第118話 呆気なく終わる修練
(なんでなんだ なんでなんだ なんでなんだ!)
心の中で現状を嘆くしかない思いが、1人のドラゴニュートの中で繰り返される。
「たった2週間だぞ!? どうしてこんなことが……ふざけべっ!?」
現実を受け入れられない声に仮面を付けたヒューマンのアキラが放つ回し蹴りが顔面を捉え、ついでとばかりにふざけた返しをする。
「選んだ種族で優劣が出ただけなんじゃないのか?」
「こいつ――!」
以前ドラゴニュートである虚構のアキラが言った言葉を、ヒューマンであるアキラがそのまま言葉を返す。アキラは相手が激昂したのと同時に左手にあるヴィシュを手放した。突如有利な状況を放棄する奇行にドラゴニュートは視線を奪われるが、即座に迫る脅威に反応して仰け反りながらギリギリ躱す。
瞬間彼の鼻先を何かが掠める。
「なっ――」
アキラがシヴァの銃身部分を握ってハンマーのように振り抜いたのだ。その光景を見ながら虚構のアキラは思う。
(小手先ばかりのテクで渡れる程この世界は甘くねってんだよ!)
焦るように否定の言葉を心の中で毒づく。虚構の世界とはいえその世界で培った虚構の未来が彼にはある。
(結局は力の弱い奴が落ちてく世界なんだ! 攻略トップ層にヒューマンが全然居なかったように、優劣は最初の種族選びでついてるんだよ! だからヒューマンを選んだこいつは――)
その世界で得た経験が本来であれば説得力のある言葉になるのだが、今の追い詰められている状況で語るには説得力に欠ける。まるで何かを誤魔化すような、そんな心の中の独白は不意に訪れた好機のせいで幕を引く。
シヴァを振り回した姿勢に無茶があったのか、アキラはバランスを崩して身体がシヴァを追ってつんのめってしまう。頭が下がったせいで無防備に晒された背中を見た瞬間、積み重なったストレスをぶつけるようにドラゴニュートがシヴァを構える。
アキラの視線が完全に切れたのを理解したのと同時に避けられるはずのない不可視の一撃を加える。
はずだった。
「あ?」
なぜかドラゴニュートの顔面にアキラが手放したはずのヴィシュがぶつかる。その一撃は攻撃とも呼べず、当てようとする意思すら感じられない。偶然顔に投げた物が当たったに過ぎない、そんなレベルであり害意のない物だった。
威力もなく当てようとする意思もない攻撃、だからこそ避けることも防ぐことも出来なかったのかもしれない。漸くはき出せそうなストレスが苦し紛れの行動で阻害され、怒りに狂いそうになる。
この時感情に流されやすくなっているドラゴニュートは気づくべきだった。目の前のバランスを崩して背中を無防備に晒しているアキラが、落としたはずのヴィシュをどうやって自分に向けて投げたのかを。
(どうやっ……!)
一瞬の疑念、それはタイミングさえ合わなければ機能しない一瞬の好機、
「ぐぁあああ!」
ドラゴニュートの龍鱗を砕き、鎖骨に叩き込まれた踵落としは容赦なく骨をたたき折る。通常なら龍鱗のせいで只では済まないのだが、首元は鱗の層が薄くなっているのとアキラの足はコンバットブーツが保護してくれたため足は無事だった。
「はぁっ!」
勢いに乗って突き刺した踵を足場に力を込めて上体を跳ね上げ、もう片方の足で横っ面に蹴りを叩き込む。まだアキラはこの攻勢を終わらせるつもりがないらしく次の手を打つ。
(まだだ! ここで決めるんだ!)
勝負所と決めたアキラは蹴りで距離が離れる筈だったドラゴニュートの慣性をコントロールすべく、蹴り抜く直前に軌道を強引に下へ変え、鎌のように強く打ち下ろして離れる位置の軌道修正を行う。本来ならある程度距離が出来る位には吹き飛んでいたのだが、その場で半回転側宙する格好になりドラゴニュートは距離を取るタイミングを逸する。
蹴りのせいで背を向ける形で地面に着地することになったが、瞬時に振り返りながらガンシフターでシヴァを握り直す。だがそこまでの隙を晒せばドラゴニュートも頭から落ちようが対処し始める。頭から落ちる直前に片手だけで地面との接触を防ぎ、体勢を立て直す。おまけにシヴァを呼び出したドラゴニュートがしわがれた声で叫びながらは引き金を引く。
「ミ゙ラージュバレッド!」
『ダァン!』
1発で3発の弾丸が発射されてしまったのは欲張って追撃した結果、といえばそこまでだろう。致命的な隙を晒したアキラ、それに対して勝ち誇った笑みを浮かべるドラゴニュート。この構図はアキラが一度仕切り直さなかった結果であり、生まれるべくして生まれた状態だ。
(これで仕切り直しだ! こんなラッキーが何度も続くはずがない!)
「イド!」
突如としてオルターの状態を上げたアキラだが、このタイミングで上げる意味は完全にない。結局は一時期優勢でも全体で見れば種族差で勝る自分の勝ち、そしてそう思うことが
一瞬で正確に放たれた弾丸は吸い込まれるようにアキラに向かう。少なくとも彼はそう確信していた。
後頭部、膝裏、肘を狙った三角形、その頂点を描く弾丸全てが綺麗に外れているのを見るまでは。
「なっ!」
弾丸を放つと同時に姿勢を整えようとしたドラゴニュートが動揺する。そして完全に振り向いたアキラがピンポイントシュートを使って弾丸を放った。通用しない弾丸をなぜ放ったのか、意味もないと思われたタイミングでイドにしたのはどうしてなのか、それはすぐにわかる。
『ダァン!』
「ぉお! ……しまっ」
致命傷を避けようとドラゴニュートは強引に避けてしまった。威力の大分落ちたただの弾丸を。整えようとした不安定な姿勢を更に崩され、更には死転の面を身に着けていたアキラの仮面が不気味に光る。既に眼前まで迫っていたことを理解し、ドラゴニュートは自身の胴体から伝わる触り慣れた金属のぶつかる感覚に目を見開く。
(こいつ! まさかインパク――)
『ドォォォン!!』
ドラゴニュートの思考は胴体に見舞われる衝撃で消える。アキラはドワーフのガンダと戦って以来使用していなかったイドのインパクトドライブを使用したのだ。
「ぐっ!」
意表を突くためヴィシュの
(きっと痛いんだろうけど苦しいだけだな……だけど、遂に手応えを感じた)
この一手を決めるまでに様々な戦い方を試してきた。無駄とも終われる遅滞戦闘を何度も行った。自身の戦い方を根本から変えるために何度も何度も思考を重ねた。そしてその結果、遂に相手を翻弄し、インパクトドライブを当てるまでに成長するまでに至る。
今まで相手に慣れるまで戦う考え無しの戦い方ではなく、来た攻撃に対して反射的に迎撃するのではない。一手先しか考えない行き当たりばったりのやり方じゃない。虚構の自分を観察し、自分に出来る限界を計り、自分だったら何が出来てどこまでやれるかを計算して目標に到達するまで考え抜く。
(滅茶苦茶疲れるけど、出来た)
一手先を考えるのではなく考えた先に何が来るかを予想し、自分の出来る範囲を当てはめる。そうすれば相手の技、動き、思考まで予測して動くことが出来る。ヴィシュを放り投げたのもただ落とした後、バランスを崩しているように見せた隙にヴィシュを呼び戻して見えないように投げただけだ。当たらなくても問題なく、気を逸らすことが出来ればいいと考えた。
虚構のアキラが使うミラージュバレットは3カ所同時に攻撃してくるが、その攻撃は仕留めるための技ではない。当たれば相応のダメージを負うが、用途はあくまで牽制である。この世界は銃と言っても現実世界のように致死ダメージを負うことは殆どなく、急所に当たれば相応にダメージを受けるだけだ。それを考えれば狙う場所はダメージ効率の高い関節や頭部と絞られる。
胴体に来ないことがわかっていれば、
(やり合ってるうちにわかった。今までの俺のやり方でも越えることは出来たってな、でも同時に何も考えずにやってたら途方もない時間と労力が掛かるってことも理解出来た)
相手をコントロールして戦う戦術は、格上にさえ通用する。身体能力、スキル、動き方、それらを自分をベースにして網羅したアキラは朧気だった格差に愕然としたが、同時に戦う枠組みさえ整えれば勝つことも不可能ではないと理解する。
(ガンダの時にもし戦い方が違ければあんな賭に出る必要も無かったのかもしれない)
「随分と余裕だな」
腹部の龍鱗を粉々に砕かれ、血まみれのドラゴニュートが立ち上がりながら告げる。むざむざ相手を休ませるチャンスを与えたアキラだが、何もわざと今までの思い出を振り返っていたわけではない。
「ああ、お前が起きるのを待ってたからな」
「……もうこのチャンスは与えない。最後のチャンスを生かせなかったことを後悔させてやる」
「ご託はいい、さっさと“なれ”よ」
「そうだな、追い込んでくれたお陰で制限は解けた。だが聞いていいか? どうしてお前は止めを刺しに来なかった?」
「そんなこともわかんないのか?」
「俺を越える強さでも欲したか? だがそれでチャンスを溝に捨てるなんて馬鹿な真似をしたな」
「勿論それもある。1割位はな」
アキラのふざけた態度にドラゴニュートはキレた。
「ふざけやがって! 力を持たない奴が力を持つ俺より強いわけがない! 必ず潰す! 二度と挑もうなんて思わせない! 完膚なきまでに敗北を刻んでやる!」
「毎回ご苦労なこって」
「ぶっ殺してやるぁああああ!」
それに対してアキラは肩を竦ませて答える。その対応を見て更に怒りを募らせるが、例え虚構のアキラと言えどこの程度で明らかに激昂
「……
ふと静まりぼそりと唱えるドラゴニュートだったが、その瞳に血走っていた赤い血が青く変わり、腹から流れている血液は途中から青く変わり始め、流れ落ちている赤い血と交わり暗い紫に変色している。
瞬間背中には無かったその黒い龍鱗と同色の翼が風を弾いて広がる音が聞こえる。見えている両手は龍鱗と同様触れる物全てを傷つけるかのような鋭い爪、そして指には関節毎に鱗とは異なる鎧のような硬質な物体が張り付いている。そして最大の特徴として右手の爪の色は赤く、左手の爪の色は緑に染められていた。
顔にはアキラと同様仮面が付けられているが、その色は黒白ではなく禍々しさと不気味さを感じる漆黒のひびが入った面だった。そして仮面は仮面でもアキラと違って口元も覆っている。
銃を握ることも出来ない手でシューターとしての役割を果たせそうにない姿だが、その変貌したドラゴニュートは明らかに先程とは異なる存在感を放っている。
『時間切れだ、もう、終わらせよう』
仮面のせいでくぐもった声になる。そして一つ一つ区切って話すようになったドラゴニュートを見たアキラは、喉を鳴らしてその威圧感を必死に無視する。
(……死や恐怖とは違うこのプレッシャー、こいつを越えてこそこの戦い方を身に染み込ませることが出来る!)
『深化は、第一種族如きに、対処出来る、存在じゃない』
「そうかもな、だけど何度もお前のその姿に殺されて1つ、わかったことがある」
『……』
「どれ程強くなっても、どれだけ力を持っても、その強さに
『理不尽に、抗う力を、手に入れ――』
「お前が何を思ってるかなんてわからない。だけど
『……』
問われて沈黙で返すことしか出来ないドラゴニュートにアキラは続ける。
「だから俺はお前を越える。それ程の強さを得ても覆すことの出来ない未来があるかもしれないなら、俺はどこまでだって強くなるのを諦めない」
『力だけじゃ、抗えない。そんな存在も、居る』
「俺は特別頭がいいわけじゃ無いからな、もしそんな存在が出てきても抗うのは力しか無い。だけど力でも抗えない、そんな奴が現れても覆せしてみせる……それ程の強さを手に入れてやる」
『……』
気がつけばアキラは威圧感を感じなくなっていた。黙ったドラゴニュートの翼が煙を立てて消え、仮面も鋭い爪も消えていく。深化前のただのドラゴニュートに戻ってしまった。
「え?」
「認めたくなかったが、もうお前は俺より強い。自分が忘れた物を見下していた相手が持っていたら嫉妬くらいしたくなるだろ? 深化なんてエゴにすらなれないお前にはダメージすら与えられないんだ。だけど、もういいや」
「……」
「種族の強さをゴリ押して手に入れた力はそんなに大層なもんじゃないこともわかってる。回りに理由を押しつけて自分は間違ってないって言いたかっただけなんだ。だって、誰であろうと“あんなの”と戦って勝てるわけがないんだから、でもそれを言う資格は……力に甘えた俺が言っていいことじゃないんだって、お前に気づかされたよ」
「俺はそんなつもりで――」
「お前の言うとおり俺にだって後悔していることがある」
被せられて言葉に詰まったアキラはその内容に二の句が告げなくなる。
「まぁそれはいい、理不尽な現実なんかに負けるなよ。俺はお前“だった”んだ、あんな啖呵切って諦めたりなんかしたら承知しねぇぞ?」
「なんだよそれ……終わりみたいな雰囲気出しやがって」
「終わりなんだよ、萎えちまった。情けない自分に説教しているようで気分悪いし、だからお前の勝ちでいい」
「でも、俺はまだ自分の力を物に出来てなんて……」
「言っただろ? エゴになってもいないお前が俺にダメージなんて与えられない。それはこれから対抗出来なかった相手に、対抗出来る手段を手に入れてから培うべき力だ。効いてるかどうかわからない攻撃続けても微塵も進歩なんてしないんだよ」
「……」
反撃の言葉を失ったアキラだが、
「おい!」
「別に死ぬわけじゃない。修練が終わるだけだ……エゴ」
「なっ――」
アキラが止める間もなく、ドラゴニュートはエゴに“変形”したシヴァの引き金を絞る。
『カチィン――』
乾いた金属音が聞こえると共に、アキラは膝を着く。
「い、息が……くっそ、いきなり、すぎだろ」
直後に音の無い爆発に巻き込まれてアキラは意識を失った。
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