第67話 出口を求めて


『ゴォンッ!』


 もう何度聞いたかわからない大岩の落下音が、アキラの耳をつんざく。だが、本人はうんざりするどころか気力に満ちていた。


「今度こそ!」


 アキラが走り出し、その後を大岩が追いかける。壊すことも止めることも出来ず、ゴールに来たかと思えば“スタート地点”からやり直しになるとんでもない仕掛けが施されたこのエリアには別の攻略法があるのだ。


 しかし、そこから脱する方法がわからないためアキラは走り抜けるばかりだった。


 というのはさっきまでの話、今は攻略の糸口を掴んでいた。


(一つ目っと……よし)


 アキラも慣れたのか、走る速度を一定にしていれば追いかけてくる丸い大岩も同じ速度でアキラを追う。逃げる方が早く走れば、それだけ追いかけてくる岩も早くなる。その仕組みに気づければそれほど怖い所ではない。


 ただし、岩の速度が遅くならない点に気をつければの話だが。


(二つ目が天井に行かなくちゃならないんだよな……こっからが本番だ)


 先程から何をしているかだが、触れると色の変わるパネルらしき物が4カ所設置されているのだ。それをアキラは触ることで赤から緑に変えている。


 上下に曲がりくねる蛇行する道も天井の影になる所に同様のパネルがあるため、速度を上げて駆け抜けながら触らなければならない。そのために速度を上げる必要があるのだが、当然岩の追跡速度も上がる。


「いやらしい所だよなここ、死ぬ程の仕掛けが今の所一切無い。落とし穴も戻されるだけだし、ここは精神面を攻めるのに統一してるのか?」


 アキラはまだ若干の余裕を残しながら走り続け、遂に急勾配の下りと上りに差し掛かる。


(3つ目!)


 坂の途中にあるこれまた普通に駆け抜けたら気づかない所に配置されているパネルに触れる。


 だが、坂と言うよりほぼ崖だがそれを登り切れば後はゴールするだけ……と思わせるのがこの場所の質の悪い所だ。


 このゴールに見えるスタート地点に戻るだけの仕掛けは、触ったパネルをリセットする物だ。一週で全てのパネルを触らなければならず、アキラは最後のポイントで手こずっていた。


「こんなの絶対攻略本無いと気づかねぇだろ!」


 当初は3つ触ってゴールを通っても何も起こらないので、意味の無い物だと思われた。


 だが幸か不幸か、アキラが崖のパネルを触った拍子に坂から滑って転げ落ち、岩に轢かれる直前に隠れていたもう一つのパネルを発見する。そこでアキラは全てのパネルにまだ触っていないとわかり、改めて挑戦していた。


「タイミングを計れって……頼む!」


 挑戦すること数回、崖を登り切ってタイミングを計り、漸くパネルに触れることが出来た。クイックIIを付与していても、怖い物は怖いし失敗すればやり直しなのだ。タイミングを掴むのに苦労したが、アキラは漸くとある場所のパネルに触ることが出来た。


 その最後の場所は岩に付いていた。崖までアキラを追う岩自体、何も仕掛けは存在していないのだが崖のパネルに触れると岩にもパネルが現れる仕組みだった。


「……い、岩が止まった?」


 仕掛けを達成すれば何が起こるかわかっていなかったため、相当の覚悟が必要だった。長くない距離を最初からやり直すのは精神的に辛い。


「ったく、こんなのどうやって見つけるんだ。運良く見つけられたから良かったけどさぁ……」


 一応ヒントとして最初のパネルに触れると次のパネルが出現する仕組みになっていたのだが、そもそもが見え辛い位置にあるのと、場所がわかれば触らないで次の場所を見る。という選択肢が取り辛い構造のために、ヒントとしてはかなり厳しいギミックだった。


「お、出口の奥が別の景色になってる」


 振り返ってループしていた出口を見ると、そこには何回も周回した景色ではなくこのダンジョンの通路が見えていた。


(謎解きに難易度関係ないってあったけど、仕掛けには難易度絶対関係あるだろ)


 アキラが心で文句を言いつつ進むと、次の仕掛けらしきエリアが見えてくる。


「まだあんのか? はぁ、これはこれで嫌だな」


 そう呟くアキラはシンプルなエリアに複雑な思いを抱く。近くに立っている看板で判断したのだろう。


【モンスターハウス・なーがのおうち】


 石で出来た看板にはそう刻まれている。


「罠仕掛けるつもり無いだろ? ここ以外道が無いから開き直ってるのか知らないけど、知ってるなら知ってるで嫌だな……何が出てくんだ?」


 アキラは一人分しか通れない程の狭い通路を通り、正方形で出来たフィールドに降り立つ。なーがとは何か考えたくも無いのか、無視している。


 観客席がなぜか存在するが、くたびれた様子を見せている。当然ギャラリーは存在しない。


「よし、かかってこい!」






「来いよ!?」


 気合いを入れてフィールドに降り立つアキラだったが、その意欲に反して何も現れなかった。


「バグだなバグ、先進もう」


 アキラがバグと切って捨て、反対側の道から抜けようとした時に天井が崩れた。


「え、生き埋め?」


 困惑しているとタイヤの落ちる鈍い音が背後から聞こえた。それを切っ掛けに振り返ると……。


「シャァ!」


 大蛇がアキラに対して威嚇していた。首から頭にスプーンのような伸びる特徴的な膜はコブラのそれだ。頭上にはナーガと表示されている。


「な、なーがって……ナーガかっ!」


 色々な戦いを経験してきたアキラも、本能的に恐怖を抱く類いの一つである蛇との戦いは初めてだった。


「…………」

「…………」


 アキラは蛇に睨まれたカエルの如くじっとして動かない。それはナーガも同様なのか、それともアキラの出方を窺っているのかわからないが動かない。


「…………」

「…………」




『ダァン!』


 両者の沈黙を破ったのはアキラの方だった。オルターを仕舞わずに移動していたため[賦活]と[クイックII]は付与されたままだ。戦闘準備は終えていたので後は攻勢に出るのみ。


 だが、沈黙を破ったはいいがナーガに当たる弾丸はHPを削れていない。その証拠にHPゲージに変化も見られない。ナーガは人程度数人は丸呑みに出来そうな大口でアキラに迫る。


(ぐっ! これじゃぁ俺が痺れを切らしたみたいじゃないか!)


 間一髪で横に転がって噛み付きを回避する。


(映画の蛇より動きが早いんじゃないか!?)


 クイックメントIIを使っているからこそ対応できたアキラだが、もし付与されているのが[クイックI]の方だった噛み付かれていたかもしれないと戦慄する。


 素早く起き上がるが、状況を確認する前に感じた気配から急いで四肢を使って全力でバックステップする。一瞬後、アキラが居た所にはナーガの巨躯から繰り出される尻尾が打ち付けられていた。


 バックステップ中もシヴァとヴィシュで銃弾を撃ち込むが、ダメージ自体食らう気配が無い。ピンポイントシュートで目や舌を狙うが、やはりダメージを受けた印象が無い。


「ッチ!」


 舌打ちするアキラは迫るナーガを置いておき、周囲を見渡す。


(あれじゃ近づくことも出来ない……恐らく近づいてもダメージを与えられない気がする)


 このステージの方向性故か、何か仕掛けがあると考えたアキラは天井の異変に気づく。


(あれ? あそこは……もしかして逃げられるのか?)


 崩れた天井は出口を塞いでいたのかと思いきや、崩れた天井が足場となって上へと上がれることがわかった。


(特定の場所に行かないと発生しないイベントだったり、ダメージが与えられない敵に都合良く道が出来るイベント……めっちゃゲームだな!)


 アキラは晴れない気持ちで急ぎ、崩れて出来た道を伝って上階部分へと向かった。




「よし! 全く……元の世界じゃ絶対こんなに早く上れないだろっとと、げっ!」


 足下が揺れてバランスを取ると、蛇が追いかけてきた。そしてアキラは悟る。


「岩の次は蛇との追いかけっこかよ!」


 元来た道は蛇の胴体で覆われて通れそうもない。アキラは先に進むしかなかった。


「あそこか!」


 都合良く一カ所だけ道が空いていて、他は崩れた瓦礫で道が塞がっているが最早気にしない。そういう場所だと思うしかないのだ。


「なんで廊下なのに穴空いてんだ!」


 曲がった先の少し奥は、真っ暗な穴が空いている。下の階は無いのだろう。気を引き締めて飛び越す。


「余裕だぜって、まじかよ!」


 突如、ナーガの尻尾がアキラを振り払おうと下から生えてきた。当然そのまま食らうわけにもいかないアキラは、空中で迫る尻尾を鷲掴みにする。


「うぉ! 咄嗟に掴んじまったけどどうし……うぉお! ぐへ」


 ナーガを掴んでいたが、粘液が滲み出ていたせいで手からすっぽ抜け、投げ飛ばされる格好になってしまう。


「こ、こっちに来れたから結果オーライだろ、ってて」


 顔面を擦るように着地したアキラは、痛がりながらも走り出す。ナーガはアキラが必死に渡った道を崩しながら迫ってきていた。


「理不尽すぎる」


 後ろを覗き見ながら逃げるアキラは、あまりにも強引な追跡に不条理を感じてしまう。




「はぁ、はぁ、はぁ!」


 アキラの必死な呼吸音が、足音共に通路を駆け抜ける。


(なんで今回は息切れするんだ……)


 なんとかペース配分を守りながら進むアキラだったが、そろそろ限界が来ていた。それを見越したかの如く、今度入る部屋には逃げ道がない。相当上へと駆け上がったと感じていたアキラはこの鬼ごっこの終わりを感じていた。


(なんでか、この階に登ってきてからあいつが追ってこなくなった)


 それでもアキラは長い石畳の廊下を駆けていった。あれ程までにプレッシャーを受けてしまえばそう簡単には止まれない。アキラの逃げる選択肢は自然と足を早める要因の一つとなったのだろう。


「はぁ、はぁ、お、終わったの……か?」


 息切れしながら声に出すが、当然その声に答える者は居ない。じっとしていると、直ぐに呼吸が整いだした。


「ふぅー、それにしても……落ち着かない。何も無いのに安心できない。ホラーとかパニック映画で出てくる登場人物の気持ちがわかる気がする」


 アキラが相変わらず本当なのか虚勢なのかわからない態度だ。それが原因というわけではないが、足下が揺れ始める。


「……来たか」


 身構えるアキラだが、それは杞憂に終わる。



 無残にも足下が崩れたからだ。


「!」


 踏ん張ることも出来ない空中は、当然足場になる質量の物も存在しない。アキラはただ落下する。


「ふざけんなぁ! こんなのありかよ!」


 足場が崩れたことに対して言っているわけじゃない。真下に見える大口を開けたナーガに言っていたのだ。


 この落下しているスペースはなぜか途中に足場も部屋もない。穴の上に建つ部屋にアキラは自分で足を運んだことになる。当然そんなことがわかる筈もないので仕方が無いが、真下で口を開けているナーガには殺意しか湧いてこない。


 大蛇は崩れる石畳だった瓦礫さえ飲み込んでいる。


 シヴァで方向を変えようにも腕を犠牲にして軌道を変えた所で壁しかない。掴む所も無いので無駄足を踏むだけだ。


「ただで食われてやるか! お前の腸食い破ってやるからな!」


 覚悟を決めたアキラはナーガの口に向かう前に、姿勢を天に向けてクリティカルシュートを放つ。


『『『ダァン!!!』』』


 轟く轟音は落下速度とクリティカルシュートで多少の加速を付与する。アキラはナーガの口の中へと勢いを付けて飛び込んだ。

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