第27話 試験会場ライセンス


 アキラが占い場、三世界から戻ってきて急ぎギルドの受領所へと足を運ぶ。サブクエストの表記には残り時間が表示されているようで、後50分と出ていた。


「すまないが、急いで頼む」

「お預かりします」


 間に合うとわかっていても、入場制限を設けられると焦ってしまう。1分も経過していないのに、渡されるまでの間がアキラにはとても長く感じられた。


「それではアキラ様、ショートカットまでの案内をさせていただきます。こちらへどうぞ」


 ギルド員が受付を他の女性に任せて案内してくれる。初回だけ場所とやり方を説明するためだろう。


 カウンターの側面にはドアの無い、上部がアーチ状の天井の通路を歩き、少し広い空間に出る。本来ならダンジョンに行く場合は多数のメンバーが並んでいるのだが、夕方にもなろう時間にダンジョンへ行く者は居ない。


 そんなアキラの事情はわからないが、案内はしなければならないギルド員は不思議に思いながらも仕事をこなすため、手に持っていた白い玉を見せてくる。


「これがダンジョンへ向かうための入場媒体です。受付で入場予定のダンジョンを調べた後に、受領所でそのままお渡しします」

「わかった。助かる」

「いえ、使用方法は単純にこのサークル内に入って人数を確定させて媒体を下に落としてください。難易度の選択は“向こう”で行いますので、ソロの場合はジュニアをおすすめします」

「あぁ、ありがとう」

「それではご武運を、命大事に、です」


 アキラは頷きながら白い玉を受け取り、ギルド員に見送られて覚悟を持って白い玉を……地面に向けて力の限り叩きつける。素人に枷を付けた代償を必ずテラとやらに支払って貰うと決めて……。




『ピチャ……ピチャ……ピチャ』


 水滴の落ちるような音が本当に微かだが、聞こえて意識がはっきりする。アキラは立った姿勢のまま呆けていたようだ。


「ここ……が、ダンジョンか」


 周りは洞窟のように石のみが地面、壁、天井と、でこぼこして覆われている。水滴の音は近くの水たまり鍾乳石から伝ってきたのだろう。


 アキラの目の前には3つの洞穴のような洞窟が用意されていて、上にはネームプレートに左から【ノービス】【ジュニア】【パイオニア】と並んでいる。


 難易度が色でわかるように、ノービスには青の松明が、ジュニアには緑の松明が、パイオニアには赤の松明が文字を照らしている。


「……当然これのことだよな」


 あまり気が進まないが、ナシロやメラニー、果てはアキラ自身のためにパイオニアと書かれた赤い松明の洞穴に入っていく。


 中は暗いせいでまったく先は見通せない。しかし、段々と地面から淡く青い光が照明となって辺りを優しく照らしてくれる。


 この風景を見る限り、命が懸かっていなければ散歩したい。そう思う程心が安らぐ幻想的な雰囲気がアキラの心を刺激する。


 しばらく歩くと誰かが作ったのか、木で出来た簡素な柵が申し訳程度に設置されている。そのまま上に視線を向けると、看板が目に入る。それを機にアキラの眼前にウィンドウが現れた。



[D]試験会場ライセンス

選択難易度:パイオニア

※パイオニア用ゲートです。この難易度で挑む場合、以下の条件に同意したと見做します。

・制限時間の解除による時間遅滞の実施

・帰還ゲート位置の固定

・ダンジョン放棄による退出方法の使用不可

ソウル強化プログラムの実施

アニマ修練場の難易度上昇


以上の条件に同意していただける方のみゲートをお通りください。

ゲート突入と同時に[D]試験会場ライセンスを開始します。



「なんか予定してた項目に不穏な物が3個増えてるんだけど」


 アキラは誰も居ないのに声を出さずにはいられなかった。


「はぁ、本当に嫌ならナシロもメラニーも見捨てればいいのに、俺ってアホなんだろうな。後悔なんか後で一杯すればいいんだ」


 アキラは吐いた息で嫌な物を吐き出し、一歩踏み込む。


『デデドン!』


 絶望を感じる不気味な効果音と共に、眼前のウィンドウが【START】に変わる。


「怖えな、スタートの文字無かったら間違いなくパニックになんぞこれ」


 相変わらず真っ直ぐの通路を歩くとヘルプが表示される。



【HELP】

※パイオニア級限定魂ソウル強化プログラム

この難易度では強化プログラムのためソウルプロテクトが解除されます。

保護する物が無くなるため、ダンジョン内の不活性魄アニマが身体に馴染むまで崩壊現象を引き起こし続けます。



「おい、ナシロのマブダチがなんかいっ……ぐぁっ!」


 堪らずうずくまるアキラは、身体がバラバラになりそうな感覚を我慢する。


(いだ……い! なん……だご……れ)


 考える余裕すら奪われ始めるアキラは声を堪えられずに少しずつ呻く。その呻き声と代償に精神すら削られてる悪寒を感じる。


「が……ぐぅぅぅ…………があ゛あ゛あ゛!」


(か、身体……が、バラバラに、な……る!)


 アキラは必死にその感覚を堪え続ける。崩壊しそうな身体を抱きしめ、身を丸めてただただ耐えている。


 アキラは気がついていないが、視界の隅にはデバフアイコンが2つ表示されている。それは[タイムポリューション・遅]と[器の崩壊]と言う2つのデバフだ。以下の影響を受ける。



【タイムポリューション・遅】

時間遅滞のため、現在とは違う時間に汚染された状態。

ダンジョン内の時間を通常時の1/3にする。


【器の崩壊】

ダンジョン内の不活性アニマが自身のアニマに結合され、その際に発生する負荷によって器にヒビが入り続ける。



 パイオニアと言う存在は常に危険と隣り合わせだ。何をするにしてもリスクを背負い、一歩進むだけでも命を賭けなければならない。パイオニア先駆者とはどんな環境をも享受しなくてはならない存在だ。


 その難易度は一歩踏み込むだけで生か死か選択される。強さとまた関係ない理不尽が襲う場だ。




「こ……れも……だめ……か、ぅ!」


 痛みに喘ぐこと6時間、ほんの少しだけ動けるようになったアキラはなんとかその苦痛から解放されるために出来ることをしていた。


 来た道を引き返そうとしても木の柵が閉まっていて、なぜか触ることすら出来ない。身体に痛みを与えれば更なる痛みがアキラを襲い、ロープで血の循環を止めようとしても意味がない。


 なんでも試そうとしたのだ。魂の痛みとは、正常な行動すら阻害し、精神にすら影響を及ぼす。


 石を濡らす程の大量の汗がアキラの壮絶な苦痛を物語っているようだ。


「ぐ……あれ……は?」


 痛みで思考力が奪われていたアキラは、漸くデバフの存在に気づく。朧気な思考でデバフを選択し、説明を必死に読み、オルターのヴィシュの存在に結びつける。


(そ、そうだ! ヴィシュなら!)


 アキラは急いでヴィシュを左手に呼び出し、挨拶する間もなく自身にヴィシュの特徴的な銃弾を当てる。


 『キン』と響く金属音で漸くアキラは人心地着くことが出来た。


「はぁはぁはぁ……」


 まだ入り口のため敵すら来ない状況が救いだった。入り口でこれだ、先には何が待っているのか、考えたくも無いだろう。


 必死に呼吸をするアキラは、助かった安堵から何も考えることが出来ない。ただただ普通の状態を噛みしめている。


 少しして落ち着いたのか、アキラは思考に耽る。


(もうあんな目に遭うのは嫌だぞ!)


 アキラは地面に横たわって必死に考えをまとめる。わかったデバフのことを簡単に胸に刻んだ。


・【タイムポリューション・遅】は時間が遅くなるだけで影響なし

・【器の崩壊】による痛みはヴィシュのアニマ滋養供給法で克服が可能


 胸に刻んだアキラだが、この注意点には致命的な欠陥があった。それをアキラはすぐに気づいてしまう。


「よし……これでいいかな……そうだ、そろそろバフが切れ……る……っ!」


 未だに動揺していたのか、普段なら気づくことに今更ながらに気づく。バフの【活性】は“HPが全快時に3分”しか保たないのだ。


 時間が切れるか、少しでもHPが削れれば再び動けなくなる程の苦痛に苛まれる。アキラは静かに呟く。


「スタート地点でこれかよ……あいつは、これを耐えたってのか?」


 アキラは蓮に告げられた強くなる方法の1つを思い出す。




『“本当の意味”で強くなるにはダンジョンの難易度でパイオニアを選ぶしかない。ただし、絶対に一人で行くなよ? ジュニアやノービスとは桁が違うんだ』




「ジュニアやノービスにはきっとこのデバフは2つとも存在しないんだろうな……あいつはどうやって耐えたんだ? 鎧か?」


 この時の蓮のオルターは鎧ですらなく、独自の方法で乗り切っていただけなのだが、到底一般人のアキラには真似が出来ない。


 蓮は今のアキラと同じ[活性]状態に近い方法で乗り切ったのだが、アキラはヴィシュの能力の制約下で使用できている。アキラはヴィシュを手に入れていなければ、今でも起き上がることすら叶わない筈だった。


「って時間が無い、補給しなきゃ」


 [活性]の制限時間が1分を切ると慌てて弾丸を撃ち込む。




「……いつまでもこんなことをしてる場合じゃ無いか」


 ある程度休息を取ってからそう呟き、先を進んでいると2人の人影らしき物が浮かび上がった。その道中は通路のスペースが凸凹していて数人並べそうなスペースもあれば、二人分もないスペースもある。


 マップを確認しながら少しずつ近づいて行くと、色は黄色の警戒状態を表している。


(恐らく敵だろうけど、人型ってまたハードル高いな)


 アキラが偵察を兼ねて見える距離まで覗き込む。頭上にゴブリンとただ書かれているが、その見た目は最早鬼のファンタジーで出てくるオーガのようだった。


 よくみる作品では不潔な印象とだらけた体躯が印象的なのに比べて、背筋はしっかり伸ばしていて、筋骨隆々だった。髪は伸び放題だが不潔な印象は無い。


 腰蓑を纏って棍棒を片手に持つその姿は正しくオーガだ。とても元妖精と伝承されているゴブリンとは考えられない。


 頭上にゴブリンの文字と皮膚が緑色でなければ、オーガか、プレイヤーなのでは? と疑ってしまう程だ。


 様子を窺っていると、一切身動きする様子が無い。どうやら避けては通れないようだ。


(ちょっと試してみるか)


 アキラがヴィシュを使って補給をし、その音に反応するか、反応したらどこまで追いかけてくるのか試す。


(動きも追ってくる様子も無い、これはダンジョンだからか?)


 次に近づいてどの程度で反応するかを確かめる。


(ん……。これ以上近づくと問答無用で襲いかかってきそうな雰囲気を感じるな)


 アキラの感覚が正しいのかは、試さなければわからない。アキラは10m手前程度の距離から一歩踏み出す。


 と、同時にゴブリンが二匹とも一気に駆けだした。


(ま、まじかよ!)


 アキラは急いで逃げてどこまで追ってくるのか試したいが、鬼気迫る空気がそれを許してくれない。


 ただ逃げる。試すどころでは無くなっていた。






「こ、怖かった……あんなのに追っかけ回されたらそりゃ逃げるだろ。逃げない奴が居るなら見てみたいくらいだ」


 アキラが誰も居ないのに言い繕っているが、逃げ切れた証だ。ある程度離れるとすぐに追跡を止めて元の位置へと戻っていった。今は見に行くのを躊躇ためらっている。


「……占いを信じるわけじゃ無いが、慎重に行動して良かったな」


 アキラが偵察を考えずにあのまま向かって行ってたら間違いなく逃げ遅れたであろう結果が窺える。


 しかし、あのような目にスタート地点で遭っているのにそれ以上のことを想定しない者は中々居ないだろう。


「ソロで挑んじゃ駄目な理由ってこれなのか? あいつは一人だったはず、どうやって切り抜けたんだ?」


 アキラと蓮では決定的な違いがあるが、ここに居ない人間を参考にしてもしょうがないため、一度接敵するしか無い。


 右手にシヴァを召喚し、軽い挨拶を交わすしてからマップで相手を確認しつつ再び接近する。


 ゴブリンは同じ位置で警戒色のまま棍棒を持って立っている。あの見た目で殴られたら吹き飛ばされる映像が浮かぶのはアキラだけではないだろう。


「おし、取り敢えず1回やって危なかったら逃げよう」


 アキラはヴィシュで活性状態を更新してからゆっくり近づく。どうやっても二匹同時に相手には出来ないので、通路の少し広めのスペースまでおびき出す。


「ハァハァ、こ、こええ」


 アキラは恐怖と疾走で呼吸を乱しながら、近くの予定ポイントまでアキラは到着し、ゴブリンを迎え撃つ。


「グィグィ」

「変な鳴き声してんじゃねぇよ!」


『ダァン!』


 アキラは牽制程度にシヴァで銃弾を放つ。ダメージを受けるかどうかも怪しいがHPバーが現れた。どうやら多少減少しているようだ。


「通じないわけじゃ無いんだな! よし!」


 効果を確認したアキラは素早く広い通路から狭い通路に移り、射撃を続けてHPを削る。ゴブリンの体躯が良いおかげで二匹を一度に相手取らなくても済んだ。


(ここまではいい、ここからだ!)


 既に銃を使用する距離ではないため、アキラはシヴァのインパクトドライブで接近戦を挑む。ここまでうまくいっていたせいだろう。戦いの素人であるアキラが強い攻撃に頼る気持ちも無理は無い。


 当然のようにその思惑とは裏腹に結果は伴わない。


『ブォン!』

「くっ!」


 大振りから迫る棍棒を、必死にアキラはしゃがんで避ける。近づくとすぐさま蹴りが飛んできてシヴァの銃床で受け止めるが、吹き飛ばされる。


 防いだ拍子にシヴァの銃身に顔面を強打して倒れてしまい、ヴィシュが手から離れてしまう。そしてHPが減ってしまった。


「っあ゛あ!」


 怪我の痛みでも計画がうまくいかなかったショックでも無い。魂に直接響く、魄を押し広げようとする身体の痛みだ。


 それに容赦なくゴブリンの棍棒をゴルフスイングで突き上げるようにアキラに迫る。


「ごふっ……」


 何も出来ずに胴体に当たり、口から無理矢理空気が押し出され、更に離れる。


(こ、このまま……じゃ、ま……ずい)


 アキラは吹き飛ばされた距離で急ぎ、最後のポーションを取り出して回復しようとするが、ゴブリンはそれを許さない。手に持った棍棒をアキラに投げつけてきた。


「ま、まじか……よ!」


 アキラはシヴァでその棍棒を殴るように防御して間に合わせるが、飲もうとしたポーションに棍棒の軌道が逸れて当たってしまう。


 それだけでなく、勢いを殺しきれなかった棍棒のせいでバランスを崩し、転倒してしまう。


「ぐっ!」


 ポーションがアキラの服に染み込み、回復も出来なくなってしまった。すぐにヴィシュを呼び寄せるも、回復している時間は既に無い。それに再使用時間がまだ5分残っている。


 そのせいでアニマ活性状態には出来ないので、この痛みを抱えた状態でこの不利から脱しなければならない。


 脱しなければならないが、アキラはシヴァで弾いた棍棒の痛みと転倒による痛みで、より器である自身の肉体に引き裂かれる痛みが響く。


(う……ごか…せ、動……け! ……動け!!)


 迫ってきたゴブリンがアキラの横に落ちている棍棒を拾い上げ、上に持ち上げ棍棒を振りかぶっている。


 こんな状態でこれを受ければ、例え死ななくても寿命が数秒延びるだけに違いはないが。


「……ぉらっ!」


 悲鳴を上げる身体を堪えて寝返りを打ち、振り下ろされた棍棒を回避する。身体がバラバラになりそうな感覚は益々強くなり、未だに手足が付いているのが嘘のようだ。


 アキラは、震える手足で必死に棍棒を振り下ろした隙を狙って立ち上がる。地面に棍棒が当たったせいか、ゴブリンが棍棒から手を離して手を振っている。


 どうやら痺れているようだ。


「グィー!」


 アキラはゴブリンの怒りの声を背中に、小走りで逃げていく。ゴブリンはそれを追い縋るが、一匹が途中で引き返していった。


 そして、もう一匹は未だにアキラを追いかけている。多少棍棒を拾ったせいでロスをしたが、小走りにしかならないアキラにすぐ追いつこうとしていた。


(ふざけんな! ダメージ与えたせいかわかんねぇけど追いかけてくんな!)


 アキラは撤退しないゴブリンに回復しながらシヴァで牽制する。多少はHPが減るが、1/3も減らせない。


 追いつくゴブリンはアキラ目掛けて棍棒を振りかぶる。シヴァが、アキラに危ないと告げるように信号を発する感触を信じて、アキラは行動を起こす。


「くぅらえ!」


 隙を突いた形になったアキラは、振り返る瞬間にシヴァを強く握りしめて、三本のラインが真っ赤に光った状態の銃床で裏拳の如くゴブリンのがら空きの胴に叩きつけた。


「ぐぅ……」

「ゴォァ!」


 ゴブリンのHPが一気に減り、残り半分を切って黄色くなる。同時にアキラは苦痛に呻くが、それを無視してゴブリンの下がった顎に、アキラは裏拳の勢いをそのまま使って、ヴィシュを握りしめた状態で殴りつける。


 シヴァを返しながらアッパーの要領でシヴァの銃口を首に当て、引き金を叩きつけるように引く。


『ドカァン!』


 緑色の返り血を浴びたアキラはそれに構わず、光の粒子になって消滅するゴブリンを見ること無く倒れた。


 ヒューマンが肉体的に弱いと蓮が言っていた言葉が、まさかここまで影響を受けるとアキラは考えていなかった。そのせいで一言弱音が出てしまう。


「……無理」


 アキラはその一言を呟く、ソウルに響く不可に耐えきれなかったのか、気絶してしまう。

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