第34話 命懸け(?)のボーナスステージ


 難易度パイオニアを選択したダンジョンで帰還ゲートの扉を通るためには、ボスを倒す他にもう一つ条件が存在する。


 それは指定された魔物の撃破だ。ボスを倒す程度に進めていれば無事達成できる程度なのだが、未だそのネームプレートには対象の名前が表示されたままだった。


 そこにはゴブリンしか居ない筈のダンジョンにはあまりにも不釣り合いの名前が表示されている。






「あれ? 扉が2つあるな」


 正面にはアーチ状に作られた手押し式のドアがある。その上にネームプレートらしき物に、何か文字が書いてある。


【対象:ロキ】


 通路の真横にあるもう1枚の扉は真っ赤で不気味な印象を抱く。訳がわからないアキラは赤い扉を無視してネームプレートが表示された扉を、賦活状態でシヴァを握って強化された筋力で蹴破るように足の裏で蹴る。


「お、俺の16文キックヤクザキックが通じない?」


 半ば予想通りの結果にやるせない気持ちになるアキラは、ネームプレートのロキと書かれた対象を見る。


「ロキってなんかの神話に出てきたような……」


 アキラがロキと言う名前からどのような神話か思い出せないでいると、ヘルプが眼前に表示された。



【HELP】

最奥の帰還ゲートへは条件を満たさなければなりません。

※難易度パイオニアはネームプレートに表示された対象の討伐が必要です。時系列は問いません。



「はいはい、ロキ倒せば良いんだろ」


 アキラは結果がわかっているので既に赤い扉に向かっていた。面倒くさそうに歩くアキラには、何が来ても負けない自信が付いているからこその態度を感じる。


 扉を開けた先にあったのは、赤い世界だった。踏み入れると赤い液体が辺りを埋め尽くし、後ろを振り返ればドアが無くなり引き返せない。


「随分物騒な帰り道だよな」


 アキラも理解した。まだダンジョンは完全に終わってはいないのだと。


「サブクエストはクリアに……なってない? ボスを倒したのにか?」


 サブクエスト欄を見ていると、影の撃破とボスの撃破にはチェックが付いているが【???の達成】と不明欄が追加されている。


 アキラが撃破では無く、達成と書かれているのに疑問を浮かべるが、それはとある音で中断される。


『チャリン……』


 不気味にも鎖の音のような金属音が聞こえる。


「おい、俺はホラーは苦手なんだ、勘弁してくれ」


 赤い空に真っ赤な液体の地面からは不吉な物しか感じられない。鎖の音がした方をよく見ると、赤い液体が三本吹き出ている。


「ん? 三本?」


 何かがアキラの中で引っかかるが、突如ヘルプがアキラの視界に現れる。鎖の音は相変わらず聞こえたままだ。



【HELP】

ここは試験会場ライセンスのボーナスステージです。

ランダムで仕掛けが配置されます。頑張って脱出してください。

クリアできればアイテムが入手できます。



「仕掛け不明ってのはちょっと不親切だけどそれはいいや。それよりなんかおかしい、身体の力が抜けてるような感じがする」


 アキラがデバフを確認しているが【タイムポリューション・遅】のみで他は何もなっていない。ステータスにも変化は無いが、鍛えられた感覚は見抜く。


「間違いなく気のせいじゃないな」


 アキラは即座にヴィシュで回復するための特殊弾を撃つが、弾丸が発射されない。


「は? MPも切れてないのになんで……この部屋のせいか?」


 アキラの疑問に答えるように鎖の音が途絶える。


「だから言ってんだろ、俺は、ホラーはNGなんだ!」

「そんな連れないこと言わないでくだ……」

「!?」

「ぶっ! ぎゅっ……」


 突然アキラの耳元で囁かれる声が聞こえる。その声に反射的に肘打ちをし、下がった首を抱えて背負い投げをしてしまったが、囁いてきた相手はなんの抵抗もせずに倒れ伏した。


「……」

「……」


 両者共に沈黙が流れる。片方は沈黙と言うより喋れないらしく、震える子鹿のように立ち上がる。


「い、いきなり、酷い……ではないです、か」


 その姿は地面の赤い液体のせいで血まみれのようにびしょ濡れだ。そして困ったことに相手は女性だった。深紅のドレスが液体に浸かって染みを作る。その部分は若干黒く見え、所々皺が出来ている。


 立ち上がる時にチラッと覗くスカートの中には半ズボン、所謂キュロットを着用している。キュロットと黒いニーソックスの間から僅かに見える肌は絶対領域とは違ったおもむきを感じる。


 肌はとても綺麗な肌色で、赤い滴が通る様は妖艶さが滲み出ていた。赤く濡れた白い髪をかき上げる仕草から、大きめの胸に垂れる赤い液体には思わず唾を飲み込む程の色気を感じる。


 髪はボブで仕上げていたのだろう、しかし今はびしょ濡れでその面影が見える程度だった。


 そして首から巻かれているチェーンはその見た目に反して無骨だが、白と黒が交互になったチェックをイメージしているデザインに見える。


 履いているヒールブーツはカラーは赤だが通してある紐は白と黒のチェックになっている。


 流石のアキラも相手のそんな姿を見れば、ただ囁かれただけでやり過ぎたと思わなくもない。


 しかし、ここはダンジョンだ。喋り掛ける存在に対して警戒は怠るべきではない。反射的な防衛とはいえ、決してそれを肯定しているわけではないのだ。


「誰だお前は!」

「よ、よくも、そんな強気に出られた物ですのね。いいわ教えてあげましょう。私の名は、ロキ……」

「なら倒すまでだ!」

「待って待って! 違うの!」


 アキラは目の前の整った顔から映し出される困惑の表情と、シルバーの瞳から滲み出ている涙に手を止めてしまう。


「まるで俺が弱いものいじめしてるみたいじゃないか」

「さ、最初に調子に乗ったのは謝ります。少し私の話を聞いてくださらない?」

「……なんで?」

「え? ぼ、暴力を振るわれたんだから少しは待って欲しいわ」


 相手が人の姿で正論を言う。いくらアキラでも、ここまで危害は加えられていない相手に攻撃するのは戸惑われた。話を聞く位はアキラも融通を効かせられた。


「それも、そうだな。ほら言ってみろ」

「ちょっと、偉そうではありませんか?」

「ナシロ、メラニーもうすぐ帰るから待っていてくれ」

「わ、わかりましたから待ちなさい!」


 本題に入らず、アキラの態度を非難するロキと名乗る人物に脅しを掛けるようにシヴァを握りしめて近寄る。力を込められたシヴァのラインは発光せずに無反応だ。


 慌ててアキラを宥めるロキだが、そもそもはロキがアキラの背後を突いたのが始まりだ。命懸けの世界で生きているだけマシと言うものだろう。


「驚かせたのは悪いと思ってるけど、私も暴力を振るわれたのだからお相子でいいですね?」

「そっちがそれでいいなら」

「あら? もしかして、それなりに悪いと思ってたのかしら……」


 アキラも反射的とはいえ、綺麗に着飾っている相手に手を上げてしまった件についてはそれなりに罪悪感を感じている。


「まぁいいわ、本題に入ります。貴方は少し勘違いしているみたいですからその確認からいたしましょう」

「お前を倒せば帰れるのは理解してる」

「お静かに! そもそも、私を倒したところで出られませんのよ?」

「ん?」

「こう見えて、私、華奢ですので」

「……強そうな感じは今のところ出てないから安心して良いぞ」

「あら、そうですか?」

「背後からかけられた声には少し驚かされたが、それだけだ」


 アキラは単純に事実だけを言う。


「と言うことは、やはり貴方は正しくソウルアニマを磨き上げてきたのですね」


 ロキと言う女性の年齢は不明だが、その表情は何かを安心させる慈愛を感じる。


「こう言うのもなんだが、暴力を振るった相手に随分優しい対応だな」

「そんな些事はどうでもいいのです。私がこれまで見てきたプレイヤー達は皆、目先の目標ばかりを追う価値の無い魂の持ち主ばかりでした。その成果があれば、あの程度なら黙って目を瞑りましょう」

「やっぱり何人も既にこの世界に来ているのか」


 アキラは漸く他の人間の存在を認識する。その続きを話すようにロキは話を継いだ。


「そのためのダンジョンですからね。正しく修練を修めている方は貴方を含めて二人程度ですが」

「それがわかるってことは、あんたは相手の魂や魄ってのがわかるのか?」

「そうですね、貴方は私に対して何か感じる物はございませんか?」


 アキラはロキの姿をよく眺める。笑顔でロキはそんなアキラを見ていた。


「そうだな……」

「わかりましたか」

「あぁ、あんたが綺麗ってことくらいかな」

「わかってませんね」


 笑顔から呆れた表情に変わったロキはアキラに理由を説明する。


「本来であれば、魂も魄も未熟な方は私の前に立っていられない程の重圧を感じるのです」

「俺がそれを感じないって言うことは、つまり」

「その通り、現時点で魂も魄も十分だと言うことです。しかし、多少なりとも何かは感じるはずですが、まだ慣れていないのでしょう」

「なるほどな、あんたはそれを感じ取れるってことでいいのか?」

「そう言うことです」

「質問して悪かったな本題に戻ってくれ」

「わかりました」


 アキラは久しぶりに人と話せることが嬉しくてつい会話を弾ませてしまった。途中でこのままじゃいつまで立っても進みそうにないと感じて続きを促す。


「ここは試験会場ライセンスのもう一つのエリアです」

「と言うと?」

「貴方にとってのボーナスステージと言った所です」

「は?」

「疑問の所申し訳ありませんが、貴方はダンジョンから出る条件が何か把握していますか?」

「ネームプレートに書かれた対象の討伐だろ?」

「基本的にはそうです」


 アキラの推測をあっさりと肯定されるが、基本的にの部分に当然引っかかりを覚えるアキラだが、ロキはアキラの疑問に答えるように言葉を続ける。


「今回の対象は私の名前、ロキと出ていたはずです。そして対象だからと言って討伐だけが全てではありません」

「どういうことだ?」

「気がついているかはわかりませんが、貴方から見て【ロキを討伐】と言った文言はありまして?」


 アキラはこの言葉を受けてすぐにサブクエストを確認する。そこには【???を達成】と書かれているだけで討伐の文字はない。ネームプレートも対象がロキであることを示しているだけで、討伐しろなどとは書いていなかった。


「つまり、これからお前が何かをするから、俺はそれをこなせばいいのか?」

「ご理解していただけて何よりです。それから一つ申し上げますが、私自身にそれ程の力はございません」

「あれを見て、強いと思う奴は少ないと思うぞ」


 アキラが投げ飛ばしてしまったことを思い返す。


「コホン、レディに対してあのような振る舞いは感心しませんね」

「悪かったって、でも次からは時と場所と場合を考えて声を掛けるんだぞ?」

「それは失礼いたしました! フン!」


 先程見せた慈愛に満ちた表情とは別に、こちらを向かないで拗ねる様は可愛らしい物だった。


「それでは気を取り直して、何をするかご説明いたします」

「待て」

「なんですか?」

「それは絶対やらなきゃいけないのか?」

「ここから出たくないならやらなくても構いませんが、貴方はそれを選ぶつもりですか?」


 ロキの問い返しにアキラはわかりきっているだろうと強く睨みつける。


「失礼しました。目標は“このエリア”に居る私に触ることです。制限時間は貴方のアニマが尽きるまで、それでは」

「は!? ちょっと待て!」

「スタート」


 そう告げるとロキは目の前でその存在を消していく。アキラも即座に掴みかかるが、煙を触るように手応えがなく、その場から居なくなってしまう。


「くっそ!」

『ヒントは重なり合っても決して変わらない物です。最後まで油断なさらないでください。それではご健闘をお祈りいたします』

「わけわかんねぇよ!」


 アキラは反論するが、それ以降ロキから答えが返ってくるとはなくなった。そんな状況を打破するために、アキラは現状の確認を行っていた。


「もしかしてこの力が少し抜けた感じがするのは、アニマが減っているのか?」


 アキラがこの部屋に入ってから感じている力の抜ける違和感の正体に気づく。未だに魂や魄が朧気にしか理解できないが、今はそれを確認する術はないため、脱出に集中することにした。


(澄ました態度に騙された! まさかヴィシュの弾丸が使えなかったのもこの部屋のせいかよ!)


 アニマを修復されないように仕掛けを施された赤く不気味な部屋は、力押しをさせないためらしい。シヴァを握っても赤く発光していないのはそのせいだ。


(あいつに触れるのが目標って言ってたな、あいつはどこに消えた?)


 周りを見渡すアキラは一つ気がづく、赤い三本の吹き出る液体以外には何もない。周囲には闇が広がっていて、地面が円形に途絶えているのだ。


 正確には周り全てが崖で、赤い液体は常に滝のようにこぼれ落ちている。手がかりを探すために赤い液体が吹き出ている所へと向かう。


 近づいて見てみると、外側から中心に向かって縄のように二本の液体が降り注ぎ、本来動いているはずの一本が止まっている。噴水時計を参考にするなら秒針は動いているはずだ。だが分針と時針はメニューの時計通り正しい時刻に見える。


「たしかこれって」


 アキラはアジーンの時間のわかり辛い噴水時計を思い出していた。あれもこの赤い噴水のように時間を示し、1秒毎に中心の水が位置を変えて放出する構造だった。今は1秒を刻めていないが。


「でも、それがどうしたって……ぐっ」


 アニマが強烈に喪失する感覚が来ると、デバフ[器の崩壊]が再び表示され、ソウルの痛みが襲ってくる。


(落ち着け、この程度の痛みで慌てるな)


 アニマが吸収されていると言うことは、再び周囲の不活性魄アニマがアキラの身体を蝕み始めていると言うことだ。そして今回はアニマが常に減少し続けていると考えれば、時間経過と共に当初味わった以上の激痛がアキラを襲うだろう。


 今はまだ耐えられる痛みを無視してアキラは考える。


(確か、あの噴水は時刻を現していた筈だ。メニューの時計と合わせてもそれらしい時間と位置のままで、特に変わってはいない。他に何かヒントになる物は無いか?)


 アキラが周囲を見渡し、上を見る。


「あら、見つかってしまったわ」


 上空に余裕のロキが居た。ロキは逆さだが、まるで重力が反転しているかのように服装も髪も通常通りになびいているように見える。


(落ち着け、見つけても上に行く手段は今の所無いんだ。最優先の目標を見失うんじゃない)


 アキラは観察を続ける。そこでおかしなことに気づく。自分の姿も映っているのだ。


(あれは、鏡なのか?)


 アキラがロキの居る位置へと移動すると、その途中でロキに反応が出た。


「あら、気づいてしまったの? それではまた消えますわ」


 どうやら見えないだけでそこに居たらしい。


(憎たらしいが、恐らく奴が見えたってことは正しい手順でヒントを見つけられたからって考えるしか無い、他に指標でもあれば別なんだが……)


 ロキの居た辺りは丁度噴水の真ん中に位置している。アキラは噴水に慎重に近づくと、足が段差らしきものに当たるのを感じる。


(足下は見えないが、噴水広場と同じ縁みたいなのがあるな)


 そこを乗り越えると膝下まで浸かるが、問題なく進むことが出来る。放出される液体に気をつけながら、手探りでロキが居たらしき箇所を探すと何か取っ手らしき物がある。


 その取っ手を引っ張ると放水が止まり、液体は放流するだけになりすぐに地面が見えるようになった。


(やっぱりそうだ! よし、次だ)


 放水を止めて地面を見ると、噴水広場とほぼ同じ広さになっている。丸い円形の敷地まで再現されているようだ。


 アキラが天井の大きな鏡を見ると、その地面は大きな時計となっていた。時刻も綺麗に見えている。


(あれ? 鏡なのになんで数字が反転していないんだ?)


 アキラは直ぐに近くの12時の方向へ行くと、数字は鏡文字になっている。


(まだ材料が足りない……そうだ、確か噴水の外縁部分には数字が記されていたはずだ)


 痛みを無視して噴水の縁に行って確認すると、その数字も鏡のように反転していた。噴水広場にある物とは違っていることにアキラは共通点を考える。


(時計も鏡も噴水の放出位置も反転していたってことは、それがテーマなのか?)


 仕掛けの一貫性を感じ取ったアキラは、それがわかっても次がわからなくなってしまう。


(ぐっ……それがわかったからってどうすれば……)


 アキラは痛みを堪えながら、取り敢えず何か情報が無いかと天井を見つめ、噴水の放水口を調べる。よく見れば、わかりやすい位置に時計の制御装置らしき物を発見した。


(ん? これは……現在時刻だな、これで噴水の放出場所を決めてるってことか)


 アキラは噴水の中央部にある小さな時計を見つける。正しい時刻が左にあって【現在】と書かれている。右には【操作】と書かれた時計があった。


(これの【操作】で時計を操るんだよな……あれ、ここの時計は反転してるのに、噴水時計の放水位置は俺の時計と同じだよな?)


 アキラがメニューから時刻を確認する。


(やっぱりだ。この時刻と噴水時計の時刻が合ってるなんておかしい! テーマは反転なのに、鏡に映る時刻と照らし合わせると噴水の放水位置が真逆じゃないか!)


 例えば噴水の時刻が5時の位置を指していれば、鏡に映る時刻は7時になる。鏡に映る数字を現在時刻と考えれば、2時間程のズレが生じる。そのズレにアキラは気づく。


(って言うとえーっと今の時刻の反対にして……もっかいこの取っ手を引っ張れば良いのか? なんだろう、考え方は間違ってないけどイマイチ答えになっている感覚とは思えない……)


 そう考えるアキラだが、他に手がないため実行することにする。再び放水が始まるが、何も起こらない。


(やっぱりか……そろそろ……きつくなってきたな)


 タイムリミットが迫っているのか、アキラの限界が近づいてきている。


(でも、あと少しな気がする。考えろ!)


 アキラが放水を止めて、動かすたびに悲鳴を上げる身体を無視して噴水を調べる。


(恐らく、時間が変わり続ける現在時刻はどうでも良いんだ。テーマは反転だ……くっそわかんねぇな、少し位ヒントを……あ)


 アキラはロキがこのゲームを始める直前に出したヒントを思い返す。今ならその意味が理解できるのかもしれないと考えたからだ。


(重なり合っても決して変わらない物? 動かせる物は時計の噴水だけだ。ってことは時計の重なり合わせる物……針か?)


 時計を回しながら考えてくと、アキラは突如思い至る。


(12時か! 短針も分針も秒針もこの時、0:00の時だけは反転しても変わらない! あれ、でも6時だって反転したら変わら……あ、重なり合わさってないから駄目なのか)


 最早思考すら鈍り始めたアキラは急いで全ての針を12時に合わせて改めて放水する。


「……これも、違うのか?」


 既に意識を保つのすら限界だったが、何かがおかしいことに気づく。


「水嵩が増してる?」


 その言葉通り噴水の中でも膝下だったのが、今では迫り上がって腰に近づいている。


「頭脳労働の後に体力かよ……ってあれ?」


 それ以降、水嵩は上がらない。しかし、天井の鏡には近づいている。


「噴水が上がって……あれ? 水嵩も下がってきたな」


 アキラが居るステージ全体が上昇している。液体で見えない地面のせいで足場の噴水が上昇していると勘違いしてしまったのだ。


「なんか浮島って感じだな、ん? あれは……」


 アキラが真上を見上げてると、ロキが最初に居た噴水が階段に変化している。その階段の所に【出口】と書かれている。


 それを見上げたアキラは漸く終わると、安堵の溜息と同時に階段へと足を掛けようとした。


 その瞬間とんでもない悪寒のような物を感じてその足を止める。


(な、なんだ? 今進もうとしたら、何か取り返しの付かない間違いを犯していたような気が……)


 文字通り命を賭して修練したアキラの勘が身体にブレーキを掛けた。思考は鈍っていても、身体は反応しているのだ。


 そんなアキラは、何がまずかったのか辺りを見回す。特段おかしいところも無いが、違和感は拭い去れない


「あそこに出口があるのになんでこんなにも嫌な予感がする……は?」


 自分で言ってて違和感の正体に気づく。


(そもそもこれ鏡じゃなかったのか? 今は仕掛けで階段が出てきたけど、この見えない地面はどうなってんだ?)


 アキラはテーマが反転だったことを思い出し、まだクリアされていない場所で勝手に終わりだと思い込んでいた。そして同時にロキの言葉を思い出す。


『ヒントは重なり合っても決して変わらない物です。最後まで油断なさらないでください。それではご健闘をお祈りいたします』


 最後まで油断するなとロキは言っていたことをアキラは思い出す。


「質が悪い、悪すぎる」


 すぐに放水を止めたアキラは、目の前に現れた逆さまになった階段を見ながら呟く。どうやら反対の階段でも通ることが出来る作りになっている。


 ヒントを与えられたが、勘が働かなければ絶対に間違いを犯していたと感じたアキラは、今度こそ階段へと足を向けた。

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