第142話 ブラックアビス・変異種戦その後
《フェノメノン》
【
(やめろ! これ以上壊すな!)
《あんまりがっかりさせないでくれる? そんな命乞いより僕を倒そうとする意欲を見せてよ》
(クッソ!)
デフテロスはアキラの記憶を次々に破壊していった。自身の名前、顔、年齢、日常、趣味嗜好、Soul Alterを始めた日まで来れば、その日に食べた深緑の夜食、そして順を追うようにこの世界へ来た方法もわからなくなっていく。アキラ自身具体的に何が壊れたかは名前以降理解はしていない。だが明らかに大切な何かが崩壊し、自分が自分で無くなっていくのを感じ取っていた。
(なんだ! この気持ち悪い感じは!)
自分の精神がゆっくりと削られていく気味の悪い違和感がアキラを苛む。
(記憶を失ってる時なんかと全く違う……)
《これじゃぁ途中で君の大切だった物を壊す意味が無いじゃないか……よし! 最後のつもりだったけど最も大事な記憶を早めに壊すことで変わりにしよう! ――フェノメノン》
(やめっ――)
【ムニキス】
次に破壊されたのはもっとも忘れてはいけない物、事故の記憶だ。自身の命と引き替えに助けてくれた両親の思い出が壊されてしまった。
(なんで……こんなに心が苦しいんだ……帰りたい…………深緑)
《あらら、壊れちゃいそうだね。やっぱいきなりこっから壊すのは一般人には荷が重すぎるかな~やめないけど》
(どうして、俺はこんな所に……いや、深緑を守るんだ……俺にはそれだけしか――)
壊されていない記憶さえ影響が出始める。それでもデフテロスはやめない。
《次は君が君である根幹に関わる部分を壊させてもらうよ。フェノメノン――【ムニキス】》
(守らなきゃ……深――)
既に顔の見えなくなった父親の遺言、それを胸に生きてこれた最後の言葉さえ壊され、そして唯一の家族でありアキラが帰る理由、そして強さを求めていた理由が壊された。
(――守る? どうして? 誰を守るんだ?)
《あれ? お~い、アキラ?》
声の聞こえる方へ静かに意識を動かした。自分が呼ばれていると言うより、聞こえる音、そしてその先にある恐ろしい黒い染みにただ恐怖する。
(なんだよこれ、どうしてこんな怖い目に合わないといけないんだ。誰か助けてくれ……)
声を掛けられ、反応はしたが考えることは疑問だけだった。
《あらら、精神崩壊しちゃったのかな? やっぱり一般人にはきつすぎるみたいだね。君にはがっかりしたよ、助けを求めるなんて情けない。ま、やめないけどね。これが最後になるかもね、これが無くなれば持たないかな? フェノメノン――【ムニキス】》
(……なんだろう、この黒い染み凄く怖――)
《聞こえてても理解出来るかわからないけど、壊したのは君の“感情”だ》
深緑の記憶さえ奪われ、目の前のデフテロスすら忘却している。この記憶は壊されていないはずだが、人として正常な機能すら喪失し、最早生ける屍であり廃人同然だ。アキラの淡い水色のような魂は所々穴まで空いている。そして白いキャンパス同様今にも消えてしまいそうだ。
《脆すぎるでしょ》
ダンジョンで一度記憶喪失になった時は一時的に思い出せなくなっているだけで、消えたわけでは無い。だからアキラは動くことが出来たし、心の中の思いを糧に出来た。しかし、デフテロスはそれらを全て壊した。壊れた物は元には戻らない。心の中には壊れ、思い出せなくなった断片があるだけで、思いも何も無に帰している。今はただただ純粋で――空っぽなだけだった。
《これで本当に終わりなのかな?》
もう二度と、アキラという個は戻らない。壊れた物は二度と同じ形には戻れない。
《……所詮は一般人かぁこのままただの廃人になっちゃうなら試さなければ良かったよ。はぁ、つまんないつまんない》
この結果はわかっていたことだった。それでもやらないと言う選択肢はなく、デフテロスは良くも悪くも未来しか見ていない。
《まぁ約束は約束だし、言ったとおり君の大切な人や物は壊させてもらうよ?》
了承していないことは約束とは言わない。ただわかりやすくその言葉を使っているだけだ。
《君の妹と》
(……妹)
そもそも自分の中からそれらが奪われている。悲しむことすら出来ないアキラは、ただただ言葉をオウム返しに繰り返すだけだ。
《これはペットかな? やたらやる気が無さそうな猫と正反対に元気のいい雀》
デフテロスは破壊する対象を定めるためにどうやってか、未知だった存在をアキラの魂から観測する。
(ナシロ……メラニー……)
《まだ喋れたんだ! そう! 君がここに来てから最初に心身になった動物達だよ。なんだ、まだ正気はギリギリ保ってるのかい? 最後のつもりだったけど次はその記憶を壊そうかな――フェノメノン【ムニキス】》
守るべき存在のナシロとメラニー、その記憶も壊された。廃人同然だが、それでも完膚なきまでに容赦も慈悲も無しに、まるで蝋燭の火を吹き消すかの如く消えさる。
(……)
身体もなく、悲しむことも出来ず、生きる意思すら壊され、大事と思える存在すら壊された。時代に名を残すような者はここから自力で立ち上がることが出来るのだろう。だがアキラはただ必死に生きてきただけの人間だ。だから1人でこの試練という名の理不尽は乗り越えられなかった。段々と魂が薄らぎ消えていく。
《本当にただ消えていくだけなんだね。全く面白くないよ、どうして僕はこんなのに興味を持ったんだろう? 何か原因があったと思ったんだけどなぁ》
落胆を隠さず、黒い染みが首を振りながらつまらなそうに言う。
《それじゃ終わろっか、ただの一般人より質のいい魂は沢山来てるからね》
そう言ってアキラの魂に触れるかどうかの距離に手を翳した。
ノートリアスモンスター、ブラックアビス・変異種討伐から数日が経過した。リョウは自身のホームで不安な気持ちを押し隠して呼び出す。
「……出て来てくれ!」
手の平サイズのデッサン人形が現れる。これがリョウのオルターの原型、トリトスを呼び出すための下準備だ。
「よし【
リョウがオルターを放り投げながらスキルを使う。途端に自身と同等の身長に大きくなったデッサン人形が自立した。
「それじゃぁ弄るか……」
そう呟いたリョウはメニューを呼び出してオルターの画面を表示させる。そこからあらゆるパーツ毎の数値を弄り続け、表示させてる画面の顔が段々とトリトスへと近づく。
「この辺はもう少しこうで――――ん~ちょっと違うな――――――――よし、これだ――髪型ちょっと変えておくか、あいつクール系だけど天然っぽいしツインテールにしてちょっと幼そうな感じに……なんかきつそうなお嬢様になるな、やめとこ……近接メインだし肩までいかない程度のセミショートにしとくか。後々文句言われても直すの凄く手間だし」
リョウは人形作りが唯一の趣味だ。手先があまり器用ではないため、お世辞にも造形が整った人形は作れない。見た目がファンシーでいてアバウトな作りの物をメインで作っている。だがこの世界に来て人形を作る方法がそれ以外にも、今やっている数値を弄る方法を見つけた。手で造形を施すより時間は掛かるが、頭の中の設計を理想通りに出来ることが発覚してから、持ち前の集中力を発揮して最高品質の等身大人形をこしらえる。
そして数時間後にトリトスの全てが出来上がった。
「関節とかも新しくしてたら思いの外夢中になっちゃったよ。もう夜か~最初より早かったけどまたやっちゃったよ……時間が掛かるって言ったから大丈夫だと思うけど、皆待ってるよね」
リョウは急いでメニュー画面を片付け、気合いを入れる。
「頼むから来てくれよ! 【カスタムモデル・トリトス】」
スキルを使って登録されてる個体名を用意した人形にセットする。
「……………………あれ? おい~トリトス?」
トリトスはピクリとも動かない。その様子に焦りを覚える。
「おい! トリトス! え? オレなんか忘れてる!? 間違えたのか!? 嘘だろ!? おいっ」
トリトスの両肩を掴んで揺らす。
「そ、そんな……どうし――ぃってぇええ!」
『そんなに強く揺すらないでください。私は普通のオルターと違うので即再起動という訳にはいきません』
「いや、でも、だからってオレの手捻らなくても……」
『意識が戻り、視界や聴覚を確保する前に掴まれていることがわかったので暴漢だと判断し、迎撃してしまいました。申し訳ありません』
「えぇ……まぁいいや、身体の調子は大丈夫?」
『はい。起動時に初期化しました。特に問題ありません』
「よかった」
『……』
「……」
互いに気まずい時間が流れる。最初に動き出したのは、トリトスだった。
『……リョウ、申し訳ありませんでした』
「えっと……んーオレが居ないのにお前は自分で
綺麗に腰を折って謝罪するトリトス。それに困ったように優しく笑い、トリトスを起こしながらリョウは返す。
「だからさ、ありがとうな」
トリトスの表情は変わらない。しかしリョウの顔をよく見つめてから目を閉じた。
『貴方は私が自爆すればどうなるのか、私より気に病んでいます。お礼を言われてもどう返せば良いのか……』
「オレが言っても説得力無いかもだけどさ、難しく考えずそのまま返せばいいんだよ」
『――どう、いたしまして?』
「ああ! でももう自爆するの止めろよ!? 起きた時にお前が居なくてびっくりしたんだからな!」
突如
『それは保証出来ません』
「お前なー」
『ですが、私達も2人で強くなりましょう。あんな物に頼らなくても良いぐらいに』
「……そうだな!」
リョウが手を差し出し、トリトスは素直に手を差し伸べる。その途中で手を引ったくるように掴んで少し乱暴に動かす。その瞳に映る液体を誤魔化すように笑いながら。
「トリトスさん。貴方のお陰で私は助かりました。本当にありがとうございます」
『こちらもお任せしたリョウを助けていただいたので感謝します』
「貴方が自爆したのだと考えた時、もうどうすればいいのか気が気じゃなくて――」
『ですので――』
「いえいえ――」
「いや、助かったんだからもういいじゃん」
リョウがトリトスと翠火の間に入って終わらなさそうなやり取りを止める。
「でもでもぉ、アキラちゃんどこ行っちゃったの?」
「ちょっと夢衣……」
「だってだって!」
「お願いだから、ね?」
「ぅぅ」
華が夢衣を抱きしめて大人しくさせる。未だ彼女達は何があったのかを擦り合わせてはいない。事後処理もあったが、そもそも翠火とリョウの負った怪我は肉体だけでなく魂にまで達していた。そのため身体の損傷が消えても意識が戻らなかったのだ。
「それを含めて何があったのかを擦り合わせましょう。その為に私の所属するギルドホームを借りたわけですし」
「僕もルパも状況はわかってるけど、聞きたいことがあれば聞いてね。ルパが答えるから」
「リッジ! てめぇ面倒くさがんじゃねぇよ!」
「ではブラックアビスを倒した人は――」
翠火が手慣れた感じで進行し始めた。
「やはり……アキラさんが来てくれてたんですね」
「ああ、奴が来たから俺らは生きてられる」
「あの戦い凄かったよね。時々動き見えなかったもん」
「ッチ! 認めたくねぇが、な。奴の一撃、その余波を感じただけであの時は頭の中が真っ白になっちまった」
「でもあれヤバくなかった? あの一撃貰ってもブラックアビスはピンピンしてたもん」
「ああ、普通はあんな一撃食らわせて通じなかったらそれこそ固まっちまいそうだってのに、奴ぁ気にせず突っ込んで防御ぶち抜いたんだからな」
それから武器を使わない立ち回りや、フェノメノンについても解説を交え、いつしかルパとリッジは興奮に興奮を重ね終盤まで言葉の応酬は続く。だがその最後が問題だった。
「……それでよ、最後の一撃で倒したんだよ」
「エゴが解除されて、それでもボロボロになってどうやってか無理矢理大技使ったみたいなんだよね。よくわかんないけど」
「奴は……アキラは、もう死んでたのかわかんねぇが、消えてたよ」
その一言を聞き、静寂がホームを包む。
「私は……きっとアキラさんに助けて貰ったんだと思います」
「ああ、あの時はよく見えなかったが確かに緑色の光がピカッとした後に奴が見えたからな」
「そんな! アキラが来てたのに死んだだって!? 折角、折角追いついたと思ったのに!」
「リョウさん……」
「やや、やっぱりアキラちゃんは」
「……」
顔を真っ青にした夢衣が震えて動かなくなる。華は目を伏せて俯いてしまった。
「アキラは、アキラはオレを助けてくれた時言ったんだ! いつか俺を助けてくれって!その時が来るまで今まで必死になって生きてきたのにっ! やっと、やっと役に立てると思ったのに……なんで、どうし――イヤッまだだ、死んだ所を見ていないなら確定なんて――」
「その通り、ルパさん。本当にアキラさんは死んだのですか?」
リョウの泣き叫ぶような声がホームに響き、諦めきれない翠火が同調するように声を張る。
「死んだ所は見ちゃいねぇ、だが死んだと思う理由はもう一つある。俺様はあんま細かい所は覚えちゃいないからリッジが話してくれ」
「あいよ、あんま言いたくないな……僕等は翠火の救出をした後、戦いの余波がヤバかったから離れてたんだ。そしたら現れたんだ」
「誰がですか?」
「うん、アキラが死んだ……いや、殺した奴さ――」
「ねぇ君、よくわかんないけどそれ以上近づくなら容赦しないよ?」
「ヒヒ、ボロボロの癖になに言ってやがる!」
「おいリッジ、お前は倒れてる奴らをなんとかしろ。コイツは俺が相手する」
ドラゴニュートのダンミルが気を失った翠火を回収するためにやって来ていた。
「翠火を置いてけ、そしたら他は見逃してやる」
「んだてめぇ……」
「見逃してやるって言ってるんだ。大人し――っと」
「黙ってろ雑魚が!」
ルパが一瞬で間合いを詰めて殴りかかるが、それをダンミルは杖ではじき返す。
「キヒィ! それが答えなんだな!? わかったよ、お前もアキラのように心臓をこのハーベストで貫いてやるよっ!」
「ぁあ゙!?」
互いに戦闘態勢に入ろうとしたその時だった。
「ダンミル! すぐ引くぞっ!」
それは一緒に居た神命教のヒューマンだった。
「足止めしていたヒーローが来やがる! すぐに引け!」
「はぁ? ヒーロー?」
「
あまりにも尋常じゃない様子に、見下していた筈の相手だがダンミルは言うことを聞く。今までの彼なら目の前に翠火が居るこの状況で諦めないはずが無かった。だが、先程アキラを殺そうとした直前に起こった出来事、エメラルドの光を放ったアキラの左手が一度攻撃を防いだことで自身の風向きが変わったことを感じ取っていた。
「……後で教えてくれよ」
「わかったから引くぞっ!」
いきなり現れ、消えていく。ルパもリッジも唖然としつつ、危機が去ったことで座り込んでしまった。
「なんだってんだよあれ……」
「僕もよくわかんない」
ダンミルはまたしても幸運だった。もしもその声を無視してその場に居た場合、彼は永遠に翠火をその手にするチャンスを失っていたのだから。
「ってことがあってね……後はあの人達の言ってたヒーローとやらが本当に来たんだ。神の名を騙る云々~言ってすぐどっか行っちゃったけど」
「じゃ、じゃぁアキラちゃんは本当に!?」
「ちょっと待ってよ! アキラ君は殺されたの!?」
「あれの言ってることが事実だったらそうだと思うよ。現に倒れた所には血が凄いあったし姿が見えなかったし」
「でもアキラが急いで逃げた可能性も!」
「なんのために?」
「えっ……」
「傍から見てた身で言わせて貰うけど、敵はあれだったんだよ? それにボロボロの状態でなんとか勝ったのに、どうして逃げるのさ? それこそ治療を優先しなくちゃならない。それにダンミルっていうドラゴニュートがアキラより強いなんてこと、それこそ有り得ない。彼なら多分その銃弾一発で無力化出来るはずだよ。そもそも銃声一つ聞こえなかったし、それに何より……」
溜めるようにリッジは冷静に言葉を吐く。
「どうしてあのエリアからアキラが出てきたって情報がどこにも無いのさ? 倒した後にあのエリアから出されたなら誰もが知るはずだよ? あそこから帰って来れたメンバーを称えるために全員が注目しているんだよ?」
ブラックアビス討伐後、そのエリアへと飛び込んだ勇気あるメンバーが帰ってくる帰還所を多くの人が注目している。だがアキラや、仮面を付けた人物が話題に上ることは無かった。
「そんな……」
翠火のその呟きを最後に、目の前へと突き付けられた事実だけがアキラ生存を否定している材料にしかならない。
『いいえ、死んではいません』
「えっ」
リョウが驚きの声を返す。その声の主は、アキラが来るより前に退場し、そして場の空気が終わりを迎えようとしたその瞬間に発っせられた。
『彼は……アキラはまだ生きています』
それは最初に翠火と言葉を交わして以降沈黙していたリョウのオルター、トリトスの物だった。
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