第46話 三世界で見出す希望と絶望
アキラは今ホームに居る。岩山跡地オラクルに行く前にダンジョンで集めたアイテムボックスとフィールドで集めたアイテムボックスを整理するため開封しているのだ。
「後は、この2つか」
大半の整理を終えたアキラはゴブリン・コマンダーを倒した時に手に入れた銀色のアイテムボックスと、錆びた鉄の枠で出来たフレームが付いた木のアイテムボックスをバッグのリストが表示されているウィンドウから眺めている。
アキラが詳細を見るために銀のアイテムボックスのアイコンに触れる。
【ゴブリン・コマンダー】
アイアンハート、アダマンチウム×10が入手できる。
(そういや洞窟だったなあそこ、一応鉱物ってことでいいのかな。そんじゃロキから貰ったのも開けるか)
【ボーナスボックス・古】
必ずジョブとは相反するアクセサリーがランダムで一つ出てくる。
(……つ、使えねぇ。ボーナスって一体? って待てよ相反するなら俺には必ずしも無用とは限らんぞ! ……取り敢えず開けるか)
アキラが説明を読んでアイテムボックスを開封すると腕輪が現れ、バッグの中に入っていく。一応効果を把握しようとアキラが腕輪のアイコンに触って説明を見る。
「うん、使えないわけが無かった」
【
現在のジョブと反した射程のスキル効果を2倍に増幅させる。ウィザードは1.5倍になる。
「ってことは、簡単な話シヴァのインパクトドライブが……2倍……………………あれが2倍? 撃っただけで単純に2割の大ダメージじゃねぇか、使えないわけが無かったっての撤回だわこれ」
アキラは【相反の腕輪】のクラスが蓮同様のクラスだと気づくが、下地が整っていない現状でこのアクセサリーは持て余してしまう。
「俺には……強すぎる。それにジョブと相反するってことは、シューターで言う近距離系スキルのみに影響があるってことだよな」
アキラが試しに腕輪を付けてヴィシュでクイックメントIを付与して身体を少し動かしてみるが、とてもクイックIの2倍速で動けているとは思えない。
身の丈に合わない装備という物をこれまで実感したことが無いアキラは、自身のピーキーな攻撃手段の長所を、限定的にしか発揮できないことを悔やんだ。
「イドにしなきゃ使えるんだポジティブに考えるか、ボス戦だと後が無くなった時の切り札として使おう」
次の強くなる道が示されたクエストを思い浮かべながら決意を新たにする。
「そうだ、ついでだし【アニマ修練場】の本でも読んどくか」
本の閉じる音が静かに響く。アキラ複雑な思いで本の内容を思い返し、疑問に思っていたことの一部が理解できた。
「アニマ修練場の影、あれが虚構……ね。俺が魔人を選んでたら、あいつのようになってたってことか? ってか次行ってもまたあいつかよ、ぜってぇもっと強くなってんだろ……萎える」
アキラが自身の影を倒すのに費やした時間は3ヶ月近くかかっている。次はそれ以上か以下なのかもわからない。ただ確実なのは、また自分より上の何かを見せてくれるのと、それを見る時は死ぬ時だと理解していた。
「それに今まで疑問に思わなかったけど、自分の手をシヴァで吹き飛ばしたり、影に散々身体を滅茶苦茶にされたけど傷跡すら無かったのも理解できた。いい加減に
アキラは理解を放棄することで魂魄の存在を否定していた。しかし、身をもって実感した内容の疑問が解消されてしまえば、否定し続けるのは難しいだろう。
「それにオルターの書の時もそうだけど、物騒なこと書いてるな。人類の手で未来を掴み取るだとか、これを起こした原因? っていうかわかんねぇけど、それらしき人の記述だとか……蓮の言ってた一部が垣間見えたって感じだな」
アキラも自身にはなるべく関わらないであろうと考え、就寝するためにベッドへと向かう。
「なんかこの世界に来てから毎日が忙しいな……深緑は元気でやってるかな」
ナシロとメラニーは機嫌良さそうに寝付いているのを見て、ふと妹のことを思い出す。早く元の世界に帰るためにも、目の前の手がかりであるクエストをこなすため、明日はタクリューへ乗らなければならないのだ。
(今までツッコまなかったけどタクリューってなんだよ)
アキラの夜は更ける。
アキラがベッドに入った頃、反省するためにユニオンホームに連れて行かれたルパは未だに動けずにいた。
「おいリッジ」
「……」
「リッジ!」
「……寝てるんだから静かにしてよ」
「それは目閉じてから言え、やっぱダンピールつっても普通に夜寝るんだな」
「元は人間で今も半分人間みたいなもんだし、よくわかんないけど」
「そうかよ、あぁそうだ。思ったんだが、あのヒューマンお前から見てどうだった?」
ルパはユニオンホームで頭が冷えたのか、理由はどうあれ冷静にアキラについて考え始めていた。その答えに対してルパは即座に答える。
「絶対戦いたくないタイプ」
「……よくわかんないって言わないのか?」
「だって僕のオルター弾かれちゃったんだもん」
「マジ?」
「まじ」
ホームの道を塞いだ時に、リッジがアキラにした質問の後、リッジは自身のオルターを使ってアキラにルパのような拘束を試していた。アキラがその時に感じた違和感はそれだったのだが、当然具体的に何をされたのかは気づいていない。
「なんか違和感あったみたいだけど気にも止めてなかったよ。よくわかんないけど」
「……フッ! 益々おもしれぇじゃねぇか!」
「あのヒューマンと戦いたいならまずは僕の
「それはエゴに行ってから挑戦してやるよ」
「……それ僕もエゴに行ったらどうなるの? よくわかんないけど」
「よくわかんねぇなら黙ってろ」
考えの浅さを指摘されたルパが吠えるが、リッジはそんな態度すら何処吹く風である。
「そういえばオルターの書・中にあったけど、本当なのかな? よくわかんないけど」
「俺は読んでねぇけどそう書いてあったんだろ? なら楽しみにしとこうや」
「そっか、よくわかんないけど強くなれるのは楽しみだ」
エゴになると何かが起こるのか、リッジが疑問を口にする。それを気にせず、ルパはアキラに対して闘志を燃やしていた。最初は不発に終わったが、いずれ衝突する時が必ず来るのは火を見るよりも明らかだ。
「う゛ぅ……ん? ……起きちまった」
眠っている筈のアキラはうなされたせいで目覚めてしまう。ルパとリッジの話のせいなのかは定かでは無いが、夢見が悪かったのだろう。
(ちょっと外、出てみるか)
アキラがナシロとメラニーを起こさないように慎重にドアを開けて外に出る。ラウンジは深夜のホテルのように静かだ。人っ子一人いないのが不気味に感じられる。
「この前までは俺だけだったのにな……」
意味も無く呟く声は響き渡ることなく消えていく。若干肌寒い程の気温だが、アキラはうなされてから寝汗を掻く程だったため、ひんやりとした空間が心地よく、自然と目を瞑ってしまう。
(立ったままだけどこのまま眠りたいな……まぁ眠気がまったく来ないんだけど。よし、外の空気でも吸うか)
ラウンジを通り、ホームから外に出れば待っていたのはこの世界を照らす青い月の光だった。アキラを照らすその光は、地球では絶対に味わうことの出来ない幻想的な夜を演出していた。
(深夜の散歩ってのも乙かもな)
噴水広場へと散歩に行くことを決めたアキラだったが、路地裏が視界に入るもそのまま歩こうとして見覚えのある姿に二度見してしまう。
「……あれって」
路地裏には見たことのあるアラビアンスタイルの子供が居た。最初に見た時とテンションが違って見えるのは余程眠いからだろう。船を漕ぐように頭を不安定に揺らしている。
「よ、久しぶりだな」
「……おぉん?」
最早頭が働いていないのか、返事が曖昧だが飛び起きるようにアキラの方へと近づく。
「あっ! お兄さん遅いよ!」
「は? また俺を待ってたのか?」
「だって先生がこの時間って言うから、オイラ眠いのに駆り出されて大変だよ」
「そいつは悪かったな、お前に付いてけばいいのか?」
「うん! それじゃこっち!」
裏路地の奥から奥へと進み、気がつけば周囲は霧に包まれている。少年の後を追うように進んで辿り着いたのは……。
「ようこそ占いの場、
「久しぶりだな」
「お久しぶりです。生き残る未来を掴み取ることが出来たようで何よりです」
「……節制の耐え忍ぶだったか? まさか死を耐えるなんて思わなかったぞ」
「“今”の貴方ならまだしも“さっきまで”の貴方に告げても意味がありませんでしたからね」
予言師の彼女の言葉は、アニマ修練場の本を読んで魂魄の存在を信じたアキラのことを指しているのは容易に想像できる。
「だな、まぁいいや。俺を呼び出したのはなんだ?」
「あら? 無事に戻れたら会うこともある。そう言った記憶があるのですが……いかがでしょう?」
「確かにそんなこと言ってた気がしたが……」
「フフ、冗談ですよ。私は貴方の予言の内容をお話ししたのは覚えていますか?」
「ああ、次は力の逆位置だったか」
「記憶に留めているようで安心しました」
前回の占い結果で言われたことをなぞるように、アキラは声に出して
「えー、試練に向かう前に俺が避けようも無いトラブルに巻き込まれるんだったな、トラブルを見て見ぬ振りをすれば後悔する。そんで、訪れたダンジョンで己の弱さと向き合うだろう。だったかな」
「細部は置いとくとしても概ね合ってます」
予言師は目元だけ見える表情で嬉しそうに笑っている。アキラにはそう感じられたが、そんなことより大事な前回の予言について聞く。
「前回出た死神のカードだが、あれはアニマ修練場の死を指してるんじゃ無いんだよな?」
「信じていないのでは?」
「流石にそんな意地悪は止めてくれ、金払わんぞ」
「これは失礼、お客様の質問にお答えいたします」
形だけ頭を下げる予言師を見たアキラは、呆れるような溜息を吐く。
「申し訳ありませんが、死神のカードが出る時点でアニマ修練場と呼ばれる場所での修練は……“終わっています”」
「……どういうことだ?」
「死に行く未来の貴方は既にダンジョンを全て攻略していると言うことです」
「言い方は気に入らんが、でもそれって……」
「えぇ、当然これから先も“死ななければ”この未来に辿り着けるという予言です」
アキラが、自身の唾を飲み込む音が聞こえる程に緊張していた。
予言師はこう言っているのだ。アニマ修練場で何度死に、ダンジョンを何度命懸けで攻略し、何度生還を果たして切り抜けようとも、待っている結果は死という終わりだ。
この予言師はそう告げている。そんなアキラを気遣ったわけでは無いが、予言師が続きを語る。
「ですが」
「?」
「死の先に続きがあるのはお話ししましたね?」
「……これ、か?」
アキラがバッグから以前この予言師から貰った空白のタロットカードを取り出す。
「貴方がその絵柄に何を見出すのかはわかりませんが、私にはその絵柄の先には続きがある気がしてなりません」
「お前には、この絵柄が見えてるんだろ? なら……」
「申し訳ありませんが、見えていない方にそれを語るのはこの先全て予言したことに影響を及ぼす可能性を否定できません。ですので語ることは控えさせていただきます」
予言師はここだけは譲れないのか、断固とした意思を感じさせる言葉を発する。
「絵柄が見えている部分は語ってもいいのかよ? 成功と失敗があるのに」
「絵柄が見えていると言うことは、既にその運命の分かれ道は用意されているということです。生きとし生けるものは定められた運命からは逃れられません。運命を変えることも出来ません」
「だけど、運命は変えられるってよく言うだろ? なら……」
「それは変えられたと勘違いなさる方が多いだけです。その変わった結果こそが、その人の真の運命と言うだけの話ですので」
アキラの縋るような声を突き放すようにして告げる。
「先程からかなり弱気になっていますが、貴方は自身の死が待つとわかっているなら諦めるような方なのですか?」
「……俺が何回死ぬ目に遭ってると思ってんだ。ちょっと眠いから弱気に見えただけだろ」
「それを聞いて安心しました。それなら私からも一つ良いことを教えましょう」
「……」
「そんな目をなさらないでください。悲しくなります」
アキラが予言師の言葉に訝しげに視線を送ると、わざと
「いいから早く話せよ」
「まぁ乱暴な方、良いことというのは死神のカードに辿り着くまでに妹さんには会えるということです」
「……え、まじかよ!? なんでそれを今言うんだ! 最初から言えよ!」
「え……?」
アキラは死ぬ運命が待ち受けていると聞いた時に気がかりになっていたのは、自分の命の心配なんかではない。妹を一人残して死んでしまうことだった。
予言師は初めて呆けているような表情をしている。そのせいでミステリアスで大人な雰囲気が台無しになっていた。
「貴方は、自分が死ぬのが恐ろしいのではなかったのですか?」
「は? ……そりゃ嫌だし怖えよ、ダンジョンのアニマ修練場で経験したことをまた経験しなくちゃなんねぇのはきついさ。だけどな、それより一番きついのは取り残された方なんだぜ?」
「……貴方の過去からの教訓ですか?」
「あぁ、こう言ったらいけないのかもしれないし死者を冒涜するこになるのかもしれない。だけど死んだ人には悪いが、死ぬことより生きることの方が何倍も辛い。俺はそう思っちまった」
予言師は目を閉じる。自身の過去に照らし合わせているのだろう。
「少し、わかる気がします。死んでしまうとその方は通常、そこで終わってしまいます。ですが、取り残された側は親しい者が死んでしまった事実を背負って、これからも生きていかねばなりません」
「そうだ、長く生きれば薄れていくかもしれないが決して忘れることは出来ない。だから俺は絶対に死ぬことが出来ないんだ。
「やはり人とはままならない物ですね」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」
アキラも何かを察したのか「そうか」と一言告げるだけに留めた。
「それでは、料金は400Gです」
「なにしれっと100G上乗せしてんだよ」
「あら? 元からこの値段ですよ? 300Gだったのは前回だけのお話です」
「……そういえばあの子供がそんなこと言ってたな……ったくしっかりしてるな」
「商売ですので」
渋々払ったアキラは予言師の顔を見る。目元しかわからないが、その目元はとても穏やかな物だった。
「はぁ~、三世界か」
アキラはアジーンに戻っていた。立ち上がって振り返ると既に降り立っていたのだが、やはり周囲を見回すと煙のように全て消えている。小間使いの少年らしき人物は眠かったためか、今回は案内以降顔を出さなかった。
「最初は疑ってたけど、深緑に会えるのか……それだけで、生きる気力が持てる」
人間は都合の良い生き物で、信用していない事柄なのに自身にとって都合が良い解釈には納得してしまう。こんな不思議な世界の影響なのか、アキラはすっかり信じてしまっている。
現状から考えれば予言師の言ってることは間違いも無ければ、当たってることしかない。信じてしまうのは仕方が無いのかもしれない。
三世界で聞いた話で心持ちが安定する。例え最後に死ぬかもしれなくても、アキラは深緑と会うことができる。出来ることなら、これからの深緑の人生を自分無しでもなんとかするつもりでいるのだろう。
不安な未来は広がるが、心理的に安堵したせいで安眠には事欠かないと思い直す。
(夜の散歩もたまにはいいよな)
アキラは心の負荷が軽くなるのを自覚してホームへと帰って行った。
「本当に人とはままならない物です。だからこそ、可能性を見出してしまうのでしょう」
予言師は未だに三世界でアキラのことを思い返していた。
「アニマ修練場というのがどう言う場所かはわかりませんが、あの方は何度も自分と戦って死んでいた。普通なら人が死を耐えるなんて有り得ない、心が壊れていてもおかしくありません」
予言師はアキラが死ぬ場面を、それも凄惨な光景を何度も見てしまっていた。表には出さなかったが、口元が隠れていなければ引きつった顔が見えていただろう。見ることすら辛いのに、それを自分の意思で実行出来るアキラが予言師にはわからなかった。さっきまでは。
「ですが、あの人も間違いなく人の子なんですね。ただ優先順位が御自分の妹さんの方が高いだけだった……ヒューマンを選んでしまったが故の弱さが、今の御自分を作ったのでしょう。やはり人の考えは、見ることしか出来ない私程度が推し量れる物では無いのですね」
そのことについて嬉しく思う反面、予言師の心は荒んでしまう。
「私もいつか、囚われたこの“三世界”から抜けられるのでしょうか……」
悲しそうに俯くが、頭を振ってその考えを追い出す。
「初代と二代目が逝ってしまわれて弱気になっているのでしょう。“蓮さん”の言っていたことが本当だと信じましょう」
予言師は蓮とも面識があるらしく、そのことを思い出していた。
『予言出来るなら、いつか君の選定に掛かる人物が必ず居るはずだ。私は既に“完成”しているような物、この世界から君を連れ出す程の力は無いだろう』
蓮の機械を介する声でその決断を聞き、予言師が悲しそうに俯きながら「そうですか」と返す。
『だが、もし私のように予言で見出すことが出来る人物が現れたのなら、そいつには期待していいんじゃ無いかとも思う』
「どういうことですか?」
『間違いなくそいつは私以上に弱い筈だ』
「……」
蓮の遠回しの発言は、性格のようだ。アキラに対して誤解を与える発言がその証拠だった。
『そんな顔をするな、私は元から魂魄の心得があったんだ。元の世界と私を比べれば大体の人は弱い』
「……では、なぜ貴方と同じ力を持った人物では無く弱者を押すのですか?」
『まだ元の世界の力に染まっていないからだ』
「?」
『私には無くなってしまったが、その人物なら可能性があると言うことだ』
予言師は蓮の言いたいことが理解出来なかったが、完成していないことが重要だと理解することは出来た。
『連れ出すことは出来ない私の言葉は信じられないかもしれない。だが、これから起こる未来を信じてはもらえないか?』
「……私が見出した人の言葉です。短くない付き合いなんですからそのようなことを言わないでください。貴方も未来も信じましょう」
目を閉じていた予言師は、蓮の言っていた言葉からアキラがその可能性を持った人物であると感じ始めていた。
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