第119話 予言は決して変わらない

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シヴァの詳細の説明を一部変更











 全身を真っ黒に煤けさせ、dying状態で意識を取り戻したアキラがなんとか地に手を突き立ち上がろうとしている。


「ぁぐぐ……このぉ……!」


 今のアキラはアニマ修練場で受けたダメージから立ち直っていないだけでなく、感じていなかった筈の痛みが急に出てくるようになったためだ。痛みに喘ぎながら震える四肢に活を入れて起き上がると見たことのある人魂があった。初めて見たときはオレンジだったが今は真っ赤に染まっている。


「くっそ、イドの反動がこんなにやばいの忘れてっいってぇ……」


 ヴィシュの回復スキルでは攻撃時の反動を癒やすことは出来ないため子鹿のように震えながら痛みに耐えて前へと進む。そして人魂へと手を伸ばした。


「……うんやっぱ熱くな――っはぁ、はぁ!」


 瞬間、何かの限界を超えてしまったらしいアキラは膝を着く。確かに触っても熱くはなかったが、問題は触った後だった。何かを堪えるように胸に向けて握った手を押し当てる。


(なっだこれ!? か、身体が燃えるように熱い! い、息が――)


 やっとの思いで吐き出し、やっとの思いで吸う。その荒々しくもゆっくりとした呼吸は自分でもコントロール出来ていない。呼吸が困難な息苦しさ、そして熱を持って襲う身体の倦怠感、立つことも出来ずただただその波が過ぎるのを待つ。イドの時には感じなかった苦痛に耐えているとアキラのオルターが勝手に宙へ現れる。


『特別な修練を修めた者よ、その証としてオルターを次の段階へと成長する権利を与える。オルターはイドから成長し、エゴをそのソウルに宿すであろう。自我を得た可能性は新たなる“脅威”となる。どれ程の力を手に入れても使い方は己次第だと言うことを忘れてはいけない』


 老成した声がアキラに告げる。しかし前回イドを習得した時に聞いた忠告はすぐに聞こえなくなったのだが、今回はそれだけに留まらない。尚、アキラは現在進行形で苦しんでいる。


『どんな形であれこの修練を突破した者を祝福しよう。示された可能性を無に帰さないため1つの贈り物を用意した。息絶えること無く魂魄の成長を、そしてオルターと共に高見を目指してもらいたい。何者であれ願わくばこの世界から脱することを願う』


 身体の中で何かが暴れる感覚、急激に何かを押し広げようと繰り返される成長痛とは比べものにならない痛み、視界はぼやけ、焦点も合わせられず目を瞑っても何かが根本的に変わっていく恐怖にただただ耐えるしかない。すると、ふとそれらの異常感覚から解放される。


【エゴの解放を確認】

条件を満たしているため、エゴが覚醒しました。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


 目の前に現れるメッセージを気に出来るわけがない。鯉が池から顔を出して口を動かすかのようにアキラも呼吸を求めて口を押し広げている。頭は酸欠のように呆けてしまい、落ち着くのに時間が掛かった。


(……な、なんだったんだあれ? 器の崩壊を凝縮したような――ん)


 そんな疑問が出る程落ち着いたからなのか、まるで苦痛が無くなったのを見計らったかのように視界にメッセージが表示される。



【HELP】

シヴァのみエゴに覚醒出来ます。

ソウルプロテクトによりヴィシュが覚醒出来ませんでした。

プレイヤーの安全のため複数のオルター所持者は段階を踏んで覚醒させる必要があります。

覚醒条件:シヴァのエゴを定着状態にする。



 確認を終えたアキラが瞬く間に流れるメッセージを流し読みすると再び声が聞こえる。


『手に入れた力は強大だ。決してその力に溺れず、道を踏み外さないことを願う。もし踏み外せば、また同じ力ある者に必ずや討たれるであろう』


 その言葉を最後に瞬きをした次の瞬間には元の1人用の椅子にアキラは座っていた。


「体調がすっかり元に戻ってる……まぁいいや、あの言葉って要は調子に乗るなってことだよな。あのドラゴニュートみたいにはならないように忘れないようにしよっと! さてと」


 最後の部分以外と心の中で付け加えて反面教師のように虚構の自分を思い浮かべ、一頻り反省をすぐに終わらせる。


「それはそれとして箱が2つあるってことはあの声の言ってた贈り物って奴かな?」


 いつの間にか出現していた白金と金の2種類の宝箱がアキラの前に鎮座していた。


 白金の宝箱は金の宝箱より目立ちにくい色合いにも関わらず、その存在感は金とは比べものにならない。手を近づければその白い輝きに埋もれてしまいそうな錯覚すらある。対して金の宝箱は白金のように手の届かなさそうなまばゆさとは違い、一目見れば飛びついてしまいそうな魅力があった。


「やっぱりこのワクワク感はたまんないな、何が出てくるんだ? まずは……」


 己の欲望に従って金の宝箱に手を掛ける。



【ガーディアンホーズ】クラス:パイオニア

古の地に住まう王を守護する門番が身に着ける制服。着用者の動きに合わせて動きを補助する機能がある。STR又はAGIを10秒間2倍にする。一度使用すると再使用に1分の時間を要する。



「おお! 見事に近接特化です。本当にありがとうございます。……まぁいつものことか、毎度のことながらアニマ修練場のドロップって俺の持ってない部位出るよな。パイオニアクラスってのもまたなぁ」


 自身の都合のいいように出現する宝箱に見られているような気分の悪さを覚えるが、勿論気のせいである。アニマ修練場は強くなるための施設であり、そのために都合のいい装備が出るのは当然と言えば当然であるが、深く考えないで次の宝箱に手を掛ける。


「よし! 次!」


 心臓の鼓動が自然と高鳴る。この緊張感を噛みしめるつもりはないアキラだが、手の動きは緩慢で何が出てくるのか楽しみな反面恐ろしくもある。パイオニアクラスが金の時点で出ていると言うことは身に着けている呪いの仮面同様レジェンドクラスもあり得ると考えるのは仕方が無いことだ。


 アクセサリー以外の装備が一式揃う。そんな期待を胸に、開けた宝箱の中を覗き込むと中に入っていたのは……


「……何も入ってない」


 何かの間違いだと思ったアキラは箱の中に手を入れて漁る。


「ん? なんだこれ」


 すると布のような柔らかい感触を捉えた。見えない所から感じる柔らかい何かを掴み上げ、なんとなくバッグに入れてみると布のアイコンで収納され、説明を読み込む。



【隠者のマフラー】クラス:ファンタズマ ★

実体を持たない覇蟲、クリアクローラの繭を原料に特殊な製法で作られたマフラー。このマフラーは誰にも見ることが出来ないため、その存在を知る者は少ない。身に着けている者の装備による威圧と気温の変化を抑制する効果がある。

マフラーに2回触れると【陰影】が発動する。



「へぇ……なんか便利そうだな。でもこのクラスの横にある星はなん――」


 そう呟く途中でヘルプが表示されたため、言葉を止める。



【HELP】

【★】と表示された装備品を入手しました。★は一度着用すると持ち主のアニマを記憶します。着用者以外が身に着けても装備の効果は現れなくなります。



「盗難防止みたいなもんかな? でもこれ見えないよな、意味あんのか?」


 見えないため盗られる心配が無いと隠者のマフラーをバッグから取り出し、手探りで広げる。


「全く見えない……取り敢えず付けてみるか。これって無くしたら絶対見つかんないよな」


 胴体は絶酸の肌着のまま結局フル装備を整えられなかった気持ちを追いやるように首に巻く。するとマフラーが優しく光を放った。


「お」


 何が起こったのかマフラーを確かめると、不思議なことにマフラーの所在がわかるようになった。見えなくとも輪郭を感じ取り、取り外してもマフラーの形がはっきりと理解出来る。


「肌触りも凄いな、付け心地も悪くないし蒸れない。なんて言ってもズレ落ちる感じが全くしないってのが最高だな。スキルも気になる……陰影ってなんだ?」


 アキラがスキルのメニューを開くとエクストラと書かれた項目に陰影が表示されていた。


【HELP】

エクストラスキルはアイテムや装備、または特別なフィールドで使える特殊なスキルです。条件を満たせないスキルは表示されなくなり、使用出来ません。


【陰影】

非戦闘中に全身が影に覆われた状態でこのスキルを使用すると姿を消し、痕跡を残さず移動出来る。スキル発動中光に触れるとその部分だけ透過効果が解除されてしまう。

また効果発動中に攻撃することは出来ないが、第三者が視認されている状態で使用すると姿は消えないが足跡や匂い、気配と言った痕跡を残さずに移動出来る。



「へぇその都度効果が変わるのか、便利っちゃ便利だな……いや普通に強くね?」


 最初のインパクトの落差に思考を放棄していたが、その効果の高さにすぐ思い直す。


(もし夜だったら殆ど場所の制限は無いに等しいな。曇りなら明かりだって大したことないし基本街灯の無い場所なんて真っ暗も同然だ)


 宝箱の整理を終えたアキラはメインとも言える、オルターの確認に移った。


「胴装備が無かったのは残念だけど思いの外ボッチ化が進みそうな装備も手に入ったしぼちぼちシヴァとヴィシュの確認でもしますか」



【オルター】

名前:シヴァ

ソウル:エゴ【定着準備中】

タイプ:遠距離シューター

詳細

アキラのソウルから写し取られたアニマを、銃という器として構成されたオルター。イドからエゴへと成長した結果意思の疎通が出来るようになった。


従来通り射撃はDEXの数値がSTRに加算されるが、エゴ使用時はSTRとDEXの合計がSTRとDEXの値になる。エゴ使用時に可変を行うと【インパクトドライブ】が【エグゾーストブレイカー】に変化する。


【エグゾーストブレイカー】を使用する場合、シヴァの可変完了を待たなければならず、スキル使用後3分の再使用時間リキャストタイムが発生するが、このスキルは再使用時間が経過していなくても再度使用することが出来る。

※再使用時間が経過しない内にこのスキルを使用すると6割のHPを消費し、エゴ解除後の負荷が倍になる。

また【エグゾーストブレイカー】はdying状態では使用出来ず、HPの3割を消費する。消費HPが足りない場合は強制的にdying状態になり、威力もそれに応じて落ちてしまう。


エゴ状態の遠距離射撃は連射不能。また、可変時に弾丸を放つとMPが消費される。



「可変? ってシヴァ?」


 オルターの説明を表示したままシヴァを呼び出し、可変が何かを考えるとシヴァの特徴である黒い銃身と強く握ると赤い三本のラインが奔る特殊なベレッタがその姿が変わる。金属同士が擦れ、非常にマッチした機能的な動きは見ているだけで男心をくすぐる物があった。


「これが可変した状態ってことか、修練場で見てたけど銃ってか……小さな大砲だろこれ」


 数十秒後、銃身が正方形に変わり銃口から赤い線が奔るであろう黒いラインが伸びている。明らかにベレッタの口径9mmを優に超えた銃口はスナイパーライフルでも使うのかと言う程大きく、アキラの指が収まってしまう程だった。グリップも若干大きく、トリガーの重さも大分増している。


(ってか時間掛かりすぎだろ……これからならしていくしかないか)


 修練場で虚構のアキラが使ってきたシヴァのエゴは可変に数十秒と掛からずもっと短時間だった。これからの期待を込めて軽く頬を緩ませて息を吐き出す。


『スゴイデショ』

「あ、ああ凄い凄い」


 すると、突如聞き覚えのある元気な声が頭に響く。アキラは一瞬戸惑うも、シヴァが意思の疎通が出来るようになったと表示されたことを思い出して普通に返す。あまり上手に喋れてはいないが、一生懸命に誇る声は子供が自慢してくるような微笑ましさがある。


(可変ってエゴにしなくちゃ出来ないってわけじゃないのか? ん)


 アキラが疑問を浮かべていると再びヘルプが出現した。



【HELP】

ソウルが定着していないオルターは制限時間、または所持者の限界を超過してスキルを使用すると強制的にその状態が解除されます。

解除した場合、肉体に掛かった負荷に応じてデメリットが発生します。体調を著しく損なう可能性もあれば、意識を失う可能性もあります。

このデメリットはソウルが定着することで解消出来ます。



 ヘルプ画面を閉じると今度は別のヘルプが現れる。急に知ることが増えたな、と短く嘆息して読み込む。



【HELP】

エゴ以降に使用出来るスキルは危険な物が多くあります。環境に影響を及ぼすスキルも存在するため、誤作動防止としてスキル使用時はスキル名を声に出すか、確固たる意志でスキルを強く意識して使用なければ発動出来ません。



「スキルが使えないから可変してても問題無いってことか、環境に影響ってのも……あのガンダって言うドワーフみたいな攻撃のことか?」


 以前ありったけのバフを掛け、更に相反の腕輪で倍にしたインパクトドライブをガンダのオルター、ムスキに向かって放ったアキラだった。そして同時に相手もスキル【ワールドビット】というエゴの時に使える専用スキルを使用する。だが、その結果は呆気なくアキラの力負けで終わってしまった。正確にはその攻撃を利用して負けたのだが、強いられる負けに苦い思いをした記憶が甦る。


「あの時は俺に出来る最大の攻撃だったのに全く歯が立たなかったんだよな……俺もあんな威力のスキルが使えるのか?」


 インパクトドライブ以上の衝撃は未だにその手に覚えているのか、シヴァを握る手に力が篭もる。だがそこでもう一つのオルターの存在を思い出す。


(あ、ヴィシュも調べ……ん? あぁそういえばそうだった)


 シヴァはエゴに成長していたが、ヴィシュは以前のままステータスが一部を除いて変わらないままだった。変わっていたのはソウルの項目で、そこには『エゴ待機中』と表示されている。呼び出してみても今ひとつ違いがなく、シヴァのように喋る気配もない。そしてあることに気づく。


(……あれ? あの予言師が言ってた悩みは解消されるけど満足はしない……だったかな? このことを指してたのか?)


 朧気ながら予言師が言っていたことを思い出す。圧倒して倒した虚構の存在に打ち勝っても予言の内容は変わらない結末を指している。この結果に予言の内容を変えるのは生半可なことではないと再認識してしまうが、気を取り直して見た目が変わっているかどうかを調べるためにヴィシュを出す。


「ヴィシュはシヴァのように可変したりするのか?」

『…………』

『ヴィー、ヘンジ』

(ヴィー……愛称か?)

『イエ』

『ドシタノ?』

「多分ヴィシュはまだ成長してる途中だから返事しか出来ないんだろ。自分でも何があるかわからないみたいだし」

『ソッカ』


 若干気落ちした雰囲気を漂わせたシヴァの声ではない音が耳に届く。


(オルター同士で喋るんだな。可変もあるかどうかはわかんないみたいだし……まぁそれは置いといて)

『ドシタノ?』


 ヴィシュではなくアキラに問いかけたシヴァを軽く見遣ると口角を上げる。軽く歯が見える程度に微笑んでこう告げる。


「お前の性能実験だ!」

『ムチャ、ダメ』

「あの時みたいにはしないから平気だって」

『ウン!』


 そう言うとアキラはシヴァの戦力を把握するためにアニマ修練場を出て行った。

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