第13話 世界の断片


 アキラの顔は黒く柔らかい金属のような感触と共に、アイアンクローの体勢で掴まれている。音もしなければ床も破損していない。アキラは驚愕しながらも黒い鎧の人物が喋りかけている声が耳に入ってくる。


『お前血の気が多すぎやしないか?まだ話は終わってないんだ。最後まで聞け』


 アキラの中の蠢く感情は、少しの時間で冷静に抑えつけられ、何をしてきたかわからない相手に対してとんでもない悪手を取ってしまった後悔で静かになる。


 アキラが話を聞く態度と見て取ったのか、黒い鎧の人物はあっさりとアキラの顔から手を離す。

 その動作から、また襲い掛かってきても問題にはならないと、態度で物語っているのは容易に理解出来る。


『原因の一人とは言ったが勘違いするな。このゲーム…ゲームって言っていいか知らんが、この世界ゲームの制作者の一人だ』


 アキラは何が違うのかが理解できずに「それがどうした」と言わんばかりに相手を睨みつける。


 自分がどんな目にあってきたか、そんな事情は制作者だからとかはまったく関係ないのだ。そんなアキラに対して黒い鎧の人物は話を続ける。


『はぁ…まだ年は高校生位って所か? 理解できると思うから話を続けるぞ。ソウルオルターを作った一人ではあるが、こんな現象は当然仕様には存在しないし、こっちだってここに送られただけなんだ。第一VRゲームなのにどうやって体ごと持ってこれる?』


 黒い鎧の人物は高々テレビゲームが意識、又は体を別の場所に移すなんて有り得ないと言っている風に聞こえる。


『そう不可能だ。ゲームを作っただけで同じ境遇なんだが、まさかここに来たばかりの奴が一言言っただけで攻撃してくるとは思わなかったぞ』

「ふざけんな! だったらなんでこの騒動を知ってる! 作っただけの人間でそんな仕様が無いって言うなら、この騒動なんて言い方しないだろ!」


 アキラは何も考えなしに言ったわけではなく、この世界に送られたことと装備についての整合性を考えた結果から出た言葉だった。


 送られたと言うことは、本人が自らこの世界に来てはいないと言うことだ。そんな境遇な筈が、見た感じ低めに見積もってもそれなりに整っている装備をしている。


 常識で考えればそれはおかしいのではないか? と考えたからだ。


 それなりに装備が整った状態でこの世界に送られるなんてことは、被害者の一人であるアキラ自身が違うと証明しているし、話の節々から少なくない間この世界に居るような言動を取っている。


 その推察から、少なくない時間離れているのに騒動の時間を知っているのがおかしいと考えたため、黒い鎧の人物に食って掛かっている。


『洒落た言い方をしただけだったんだが、少し話しただけでそこまで考えるか。なら勘違いする前に回りくどい言い方は無しにしよう。この騒動は人為的に引き起こされた物だが、単独ではなくグループによる犯行だ。勿論私も被害者だ』


 アキラは言いたいことが多少なりともあるが、先程の騒動の意味を素直に話そうとしているならと話の続きを促すように言葉を発する。


「…なんでそんなことがわかるんだ」


『それはこの世界ゲームを進めていけばいずれわかることだ。制作者ですら知らない物がこの世界には多い、だから一概には言えないんだ』


 仕様を知り尽くしている人ですら、この世界にはわからない事が多くある。アキラはこの人物の話を信じる前提だと、アキラの中だけでは辻褄が合わなくなっていく。


 そんなアキラを置いておき、黒い鎧の人物は話を続ける。


『そのグループはどうやら一枚岩では無いことがわかる。そいつらと言っていいのか、そのおかげでこの騒動や、どうしてこんな事件を起こす必要があったのか、なぜ仕様には無いことが数多くあるのかがわかった』


 アキラは落ち着かない頭で考える。


(こいつが言ってることが本当かどうかはわからない。ならこいつの情報から判断するしか無いか…)


 アキラの考えがある程度まとまったタイミングで、黒い鎧の人物はアキラを見下ろしながら話を続けた。


『そしてお前に話しかけた理由だけどな。キャラクリをサービス開始前に終えてるネトゲの事情に明るい、尚且つヒューマンを選択した奴に助言をしたかったからなんだ』


「……は?」


 アキラの疑問の声が出るが、その疑問は話を続けると朧気ながらわかってくる。


『ゲーム脳と言っていいのか、効率を考えるとこの段階で既にこの世界に来てしまっているのは大体の奴がデーモン…大まかに言えばヒューマン以外を選んでしまっているんだ。そこは理解出来るだろう?』

「…あぁ、普通に考えたらヒューマンなんて弱小種族は…選んだり、しない」


 アキラは命中と運が上がりやすいのと、尚且つ見た目が人間の方が銃の見栄えが良くなると考えたロマン思考故の選択だったのだが、それがいざ現実となると後悔が滲んできてしまい、後半になると言葉が若干詰まってしまう。


『そうだ。初っ端からそんなおめでたいと言っていいのかわからないが、取り敢えず何かしら理由があってヒューマンを選び、オンラインのVRゲーム発売直後に、平日の深夜からヒューマンのはじまりの街に辿り着く奴なんていない』


 アキラは自分が駄目人間のような言い方をされてる気がして心にしこりを感じた。そんなアキラに気がつかないのか、話を続ける。


『例え居たとして、現時点でここに居るのはお前だけだ。結果から言えばお前にしか話しかけられなかったと言ったほうが正しい』


 アキラは話の途中から自分が命をかける場面でロマン思考をしたことについて悔やんでいたのを思い出す。


 その過去はあっても、理由があって弱いだけで強くなる道は用意されている筈だと、プラス思考で後悔を流したのだ。


 現にオンラインゲームというのはバランス良く作られる物で、1つ2つ突出しても最終的にはそこそこ平均的な能力になるケースが有る。


 オンラインゲームは時間や過程の差はあれど、個が突出して力を持つことは非常に稀で、制作サイドの思惑を超えていなければ最終的にヒューマンでもそこそこの力を持つことは十分に有り得る。


 その希望にアキラは賭けることで、自身の選択は少なくても悪くはないと考える。黒い鎧の人物はそんなアキラに手を差し出し、アキラはその手を握り返す。

 倒れた状態から助け起こされながら、多少冷静になって言葉を返す。


「結局何が言いたいんだ?」

『さっきも言ったが助言だ。お前がどういうつもりでここに居るのかはわからない。けれどこの先に進めば肉体的にも精神的にもとんでもない苦痛を味わう筈だ』


 アキラの内心は「最早ゲーム関係ないじゃん」といつもの調子だった。


『この世界…と言っていいのか、ヒューマンの体はあまりに脆い。この意味はいずれわかると思うが、言いたいことはそれだけじゃない』


 アキラは突然告げられる意味不明な助言を黙って話を聞きながらも自身の中でその意味を模索する。


 ウルフに噛みつかれて体中穴だらけになったことを思い出すも、それが脆いことと関連性があるのかはまだ不明である。アキラがウルフ戦を思い出しながらも話は続いていく。


『この世界は弱肉強食だし、強くならなければ話にならない。そしてヒューマンに厳しいこの世界で強くなりたいのなら、どうして強くなりたいのかを絶対忘れるな』


 アキラは絶対何が起ころうとも帰らなければならない。命を賭けた遊戯ゲームなんてフィクションだけで十分だと考える。


 だからなのかも知れない。アキラがこの黒い鎧の助言をわからなくても一生懸命理解しようとしているのは…。


『今は無くても理由は作れ、どんな状況でも希望を持て、心だけは絶対に折るな。そうすればきっと現実世界に帰れる筈だ』


 黒い鎧の人物は精神論を語った後に確信が持てないのか、帰還については断言できなかった。そして最後に具体的な強くなる方法を一つだけ伝えられる。


 アキラは強くなることより帰れる筈と聞いて、初めてこの世界に希望を見出す。気がつけばいきなりよくわからない話をされながらも、具体的に知りたい内容の一部を耳にすれば、今までの意味不明な話は流して自身が感じる重要事項について、反射的に聞き返してしまう。


「…帰れるのか?元の世界に戻れるのか!?」

『さぁな、今からそれを確かめるためにヒューマンのはじまりの街、アジーンに“戻ってきたんだからな”』


 その言葉を聞いたアキラはこの人も自分と同じ種族を選択していたのだと気づく。そしてなぜ助言なんかをするのか尋ねる。


「そ、そうか…正直助言の内容とかイマイチよく分かんないけど、どうして俺に助言なんかを?」

『…確かにこの話をいきなりされてもよくわからないか。済まないな、久しぶりの同郷人に会えたせいで忙しない話になってしまった』


 この言葉から、既に短くない期間この世界に居た事実を告げている。


『だが今はわからなくてもいい、こんな話をしたのはこの種族を選んだ人に一人でも多く生き延びて欲しくて出来ることをしたかったんだ。こっちとしてもこの世界に居続けるわけにはいけないからな』


 多く生き延びて欲しいと言う言葉に、自然と唾を飲み込んでしまったアキラは自身の感覚は間違えていなかったことを思い出す。


 現実と同じで死ねば終わりと言うこの世界は、普段命の危機に晒されない現代人にはあまりにも過酷だろう。


 そして自身をこの騒動の原因の一人と言う言葉さえ、自虐めいた物を感じる程に、アキラは相手に対して同情心すら持ち始めていた。


 アキラは自然と問う。


「居続けるわけにはいかないって、なんでだ? 俺だけじゃなくて他の人にもアドバイスとかしてやらないのか?」

『出来ることならそういうこともしたいが、それには時間が無さすぎるし実質不可能だ。状況判断が的確な人ばかりではないし、騒ぎ出して問題を起こすのは目に見えている』


 アキラはこの言葉に反論しない。いや、出来なかった。

 人は理解できない物に対して、自身の中で消化するのは時間がかかる物なのをアキラ自身がよく知っている。


『それにプレイヤーはヒューマンだけじゃないんだ。だったら一刻も早く現実に戻ってこの世界に来た人を現実世界に戻す努力をしたい』


 この言葉から自身が原因の一人であると考え、責任感を感じている節があった。そして、やはりと言うか、他の種族でも現実世界からプレイヤーは呼び出されているらしい。


『だからヒューマンで尚且つ強くなるのに貪欲であり、素早く行動できる奴に一人でもいいから会って教えたかったんだ。この世界は現代社会に馴染んだ人が過ごすには、あまりにも過酷だからな』


 その後も黒い鎧の人物は辛そうに話しながら、自分は強くなる方法を知っていたからヒューマンでも耐えてこられたと、悲しげに告げた。強くなければこの先は耐えられないと言わんばかりに…。


『最初は開発室でデバッグ作業のつもりで実機を被ったことを後悔した。そして選んだ種族もだ、せめて魔人であればあんな苦労は無かった。そんな苦労を一人でも避けれるように…可能性の種族ヒューマンを選んだ者達に一人でも伝えたかったんだ』


 しかし、過酷で辛くても言外にヒューマンには何かがあるらしい。が、聞いても語った所で意味のない物だと告げられるが、一つだけ教えてくれた。


『人生の選択肢は自分の心の赴くままに決めろ。決して頭で考えるな。それじゃそろそろ失礼するよ』

「あ、あぁ助言…?ありがとうな、それと、もう紛らわしい言い方するなよ」


 アキラは自身の早とちりを棚に上げて、冗談めかして言う。


『フッ…それじゃいつかまた会えるといいな。さようならアキラ』


(なんで俺の名前知ってんだ? …そういやプレイヤーを調べる方法あったな。この世界の方式に従うならプレイヤーを選択するつもりで意識して…調べるのコマンドを選べばいけたはず…)


 アキラが調べた結果が表示される。

【選択中のプレイヤーの情報は非公開に設定されています。】


「えっ」


 アキラは後にプレイヤーの表示情報の設定を変更できることを知るが、そんなことより名前だけでも聞こうと声を上げる。


「ちょっとあんた!名前を教えてくれ!」

『調べたら出るだろう?』

「非公開になってるんだけど?」

『あっとすまない。忘れていたよ、名前はレンだ。今だけ公開しておくから、見るのは少しだけだからな』


 あまりにも昔に設定したことだからか、開発者の一人だがとぼけた感じに聞こえてしまう。


(案外融通効くな、俺も悪いけどいきなり床に打ち付けられた時はどうなることかと思ったけど…どれどれ)


 心の中で安堵していたアキラは、公開されている筈の装備を見る。そこには見た目と矛盾したデータが映し出される。



name:蓮


equip

頭:-

胴:-

手:-

脚:-

足:-


首:ファントムリプレス

腕:幻想浸潤

指:アブソーバーリング



 プレイヤーを調べると言ってもわかるのは名前と装備しているアイテム程度で、プレイヤー側から簡単に非表示が出来てしまうため、判明する情報はあまり多くは無い。


 しかし、蓮と名乗った人物はあっさりと中身を見せてくれる。


 目の前の全身鎧を着ている人物の装備名が【-】表示で何も装備していないことに疑問を抱くも、装備しているアクセサリーを選択してその機能を見ることにした。



【ファントムリプレス】クラス:------

閲覧不能。


【幻想浸潤】クラス:パイオニア

[D]幻魔夢想ムゲンで発見された腕輪。戦闘中のみ幻を吸収し、装備者のアニマを増幅させる。


【アブソーバーリング】クラス:パイオニア

機工都市マキナで製作された指輪。受ける衝撃を全て同一の衝撃に切り替える。



 アキラが説明を見終えると、タイミング良くウィンドウが消える。


「あ」

『もういいだろう? ジロジロ見られると落ち着かないからな』

「あ、ああ…この横線になってるクラスってなんだ?」

『------クラスのことか?』

「ん、俺の耳が悪いのか? クラスって言葉は聞こえるけどそれ以前は聞こえないぞ」

『------が聞き取れないのか、難しい言葉じゃ無い筈なんだが…あまり気にするな、いつかはわかる。時間も押してるからもう行く、生き延びろよ』

「あ、ありがとう…」


 アキラは自身が見ることの出来ないクラスが気になってしまい、なぜアクセサリー以外の防具は装備していないのに鎧を着ているのか聞くことが出来ず、タイミングを逸してしまった。


 しかし、理由は朧気ながら察することは出来る。


「あの鎧自体オルターってことなのか?防具も有りなのかよ」


 アキラの考える方向性は間違えてはいないが、その答えは正しくもない。そんなことを知ることが出来ない今のアキラはそれで納得し、気がつけば視界から消えていた黒い鎧の人物に対して多少なりとも心情を想像してしまう。


(なんかいきなりだったけど、話に飲まれちゃったな。まぁ内容が内容だし仕方ないけど……なんだろう、なんか都合が良すぎると言うか、大事なことを言ってない感じがする)


 両親を失ってから磨かれた観察眼が、相手の言動に違和感とまで言わないが感じる物があった。まるで9割本当のことを言っているのに、残りの1割を話していないとアキラはそう考えた。


(まぁ、自分の作った物が最悪な方法で活用されたら精神的に参っちゃうよな…。本当かどうかは置いとくとして、例え違和感あってもあんな話の後だとあれ以上は聞けないし仕方ないか)


 自然とそんなことを考えていると、取調室のドアが音を立てて開くのが見えた。

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