冷たさの心地いい調理がされている。鳥の脂を感じない事を考えると徹底的に脂を取り除いたスープを使ったのだろう。
そろそろ濃い目の味付けを求めてひじきと鮭のループに戻るが、鮭の身と皮が完全に切り離す。皮は普通に焼くのとは別に火を通してあるのか、焦げ目が付いてパリパリの状態を維持している。
ベストなこの皮の機嫌が変わる前に一息に口の中に放り込む。身は食べていなのに確かに感じるその脂の味わいは塩の絶妙さについご飯を忘れそうになる。
やはり特別に集中して皮だけ火を入れたのか、まったく生臭さを感じない。味の付いた脂をご飯で食べているかの用だ。
味噌汁も啜り終わり、すかさずおかわりをする。この世界で初めての晩御飯中、アキラの箸が止まる頃には、何も残っていなかった。
そして…
心と胃袋は今ここに満たされた。
「450Gね!」
カードを差し出し、相手もそれに応じる。一瞬光ると会計は済んだ。
「ごちそうさま、店主にうまかったって言っといて」
「フフッいい顔する様になったわね! 伝えておくわ、また来てね」
可愛らしく手を振る姿に、まるで極上の接待を受けた印象を持ったアキラは、また機会があれば行くことを誓う。飲食店はまだまだあるのだ。
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