第26話 人生の軌跡
「よし、絶対生きて帰るぞ」
アキラは静かに決意を漏らし、歩き始める。これからダンジョンへ行くためにギルドへと向かうが、その足取りは軽くはない。しかし、重々しくもないしっかりした足取りだ。
噴水広場を通らずにマップの小道を見ながらギルドへと最短ルートで向かう。
その道中、声を掛けられた。
「よっ! そこのお兄さん! ちょっと占いやってかない!? 今なら400Gの所を300Gにしとくからさ!」
声を掛けてきたのは出前をしている子より更に幼い子供だった。アラビアンターバンを被って紫のベストをインナー無しに直に身につけている。
下にはクリーム色をしたアラジンパンツで、弛んだ布と先の尖った靴は、まるでアラビアンナイトに出てくるシンドバッドに見える。
薄い褐色の肌がアラビアンな雰囲気を更に引き立てていた。
「なんで俺に声を掛けたんだ? 客引きなら他を当たってくれ」
緊張感を削がれたアキラはキャッチらしき子供を軽くあしらう。小道と言っても普通に人は通っていた。遠目からは人が通ってもこの子供は人を誘うような動きは見せていない。
それを見ていたアキラはなぜ自分に声をかけてくるのかわからなかった。
「まぁまぁそんなこと言わないで! うちの先生があんたがここを通るって言ってたからオイラが張ってたのさ!」
「……はぁ、じゃぁな」
アキラは溜息吐いて子供に別れの言葉を発する。
「お兄さん手強いね! そう来るならおまけしちゃうよ! オイラが口を利かせれば一つだけどうしても知りたいことのヒントを教えちゃうよ! 今しか無いと思うよ~どうする!?」
アキラの歩みは止まらない。
「ちょいちょいちょい! わかった! わかったから! 待って待って!」
「いい加減しつこいぞ? 俺は急いでるんだよ」
アキラも足を止めて子供が諦めるように説得する。このままだとギルドまで着いて来かねないと感じたからだ。
「でもお兄さん! これから何かやるならそれこそ占いで人生のヒント貰わなきゃ! そんなに時間取らないからさ!」
「はぁ……そんな時間取らないのに300Gも取るのか?」
「うちは中身で勝負してるからね!」
「随分口が回るな、わかったよ。ただし、占いが終わればつきまとうなよ?」
「流石お兄さん! 話がわかるね~、それじゃこっちへ来てくれよ!」
アキラが諦めて子供の客引きに案内されたのは、路地にぽつんと佇む何処にでもありそうな簡易な形式の占いスペースだった。
「ようこそ占いの場、
「まだ駆け出しの占い師って感じがするな」
「そうですね、私は3代目を襲名したばかりです。ですが結果は保証しますよ。良くも悪くも、ね」
占い用のマットを専用の机に合わせて敷かれている。その上には何も乗っていない。目の前の女性はフェイスベールで目元しかわからないが、穏やかな空気を感じる。
下半身は見えないが身体のスタイルは整っているように感じる。肌は少年と似たような薄めの褐色で、髪はクリーム色だ。隠れた口元がミステリアスな彼女にマッチしているせいか、女性特有の妖艶さを醸し出している。
「なんでそこの子供を使って俺を呼んだんだ?」
「時間の制約を受けてはいないのでしょう? それならもう少し落ち着いて話しませんか?」
「理由になってないし呼び出したのはそっちだろ? 質問に答えろよ」
「……わかりました。お答えしますので、まずは座りませんか?」
アキラは3代目と名乗った女性のテーブルの向かい側に座る。
「話の前に“ここでの”【ルール】をお話ししましょう」
アキラは目の前の女性が【ルール】と言った言葉に訝しむ。ここでも何もただの路地裏に対して随分大袈裟な切り出しだ。
「なんでその言葉が出てくる?」
「お気づきになっていないようなので注意を一つ、ここはアジーンではありません」
「!?」
その言葉で咄嗟にアキラは周りを見回すと路地裏だと思っていた所とは無縁で、周りは煙で見渡せず、先が見えない空間になっている。
煙の裏からは明るさが滲むようにアキラ達を照らす程度の光源だった。
「ご心配は無用です。ここは占いの場、三世界です」
アキラは未知の相手に下手は打てないと学習したせいか、冷静に言葉を紡ぐ。
「いい加減呼び出した理由を話してくれ」
「随分と冷静ですのね。それではこの場での【ルール】をお話しします」
「アジーンと同じ類いの物と考えても?」
「構いません。別段難しいことではありません。【暴力行為の禁止】これがこの三世界でのルールです」
「破れば?」
「アジーン程緩くはないので、二度とこの三世界に訪れることは出来ません。かと言ってそのせいで元の世界に帰れなくなると言うわけでもありませんが」
アキラは薄々と感じていた違和感が遂に疑惑に変わる。
「お前、事件の首謀者の一人か?」
「いいえ、違います」
「だったらなぜ元の世界なんて言葉が出てくる? どうして即否定出来る?」
「私は所詮この世界【クロス】で生み出されたヒューマンです。少し、特殊なだけですが」
この時、アキラは初めてこの世界の名前を聞いた。
「特殊ってどう言うことだ?」
「ただ貴方の世界とこの世界の知識を有しているだけです」
「……信じるかどうかは置いておくとして、言いたいことはなんだ?」
追求したところで今のアキラに何が出来るわけでも無いので建設的に話を進める。
「私は貴方の未来を知りたいのです」
「あんた占い師なんだろ? 占いって未来がわかる物なのか?」
「ここは占いの場ではありますが、私は占い師ではなく、予言師です」
「予言師ってそのままの意味か?」
「はい」
一気に怪しさが増していく感覚に、アキラの内心は既にアウト判定を出していた。
「事情を話すのもよいのですが、それではあまりに時間が足りません。だからここからはお願いです。“あのテラ”が動く程の人材、“あの程度”の窮地を脱しただけで見込まれるヒューマン、いいえ人間のこれからを見せて欲しいのです」
同じ「あの」の使い方でもこうまで落差を感じてしまうが、アキラは捨て置くことにする。
気になるのはなぜそこまで予言をしたがるのかだった。
「ここまで聞いたからには予言を断ったりはしない。だけど理由としては少し弱い気がする。うまくは言えないけどあんた何か隠してないか?」
「隠していると言うより、私の目的を告げていないと言った方が正しいでしょう」
「目的?」
予言師の女性はあっさりアキラの感じた違和感を暴露する。まるで「知りたいのなら構わない」と聞こえそうだ。
「3代と短くない時を経ているのです。それから考えられる事情があってもおかしくはないでしょう?」
「そうなんだけどさ……」
「安心してください。特に誰かに害があるわけではありません。貴方が帰ってくれば、いずれまた逢うことでしょう」
「わかった。今はそれどころじゃないしな、早く終わらせてくれ」
「ではご協力ください」
予言師が6枚のカードを取り出す。それを裏側にして両手で滑らすように混ぜながらアキラに告げる。
「貴方もお願いします」
「? わかった」
アキラもたった6枚のカードを一緒に滑らせるように苦戦しつつも混ぜると、カードの数がいつの間にか6枚を超えている。
10枚程になって漸く違和感に気づいたアキラは、予言師に「まだ混ぜるのか?」と視線を向ける。
予言師は目を閉じながら集中しているようだ。
カードが13枚になると予言師の手は止まった。アキラも合わせて止める。それからゆっくりと予言師は形の良い瞼を開ける。
「13枚ですか……」
予言師の呟きにアキラは若干だが、不吉な物を感じる。
「今の作業は貴方が生きている間の過去を見ていました」
「過去も予言って言うのか?」
「いいえ、それはこの占いの場で歴史を読み取れるだけです。と言っても細かくは無理ですが」
「まぁいい、それで何かわかったか?」
「まずこの場に13枚のカードが現れました。これは不吉の証、そして私のイメージには死が直結して見えています。ここに貴方が居ることを考えると、過去に近しい人を亡くしたのでしょう」
「それで?」
アキラは何の感情も出さずに問い返す。ように見せているが、内心では過去を言い当てられた動揺が広がっている。
「しかし、カードの流れを読み取ると死ぬのは本来貴方だった。その手に抱いていた命と共に」
「……続きを」
「親しい者達がその果てに亡くなってしまったのでしょう。それが切っ掛けですね」
切っ掛けとは何を指すかは言わない。本来このような言い方はコールドリーディングに用いられる話術の一つに近い手法だが、ここまで具体的に話した後での言葉ではそれも無いだろう。
ホットリーディングのように事前に情報を集めていても「現実のアキラを助けるために命を犠牲にして助けた」と言う過程はこの世界に来てたった一日と少しのアキラについて調べる時間があるわけが無い。
「それでは正しく過去を読み取ることが出来たので、次は現在に目を向けましょう」
「……正直驚きは隠せないが、現在って何を指してるんだ? 今この時じゃないのか?」
「現在と言っても少し先に起こるであろう過程を読み取るのです。私が貴方を呼び寄せたように」
「なるほどね」
「それと、驚きは十分隠せてますよ?」
「いいから次を頼む」
「フフ」
口元に手の甲を運び、可愛らしく笑うように目元が緩む様は、妖艶さとは無縁な無邪気な少女のようだ。
「それでは次へ」
先程の伏せたカードを裏のまま6枚選んで端に置き、残りの7枚のうち3枚を選んでその上に重ねる。
「それではこの4枚から2枚選び取ってください」
「なんでもいいのか?」
「ええ」
アキラは無作為に2枚選び、指で弾いて予言師の元にカードを滑らせる。あまり褒められた行動では無い。
「この選んだカードは貴方が歩んだ人生です」
そう言いながら、アキラ同様指で弾いて裏返すようにアキラの前にカードを寄越す。
「このように選んだカードには何も描かれていませんが、それは生きてきた人生で為した過程なのです。終わったことを映す必要はありません」
予言師は綺麗に横並びに飛ばした白紙のカードの説明をする。まるでこのカードには絵柄があったかのように。
「そして残りの1枚を選んでください」
アキラは無言で勝手にカードを1枚ひっくり返す。すると、大アルカナに描かれている塔のカードが記されている。アキラは絵柄があることに驚くが、前提が気になってしまう。
「大アルカナを使うならカードは22枚じゃないのか?」
「いいえ、これは必要な物のみを残したんです。そして、残したのは貴方ですよ」
「俺?」
「カードを混ぜ合わせた時に貴方の人生を見るのに必要だった枚数を13枚にして形を分けたのです。6枚は私が見通すために必要な下地のような物」
「……原理はよくわかんないけど、意味は説明してくれるんだろ?」
「はい、塔の正位置が出ました。貴方は困難から立ち上がって短い間ながら、少し変わった存在と仲を築き、周りの人に助けて貰いながらクロスでの立場を確保しました」
ギルド員やソナエ屋、そしてオルターやナシロとメラニーのことだ。
「しかし、順風満帆ながらも突然にそれは終わりを告げる」
「……」
「それでは残りの1枚を捲ってください」
既に終わったことなのだが、予言師は既定事実を告げるように次へ進むために促す。黙って従うアキラは、ダンジョンのことを思い浮かべながらカードを捲る。出たのは節制だった。
「正位置ですね。失意に暮れた状況から立ち上がり、いざ目の前の試練をこなそうとするが、このままでは失敗に終わるようです」
「それは……占いなんだろ?」
「私が見通した未来は事実です。ですが、それは貴方次第でもあります」
「と言うと?」
「わかりません。ですが、節制の正位置が出たことを鑑みると、何事も慌てず確実に真剣にこなそうとすればそれは回避できる失敗だと言うことです。節制とは楽な道ではありません。苦しくても耐えることが重要なのでしょう」
アキラは占いを指標程度には信じることにしているが、目の前の予言師と名乗る人物の言葉は信じる信じない領域には無い、神秘さを感じる。
「二つのパターンが見えたのですが、成功した結果と失敗した結果はその行動の慎重さにある気がします」
これからのヒントらしき物が告げられるが、アキラはあくまで参考程度に留める意思で聞いていた。
「それでは残りの9枚で貴方にこれから未来に起こる“事実”を予言しましょう」
「以上です」
「とても信じられないな」
「信じる信じないではありません。事実なのです」
「……」
「まずは目先のダンジョンを無事切り抜けるのを目標にした方が良いですね。でなければこの未来を辿ることすら適いません」
「一ついいか?」
「はい」
アキラは順に並べられたタロットカードの最後から2番目をトントンと音を鳴らしながら示す。
「この“死神”のカードの正位置は俺の知ってる意味だと直接的な死を指したりはしない。なのにあんたははっきりと俺は必ず死ぬと言っている。なぜだ?」
「死に方を見たからです。とても言葉では表現したくありませんが」
「……そしたらその最後のカードはなんなんだ? 死んだ先なんて存在しないとでも言ってるのか? だったらなぜ13枚もカードは現れたんだ?」
アキラから見て白紙のカードが一番最後に並んでいる。
「このカードは貴方にはまだ見えないのでしょう。私にはある絵柄が見えています」
「ここまで来たら気になるな、教えてくれるんだろう?」
「貴方が見えていない物を教えることは出来ません。その状況が真に迫れば絵柄は見えてくるはずです。それまで、お待ちできませんか?」
「……」
アキラは問いを返さない。気にはなるが、教える気がなさそうな相手に対してこれ以上無駄だろうと考える。ここで子供に視線を向けるが、手と首を振ってNGサインを出している。サービスとは何だったのかと思うが、相手は子供だ。
「わかった」
「それでは、お代は300Gになります」
「……そういえば金取るんだったな」
アキラの言葉に予言師は凄くいい笑顔を浮かべるのがわかる位、目元が綻ばせながら告げる。
「商売ですので」
アキラは白紙のタロットカードを見つめている。あの後、最後のカードを貰って後ろを振り返ると、そこは路地裏だった。
前に視線を戻したら既に予言師は消えている。子供も同様だ。
「俺の死が約束されてるだって? あるわけないだろうそんなこと」
今まで人生で死にかけたことはこの世界、クロスに来てから合わせても門の前と現実の世界での2回だ。それでもアキラは生き残っている。その自信が呟きとして言い聞かすように漏れる。
「予言と言ってもタロットを使った占いのようなもんだろ。絶対に俺は諦めないし死なない。死ぬはずが無い」
アキラの言い聞かす声が路地裏に響く。今はダンジョンが最優先なため、アキラは言い聞かせて占いのことは忘れるようにバッグの中にカードを放り込んだ。
「ねぇ先生! あの人の最後のカードはなんだったのさ!?」
そう言ったのは最初にアキラを勧誘した子供だった。三世界と言っていた場所とは違い、どこかの洋館の一室らしき場所に先生と呼ばれた予言師と子供は居た。
「……」
「先生?」
「あ、ごめんなさい。こんな結果は初めてで……」
「どうゆうこと?」
「過去の珍しい占いの結果でも一番最後に来るのは死神の物はあったけれど、必ずしも死では無かったの。それに死が確定しているのに最後から2番目と言う順番もありません」
「あれ? でも先生は必ず死ぬって……」
「そう、私が見通してきたあの人なら、絶対に“やらない死に方”だった。けど見通した事実にそれが映ったから私は断言できたのだけれど」
やはりと言うか、予言師が見た未来には自身に映ったある絵柄が思い返される。
「通常、死ぬのならそこで予言は終わります。ですが、あの人には続きがあった。その示すアルカナは“世界”でした」
「え? 死んじゃうのに……成功するの?」
「わかりません。あの人が絵柄を見ることができなかったように、私には絵柄がわかっても見通すことは出来なかったのです」
予言師は自身がアキラの死を見届けた先は、テレビの砂嵐のように映像が途絶える。こんなことは今まで有り得なかった。
「死が“成功”へ繋げるのか、死後に何かが“完成”するのかはわかりませんが、きっとこれからも予言は出来ない気がします」
予言師の言葉とは裏腹にその雰囲気に暗い物は見られない。
「でも先生、それっていつなの?」
「詳しい時期は不明ですが、私が見たそのヴィジョンはこの
「それって……」
その相槌を最後に沈黙が流れる。しかし、予言師に悲壮は感じられない。3代に渡って願う、たった一つの“自由”を手にすることが出来る可能性を、見えない筈の向こう側を見通すかのようにその心に思い描いていた。
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