第120話 正体不明のボス
真冬のアスファルトより冷たい石で出来た通路、回帰の泉やアニマ修練場を終えた一本道の先を目指す。いつも通りの流れなら必ず最奥に居るダンジョンのボスを倒すためアキラは無警戒に見える普段通りの速度で進む。
(こんなとこで寝たら絶対凍死する位寒いんだろうけど、このマフラーの効果は控えめに言ってやばいな)
アキラがマフラーの効果に舌を巻いているのは、この越冬隧道サハニエンテの寒さが最初よりか異常な程抑えられているからだ。決して暖かくはないが、上一枚羽織れば問題ないレベルの肌寒さまで抑えられている。その濡れタオルを一度振れば凍ってしまいそうな温度も気にせず進むことでかなりのストレスを軽減出来た。
「随分しょぼい扉だな?」
それからすぐに見えた扉は鉄で出来た……物では無かった。上下2カ所に付いていた
「まぁ行くしかないか――よっ」
直後、頼りない作りのドアはへし折れて吹き飛んだ。果たしていたかどうかも怪しいその役目を一瞬で終えてしまう。この世界に来てからアキラは物に対して、特にダンジョン関係の物には当たり前のように乱暴な手段で対応する。
(クリアクリア)
いい加減な
「……明らかになんかありそうな綺麗さだな、どれ」
綺麗な平面に
アキラはその様子を見てシヴァとヴィシュを呼び出して戦闘に備える。
(ボス……にしてはドアとか気配がお粗末だな?)
決して自分が強くなったからと自惚れているわけではない。それでも感じる違和感にアキラは無意識に引いていた境界線を跨ぐと、途端に地鳴りが響く。建物に影響を与える震度5に相当する揺れが発生しているにも関わらずアキラは棒立ちのままバランスを崩さない。揺れは問題にならないが、それは目の前の氷壁にヒビが入ったためだ。
「何が来……ん?」
氷壁だけでなく地面の石にもヒビが入る。天井は相変わらず暗く見えないが、拳大に相当する氷の欠片が落ち始めた。そして聞き覚えのある音がアキラの鼓膜を叩く。
『ドン!』
地震は止まないが、自分を理不尽に殺そうとした攻撃が再び襲ってくる。当然今のアキラが見えない程度の攻撃を食らうわけがない。凹んだ地面の上に氷が落ちてくる。氷は当たり前のように割れでしまうが、それだけだった。
(ん?)
だがその状況にアキラは違和感を覚える。
(確か記憶が無いときもそうだった。不思議と
『『ドン!』』
アキラの居る位置とその周囲が再び凹む。そして今度はその数を4個に、8個に、逃げ場が急激に無くなるのを嫌にでも実感するが、アキラの顔は仮面で見えないながらもその雰囲気に焦りは無い。当たっても大したことは無いかもしれないと高を括っているわけでもないのが確実に回避しているその様子から窺える。
(やっぱりそうだ)
アキラの目には凹みが出来た直後に落ち、ただ割れた以外なんの影響もない氷に視線を注ぐ。だがそのことに時間を使ったせいで距離的に避けられなくなる32個の面攻撃となる正体不明の攻撃がアキラを襲った。なんのバフも掛けていない今の状況でこれ以上を避けるのは不可能だ。結果は当然……。
『『『ドォン!』』』
既に幾重にも重ねられた重音、だがそこに降り立つアキラに傷一つつかず、凹みの上に立ってはいてもダメージを負った様子も無い。アキラは攻撃が来る瞬間、ただその場でジャンプを一度しただけだった。
(やっぱりそうか、こいつの攻撃は地面に居る相手をどうやってか叩きつけるだけだったんだな)
記憶を無くしている時も感じていた違和感、上から圧力を感じないにも関わらず凹む地面、それでも同じく降ってきている氷に一切の影響が無い矛盾、それは地面に何か重い物が落ちているように見えていただけで何も落ちてきてはいなかったのだ。
『ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!』
アキラが避け続けた結果なのか、突如始まる不可視の連続攻撃。未だ攻撃の当たっていない平らでヒビの入った床を全て潰していく。全面に凹みが出来ると暫く間を置いて何者かが喋り始める。
『矮小で脆弱な人形風情が、記憶を取り戻せればそれで終わりだと思ったか?』
「え? なんか始まってたのか?」
『己が命の危機に瀕していることも気づかない愚鈍なその物言い、次こそは死へと追いやろう』
「出来ないことを宣言すると後で恥掻ぜ? 俺も何度恥を掻いたか……」
アキラが声だけの相手に頭を振ってありもしない黒歴史に思いを馳せる。どこまでもその巫山戯た態度が声の主を苛つかせたらしく、憤った声音で告げる。
『人形風情と同等に扱う等恐れ多いぞ!』
「そうだよな、ごめん! 人形の方が尊いのにお前なんかと――」
アキラが声を止める。前面にあったヒビの入った氷壁が突然音を立てて動き出す。壁の素材が氷でもその動きは流体の如くなめらかに動き、意志を持っているかのようにその動きは宙で制止する。ヒビの入っていない氷壁はそのままで、割れた所のみ動いていた。
『もうよい、記憶を持った木偶がこのサハニエンテの地に足を踏み入れて只で済むと思うな』
「なんだ入場料でも取ろうってのか? 仕方ないな……幾ら――」
どこまでも煽るアキラに未だ姿の見えない声の主は行動で示す。ヒビの入った氷の流体がアキラを覆うように展開したのだ。完全に出口の無いドーム状に囲われたアキラは若干余裕を噛ませしすぎたか? と反省をするが、後悔は全くしていないのは焦っていないその態度でわかる。
「これは洒落にならないだろ……」
そんなアキラを追い詰めるようにドーム状の内側が全て氷で出来た針になる。スプレー缶程の大きさに変形したその針は一本でも刺されば当然風通しがよくなるだろう。そして先程よりも近い位置から声が聞こえる。
『後悔しても遅い。高々人形に中身が出来た所で人形は人形、何も出来ず朽ち果てるがいい』
アキラの視界に表示される敵性スキルが表示される。
【アイスメイデン】
逃げ場の無い氷の密室、その中にある全ての針がアキラへと向く。その事実に微塵も動揺した様子を見せずに言葉を返す。
「鉄じゃないならなんの問題も無い。それに――」
続きを言わせないとばかりにタイミングを狙って氷の針が一本動けば次も発射される。発射されてから避けるにはあまりにも早く、ギリギリ目で追える程度の速度だ。
(この程度ならっ!)
だがヴィシュで強化しなくても迫る針をアキラは躱した。躱した氷の針は地面に当たると砕けちり後も残らない。その過程をよく観察したアキラは次々に氷の針を避け続ける。
全て発射されたが氷の針は再びドームの内壁に装填される。
『一度は空虚に陥った人形よ、この地は手放した者が生き続けられる程甘くは無い』
その言葉と共に周囲全ての氷の針は一斉に音を立てる。
『その程度の力でここに来たことを後悔するがいい』
声と同時にアキラの視界や見えていない空間までもが針に覆われた。逃げ場の無いこの状況でもアキラはイド所かバフも掛けない。
(前と違ってやけに周りが良く見える)
砕けた氷を見た瞬間からやることは既に決まっている。中央に駆け寄ったアキラはシヴァを天に向けた。
「
瞬間、天井から降り注ぐ氷の針をシヴァで3本打ち抜く。スキルのピンポイントシュートすら使わず、正確に打ち抜くとその場から飛び上がる。人一人通り抜けられる隙間を作っただけでアイスメイデンを簡単に突破した。
「イマジナリーブリザードの氷の方がまだ怖いな。全くもってなっちゃいない」
『……』
氷が全て壁や地面に当たり、砕け散った後にアキラは着地すると呆れたような物言いをする。言葉すら発さず、今度は無言で氷の針を再セットし始めた。だがアキラは再びその場を飛び上がる。
『『『ドン!』』』
次の瞬間轟音と共に地面が陥没した。これを避けるために飛び上がったアキラは次に何が来るかを既に把握する。
「シヴァ、ヴィシュ! イド!」
『ワーイ!』
『ソウ』
シヴァはルビーのような光り輝く濃い赤に、ヴィシュはエメラルドのような輝きを発する。これまでと違ってシヴァはイドの輝きだけでなくアキラの握る手にまでその濃い赤の輝きを伝播させていた。
「やることがワンパターンなんだよ!」
『散るがいい』
取り合うつもりも無いのか、その声と共に宙で身動きの取れないアキラに向けて氷の針が発射されようとしていた。だがその頃には既に天井付近まで飛び上がったアキラが居る。地面の攻撃を避けるだけではなく、天井に向かうのを目的にしていたのだ。
「お前が散ってろ!」
瞬間シヴァをガンシフターで逆手持ちに変え渾身の力でシヴァを握り込む。
『ウォォォ!』
なぜか叫ぶシヴァの銃身に刻まれた3本の赤いラインはアキラの手を越えて見える程の強い輝きを放つ。そして天に向けて全身の力を込めたアッパーを突き出す。氷の針が発射される直前にドームはその一撃だけで周囲まで粉々にした。元の位置に着地すると陥没していた地面が更に陥没した状態でアキラを出迎える。
「ふっ大したことなかったぜ」
『ナカッタナ』
余裕綽々と言う態度でアキラは腕を組んで頷く。シヴァもその態度を真似る。
『ただの人形では無いか』
戻った視界で前を向くと氷の壁からその声が聞こえた。そして両手の形をした流体形の氷が現れ、両拳を地面に突き立て始める。アキラを狙った物では無く、地面全体にその拳は降り注ぐ。アキラは揺れながらも時折来るその拳を避け、氷壁へと近づく。
「っふ!」
飛び上がって拳を振り抜くも、手に伝わるのはヒビを広げる感触のみ。元々入っていたヒビが更に広がり、拳もう一つ追加されてしまう。
「やべ」
その拳は氷壁を自ら殴り、更にヒビを押し広げ始める。そして生まれた合計5本の手は全てアキラを気にも止めずに地面をその拳で叩き続けた。
(なんだなんだ、何するつもりだ?)
氷壁の奥にはただ氷があるのみどうなっているかは不明だ。困惑するアキラを尻目に氷の拳から細かい氷が落ち、更に小さく、そして霧になって地面の岩を覆う。最早原型を留めない地面に突如変化が訪れた。
『ピシッ』
「……」
その破滅の音を聞いたアキラは無言でその音の方向へと目を向ける。生まれた霧のせいで足下は良く見えないが、いいことが起こらないのは理解出来た。そしていいことが起こらないと思った理由はそれだけじゃない。
(下から凄い睨まれてる……のか?)
先程と違って強烈な敵意を感じ取ると降り注いでいた拳の連打が収まる。
『意思ある人形がここまで食い下がった事実は賞賛に値する。だが我が地でこれ以上不遜な振る舞いを許すわけにはいかない。その命だけで贖うには到底足りはしない! この溜飲が下がるまで死ぬことすら許しはしないぞ!!』
「――っ!」
突如地面が十字の光を放ち、そこを起点に入っていた全てのヒビからも光が溢れだして割れる。当然落ちると思っていたアキラだが、強烈に迫る敵意が流れるままに落ちるのを拒否した。
霧が吹き飛んだ瞬間、確かに見えたのだ。割れた地面からこちらへと向かう鈍色に輝く翼を。
(あいつは……ペリメウス? いや、色が違う。って今はそれどころじゃ無いか、こっちに突っ込んでくる!)
アキラの立つ地はどうやら空洞の上に出来ている。ヒビの割れ目から覗く空間がそれを物語っていた。石で出来た地に構うこと無く突っ込んできた霊鳥ペリメウスに似た鈍色をした敵はアキラ目掛けてその巨体をぶつけに来る。
「おっと!」
流石に地面が無ければバランスを取れないので姿勢を崩してしまうが、避けることも出来なければ防御すらもままならない。そこでアキラはシヴァとヴィシュを仕舞い、突っ込んでくる相手の翼を強引に掴んで姿勢を変える。強烈な握力で握り締めるが、その翼は鉄 所か更に硬い鋼鉄を思わせる硬さと厚みをしていた。アキラはただ掴んでいることしか出来ず、急旋回や急加速の緩急を付けて振り落とそうとする動きに耐えるしか無い。
(くっそ! 掴むのも限界が――まずっ)
翼を掴んではいるものの、取っ掛かりがないため挟んで握っている状態を維持するのが精一杯だった。どれ程力が強くても支える部分が無ければその結果は火を見るより明らかだ。壊れた地面を越えて更に奥の見えない暗い闇の中を進む。段々と勢いづくその加速に手も離せないアキラの心理をつくように、突如翼を広げて急停止する。
(っぶね!)
掴んでいた翼から指が外れそうになるのを更に力を込めることで堪えた。そして再び急加速し、力を込めて握り直そうと手を緩めた瞬間再びの急停止。
「くそっ!」
焦りと共に不安定だった手が滑って外れてしまう。手が翼から離れた瞬間、世界が停止したかのようにアキラの世界は止まる。耳は音を拾わず、一瞬の静寂は見えている世界も写真のように見えた。だが永遠にも感じる引き延ばされた喪失感は刹那の時間も経過していない。すぐに地面の崩れた環境音や耳をつんざく風切り音、バランスが崩れたせいで振り回される視界、平衡感覚の喪失が天も地も判断がつかないまま落下する。
『簡単に死ねると思わないことだ』
「!」
視界に表示される【アイスメイデン】は敵性スキルが発動したことを現している。回りは崩れた氷や石の欠片や破片しかないが、アキラは敵意を感じ取った。
(上はそっちだな!)
アキラは声の主が自分を振り落とした相手だと把握し、感覚的に上空を認識出来た。空気抵抗から落下方向を理解するが、次に待つのは空中で展開された氷の針だ。
(急所だけ守って後は無視だ)
防ごうと思えばある程度は防げる。しかし、思考は冷静に次を見ている。
「ぐっ!」
腕を貫かれ、足や腿を貫か、背中にも突き刺さる。頭にも氷の針は当たるが、死転の面が見えないバリアのようにダメージと衝撃のみ与え、突き刺さりはせず砕け散った。アキラが致命傷を防いでダメージを許容した理由、それはアイスメイデンが本命では無いことを理解していたからだ。
アキラが敢えてダメージを覚悟したのはアイスメイデンに対処した場合、致命的にとある対処に遅れてしまうことに気づいていたからだ。鈍色の翼から手が外れた際に付いた勢い、更に落下し始めてから数秒も経ち加速する身体、この世界で一番陥ってはいけない状況の一つがアキラを待っていた。
(この程度で死ぬなよ! 保ってく――)
氷の針が突き刺さった直後、それを無視して着陸態勢をとる。一番懸念すべきはdying状態すら貫通する落下による即死だった。アキラが生き残るために致命傷を防いでダメージ覚悟で無抵抗に攻撃を受けたのはそれが理由だ。
だがここまで備えても通常なら即死しかねない勢いで落下したアキラを待つのは、無慈悲にも衝撃吸収に優れてるとは言えない氷の塊の上だった。
『ドッ!』
そして有機物が強かに叩きつけられる音と共に崩れてきた石や氷が降り注ぐ。
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