第25話 仮メン最後の試練


 総合受付に行くと、エミリーは居ないが赤毛のギルド員が居た。周りを見渡すと人はまばらで、丁度昨日と似たような混む前の時間に来れたようだ。


「あら? どうしたのアキラ君、牧草運びが嫌になっちゃった? フフッ」


 悪戯に笑うが、ちょっとした冗談を効かせた赤毛のギルド員の笑い方に悪意は感じられない。


「何言ってるんですか、もうそんなのとっくに終わらせましたよ。戦闘のロット依頼も終わったんでこっちに来たんです」


 アキラはそう言いながら番号が1.2.3と振られた紙を取り出して、カウンターの上を滑らせるように差し出す。


「あら?」


 疑問顔にそれを受け取ると、アキラの顔をまじまじと見つめて嬉しそうに声を上げる。


「もう全部終わらせたの? 仕事が早いし、案外力持ちなのね?」

「早く正式にメンバーになりたいですからね」

「いい心がけね、仕事をこなす速度も申し分ない、いえ早いくらいね。それなら正式にメンバーの手続きをするからカードを出してもらえる?」

「はい、どうぞ」


 手続きをしている赤毛の女性がアキラのカードでメンバー登録をしようとするが、何かがうまくいかないのか、顔をしきりにかしげている。


「ごめんなさいね、アキラ君」

「え? なんで突然謝るんです?」


 突然の謝罪を受けて、まさか仮メンから脱せられないのか? と不安に思いつつ差し出されたカードを見る。


 今までアキラのホームカードは真っさらだった。だが、今度はアキラに見える位にどんぐりが映し出され、どんぐりの輪郭が明滅している。


 見た目はとてもシュールだが、赤毛のギルド員は至って真面目な表情だ。


「この明滅はカードの発行元であるテラ様から、アキラ君にメッセージが発せられてるのよ」

「でも光ってるだけですよね?」

「それは見せられないけど、こっちの手元でメッセージが読み取れるようになってるの」

「なるほど……まぁ試験でもなんでもいいですよ、試験内容はなんですか?」

「試験内容は……え? そんな……初心者にいきなり?」

「不安を煽らないでもらえますか……」

「ご、ごめんなさい。試験内容はダンジョン攻略よ」

「それの何が問題なんですか?」


 アキラはダンジョンについての知識なら、既に調べて把握していたがそこまで狼狽する内容には思えなかった。


「アキラ君ダンジョンは初めてよね? ダンジョンにはメンバーになってからも決して入ることは出来ないの」

「でもメンバーになればダンジョンのショートカットを利用出来るって…」

「それはダンジョンに入れるようになってからよ、入るまでに依頼をこなして、実力が十分と判断されなければ決して入れないの。しかもパーティ限定が通常なのにアキラ君は一人と、ソロ指定されているわ」

「……ダンジョンに挑むのに、ソロ、指定?」


 アキラはことの深刻さをほんの少し垣間見た。事前情報ではダンジョンは基本パーティで挑む物で、最低でも三人必要とのことだ。


 そのことを告げた赤毛のギルド員は慰めの言葉をかける。


「なんとかしてあげたいけど、でもこれはギルドを超えた所からの通達だから……」

「………………何も出来ないのは仕方ないですよ」

「ごめんなさい」

「気にしないでください。悪いのはそのテラって奴ですから」

「……どんぐりカードを持ってる人は凄いわね、いくら大らかと言われてるテラ様相手でもそんな言い方が出来るなんて」

「容赦して来ない相手ならこっちもそれなりの態度で接するだけです」

「強いのね。私から言えることはメンバーの仮登録状態でもダンジョンの依頼を受けられるのと、ソナエ道具店にこの紙を持っていってね。持っていけば初心者セットが貰えるわ」

「いいんですか?」

「これは別にメンバーとかは関係なく、初めてロット依頼をこなした人が集めた3枚の紙と引き換えに出来るだけ。心配は出来ても贔屓は出来ないのよ」


 赤毛のギルド員が優しく教えてくれた。アキラは気遣いが感じられる赤毛のギルド員に頭を下げてお礼を言ってから、戦闘用の掲示板のもう一枚の方を見る。


 一枚だけ、光っている依頼書が目に入った。試験に使うダンジョンとはこれのことだろう。アキラは依頼書を読み込む。



【D専用】

エリア:[D]試験会場ライセンス

難易度:☆~☆☆☆

備考:難易度選択式、入場期限[残2時間]

踏破条件:アニマ修練場で自身の影を倒し、ボスを攻略する。

詳細

指定のチュートリアルでダンジョンを学びましょう。

命の保証は有りませんので、十分に準備を整えて向かいましょう。

指定試験のため、依頼料は必要ありません。



 光っている依頼書は血よりも赤く、見ているだけで吸い込まれそうな色合いを感じる。カードをかざすと『シャリーン♪』と相変わらずの音が鳴る。


 その効果音を耳にして依頼書は消滅し、アキラはそれを見届けると時間を気にして行動する。


(ロット依頼以外の依頼書は受けたらこうなるのか)


 受領所で依頼を確定すると、ダンジョンへ行くことが出来るらしい。そのための準備にソナエ道具店へとアキラは向かう。


 最初の高いテンションとは裏腹に、ウエスタンドアを押し開ける力が非常に弱々しい。平然としていても、内心疑問と困惑と不安が押し寄せ、それが動きに現れてしまっていた。


 ソナエ道具店へ行くと、ゲンゴロウがいつもの口上の途中でアキラだとわかると、普通に「らっしゃい!」だけに留めた。


「なんでぃ買い忘れたものでもあったのか?」

「いや、これを頼みたくて」

「お前さんもう仮メンのロット依頼終わらせたのか? 俺の記憶だと受け始めたのは昨日だった気がしたが……ま、牧草運ぶのも早かったし腕っ節がいいんだろう! 待ってなすぐ持ってくるぜ」


 ゲンゴロウが裏へと消えたと思えばすぐ戻って来た。


「おう、待たせてないな!」

「あぁ、待ってないよ」

「こいつがそうだ。中身を確認してくれ」


 アキラが渡された革袋の中身を広げる。


「携帯ポーチに携帯食料、サバイバルナイフと手持ちピッケル、後は魔除け香にランタン確かこれで全部だったな」

「よし! これがあれば大体の困難はなんとかなるだろう。贅沢言えばロープとテントも欲しいけどな」

「いくらだ?」

「お? 占めて700Gだぜ」

「買うよ」

「……言うまいと思ってたが、こちとら商売だ。欲しいなら売るけどよ、アキラ」

「なんだ?」

「お前さん、そんなんじゃ死ぬぜ?」

「……は?」


 死なないために準備万端にしているのにゲンゴロウは今のアキラを見て、そのままだと死ぬと言ってくる。アキラは意味がわからず問いかける。


「いきなり何言ってんだ? 俺は死なないための準備をしてるんだ。なんでそんなこと言うんだ?」

「気づいてねぇのか、ひでぇ顔してるぜ? 切羽詰まってる感じじゃねぇ何かを諦めた顔をしてらぁ」

「俺が……諦めてる?」

「ここに来る前に何があったかは知らねぇが、そんな顔して言われたままに行動して言われたままに買い物している。準備をしているのはお前さんなのに、その準備をしている意思を感じねぇんだ。確かに勧めたのは俺だが、おれぁ外に出る前提の話をしたんだ。間違ってたらすまねぇが、それを本当に必要だって想定してんのか?」

「……」


 確かにアキラはゲンゴロウに言われて何となく必要そうだと思っただけで、ダンジョンでは使える物なのかすら考えていなかった。


 初心者セットを貰ってこれは何に使えるのか? どうやって使うのか? そんなことすら頭には存在していない。


 アキラはただの一般人だ。それなのにウルフ戦のような命がかかった状況に放り込まれ、そこから抜け出しても束の間、早く帰れるように努力していただけなのに、その努力の先に待っていたのは命懸けのダンジョン攻略だった。


 事前情報を知っている分希望を感じないアキラは、切れてしまっていたのかもしれない。


 対岸の火事ではないが、未だ実感の沸かない話についていけてないのだ。今回はウルフ戦のようにいきなり命の危機に放り込まれるわけじゃない。


 十分に準備が出来る時間が用意されているのだ。ソナエ道具店に行ったらダンジョンに向かうつもりでいたアキラは、ゲンゴロウの言葉に冷水を浴びせられたかのような心境になった。


 目をつぶってその無理やり冷静にした頭で唯一の家族を思い浮かべる。死ぬのだけは許されないのだ。


「……ゲンさん」

「おう」

「もう一度言うぞ、ロープとテントを売ってくれ」

「ハッハッハ、いい顔するようになったじゃねぇか! 毎度ぉ!」


 アキラの強気な態度に意思をしっかり感じ取ったゲンゴロウは嬉しそうに品を用意する。


「ロープは少しおまけして良い物をやる」

「ありがたい、でも俺はこれから死ぬかもしれないんだぞ? いいのか?」

「なんだぁアキラ、お前さん死ぬつもりなのか?」

「バカ言え、俺が死んだら世界の損失だ。死にたくても死ねないっての」

「……全く、ギルド登録2日目の新人が吹かしだけは壮大だな!」

「俺は絶対帰らないといけないんだ、ちょっと嫌なことがあっただけで諦められるか」

「なんか訳ありってやつか、それならまたこのソナエ道具店が必要になるだろうから、ちゃんと帰ってこいよ」

「あぁ、また来るよ」


 アキラは必ず再開する決意を胸に、ソナエ道具店を後にする。


「ダンジョンに行く前にホームに帰るか……」




 アキラがホームに向かう少し前、ナシロとメラニーがアキラのホームから出てラウンジに居た。アキラの帰りを待っているのだ。


「ナシロ! アキラ、クル?」

「…来れたら……いいね…」

「モー! ナシロハクジョー!」

「…これ…ばっかりは……性格だし…」


 メラニーがナシロの頭の上で跳ね回って暴れている。ナシロは当然無反応だ。


「アノ、リス! ゼッタイ、ユルサン!」

「…あれも……言われた…通り……しただけ…だって……たぶん…」


 跳ね回るメラニーはその速度を上げ、回転も混ぜ始めた。


「モー! ナシロ、モー!」

「…アキラ……待ってよ…ね?」

「ワカッタ! フン!」

『ナァ』


 中々素直なメラニーはナシロの頭に乗ったままじっとしてアキラの帰りを待つ。




「あれ? 何も食わずにじっとしてどうしたんだ?」

「…きた……アキラ」

「オソイ!」

「え? すまん?」


 ホームのラウンジで待ち構えていたナシロとメラニーがアキラを出迎える。


「…大事……話あるの…」

「なんだ?」

「…長く……なるから…部屋」

「はいはい、メラニーはナシロ連れて行ってやってくれ」

「イク! ナシロ!」

「…へい」


 メラニーはナシロを連れていくが、そのメラニーの飛び方には余裕が感じられず、ふらついているようにアキラには見えた。


「んで?大事な話って?」

「…ダンジョン」

「なんでお前がそれ知ってんの?」

「アノネ! アノ、アホリス!」

「ボーイの格好した奴?」

「ソウ!」

「…あいつ……アキラに…枷……要求した」

「どういうことだ?」

「…ダンジョンの……最高…難易度」

「……は?」


 ナシロの話を要約すると、最初にアキラにどんぐりのホームカードを渡したリスはテラと呼ばれる存在の指示に従うホームの管理獣の一匹だ。


 そのリスはテラからの指示でとある枷を指示したらしい。アキラがここへ来るまでの過程を吟味した結果、まだ挑む予定では無いダンジョンに挑ませるだけでなく、それとは別に任意で選択する難易度に“枷”を指定したらしい。


 実際のダンジョンを体験したことがないアキラは、敵が強すぎて三人で挑まなければ正攻法だけでは戦いにならないとまで言われていたのを思い出す。難易度ノービスでそうだったのだ。


「その指示を拒否するとどうなるんだ?」

「…別に……何も…」

「ナシロ! ナマケルナ!」

『ナァ』


 これ以上何も言うつもりが無いのか、ナシロは喋らなくなったが、尻尾は結構なペースで動いている。それ程言いたくないのだろう。拙いながらも、代わりにメラニーが教えてくれる。


「ホーム、ナクナル!」


 この一言だけで嫌な予感がする。


「……なぁナシロ」

「…ん」


 ナシロはペタンと尻尾を下ろすと動かなくなる。耳も心なしか垂れてしまっている気がした。とても見ていられない哀愁を感じる。


「お前らはどうなるんだ?」

「…バイバイ……する」

「どこに?」

『………ナァ』


 答えに困ったナシロが鳴き声を上げた。そもそもナシロやメラニーはホームを管理するために生まれた存在だ。その管理する場所が無くなれば当然ナシロとメラニーの存在意義は無くなる。


 即ち、ホームが無くなればナシロとメラニーも居なくなると言うことだ。


 それを察したアキラは2匹に自分の決断を告げる。


「ナシロ、メラニー」

「ナニ!」

「…」

「俺はお前達2匹が居てくれたからいつも通りでいられるんだ。帰る家に出迎えてくれる存在が居るってだけで、どれ程ありがたい物か知ってるか? この世界に来る前はそれが妹の深緑だったんだが、それでも一人じゃなかった」


 アキラの両親は既に居ない。それだけで家の雰囲気は変わってしまった。同じ空間で元から人が居ない時間帯に家を見ると、ふと何かが足りない。そんな思いがアキラの心を穿つ。


 そんな思いをしてても唯一の家族の深緑が居たおかげで、なんとかそれを支えに生きていくことができた。


「だけどこの世界で親密になれる知り合いなんて俺はまだ知らない、心を許せるような余裕も無いしな。そんな状態で、寝泊まりするだけの寂しいホームになる筈だったんだが、いざ来てみたらお前達が居た」

「…うん」

「第一印象はメラニーは兎も角、お前は最悪だったんだぞ? でもな……その不貞不貞しい態度を嫌いにはなれなかったんだ。こういっちゃなんだけど、まるで友達みたいでな」


 アキラは最後まで言わないが伝わる。それにどれだけ助けられたことか。


「それだけじゃない。ナシロの話を聞いて混乱しそうになった時、メラニーは気遣ってナシロを俺に被せたよな?」

「ナシロ、ヤワイカラ! ゲンキデル!」

「ああ、おかげで落ち着けたよ」

「キニシナイデ!」

「ハハッ、そしてナシロは凄く面倒くさがりでも大事な話はしてくれるし、質問には答えてくれる」

「…まぁ……ね」

「それに俺はホームのお前達のことを思い浮かべる位には好意的に思ってるんだ」

「メラニーモ、アキラハ、オキニイリ!」

「ありがとうメラニー。それなのに、そんなお前達を見殺しにするなんて選択、俺が選ぶと思うか? まぁ付き合いが短いからわからないか。ただ絶対なのは、お前達を失う。そんな未来は100回同じ選択肢が出てきても選べねぇよ」


 アキラはこの短期間で無くてはならない存在と、新たに生き残るための理由を心に刻む。


「…でも……ダンジョンの最高…難易度は…」


 ナシロが何かをこらえるように喋る。


「わかってるさ、セーフティ制限時間が存在しないんだろ?」

『ナァ…』


 ナシロがか細く消えていくような鳴き声を発した。


 ダンジョンは一度入ると脱出する3つの方法がある。一つは入り口の帰還ポイント、又はランダムにある帰還ポイントへ行くこと、もう一つは脱出用のアイテムを使ってダンジョン内で手に入れたアイテムを放棄する代わりにダンジョンから抜け出す。


 最後はセーフティと呼ばれる制限時間を過ぎるのを待つことだ。


 最高難易度を選択する場合は、帰還ポイントがボスを超えた最奥のみ、アイテムによる脱出は無し、制限時間の消滅となる。


 即ち、死ぬか帰ってくるかのどちらかしか存在しない。それがゲームだったなら問題ないだろう。しかし、ゲームではなく現実なのだ。


 アキラがウルフ戦で勝ち抜いてしまったせいで、テラに目を付けられた。テラがアキラの依頼をこなすペースを見て難易度を決めた。


 アキラの余裕を感じて、今より気を引き締めさせるために達成条件を課した。


 全ては“特定のプレイヤー”の魂の質を上げるために、より魄を高めるために、テラと呼ばれる存在はそのためだけに存在するのだ。


「……大丈夫だ。絶対に」

「アキラ! アキラ!」

「心配するなメラニー」


 メラニーの心配する呼びかけと、小鳥のさえずりが絶え間なく繰り返される。そんなメラニーを宥めるように、アキラの人差し指がメラニーの顎を掬うように撫でる。


「モー! モー!」


 メラニーはそんなアキラの指を突いたり、撫でられるがままになったりと交互に繰り返して別れを惜しんでいる。一通りしてナシロへと一時の別れを伝える。


「…アキラ……ありがと」

「いつも通り不貞不貞しくしてろ」

「…フンス」


 ナシロの鼻から漏れる溜息を聞いたアキラは、短い垂れ気味の耳を揉むように頭を撫でる。


 眉間を揉んだり、頬を挟んだりと抵抗しないナシロと触れ合う。


『ナァ』


 ナシロの鳴き声を合図に、アキラは立ち上がって自身のホームから出る。当然ナシロをぶら下げたメラニーはアキラを追いかける。


 ホームから出口まで見送りに来たナシロとメアリーは、それ以上外には行けない。ただただアキラを見送るしかできない。






 それから時は流れて1ヶ月、未だにアキラがホームに帰ってくることは無かった。今日もまた、ナシロとメラニーはアキラを見送った場所で主の帰りを待ち続けている。

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