第69話 命のカウントダウン


 銃声がトンネルの形状をした大蛇の腹の中を反響するが、その爆発音を気にしていられない程に状況は逼迫ひっぱくしている。


「相手の土俵がここまで厄介だなんて……やっべ!」


 迫ってくる酸のもやを視認すると、銃撃を止めてステージ外に“ジャンプ”して回避行動に移る。すぐにピンクの円柱に掴んだ蛇を投げ、フックのように食い付かせてぶら下がって難を逃れた。ステージの周りに出来た柱は大蛇の内蔵と同様の材質らしく、天井同様蛇を使って張り付くことが出来る。


 なんとか靄による攻撃を躱したが、今のアキラは体中が見るのも痛々しい程の出血状態だ。デバフの[融解]により、酸系統の攻撃が当たればその部分が溶けるせいで、皮膚がただれて出血しているのが主な原因だ。


 ポーションを使ってもアニマは修復されるだけで肉体の損傷は治らない。HPが回復するだけですぐに減ってしまうこの状況では、大蛇の腹の中から出るまで治療すらままならないのだ。


 そして再び広場に充満している靄が意志を持って円柱に張り付いているアキラに襲いかかる。見た目に反してHPの減りは1割程度で、元気に動き回ることも出来る。


(イマジナリーブリザードがただ攻撃を当てるだけの存在なら、こいつは相手を溶かすことしか考えてない! 手段がえげつない上に、逃げる以外防ぎようがない!)


 どうやっているのか、敵のクリプトスは靄にした酸をある程度自在に操れるらしい。その量には制限があるのか、アキラが未だに逃げ続けることが出来るのはそのお陰だ。


 張り付いた状態で再び銃撃を放つアキラだが、その銃弾はクリプトスには向いていない。


 その理由の一つは、直接攻撃してもその楕円形の殻は硬いために銃撃が通らないのだ。浮いているためインパクトドライブを放つことも出来ない。


 そしてもう一つの理由がクリプトスの行動だった。円形のステージ外に建つ規則正しく並んだピンクの円柱をクリプトスの触手が張り付いているのだ。その数は八つ。


 先程からダメージを与えているその一本に銃口が向けられ、引きちぎるように銃弾で柱との繋がりを断つ。


『バァラララ!』


 まともな発声器官がないためか、無理矢理押し出すかのような音はただただ不気味で不快だった。


 だが、それも直ぐ止む。


「くっそ! もう“治った”のか!? 早すぎるっ!」


 触手と柱の繋がりを断てばHPが一割程削れるのだが、すぐに治ってしまう。HPも同様にすぐ全回復する。


「全部同時に千切りたいが、俺にはその手段と時間が無い……どうすればっ!」


 悩む暇など与えないと言わんばかりにアキラの所へ靄が襲いかかってくる。同じように柱に張り付き、触手を睨みつける。


(考えろ! ここに逃げ場は無い。だからナーガと違って必ず倒すしか無い。その方法もこの意味がありそうな柱から……あれ、この柱って壊せないのか?)


 大蛇の内壁を壊せなかったアキラだが、これほどサイズが変われば何かしら変化が起こるのでは無いかと考える。


(取り敢えず試すしかないっ!)


 他の柱へと飛び移る直前、シヴァのインパクトドライブを柱に向かって放つ。最初に試した時はシヴァの能力が発動せず、ただの銃弾で終わってしまった。


 だが、この特殊な状況に特殊な柱は壁のように“不発”で終わることはなかった。


『ドォォォン!!』


「うぉっ!」


 インパクトドライブは発動したが、肝心の威力を計算していなかった。賦活状態で強化されているためダメージは受けていない物の、その威力は支え無しに放って無事で済む代物ではない。


 アキラは[クイックII]の加速力とシヴァの反動で離れる時に飛び上がった勢いが増し、かなりの推進力を得てしまった。


 世界がゆっくりと感じられる中、咄嗟に柱を地面にするように着地する。蛇は使っていないのでこのままでは落ちるのだが、力が逃げ切る前にステージに向かってジャンプする。


「なんとかなったけど、心臓に悪すぎる。落ちたら死ぬかもしれないのに俺は何やってんだよ」


 次は計算してから実行しようと、後悔せずにいつもの一瞬だけの反省をするアキラは命の扱いが若干粗末にも思える。


 だが、その結果は功を奏した。


「柱が沈んだな。攻撃するならここしかないんだろうけど……」


 今まで浮いていたせいで銃撃しか出来ず、その銃弾も弾かれるのみだったのだが、今は好機に見える。柱に引っ付いた触手に引っ張られるクリプトスは、その身体をアキラの降り立つステージに投げ出しているからだ。


(あれ? あの部分だけ色が……なら)


「食らえ!」


 柱に引っ張られたせいか、クリプトスから伸びる触手の一部分だけ黄色く変色している箇所が出来ている。その部分が狙い目と考え、駆け寄ってシヴァのインパクトドライブを当てる。


『ドォォォン!!』


「ぐっ!」


 普段と違う環境のせいか、どこまでも轟く爆撃を感じさせる銃声とイドで放ったシヴァの強烈な反動に耐えながら結果を確認する。


「やば……つぅ!」


 触手が今までとは違う千切れ方をしているのが目視出来たが、同時に傷ついた傷口から液体が漏れ出た。当たれば不味いと直感していたが、体勢が整っていない今の状態では完全に避けることが出来ず、僅かに触れてしまう。


 触れた部分からは煙が立ち上り、刺激臭が焦げる匂いが僅かにアキラの鼻に付く。


「身体に悪そうな匂いだな……いってぇ」


 溶けてしまった腿の一部を眺めながら眉を顰めるが、仮面で隠れている表情は誰にもわからない。


(思った以上に溶け方は酷くない。多分浴びた量に比例するんだろ、攻略手順は見え……)


 アキラが思考を打ち切った原因は前方に居るクリプトスだ。千切れた触手をもやで包み、溶かした後にその靄ごと殻に触れさせて吸収させてしまった。どういうわけか、触手は増えないが大きく削れたHPは再び全快になってしまう。


「くっそ、あんなでかい触手消す方法なんてねぇよ! 消化液に落とすにしたって長すぎる!」


 もやは常にアキラに付きまとっているため、同じ所に長時間留まれない。そのため千切れた触手を吸収させない方法が思い浮かばない。クリプトスの浮かぶ見た目に反して触手の密集した肉厚な管は重く、丈夫なのだ。


 倒す方針を止め、全ての触手を消すことを目的に切り替えたアキラは触手の付いた柱を次々に攻め落とす。一度柱が沈むと二度と出てこないため、数が減れば追いかけてくる防御不可の攻撃を避けるのも難しくなる。


 数を減らしていくが、本当に正しいのか不安が募る。イマジナリーブリザードの蹂躙が頭を過ぎるが、他に方法が無いため先に進めるしか無い。


(気持ちで負けるな、何をしてきても食い破ってやる)


 負けん気で最後の一本を落とした。


 触手を再び自身に吸収させると、靄が消えた。


『バァラララ……ララ……ラ』


 再び不気味な音を発するが、心なしか元気が無くなっていく気配がする。触手が無くなったせいかは不明だが、浮力が無くなりゆっくり落ちてくる。


「……」


 無言のままだが、アキラは当然のように腰を落としていつでも動けるように身構えている。相手のHPは全快なのだ。これで終わりだと楽観視出来る物の方が少ないだろう。当然のようにクリプトスが震え出す。


 何かの挙動なのか、終わりでは無くここからが本番だと本能で感じ取れた。


「!」


 クリプトスの殻が割れ左右に分かれる。綺麗な断面だが、殻自体も浮力を持っているのか浮いている。


(あれは、生きてる……のか?)


 敵を示すネームプレートとHPゲージがあることから、当然生きているのだろう。だが、その形状はあまりにも生物とは乖離している。


 左右に分かれた殻が宙に浮いたまま、その中身も当然浮力を得ている。クイックIIの動体視力から見えたのは、3つの球が高速で円環状に回っていることだ。


 その下には貝柱に見えなくも無い台座がある。その背部には針を扇状に広げた物体が見える。中身には生きていると思われる物が一切見当たらない。だが中身全てが小さく蠢いているのを見ると生きているようだ。


 硬質に見える物体全てが蠢く拍子にしなりを見せている。


(なんで大蛇の中にこんな化け物が?)


 アキラは疑問を浮かべるが、当然相手はそれを待たずに殻を閉じて再び浮遊する。


 閉じた時に聞こえる石がぶつかるような重い音は、その堅牢さを表現するには十分だろう。触手はもう見えないが、周りに沈んでいた筈の柱が8本から3本に減り、上空から見れば三角形の頂点に並べられている。


(来るか!)


 身構えるアキラを尻目に、クリプトスの殻の表面を稲妻形の雷が奔っている。その状態からアキラに向かって突っ込んでくる。停止状態から突然の突貫だが、身構えていたアキラには当たらない。だが、クリプトスの目的は達成していた。


「……っかは!」


 ステージ全体に一瞬電気が奔ったのだ。アキラは一瞬感電し、呼吸のタイミングがズレてしまい、遅れて呼吸を落ち着ける。すぐにクリプトスは体当たりを続行する。アキラは身体が動けるようになる頃には避けることが不可能だった。


 あの勢いで無防備に食らえば弾き飛ばされるのは目に見えている。アキラのとった選択肢は防御しか無かった。


 だが、そのやり方は防御とは言えない。


「寄生虫如きにやられてたるか! あれ?」


 ガンシフターでシヴァを逆手に握りしめ、クリプトスがアキラに当たる直前、アッパーを放つ。なぜかアキラは感電しなかった。


(もしかして、ミリタリーグローブって絶縁体なのか? ってそんなのは後だ!)


 対処法がわかったアキラは素早く周囲を観察する。いきなり出てきた3本の柱が無関係なはずが無いのだ。


(もしこの柱が戦いに影響しないんだったらまた振り出しだ! 何かあるはず!)


 ざっと見るが、特に変化は無い。再び突っ込んで来るクリプトスを銃撃するが、多少後ろに下がるだけで効果的ではない。柱も触手のような繋がりが無いので攻撃しても震えるだけだ。しかし、アキラはここからヒントを得る。


(あれ、銃弾程度で動くのか? もしかして……試す価値はあるな)


 クリプトスはあまりにも能動的で、銃弾すら弾く盾を持っていたのに対して簡単に動かせることにアキラは疑問を持った。触手という支えを失ったために衝撃を殺すことが出来ないのだ。


(そろそろ来そうだな……柱はあそこか、よし! いっけ!)


 突っ込んできたクリプトスに対して、アキラはまたも強化された拳で殴り抜く。今度は最初のように反射的に殴るわけじゃなく、柱に当たるように殴りつけた。


「正解かわかんないけど、後“2回”やれば何かが起こりそうだな」


 雷を纏ったクリプトスを柱に当たるように殴ると、面白いように柱へと吸い込まれてぶつかった。その影響なのか、柱自体雷を帯び始めた。


(デメリットとしてあそこを逃げ道として利用出来ないのが辛い)


 もやのような攻撃はしてきていないので問題ないが、いつ柱を使った回避が必要になるかわからないため、アキラは気が気では無い。


(でも、進むしか無い。リスクを恐れて停滞してもいい結果に繋がる方が少ないはずだ。それに何もしないで後悔するより、動いてから後悔した方が俺らしいからな!)




 アキラの心配事は杞憂に終わり、全ての柱が帯電状態になる。クリプトスは動きを停止し、周りを見回すように頻りに回っている。アキラを気にしてすらいない。


(心なしか、慌てているように見えるな)


 そしてすぐに爆発音が聞こえる。帯電状態の柱が全て爆発したのだ。


「な、なんだなんだ? ……これは地鳴りか?」


 アキラは夢中で忘れているが、ここは大蛇の中だ。当然爆発が起これば本体は暴れるだろう。


 だが、足場が揺れているのはそれだけが原因では無い。


「あれって酸……だよな? 逃げ場も無いのに不味くないか!?」


 尻尾側の奥は依然として見えないが、ある変化はやってきた。津波のように消化液が押し寄せているのだ。


 変化はそれだけに留まらない。足下が安定しなくなり、流れ始めた。この状況はアキラにとって益々不利な状況に傾くだろう。[融解]のデバフが消えていない上に消化液に落ちれない縛りがあるのだ。


「……お前にはかなり助けてもらったな、ってか電撃受けてるのに平気なのかよ? 変な所で丈夫だな」


 蛇に話しかけているアキラだが、付き合いは数時間と短い。しかし、この大蛇の腹の中では無くてはならない存在だ。


「まだお前の力を借りるからな」


 蛇は舌を出して頷いてくれている。アキラの力になってくれるようだ。それを見て、アキラは地面に蛇を食い付かせる。姿勢の安定を取ると、爆発の影響で浮力を失ったのか、同じステージに居る殻を開いた状態のクリプトスを睨みつける。


「お前とも短い付き合いだったな。すぐにケリをつけてやるからな」


『ダァン!』


 銃口から煙が立ち上る。クリプトスはそれだけでHPの三割を失った。それを受けてか、再び殻に閉じこもる。


「中身が弱いのか」


 しかし、完全に殻を閉じきれない。浮くことも出来ないために不完全な状態だった。アキラは蛇で姿勢を安定させ、波乗りに突入したステージ上で決着をつけるつもりで駆け寄る。


 それを見たクリプトスは直ぐに転がってアキラから逃げる。思いの外動きが速いが、アキラは銃弾で転がして軌道を変えつつ、高く浮いた所で蛇を放して殻に掴みかかる。自身の身長より大きな殻だが、最早抵抗する力も無いのだろう。


「防げるもんなら防いでみろよ」


『バァラララ!』


 最後の抵抗か、威嚇の声を出す。雷も纏えないようだ。


「死んでろ!」


『『『ダァン!』』』


 クリティカルシュートを隙間から放つ。なぜかHPを削りきることは出来なかったが、殻から中身が飛び出た。なんとか足だけでバランスを取るアキラだが、異変が起こる。


「ん? なんでこのタイミングでヘルプが?」


 なぜかヘルプの表示がアキラの眼前に出てきて警告が出る。


【HELP】

残り1分以内に酸を浴びても問題無い状態を作り出してください。


 読み終わると勝手にヘルプが閉じ、視界の右上に時間制限が現れた。


「ま、待てよ。まだ決着付いてないのにこれって……うぉ!」


 アキラのステージ上の波乗りは終わりを告げる。それは口の方へと向かって“落ち”始めたからだ。周囲にはステージの内臓と同じ素材で出来た柱も落ちていた。


(まずいまずい! 時間制限あるのにこの展開からかよ、ふざけんな!)


 周囲には空中だが殻に入ろうとするクリプトスを見つける。


「そうか、そういうことか!」


 何かを発見したアキラは即座に行動へと移る。落ちている時間が残り数十秒と考えれば、まだ時間はある。なら助かるために起こす行動は自ずと限られてくる。


「あと少しだけ頼んだぞ!」

「シャァー」

「はは、ダンジョン限定じゃなかったら持ち帰りたい位だ」


 アキラは帰りの道筋が見えたのだろう。その態度には隣には即、死に繋がる液体が流れているにも関わらず余裕さえ見せている。大蛇の中で世話になったアニマルパートナーを片手に別れの時が近いのを感じつつ、最後の決戦へと挑んだ。

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