第14話 正直者は痛いけど


 ドアを開けた人物が、扉を閉めるとその姿が先程アキラを仮眠室に案内してくれた兵士だとわかる。その兵士がアキラに気づいて声を掛けてくる。


「旅の方、目を覚ましたようですね」

「おかげさまで疲れが取れたよ。申し訳ないけど起きてから喉が渇いて渇いて…よければ飲み物を貰えたら嬉しいんだけど…」


 アキラは自身の物腰をなるべく低くしないような喋り方を心掛けて兵士に対応する。蓮と喋っている時がアキラの素の口調なのだ。


「向こうに水をお持ちするので、話を聞きながらでもよろしいですか?」


 この兵士はグランからなるべく早めに話を聞きたいことを言付かっているので、真っ直ぐ取調室に向かってほしく、暗に早く来て欲しい旨をアキラに伝える。


「…ありがとう。そう言うことならそっちに行こう」


 アキラが相槌を打って取調室に向かう。それを待ち構える兵士は、アキラが部屋に入るのを確認すると兵士はドアを閉じた。


 仮眠室と違って、木独特の軋む音は鳴らないことを考えればこの部屋の使用頻度は高くないことが見て取れる。よく見てみると、取調室は仮眠室と間取りがほぼ同じだ。

 アキラは家具が違うだけでここまで変わるのか? と現状とはまったく違う疑問が浮かぶ。


 それも当然で、アキラは最初に来た時に疲労困憊だったのだ、細かく見ることが出来ないのも無理はなく、それ程に疲労は体を蝕んており、その状態で取り調べを受けても最善を尽くすのは困難なことだったろう。


 そんな心配は無用なのが後にわかるが、これは心がけの問題だ。


 初めて取調室に来た時同様の立ち位置にグランとその背後に兵士が二人立った状態でこちらを見ていた。

 先程まで落ち着きのなかった兵士が今度は顔を引き締めている。何となく気まずく感じたアキラは、グランとの間に設置されている机の上に視線を送った。


 机の上にはアキラが頼んだ水差しが机の上に置かれていたが、その水差しの中身は殆ど残っていない。


 水を飲むために使用していたコップは空になっており、その内側には先程まで水が注がれていたためか、水滴が付着し、ゆっくりと底の方へ流れている。


(すっげぇ喉渇くな、どうしたんだろ)


 そんな動きを目で追ったせいか、再び喉の渇きを覚えてしまう。水差しの水を再び催促するのは戸惑われ、すぐに視線を水差しから逸らす。


 アキラは既に1L近くはあろう量を飲み干していたが、喉の渇きが完全に癒えていないのか、気がつくと水差しに再び視線を向けている。

 これ以上は時間を掛けるのも申し訳なく思えてきたため、お礼を言いつつ本題に入る。


「ここに来るまで何も口にしてこなかったんだ、助かった。ありがとう」


 アキラが感謝の言葉から本題に入ろうと会話の流れを作ると、グランはそれを機に、本題からは逸れるが、気になっていることを先に質問する。


「なに、それくらいなら構わんさ。本題に入る前に少し気になったことを聞いてもいいか?」

「? どうぞ?」


 アキラはウルフの件をすぐに聞いてくると水を飲みながら身構えていたのだが、気さくなグランの物言いに対して疑問を感じつつも軽く返答しながら、何か忘れてることでもあったかな? と思い直す。

 だが、思い当たらないのを猶予もすぐ無くなり、グランが質問してきた。


「君は仮眠室に入ってから一度も外に出ていないな?」

「…疲れてたから直ぐに眠ったのは間違いないし、部屋を出た後は直ぐにここに来た。それだけだと思うけど?」

「そうか、仮眠室からも出ていないのか。外に井戸が有るのは知っているか?」

「知らないが…」


 アキラはなぜか追い詰められた犯人かのように包囲網が言葉によって形成されるのを感じていた。


 何か大事なことを忘れているのではないかと不安が募り始めると、次の質問でグランが一体何を聞きたいのかをアキラは気がつく。


「そうか…それではなぜ服が綺麗に、いや新品同様になっているんだ?服だけじゃない、体もあれほど汚れていたのにどうやって綺麗に?」

(あぁ…完全に寝起きで忘れてた…リペアの存在はこの世界の人は知らないのか?)


 アキラはリペアを知らなければどう説明した物かと腕を組んで思案する。少し考えて、説明するのが非常に面倒くさいことに気づいたアキラは、はぐらかすことにした。


「んー、俺は早く街に入りたいんだけど、その質問に答えたら行っていい? それなら答えるけど」


 言外に問題が無いことに対してまで答えるつもりは無いと、アキラが拒絶の意思を示す。その態度に一瞬グランの背後の兵士が体を動かすが、それは驚きを抑えてるように見える。グランは臍を曲げられては敵わないと考え、すぐに口を開いた。


「いや、それは厳しいな。荷物を持っているように見えなかったから気になってな」

「…」


 今のアキラはどう見ても手ぶらだ。麻だが、質は良い服を着た青年にしか見えず、日本で言えば高校生位だろう。


 答える言葉が無いせいで黙っていたが、それをグランはアキラが無言の返答をしたと受け取る。


 武器もどうしているのか気にしつつも、答える気が無いと考えて漸く本題に入るために口を開こうとするが、まだ自己紹介をしていないことに気づき、改めて名前を聞く。


「私はグランと言う。この南門を担当している」

「どうも、アキラです」

「…随分時間が空いてしまったが、聞きたいことと言うのはウルフの群れの件だ。警戒心の強いウルフの群れが、なぜヒューマンの街に接近してきたのかを知りたい」


 アキラは当然ウルフの知識を持ち合わせてい居ないのだが、グランがウルフの生態を交えて質問してきたため、アキラは戸惑いつつもその話に乗ってグランの話に合わせながら言葉を考えつつ返答する。


「俺だってなんであそこまでウルフ達が執拗に追ってきたのかわからないんだ。こっちは必死で逃げてきたのに入る直前で門は閉まっちゃうし、命からがら追い返すことが出来ただけでそれ以上のことは残念ながらわからない」

「ふむ…」


 アキラが言葉遣いを段々と普段の物に変えていきつつ、見殺しにされかけたことを非難する。追い返すどころか殲滅したことに関しては何も言わない。


 それでもグランは聞かなければならないことを次々に質問するが、アキラの態度は通常の物からやや不機嫌になる。いや、意図的に憤っている風に装う。


「あぁ、こちらも開門が間に合って良かった。所で怪我の方はしていないのか?」

「…そうですね、あれを間に合ったって言うなら間に合いましたね。そのお陰で怪我はほらこの通り」


 アキラは丁寧な嫌味を交えつつ両腕を広げて無傷をアピールする。当然無傷などではなかったが、ウルフの危険度を知らないアキラは下手に答えられないため、相手が勝手に答えを決めるように誘導する。


「無事で何よりだ…。次に、逃げている途中に周りに人は居なかったか?」

「必死で逃げてたからそんな余裕は無かったけど、覚えている限りは居なかった」

「そうか、それでは何処から来たか教えてもらってもいいか?」

「東京の自宅から」

「東京?すまないが聞いたことが無いどこの村だ?」


 そんな村なんか無いと思いつつ、別のことに集中する。


 アキラは日本語に聞こえる言語を聞きながら唇の動きを見ている。見た目は外国人風なのに実際に聞いている言葉と唇の動きが本当に日本語なのかが気になっていたからだ。


 当然読唇術の心得の無いアキラには何が合ってて何が間違いかはわからない。


 だが、その動き自体は聞こえてくる通りの動きだった。この世界の、少なくとも目の前のグランと言う人は完全に日本の文字と言語を使っているのを確認したアキラは、更に不機嫌を装って告げる。


「あのさ、聞きたいことってウルフのことじゃなかったかな? なのに俺が何処から来たとかは必要? 他に聞きたいことが無いならもう行くけど」


 アキラがこうまで強気に出られるのは、話の主導権を握りつつあるのと、話している最中に示した怪我の有無や門について負い目を感じているきらいが向こうから窺えるからだ。

 そしてレンと名乗った人物から聞いたルールと言う物を合わせると、多少強気に出ていても害される可能性は無いとアキラは判断したためである。


 心境的に仮眠室を借りた手前心苦しい思いをしていたアキラだが、話していてボロが出てきてそれこそ今以上に悪い状況に陥る可能性が否定できないため、相手を急かすように言い募った結果、グランは返す。


「すまないが、後2点程で終わるもう少し待ってくれ」


 グランが妥協点としてすぐに用事が終わることを告げつつ、言葉を繋ぐ。


「ウルフリーダーが居た筈だが、それがどうなったかわかるか?」

「あいつなら倒した」

「なるほど。疑っているわけではないが、アイテムボックスの一部でも見せてもらえないだろうか?」

「別に俺はどうしても倒したと言う証明をしたいわけじゃない。聞かれたことに答えただけだ」


 この言葉にグランの背後に居る二人の兵士が息を飲むのが伝わる。目の前の村人らしき人物がウルフを率いる個体、リーダー種を倒したことについて驚きながらも半信半疑だったのだ。


 証拠は出さないし、見た感じアイテムボックスを持っているようにも見えなければ、保存用の品さえ持っていない風に見える。


 判断は任せると言うアキラに対して疑念が湧いているが、グランは門の前では凄惨な戦闘跡が有ることから、本当だと判断する。


 それとは別に、アイテムボックスの取扱いをアキラが知らないと言うのも1つの理由として存在する。

 手荷物が無いのにアイテムボックスを取り出したらどうなるのかわからなければ、アイテムボックスを開封すればそれで終わりなのか、それすらわからない手探りの状態だ。


 アキラは自分の立ち位置と言う物が不明なために、何も行動が起こせないことに対して苦痛に感じる。


「通りで群れも居なければウルフ・リーダーも居ないわけだ」


 グランは物証が出ないならと、状況証拠である他の兵士から受けた報告の内容を思い返す。


 それによると手に何か見慣れない道具を持っていることと、アキラは血塗れなのに怪我らしい怪我をしていなかったと聞いている。


 それを考えると、服はウルフ・リーダーの返り血で汚れたのだと判断し、頭のウルフが居なくなったため撤退したのだとグランは考えるようになった。


 当然この血は殆どがアキラの物なのだが、既に怪我は治り、血みどろの服も存在しないことからこの真実に辿り着くのは難しい。


 どうやって倒したか聞きたいグランだが、これ以上聞くと話が終わってしまうと考えた。


 ウルフ・リーダーを倒した事実に納得した様子のグランを見て、それが本当だとわかった兵士が一人、青褪めた表情をしていた。


 そしてその状態の兵士にグランが振り向いて声を掛ける。最後の用事の1つについてはグランではなく、その兵士についてだった。


「どうするポルタ」

「あ、あの…それは…」


 アキラはポルタと呼ばれた先程から落ち着きがない新米らしき兵士に顔を向ける。どうして突然この兵士を呼ぶのか?


 大凡察しながらも確信が無いため疑問に思っていたが、ポルタと呼ばれた兵士が何かの覚悟を決めたのか、青い表情のまま一歩前へと踏み出してきた。


「こ、この度は! も、も申し訳ありませんでした! 私に出来ることが有れば何でも致します! 許せとは言いません。償うき、機会をください!」


 アキラは言葉足らずな謝罪を受け、確信する。門を降ろした原因がこのポルタと言う新米風な兵士だったということに、希望を奪い去り、絶望を与えた存在が目の前にいたことに、殺されかけた原因が手の届く距離に居た。当然アキラの行動は決まっている。




「ポルタ…」

「うぅ…っぐず…」


 頭を抑え、しゃがみこんだポルタから涙を流しながら呻き声をあげる姿に、気がつけばグランは名前を呼んでいた。もう一人の兵士は何か用事があるのか、姿は見えない。


「こ、殺される、かど、お、思っだら、うぅ…」

「確かに心情を察するとそれもわかるが、そんなことになれば流石に止める。お前は大袈裟にことを捉えすぎだし、今回の件も俺が代表して謝罪して終われば済む話だったんだ…。でも、よかったな」

「は、はぃ…っずず」




「はぁ…やっと終わりか。兵士さんお見送りどうも、それじゃ」


 外に出たアキラは精神的に疲れた状態で漸く、はじまりの街アジーンへと足を伸ばす。

 ポルタの横に居たもう一人の兵士がアキラを外へと案内し、アキラはそれに対して兵士の方は見ずに、形だけのお礼と別れの挨拶を済ます。


「アキラさん、ポルタのことありがとうございます」


 アキラは背後から名も知らぬ兵士に声を掛けられるも、振り返りもせず手だけ振ってアジーンへと入っていった。


 ポルタの先輩に当たる兵士も思うところがあったようで、そんなアキラに対して頭を下げ続けた。




(ほんとに疲れたな。早くホームに行くかマップマップっと)


 アキラが詰所から離れてホームを目指すためにメニュー画面を操作してマップを表示する。


 半透明のウィンドウを背景に羊皮紙で作られた凝った紙でその盤面には地図が描かれている。自身の位置がわかるように、緑色の雫を模した矢印がアキラの向いている方向をリアルタイムで示してくれた。


 それのお陰でホームの証である家を模したマークを確認すると、一直線に向かうことが出来る。アキラは目的地を定めるとそこへ向かって歩き始めた。道中アキラは、自身の決断を思い返す。




「こ、この度は! も、も申し訳ありませんでした! 私に出来ることが有れば何でも致します! 許せとは言いません。償うき、機会をください!」


 アキラは瞬間的に、門を閉ざされ未来を奪われた光景が蘇る。しかし、ポルタと呼ばれる彼をどうこうしようと思う気持ちは沸かなかった。悪意が無く、故意でもない。


 その上で償うと言ってくれた。そして何より、黙っていれば絶対にわからなかった筈なのにそれでも自ら切り出してくれた。


 グランの門番としての代表的謝罪だけでは決して気が晴れることがなかっただろう。あまり気にしないと考えていただけで、わだかまりは確かにあった。


 アキラは気にしないではなく、気にしないようにしていた事実を心の中で再認識すると共に、ゆっくり立ち上がってポルタに近づく。


 グランが身構えて凶行に及ぶつもりなら止める心持ちでアキラの反応を伺う。


 ポルタの目の前までアキラが来るのがわかったのか、頭を下げつつも体がビクリと反応した。


「なんでもする覚悟が本当にあるのか?」

「っ! …は、はい」


 アキラの確認の声にポルタは動けなくなったが、返答だけは弱々しくも聞こえる程度に返してくる。


 ポルタの頭を下げている姿勢は丁度頭頂部がアキラの方を向いていた。アキラはその頭へ向かって拳骨を落とした。


「ぃでっ!」


 それ程力は入れなかったが、この世界に来る前ならいざ知らず、現時点でシヴァを持っていない状態のアキラの力でも、軽く殴るのは相当な威力になっている。


 そんな力で殴られたポルタは堪らず舌を噛んだような反応をする。そんなポルタに向かってアキラが言う。


「…もう同じ失敗はするなよ。それじゃグランさん俺はこれで」

「あ、あぁ。おい、案内を」


 そうグランに告げたアキラは、足早に取調室から出ていく。グランはもう一人の兵士に外まで案内するように告げた。

 何が何だかわからないポルタは、ただ呆けた顔でアキラの後ろ姿を眺める。


 ポルタの真面目過ぎる性格が黙っていると言う選択を取れなかったが故の拳骨だったが、その御蔭でアキラだけでなく、ポルタの心も救われる結果となった。




(殴らなくてもよかったけど、何か考えがあったわけじゃないし後腐れなく別れるならあれで良かったのかもしれない。うむ、むしろ好判断だったな)


 場当たり的に行動していたアキラが、それを都合よく解釈していると目的地へと繋がる人通りが目立つ通りへとその足を向けた。

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