第68話 アニマルヘルパー


「……以外にも臭くない。でもベトベトするし、体中がチクチク染みるな」


 やはりと言うべきか、アキラは当たり前のように生きていた。正確には、まだ生きている。と言った方が正しい。


 ナーガに飲み込まれる前にクリティカルシュートで落下速度を加速させ、少しでも落下でのダメージを与えようとしたのだが、アキラは自分の落下ダメージすら受けない程度の威力に緩和されてしまったのだ。


 そのために嫌がらせ程度のダメージすら与えられなかった。なぜか、これから消化しようとするアキラを優しくキャッチする理由は不明だ。


 だが、そこから一つの予測を立てることは出来る。


(あの鬼ごっこは負けイベントに近い奴だな。終点に来て飲み込まれたけど、生きていることから恐らくこれは予定調和なんだろう)


 アキラはナーガ自体、一つのギミックだと考えた。そのために攻撃を当ててもダメージを受けなかったのだと予測を立てる。


「後は……このデバフが100%になる前に、なんとかしなきゃな」


 現在視界左上の隅にはデバフの表示で[消化]と表示されている。アイコンの下には5%と出ていて、アキラの見立てではこれが100%になれば終わりだと考えている。


 当然人生の時間切れという意味だ。


 蛇の中は思った以上に広く、不自由なく動き回れる。飲み込まれた時は滑るように転けてしまったが、体内が傾斜になっていたおかげで事なきを得た。それと同時に滑り落ちた時、体中に消火液が付着してしまう。


 アキラの身体に纏わり付いた消火液は焦げるように煙が立ち上がっていた。今はリペアである程度は落ちたが、消火液のダメージは抜けず、デバフの上昇値も5%から下がらない。足下が僅かに濡れているのは消火液なのだろう。


「どうすっかな……シヴァでいくら撃っても傷すら付かないし出る方法があるならなんかヒントみたいなのが欲しい。この内蔵っぽいピンク色も気味が悪いな」


 当然インパクトドライブも試したが、当たった場所が震えるだけでシヴァの能力が発動しなかった。口へ戻ろうとしても滑ってしまい、奥に行くしか道は残されていない。アキラは健康的なピンク色の内蔵の中を進むしかないのだ。


「……まさかダンジョンに入ったのに蛇の腹の中を探索する羽目になるなんてな、外に出るのはまだまだ先だな」


 大蛇との鬼ごっこは結果が決まっていたが、それならそれで次の戦いに進むしかない。状況はアキラが死ぬか生きるか、どちらかの結果しか残されていないのだ。


「いつまでも思い通りになると思うなよ……俺は今度こそ自分のため、深緑のために帰るんだ。余計なゲームで遊んでる暇なんか無い」


 新しく秘めた本当の覚悟を抱いて大蛇の腹の中を歩き出す。




「くっそ……“また深く”なってきたな」


 現在アキラのデバフ[消化]の数値は20%を超えていた。詳細を見ても100%になったらどうなるかがわからない。予想は出来るが、明るい未来には決して辿り着けないのは考えなくてもわかる。


 そして不安と焦りが募る原因として、奥に進めば進む程消化液の水嵩が増していることだ。焦げるような匂いと肌が燃えるような染みつく痛みが、常にアキラの足から伝わってくる。


「このチクチクするの苛つくし……いい加減何かヒントは無いのか?」


 どのくらい進んだのか、既に後ろを振り返っても入ってきた所は見えない。


「マップは奥まで見れないが一本道ってのはわかる。それに大蛇の腹の中だ、何かあると考える方がおかしいの……か……?」


 途中で言葉を失ったアキラが目にしたのは、一匹の蛇だった。大きさも大したことは無いが、あちらもアキラを見つけるとすぐに消化液の中を泳いで逃げてしまった。


「こいつ、腹の中に同類居んのかよ。でもなんで逃げ……って、漸く見つけた手掛かりじゃん! 今度は俺が追いかける番かよ!」


 アキラもワンテンポ遅れて追いかける。


(くっそ! 消化液のせいで思ったより前に進めない!)


 水より多少粘度の高い消化液がアキラの足を絡め取るようにして邪魔をする。思った以上に速度が出ないことに歯嚙みする。


(あれ、あいつは敵じゃないのか?)


 蛇を見続けているとネームプレートが現れていないことに気づく。アキラを見て慌てて逃げる様子にホームで出会ったリスを思い浮かべ、思い切って声を掛けることにした。


「おい、蛇! 何もしないから逃げるな! お、止まれって……ちょ、おい待ってくれ!」


 一瞬止まったかと思えば、先程の比ではない早さで逃げて行った。まだ本気ではなかったらしい。アキラは強硬手段に訴える。


『ダァン!』


 蛇の真横を取り過ぎる弾丸に、更に慌てて蛇が逃げようとしたその時。


「ギュ!」


 何かの鳴き声が聞こえた。あまり強くはないようで、ヴィシュのピンポイントシュートで威力の落ちた弾丸が当たるだけで気絶していた。アキラはシヴァで注意を引きつけ、後を追うようにヴィシュの弾丸が蛇に突き刺さるよに計算したのだ。


 アキラはでかい蛇を見たせいなのか、果ては丸呑みにされているせいか、普段なら絶対に出来ないはずだが蛇を持ち上げることが出来ていた。色々と図太くなったらしい。


「確か牙を出させないように口閉じて持つんだったか?」


 蛇は気絶しているせいか、目を瞑って普通よりも若干大きめの身体を力なく投げ出している。それに関係なくアキラは掴み上げた。


「おーい、起きろ。って暴れるなよ、何もしないからさ」


 その声にすぐ意識を取り戻した蛇が、爬虫類独特の瞳でアキラを睨みつける。大人しくはなったために、どうやら言葉は通じるようだ。


「このままじゃ埒が明かない、だから手離すけど逃げるなよ?」


 顎に添えた手を若干ズラシテ口元を動かせるよう開けてやる。当然逃がさないために掴む手は離さない。


「お前話せるのか?」

「シャー!」

「何威嚇してんだよ」

「ギュ!」


 アキラが軽くデコピンして威嚇を止めさせる。あまり打たれ強くないのか、少し可愛い声を出して威嚇を止めた。


「なんだ、話せないのか? 俺はナーガに呑み込まれたんだよ。ここから出たいだけだから落ち着けよ」


 言葉は理解できるのか、しきりに頷いている。すると、アキラの目の前にヘルプが現れた。


【HELP】

アニマルヘルパーと契約しました。条件を満たすまではダンジョン内のみ行動を共にします。協力して困難に立ち向かいましょう。

※ダンジョンでしか協力出来ません。


「ほぉ……蛇に丸呑みにされたのに蛇に助けて貰うのか、まぁ逃げられても面倒だしこのまま連れてくか」


 折角の手掛かりに繋がる何かを失っては堪らないと、アキラは首に蛇を掛けて歩き出す。負けない自信の現れか、あっさりと急所を晒すアキラだった。


 そして再び奥へと進む。




「アーアアー、よっと」


 今アキラは一匹の野生児として生きていた。今は消化液で解け損なったブロックの残骸の上に立っている。


「なんてこった……この蛇便利すぎだろ。もう一丁!」


 アキラは蛇の腹の中で……ターザンごっこをしていた。


「アーアアー、た~のしぃなー!」


 既に消化液は地面に足が付かない程水嵩を増していて、それと同時に一緒に飲み込んでいたブロックが若干解けた状態で浮いている。奥に進んでいるのに楽しむ余裕があるのは蛇のお陰だった。それと大声を上げているせいもある。


「ほっ!」


 若干揺れるブロックの足場に着地したアキラは、握っていた蛇を手首のスナップのみで上に振ると、蛇がその勢いを利用してアキラの腕に絡みついてくる。既に一心同体と言えるだろう。


「アニマルヘルパー便利すぎだろ、でもここは間隔が狭いからジャンプで移動したほうがいいな」


 そもそも蛇を使ってアキラが何をしているのか? 簡単に言えばフック付きのロープ換わりに利用しているのだ。


 構造としては蛇が天井の内蔵部分に牙を突き立て、鉤爪の役割をする。ぶら下がって紐となり、後はアキラがそれを掴んで振り子のように勢いを付ける。


 ある程度勢いを付けてタイミング良く蛇が口を離して今度はアキラが素早く天井に鞭のように振り上げる。これを繰り返すことでジャングルのターザンのような移動を可能としていた。


「お前捕まえてホント良かったよ」


 蛇はアキラを見つめながら舌を出す程度に留めていた。


 そもそもデコピン程度で動けなくなるような生き物が、そんな乱暴な扱いをしても大丈夫なのか? という点については問題ないと言える。この蛇は打たれ弱い反面、伸縮性の耐久力が尋常じゃない程の強度を持っているのだ。消化液の中を泳げる程なので、当然と言えば当然なのかもしれない。


 アキラも、最初は突然深くなった消化液の進み方について悩んでいた。一応足場は存在するが、そこまで行くには多少なりともこの酸の池を泳がなくてはいけない。


 少し悩んで立ち止まっていたが、突然蛇がアキラを台にして天井に飛び上がり、内蔵の天井に噛み付く。


 最初はアキラもどうしたのか不思議に思い見ていたが、一向に動く気配を見せない蛇を見てもしやと考え飛びついてみると、頑丈なロープのような手応えと凄く掴みやすい尻尾の先端に全てを察した。


 以後は蛇を使いこなし、終いにはターザンごっこまでしてしまう始末だった。


「でも協力して先に進むってことは、こいつも外に出たいのか?」


 ヘルプが現れてから蛇は非常に大人しく、試しに手を離しても逃げる素振りを見せない。懐くような挙動は見せないが、アキラに付き従っている。


「お前も外に出たいのか?」


 蛇に問いかければ真っ赤で先端が枝分かれしている舌を覗かせながら首を横に振っている。


(じゃぁ何を協力するんだ? こいつの方が先に居たんだから恐らく何かがあるんだろう。一応出口の取っ掛かりが見えたって感じかな)


 喋ることが出来ない蛇は事情を説明出来ない。そのため推測の域を出ないが、外に出ることには繋がっているのだろう。間隔の狭い足場を飛び越えながら、更に奥へと進む。


 そこに待っていたのは……。


「もう、なんでも有りだな」


 呆れながらある点を見る。そこにあったのは消化液で出来た滝だった。液体のみが流れ落ちるが、底は真っ暗で見えない。落ちた先に何が待っているかもわからないのだ。


「そりゃ、お前もこの先行きたくないよな」


 蛇が目を瞑って暫く沈黙すると、何か得心がいったようでゆっくり深く何回も頷く。どうやら行きたくない理由はアキラの想像から外れてはいないが、合ってもいないようだ。


 どう進めばいいのか全体を観察する。滝は見えているが、少し奥には壁も見える。どうやらこの位置からナーガの身体は直角に折れ曲がっているようだ。


「よし! 覚悟決めてゆっくり降りるか」


 時間を掛けずに決めるのも当然理由がある。アキラのデバフも消化液に身体が浸かっていないにも関わらず、依然として上昇し続けているのだ。既に数値は50%を超えている。


(壁に行って、ゆっくりな降りよう。ゆっくりな)


 助走を付けて高く飛び上がり、壁まで到達すると蛇を噛ませる。ゆっくり右へ左へと動きながら下へと降りていく。アキラはなるべく蛇に負担を掛けないようにゆっくり降りていった。


 再び直角になっているが、どうやら終点らしい。


「よっと、なんでここだけステージみたいになってんだ?」


 アキラは長い距離を下り、天井を振り子移動しながら奥に広がっている円形のステージに到着した。だが、その場所にはもやがかかっている。


「……おい、どうなってる。数値が上がってるぞ?」


 デバフの[消化]が先程まで50%だった筈が、今では90%を超えている。更にリアルタイムで数値は上がり続け、すぐ100%に到達してしまった。すぐにこのもやのせいだと察するが、既に遅い。


「はぁ、これから碌でもないことが起こるのはわかった」


 100%に到達したデバフが[融解]に変化する。アキラはそれの説明を読んで覚悟を決める。


「楽観視出来ないかもな」



【融解】

[消化]が100%に達すると変化するデバフ。

この状態の時に酸系のダメージを受けるとその部分が消滅する。

[融解]が消えるまで消滅した部分の自然治癒は不能。



 アキラが説明を読んで額に汗を見せ始める。このエリアでこの状態は、実質的にdying状態と変わらない。いや、それよりも酷い状況だ、周りの消化液に落ちれば強制的に死亡を意味していることを考えれば、まだdyingの方に救いを感じる。


 突如、円形のステージ周囲に規則的に配置された円柱の柱が盛り上がってきた。飛び散る飛沫はこちらには来ないが、アキラにとっては気が気ではない。


「くっそ! 今まで戦闘らしい戦闘なんて壁画の時だけだったのに、今更来んのかよ!」


 薄々察していたのか、アキラの悪態は現実の物となる。伸びてきた円柱は腹の中と同じピンク色の物だ。恐らく蛇で掴めるのだろう。




 そして、遠くから宙に浮く不思議な楕円形の何かがやってくる。蛇がその楕円形の物体に威嚇を始めた。アキラにした時よりもその威嚇の仕方は完全に敵と見做す程強烈な物だった。


(おぉ怖いな、そういえばなんでこいつはこの中に居るんだ? っと後々)


 ふと思った疑問を置いておき、アキラは楕円形の頭上には【寄生奇虫クリプトス】と表示されているのに気づいた。


「あれが敵か!」


 この敵こそがアキラを丸呑みにした原因で、アニマルヘルパーとなった蛇がこの中に“来る原因”にもなった存在なのだ。


 相手も背後から触手を伸ばして戦闘態勢に入る。全くの未知の相手との戦いが始まろうとしていた。

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