第15話 ホーム登録と愉快な管理獣
ホームに向かいつつも辺りを見回すと、所々にお祭りでよく見る出店のような店構えをしている。
大体が食べ物で、肉と香草らしき葉っぱを交互に刺した串焼き屋や、ケバブのような大きく加工された円柱型の肉をこれまたでかい串で通してじっくり丸焼きにしている所、焼き鳥のタレのような香ばしく食欲をそそる甘辛そうな醤油に似た匂い等がする店がある。
(なぜ肉屋しか無いんだ)
アキラが疑問に浮かべつつ食欲を堪えて、マップを見ると現在位置に【肉食通り】とマンガ肉マークと共に文字が書いてある。肉専門の通りらしく、マップ上にあるホームの方に視線を動かすと、今度は魚と野菜の混在したようなマークで【魚菜食通り】と書いてある。
どうやら肉用と魚用と野菜用でそれぞれエリアが分かれているらしいことが伺える。アキラはわざわざ離れてエリア別に飲食を用意している理由を考えたが、当然心当たりすら存在しない。
立ち食いが基本なのかと考えながら急ぎ足でホームに向かうが、道中出前桶を持った中学生程度に見える男女を目にする。
アキラはその子達が通る度にする良い匂いから、食べ物だと察して出前もやっているのか、と考えながら謎のネーミングセンスの通りから発せさられる誘惑を振り切って、ホーム手前の広場まで辿り着く。最初に目に入るのは中央の小さい噴水だった。
大きさはそれ程ではなく、控えめな噴水と言う印象が強い。ただ水の出方が円の縁から中央へ向かって一本の縄のように出ており、大きめの放物線と小さめの放物線の2種類ある。
中央からは時計回りにゆっくりと水が放水されていて、小さいながらも動きのお陰で多少華やかに感じる。
(中央から伸びてる水は…一秒感覚で動いてるのか?あ、大きめの放水位置が変わったな…って見とれてる場合じゃない観光は後でしよう…ってそういうことか)
観光は後にすると決めたばかりのアキラは、噴水の周囲を見るとカフェテラスのようにテーブルと椅子が用意されていて、ベンチにサイドテーブルが置いてある席もある。
そして出前桶を持って動いている子達は、とある一組のカップルらしきテーブルに行って屋台で売っていたらしき料理をテーブルに広げている。
料理を広げ終えると、テーブルの男性が自身の手を見ながら反対の手で何かを操作する仕草をしている。
操作を終えたのか、何かをしていたらしき手を差し出し、料理を運んだ子も手を差し出す。一瞬光ると、頭を下げて別のテーブルに行ってしまう。
(ここはあれか、デパートとかにあるフードコートみたいな物か、それと今の光はなんだったんだ?って後にしようホームは知識しか無いから使えるかどうか早く調べないと)
マップ上に写っているため、使えるだろうと予測しているアキラはあまり身構えずに噴水広場を通り過ぎ、目的地を目指す。
ホームと思わしき場所に到着すると周りがレンガを主にした建物で西洋風な町並みだが、ホームと思わしき建物はどう見ても鎌倉に煙突が1つ付いているだけの外見だった。
アキラは途端に不安に駆られ、プレイヤー一人に付き1つ用意されるスペースがどうやって確保されるのかを気にし始める。
外見は最早捨て置き、使えないのではないかと機能面に関する心配事で頭が覆われるが、なんとか勇気を出して中に入る。
入り口にドアは付いておらず、奥が見渡せない暗さで中が見えない。アキラが、ここは最早オブジェクトなのではないかと意を決して闇に足を踏み入れると、途端に奥から電灯のような明るさが溢れる。
後ろを振り返れば今度はその後ろが闇に覆われ、鎌倉の中を覗くことが出来ない時同様、外の風景が見えない。
理屈は理解できても感情が納得できない展開にどうすればいいのか悩むも、その場で立ち尽くすわけにもいかないので奥へと進む。
間を置かずに開けた場所に着くと、正面がホテルのロビーのような作りになっていて目の前には受付がある。
受付のカウンターは木製らしく、その上には呼び鈴らしき鈴と、なぜか齧られたような跡が所々にあるネームプレートが置いてあり、そこには【受付】と書いてある。
(ツッコミどころが多すぎるだろ。取り敢えずこれで受付の人呼ぶのか?)
ホテルのチェックインをしたことがないアキラだが、取り敢えず呼び鈴を鳴らせばいいことだけはわかるようで、スイッチを優しく叩いて音を鳴らす。
『コツッ!』
「……」
『……』
「えっ!?」
アキラが思ってた音と大分違う音が一瞬鳴る。期待していた金属音等ではなく、木で出来たお椀を叩いたような音が鳴ったのだ。
よく呼び鈴を見ると、呼び鈴は木製だった。音を響かすのを目的にしているには程遠い物で、アキラが状況を把握したと同時に半透明のウィンドウでヘルプらしきものが出てくる。
HELP
【もう少し強く鳴らしましょう】
「…」
釈然としない物を感じながらアキラはウィンドウのヘルプには驚かずにすぐウィンドウを消して今度は強めに叩く。
『コーンっ!』
今度は思った以上に響く音に少し呆然としているが、何か変わった気配は感じない。アキラが今度は先程より強く叩こうと手を振り上げて呼び鈴に視線を落とすと、呼び鈴の手前にホテルマンの格好をした小さな存在が居た。
それはアキラの振りかぶった手を恐れて両手を外に向けて顔の前に出し、身を屈めて目を閉じている。
逃げるより先に人間が行う防御反応をする野生では生きていけ無さそうなリスが居た。
「なんだ、この可愛い生き物は」
アキラの呟きに、閉じている目を片方だけ恐る恐ると言った具合にゆっくりと開けていく。アキラは振りかぶった手をカウンターに置いて、リスに話しかける。
「お前、俺の言葉わかるか?」
アキラは動物に話しかける自分をどう思うか客観的に見ないように、目の前のリスに話しかける。ここでは常識は通用しないのだ。と言う言い訳を盾にする。
話しかけられたリスは一瞬でその佇まいを整えて、絶対ズレていなさそうな小さすぎる帽子の向きを整える。
先程のビビリ具合とは無縁に、短い両手を胸の前で重ねてお客様を出迎えるように、一流のホテルマンばりに待ち構える体勢を取ってから、アキラの方へと重ねていた右手を上げて、指で丸を作るとOKのサインを出してくる。
「すごいな、わかるのか。ここは何処かわかる物は無いか?パンフレットとか話せる奴が居るとか、俺ここに来るの初めてだからよくわからないんだ」
リスが両手を横にして気をつけの姿勢で、頭を下げる。まるで「承知いたしました」と言っているかのように感じられる。頭を上げたリスは頭に乗っている小さい帽子を小さい手で浮かせて、もう片方の手を中に突っ込む。そしてその小さい帽子から胡桃をさっと取り出す。
「…」
アキラは無言でそれを見守る。明らかに帽子のサイズの10倍以上はある胡桃を片手で掴んでいるが、どうやってその帽子に入れてたのか、どうやってその帽子から出したのか、なんでその手でそのサイズの胡桃を持てるのか等、聞いてみたい衝動を抑えて我慢した。
ツッコミを堪えつつ、顛末を見守ると、木製の呼び鈴に振り返ってそのリスの頭以上の大きさの胡桃を呼び鈴に叩きつける。
『ぱきゃ』
胡桃が割れる音と共に、カウンターの向こう側からスクリーンがゆっくり降りてきている。
胡桃で頬袋をパンパンに膨らませるリスに対して先程の佇まいはなんだったのか?とツッコミより疑問が先行しているアキラを置いて、リスが再び帽子の中に手を入れて、ある物を取り出していた。
最早帽子から取り出すのはわざとで、プレイヤーと同じくバッグから取り出しているのではないか?とアキラが考えていると、両手でレーザーポインターを持って顎でスイッチを押して降りてきたスクリーンに照射する。
ポインターは青色でその形は丸い点かと思っていると、どんぐりの形をしていた。非常にややこしくも場所がわかりやすく、釈然としないまま解説らしきことを始めた。
スクリーンに映し出されたのはプレイヤーを示す人形が、受付でカードキーらしき物を受け取っており、そのカードキーを用意されたエレベーターのドアらしき物の横にある装置にかかざす。そうすれば自身のホームへ行ける解説が流れていた。
所々どんぐりのレーザーポインターが動いてアキラの気を散らしていたが、図示するような所は存在していなかった。しきりにカードにポインターを合わせようとはしていた風には見えるが、関連性が思い浮かばない。
(なんで両手で抱えてまでどんぐりのレーザーポインターを用意したんだ?)
解説が終わるとスクリーンが元の位置へと戻っていく。リスもそれを眺めており、スクリーンが無くなるとレーザーポインターを哀愁漂わせた動きでノロノロと帽子に仕舞う。
「お前何がしたかったの?」
アキラの問いかけにリスは黙って帽子から1枚の真っ白なカードを取り出す。アキラは無視されたと思ったが不思議と苛つかず、触れない方がいいと判断する気遣いすらさせられ、流すことにした。
解説通りにカードキーを受け取ろうとするが、リスはそのカードを渡さないで両手で持ったまま待機している。
そしてリスは無言で片手を出すジェスチャーで、アキラの手を指差し、再び手を出すポーズを取る。
よくわからないままリスと同じように手を差し出すアキラの手の上に、カードを持ったままのリスが飛び乗る。
掌の上にリスがカードを置いて更にその上に飛び乗って、跳ねるとそのカードが一瞬光る。何も書かれていない筈のカードは白から青へと変わり、文字が浮かび上がる。
【登録完了】と書かれた文字を見て、アキラはなぜリスが手を出すジェスチャーをしたのか理解する。
カードを見ながら登録が必要とは解説には書かれていなかったのを思い返していると、リスがアキラの掌を叩いている感触に気がつく。
「ん?どうした?」
「オロシテ!」
「あぁ、スマンスマン」
自然とカウンターから少し手を引いていたので、距離ができてしまって戻れなかったのに気づき、そっと掌をカウンターに近づけようとするアキラは気づいてしまう。
「お前喋れんのかよ」
ここまでツッコミを我慢してきたアキラが、あまりの衝撃についツッコんでしまった。だがそんなことは今問題ではない。
「スコシ!」
「少し? 簡単な言葉なら話せるってことか?」
「ウン!」
上手く言葉に出来ないせいでジェスチャーをしていた理由を察したアキラは質問をぶつけ始める。
「お前どうやって道具取り出してるんだ?」
「ボウシ!」
「帽子の中に入ってるのか?」
「ワカンナイ」
「そ、そうか」
このやり取りだけでアキラは仕組みについて聞いてもワカンナイで統一されると当たりをつけ、重要度の高い質問に移る。
「ここは何処なんだ?」
「ホーム!ミンナノオウチ!」
「えーっと、そうじゃなくてこのホームの外って言えばいいのか…。あぁ、そうだ。日本ってわかるか?それか地球」
「ワカンナイ。オイシイキノミ?」
「…そうだな」
アキラは質問を止める。これ以上は恐らく無駄だろうと思い、自身のホームに行くことにした。
リスについては、ホームの管理をする存在で、ただそれだけなのだろうとアキラは考える。
「ありがとうな。それじゃまたなんかあったらよろしく」
「グッバイ!」
リスは非常に愛くるしく、サムズアップしている。ホテルマンスタイルなのは最初だけのパフォーマンスだったのだろうか。
ラウンジを抜けてエレベーターに似たドアが5つ、横並びになっている。解説で見たこのホームの出入り口だろう。
早速ドアの前に立って横に置いてある正方形のカードを認証する機械らしき物にカードをかざす。
当然見た目がエレベーターなだけで、エレベーターの呼び出しスイッチも無ければ、階を表す表示版も存在しない。
『アキラ様、おかえりなさいませ』
電子音がアキラの名前を呼んで扉が静かに両サイドにスライドしていくが、その先は鎌倉の入り口同様またしても闇で見通せない。
エレベーターのイメージをしていたアキラは床が無いのではないか?と心配してしまい、片足を先に入れて床を確認する。
(なんでこんな不安を掻き立てる作りなんだよ!)
床の存在を確認したアキラは、意を決して奥へと一歩ずつ進む。体が完全にドアの向こう側へ入ると、ドアがゆっくり閉まっていった。
完全に閉まるとすぐに頭上から丸型の電灯が灯り、光源を確保してくれる。明かりが点くのと同時に、アキラの鼻には木の心地よい香りが感じられ、部屋の床部分が自然と視界に入る。
木製だと思われる見た目と質感なのに、繋ぎ目や継ぎ目が全く存在しない。いや、正確にはわからないような作りになっているのだろう。謎に技術水準の高い床だ。
壁はログハウスの丸太のような見た目で、一部がカーテン付きの窓になっている。遮光効果は高いようで、光が一切漏れていなかった。
カーテンを捲ってみると、窓から覗く景色は小さな庭が1つ有るだけで、他の敷地には家らしきものがある。
全て同じ家らしく、内側と外側が似たような作りなのを考えると、アキラのホームもログハウスのようだ。
しかし、不思議なことに入ってきたドア以外には出入り口のような物は存在せず、外に出る方法も存在しない。家具やカーペット等も何もない。
窓際に歩いていき、カーテンを開ける最中に小さな影がアキラの背後へ近づいて来ているが、アキラは気づいていない。
「ゴシュジンサマ。ヨウコソ!」
「ぉわ!」
肩に何かが乗った感覚が来た瞬間歓迎の声を聞いたアキラが、つい声を発して驚いてしまう。
アキラは片言で話掛けてきた相手の方に顔を向けて確認すると、普通とは違う黒と言うより
その雀はアキラの肩に乗ってこちらを見ているせいで、目が合う。
ホームで殺風景な部屋だと思っていたアキラは、一人だと思って油断していた。雀は歓迎したいがために声を掛けたらしい。
油断して驚いたアキラを見て、しきりに首を左右に捻って疑問を表している。その仕草が実に愛らしい。
「ご主人様って……喋ることに関してはもういい。だけど俺はお前の世話なんてできんぞ?」
「…あの……世話するのは…こっち」
今度はやけに気だるげだが、ちゃんと言葉を発している声が聞こえた。話し掛けられたアキラは、人も居るのかと声の方向に振り返る。が、そこには誰もいない。
(まさか!)
何か関連性を察したアキラが視線を下に向けると、床にクリームのように溶けている風に見える長毛の猫だった。
その猫は見る限り手、足、耳が短く、スコティッシュフォールドと呼ばれる品種なのがわかる。
内側が真っ白で外側が綺麗な明るい茶色で、首輪らしき物がチラリと見えるせいか、まるで家猫だ。
気だるげな声とは裏腹に目はパッチリと開いていて、アキラを見上げる。
「あんたが……えーっと………はぁ…首……疲れた」
床に溶けた猫はパッチリ開いた目をそのままに、顔を下げて顎を床に乗せる。どうやらアキラを見上げるのが辛いようだ。そしてそれっきり喋らなくなる。
「なんだお前」
「………」
「え?無視?お世話するのこっちって言ったのに、その態度?」
「……うん」
(うんじゃねぇよ)
無言で黒い雀の方を見ると、何かを察したのか猫の方に飛んでいって首輪を掴む。そして黒い雀は空へ羽ばたこうと翼を動かし始めた。
(いや、無理だろ)
黒い雀が猫を持ち運ぼうとしているのが見て取れるが、アキラの心の中のツッコミとは裏腹に重さなど無いかのように零れそうに溶けている猫は呆気なく持ち上がる。
荷物となった猫は無言で運ばれている。
首でぶら下がっている筈だが、そんな首吊り状態にも関わらず何も言わない。むしろいつも通りなのか、リラックスしているようにさえ見える。
「…気にしたら負けだな。そういうもんだと受け入れよう」
アキラはこの世界の小動物に常識を当てはめるのをやめた。喋る時点で異常なのだ。言葉を解するだけでおかしいなのだ。
リス
この世界はそういう物だと認識したアキラは、アキラの目の前に運んでピクリとも動かずにホバリングする黒い雀にツッコまず、改めて猫に喋りかける。
「一応聞くけど苦しくないのか?」
「…?」
何故か何言ってるんだろうと反応されたと思ってしまうアキラの心は少し荒んだ。
「まぁいい、世話をするって何のことだ?」
「…えーっとね……ヘルプさん」
この猫の呼びかけを受けてアキラの目の前に半透明のウィンドウが現れ、枠左上にはHELPと書かれている。
この猫の性格をある程度理解したアキラは、何のためにこの位置まで運んでもらったのか問い詰めたい気分になるも、無視されると思ったアキラはHELPの解説に視線を落とす。
ある程度内容を把握したアキラは、猫に確認を取る。
「なるほどな、荷物の預かり、ホームのレイアウト、金庫番とかが主にお前の役割か」
「…そ」
「その雀の役割は?」
「…運ばれた……ことしか…ない」
「…」
「…」
ゆっくり返答する猫に、アキラは気を取り直して質問を重ねる。
「それとは別に聞きたいことが有るんだけど」
「…えぇ」
喋ることすら面倒くさそうな猫があからさまに嫌がる。が、そんなことはお構いなしにアキラは真剣に質問する。
「この世界は一体なんなんだ?日本にはどうやったら帰れるんだ?」
「…えーっと……なんだっけ…ここは……んー…もう一つの……世界?」
「き、聞いてるのは俺なんだけど…って知ってるのか!?」
「…大体は」
「もう一つの世界ってどういうことだ?」
「…一応、ここも…その日本……とか言う場所…らしい……のかなぁ」
アキラはここが日本と言われてもよく理解出来なかった。オルターという存在、人種と言語の違和感、そしてホームや喋る不思議な動物。
湧いてくる疑問からここは別の世界でその世界に従った法則で回っている場所だと思っていた。
だが告げられた言葉はここは日本だという。アキラは質問を忘れて放心してしまう。事実と現実が噛み合わないこの世界を、都合よく説明できない。
そのことを理解していない自分に対して悔しくも情けない思いに気分が悪くなり、精神的な疲労がアキラの頭の中を掻き回す様に思考が定まらなくなる。そんなときだ。
『べちゃ』
「へ?」
まるで捏ねているパン生地のような感触が頭から顔を覆う。そのもちもちしている感触から声が響く。
「…質問……終わり?」
どうやら黒い雀がアキラの頭の上に猫を置いたらしく、置かれた猫はそんなことすら面倒くさいのか、考慮せずに聞いてくる。
パニックに陥りかけていたアキラは、なんとか空返事で「あ、あぁ」とだけ返答できた。そして、猫は動かなくなる。
「いや、どけよ」
『…ナァ』
肯定とも否定取れない気だるげな猫特有の鳴き声だけが聞こえる。アキラは仕方なく、もちもちしている猫の胴体を持ち上げようとするが、柔らかすぎて持ち上げるのが困難な伸び具合を見せている。
仕方なく黒い雀がやっていたように首輪を持ちあげるとすんなり持ち上がった。若干の罪悪感のような持ち辛い感じを味わいつつ、アキラは自身の顔の前に垂れた猫を持ってきて取り敢えず基本的なことから聞く。
アキラはこの世界についての話題は一先ず置いた方が良いと判断した。
「で、お前、名前は?」
「…名前は……まだ無い」
「猫だもんな。ってやかましい、ほんとに無いのか?」
「…うん」
「雀の方も?」
「…
微笑ましい冗談を言っているつもりなのだろう。目を細めて和んでいるが、猫の頭の上で黒い雀が跳ねている。
「チガウ!モウ!」
黒い雀の抗議らしき動きを見てからアキラは猫に確認する。
「今付けたのか?」
「…うん」
「名前は変えるぞ」
「…そうですか……」
猫のマイペース加減に若干呆れつつも、アキラは黒い雀に名前を付けることにした。
(まるで雀のメラニズムだよな、安直にメラニーでいっか)
「雀は今日からメラニーな覚えとけよ」
「メラニー!メラニー!」
黒い雀のメラニーは嬉しそうに雀の鳴き声を出しながら猫の頭の上をグルグルと回っている。頭の持ち主である猫は無反応だ。
鬱陶しいとも感じていないのか、微動だにしない。しかし、アキラの死角になっている尻尾が大きくゆっくりとだが動いているのを見ると機嫌がいいのだろう。
「次はお前な…っとそうだ。お前オス?メス?」
「…知らない」
その返答を聞いたアキラは直ぐにオスかメスか確認するために、猫の下半身を見るが、生殖器どころか排泄するための機能すら無い。アキラがメラニーに同じことを質問する。
「ナイ!」
非常にシンプルな回答を貰えた。親について確認しても知らないらしく、見た目が動物なだけの中身が別物なのではないかと考えてしまう程に不可思議な存在だった。
だが細かいことは気にしないと決めたアキラは名付けを優先することにした。
「まぁわからないならいっか、今日からお前はナシロだ」
「…あんがと」
気だるげながら短い返答をしたナシロは尻尾を真っ直ぐ伸ばしている。位置的に誰も気づくことはないが、ナシロは猫らしく感情を表現していた。
「それと、ナシロもメラニーも俺のことはアキラでいい、そっちの方が呼ばれ慣れてるからな」
「ワカッタ!アキラ!」
「…うむ」
「何がうむだ。ナシロはそもそも俺のことまだ呼んでないだろ」
『…ナァ』
アキラは溜息を吐きつつ二匹のコンビを眺めながら、沈んだ心が癒やされていく感覚に自然と頬が緩んでいった。
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