第136話 狭間の住人「煉魔」
つい先程まで翠火の居た場所で地割れが起こる。それ程の質量を持った物体を叩きつけられればトマトのように潰れてしまう。
『?』
だがブラックアビスにとって
パァッン!
『……これはあれか? 攻撃されたってことか?』
突然の炸裂音、その後音のした場所は炎があった。声はそこから聞こえる。遅ればせながらブラックアビスは何が起こったか把握するが、叩きつけた蔓が弾けた音だったことがどうしても信じられなかった。そのため自身に何が起こったかは理解しているのに理解を拒否している。自爆してきたトリトスを除けばダメージを与えることが出来た存在は居ない。だと言うのにダメージ所か自身の一部を消滅させる程の攻撃をする存在が居る等想像の外だ。
『なぁどうなんだよ? 邪魔だからどかしたんだが、高々植物風情がこの
『…………!』
『なんだこいつ? まぁいい【
炎が形を伴い人を模していく。その最中【
『ん?
「……え、あんた誰? よくわかんないけど」
リッジが質問に答えずただただ疑問に思ったことを告げる。
『は?
リッジは以前翠火が使うことはないと言っていたスキル【煉魔招請】を思い出す。
(もしかして魔人専用の種族スキルで出てきたのかな? だとすればこれが煉魔って奴? よくわかんないけどやばさがやばい)
感じる圧倒的な圧は脅威だったノートリアスモンスター・変異種を一瞬忘れてしまいそうなレベルだ。
「……質問を質問で返して悪いんだけど本当に翠火は犠牲になったのかな?」
『あぁ魂は間違いな――なるほど、変な物が混じってると思えば不安定な
仕方なさそうに人型を模した炎が手を掲げ、自身の胸に突き込む。
『グッ!』
人型の炎の塊が嘔吐くが構わず何かを探すように身体の中を
『……これか? ふぅ人間って奴はわからねぇな、こんな
徐に翠火のオルターを掲げ、空いている手で触れようとする煉魔の所作に、リッジは嫌な予感を覚えて声を上げる。
「待ってよ!」
『犠牲になった奴はまだ生きてるから心配すんな、ソイツは死ぬかもしれねぇがそれで死んだらそこまでの奴だったってこった』
「ちょっ――」
リッジの制止を聞かずに魔人はオルターへその実体の無い炎の手を突っ込む。
闇の中を留まる感覚、地面の無い無限に落ちていく世界しか無ければ既に自分が落ちているかどうかも覚束ない。もし現実にそんな世界しか無いのなら、人は簡単にその精神を壊してしまうだろう。
(生きる……なぜ? 生きてても死んでても……もうどうでも……いや、ダメ、よくない……でも)
翠火の心は間違いなく壊れかかっている。このまま放置するだけで簡単に廃人になってしまう。それでも考えることは止めない。自分で考えたことを否定して更に否定してまた更に否定する。そして否定し続けて一周した思考をまた否定。この終わりの無い落下と似た負の思考のスパイラルから抜けられない。だがそれこそが自分が自分であるための自問自答でもあった。
そんな終わりが感じられない世界が1つの声によって唐突に終わる。
『魂だけの存在だってのに人がまぁよくまだ生きていられるな』
「……」
『身体がねぇから喋ることも出来ないか、もし正気なら聞け』
「……」
『お前がこれからも元の場所に戻って生きていたいなら俺と魂の契約をしろ。しなければこのままお前の魂を消滅させ――やり方も言ってねぇのに契約締結か、気が強いこって』
声だけの存在だが呆れたような声音と同時に何かが翠火の中で結びつく感覚が生まれ、自身の
「私っは、死ぬわけには、いかないんですっ! っ……貴方が来たことで、すぐにそれを……お、思い出しました」
『なら時間が無い。細かいことは後で話そう』
「っ……」
翠火は不調を呑んで続きを待つ。
『俺はお前が呼び出した煉魔だ。
「雑魚……」
驚愕の言葉を無視して煉魔は続ける。
『このままじゃお前はあれと戦って死ぬことになる。俺ももう表には出られねぇし契約したことで煉魔の力の一旦は使えるようになっているが、それでも無理だ』
「そん、な」
『もうどうしようもなく詰んじまってるのが事実だ。それは受け入れろ』
「それ、でも、私はっ」
『そう逸んな。終わっちまう相手に俺も契約なんて持ちかけねぇよ。事実を事実として受け入れられねぇなら待ってるのは自棄になって自滅する未来だけだからな。取り敢えずは呑み込め』
「……はい」
『こっちも折角のチャンスだからな、可能性だけは見つけてきた』
「可能性?」
煉魔の持つ能力を翠火は一切知らない。だが縋れる物は最早この得体の知れない存在だけだ。落ちていくだけの世界から抜け出すためにも先を促す。
『ああ、それは――』
面倒臭そうにこれからすべきこと、あるかもしれない結果、自身が使える能力を説明される。
『――けぐらいしてやれる。まぁこんなとこか? そんじゃ、状況が落ち着いたら次はお前が
「待ってください! まだ聞きたいことが――っれ?」
粗方説明を聞き終えた翠火だったが不意に目眩のように意識が朦朧とする。身体は光を帯びた輪郭だけだがそれが所々崩れていく。
『言ったろ? 時間が無い。お前の魂は元の身体に戻ろうとしてんだ。いつまでも
「……」
喋れない程に意識が遠のく。だが気絶とは別に意識は失わず、自分の視点が高速で流れていくだけだった。闇が晴れ、光が流れ、いつしか景色は見覚えのあった場所へと戻っていく。
『――イ! オモシロクナイゾ! オキロー!』
「っは!」
呼吸を忘れていたかのように突如息を吸い、肺が驚き息が止まる。そして手から流れるオルター、焔の呼びかける声を認識出来た。突如認識した自身の身体が初めて生を受けたかのように必死に呼吸をする。
「翠火……? あれ、あの煉魔っぽいのは? よくわかんないけど」
「リッジ、さん? あ、あぁそれは生きて戻れたら説明します」
「よくわかんないけどわかったよ、でも今の内に逃げらんないの?」
「そうしたいのは山々ですが、無理です」
「あ、やっぱ?」
炎縛により縛られていたブラックアビスだが、使用した煉魔が居なくなったせいか、無理矢理振り解こうとしている。
「これから出来るのはやっぱり時間稼ぎかもしれません。でももしかしたら倒すことだって出来るかもしれません」
「マジ? そんなボロボロの状態で?」
「ええ、マジです。ですが、それは私で――」
「翠火あいつ!」
「はいっ!」
『……!!!』
遂に炎縛を解いたブラックアビスは声を出してはいないが、その身に怒りを滲ませているのは見て取れた。警戒を呼びかけたリッジは急いでその場を離れ、翠火は身構える。未だエゴの状態を保った彼女の肌に浮かぶ紋様は黒ではなく真っ赤に染まり燃え上がっているようだ。魔人の紋様が赤く明滅する様はつい先程まで居た炎の形をした煉魔を思わせる。
「倒すにしても勿論私が倒れないことが前提ではありますがっ!」
大きく声を張り上げ、動く。彼女がdying状態なのは変わらず、その状態によるステータスダウンで身体能力が落ちたことも影響して動きが鈍い。しかし、だからこそ煉魔招請も使えたし煉魔に関するスキルも今なら使える。
(いきます!)
気合いと共に翠火の中で煉魔の言葉が甦る。
『魂は中々だが魄が煉魔の存在に耐えられないお前に扱える能力は2つだけだ。もしお前に
「それでも私は……【死の克服】」
静かに唱えたスキルに共鳴して肌に這う赤い紋様が肌と同じく白くなり、反対に地肌は真っ赤に染まる。紋様と肌の色が反転した翠火の瞳も髪の色も白く染まった。何かを入れ替え終えた工程は翠火の体感まで変化させる。システム的にもHP表示は数字の1に変わっただけだ。
(な、煉魔招請を使った時と似た痛みが、でも全快したようなこの感覚……)
いけると確信した翠火は、既に攻撃態勢へと移っていたブラックアビスの動きをその瞳で捉えていた。スキル【縮地】で攻撃を受けない位置へと一瞬で移動し、同時にカウンターで【隼斬り】を入れる。明確なダメージは無いが、確かにブラックアビスのHPが削れた。
【ブラックユーモア:アレンジメント】
縮地と隼切りで完全硬直した翠火に向けて容赦なくスキルを発動するブラックアビス。リョウを追い詰めたこの周囲360度から容赦なく尖った蔓の先端を見舞うこの技、彼女には対抗策が存在しない。硬直から抜け出せても不可避のタイミング、それでも抵抗するように翠火は焔を振るう。前面はいくつか打ち落とせたが抜けた数本、そして背部を容赦なく貫く。
「っ!」
身体を貫かれ、リョウと同じように翠火が持ち上げられる。だが見る者が見れば不自然なことに気がつく。そのことにリッジは呟かずにはいられない。
「翠火はどう見ても瀕死だったのに……なんでまだ生きてられるんだろ?」
勿論悪意があっての発言では無く、翠火はどう見てもdying状態だったためだ。この世界ではその次に致命傷を受ければ死亡し、光の粒子になって消えるのが道理。
そんな彼女は血まみれの身体を振るわせ、煉魔の声を思い出しながら吠える。
『そしてだ、もし死を越えても待っているのは死にながら生き続ける身体だ。お前に死の傷を引き摺ったまま
「ま、だまだっ!」
口から血が飛ぶがそんなことを気にする余裕は無い。自身のHPが
「【生者断絶!】……っ!」
翠火の身体が脈を打つように跳ねる。それに呼応するように身体に奔っている白くなっていた紋様と赤くなっていた地肌の色が再び入れ替わり、元の状態に戻っていた。
(これ、が死の痛、み)
そんなことはお構いなしにスキルは機械的に最後の工程、DEATHからBIRTHに文字と表示を切り替える。
「はぁ、はぁ……アタッチメントをんぐっ……切断、に!」
『アイヨー! ツイデニ~カルテットモナー』
血を飲み下し、収まった痛みを忘れて次の行動に移る。自発的にオルターの焔が翠火と瓜二つの分身を4人生み出す。エゴの状態でのみ
「それっ!」
元気な掛け声のオルターが生み出した翠火の分身が身体を縫い止めていた部分を纏めて切り離し、翠火は藻掻いてなんとか落ちることで脱出に成功する。
「あっ……ぐっ!」
呻き声を何とか飲み下し、苦しそうで何かを堪える様はとても長引くような物には見えない。そして、翠火のBIRTHの表示がダメージと同時に減り続けている。
(!? 身体は軽い……のに辛い、身体がバラバラに、なりそう)
それでも翠火は立ち上がりブラックアビスを見据える。時間を稼ぐなら仕掛けてこない限りは牽制か動かないのがベターだ。温存することも見据えれば来た攻撃を対応するだけで十分と翠火は考える。だがそんな甘い考えが罷り通るだなんて思ってはいても実現するはずがないことはわかっていた。
【ブラックユーモア:ソニックブラスト】
硬直状態と翠火が判断した次の瞬間、ブラックアビスがスキルを発動。花弁が回転を始め周囲に竜巻のような風を巻き起こす。周囲の木々は
「っ!」
一瞬でBIRTHの表示が限界に達する。胴体が千切れたと思うほどの衝撃、無抵抗に受けた攻撃は致死だとシステムからも理解出来る。身体が上半身と下半身で分断されたと思えて仕方が無い身体の喪失感、カルテットを使って呼び出した分身も無造作に吹き飛ぶ様は圧倒的な力の差を感じさせる。
(それ、でも。【死の――)
一瞬で思考の隅を過ぎったのは自分のすべきことを教えてくれた煉魔の言葉。
『ああ、今居る場所から数キロ離れたとこに活きの良い奴がこっちに向かってる。俺からすればそこに居る植物と大して変わらんが可能性は可能性だ』
「私は、何を……」
『あまり時間もねぇがシンプルだ。自棄を起こさず、どれだけ――いいか? どれだけ辛くても時間を稼げ、間違っても大きな一発は打つなよ? 今のお前じゃ
「……」
『ならお前の役目はこいつを倒すことじゃない。そいつ
「私のやることが、ですか?」
『あぁ、そこからは何が起こるかわからねぇしそいつに悪意があればお前は本当に死ぬし、俺はまた煉獄から出られなくなるだけだ。だがもしそいつがお前らの手助けになるんなら、生き残る可能性は出てくる。俺も折角表に出てこれたからな、やれることはするさ。でかい一発を使わねぇなら生と死を耐える位の手助けぐらいはしてやれる。まぁこんなとこか? そんじゃ、状況が落ち着いたら次はお前が
(――克服】……ツッ!)
ハッキリと強く意識して翠火はスキルを使用するとBIRTHの表示がDEATHに切り替わる。その瞬間ぼやけた意識が別の痛みによって覚醒させられた。
(きっと、これが
あるかもわからず願っていた希望を翠火は見つけた。例えその希望が偽りだとしても、例えその時が来ないとしても一度見てしまった光は決して消えない。大切な友達を失わずに済む未来が存在するのなら、その時が来るまで自分の何を犠牲にしても諦めるはずが無い。
「ふっ!」
慣れない痛みが先程より強く長く感じられるが今はそれどころでは無い。短く息を吐きながら身を丸めて吹き飛ばされた姿勢を正すと木を蹴って地面に着地する。それと同時にブラックアビスが花弁の速度を緩めて翠火の居る方向へと身体を向け、蔓と木の根で出来た四肢を地面に突き刺して四つん這いになる。顔だけは翠火の方へと向いてるのが不気味さに拍車を掛けた。
【ブラックユーモア:オキザリス】
突如無かった口元が歪に割れ、中から小さな塊が複数扇状に飛び出した。
(これならっ!)
速度はそれなりだが避けられない物でもない。首を捻って咄嗟に躱したが、まだ攻撃は終わっていない。
(でかい、種? それにどうして煙が……っ!)
避けた種の行く先は翠火が着地して背を預けていた木だった為至近距離で目し出来た。そしてめり込んだ種から出ている煙について思考を巡らせてしまったのが最大の失敗だ。
ドォォォン!
種は爆発する。そしてそれは一カ所だけでは無く至る所から連続して広がった。
(生者断ぜ、つ……ど、どうして? スキルが、上手く、使え、ない)
翠火は辛うじて木に埋め込まれた種の真後ろへ行くことで木を緩衝材に致命的なダメージを避けることは出来た。そして致命的な表示が存在している。
(dying? そんな、このままじゃ、皆が……)
翠火は気づいていないが、エゴは爆発を最後に解除されている。そもそもが定着していない状態であまりにもダメージを受けすぎた上に完全とは言えない状態での再使用、その結果エゴの活動限界時間に達していたのだ。そして摩耗しすぎた
(寒、い……身体の感覚が……)
今の翠火は現実なら既に死んでもおかしく無い程ボロボロだ。背中は複数の穴が空き、腹部には裂傷、爆発により体中が火傷と焦げでこのまま死を待つだけの存在と言っても過言では無い。
(もう、ダメなのかな? また……置いて行っちゃうのかな? 最後に……)
翠火に黒い影が差す。
(やっぱり、ダメみたい)
ブラックアビスがまだ何かしようというのか、眼前に強烈な輝きが見える。その輝きが翠火の眼前まで迫り、終わりを予感させる。
「最後……に、会いたかった……な」
「翠火さん、あんたにはナシロとメラニーの世話を任せてんだ。途中で投げ出させやしないさ【
翠火の視界に映っていた
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