第66話 ピタゴロック
「あら、帰ってきたのね。それにしても何日掛かったのかしら?」
「……」
「まだ目が覚めていないようですわね。でも、戻って来れたのならきっとその胸の内に“可能性”を手に入れることが出来たのかもしれませんね」
アキラは最初ロキが消えたと思っていたが、ロキは消えていなかった。降り立った場所から既に試練は始まっていたため、ロキの姿を見失っていただけだ。それでも短くない間待ち続けることが出来るロキも、やはり普通では無いのだろう。
魂魄を高め、それに相応しき自己の精神強度を整えることで開ける道がある。ロキはアキラの魂魄をしっかり昇華されているのを知った時と同じように優しげな笑みを浮かべる。
「ここに魔物は来ませんから安心してお眠りなさい。ただこの試練を乗り越えたから何かが得られるわけでもありません。貴方自身に変化は起こらないでしょうが、気を落とさないでくださいね。でも安心してください“今は”その変化が起こる時ではないだけです」
ロキが意味深げに未来に起こるだろう可能性に胸を躍らせ、今度は本当にその場から消え去っていく。
「……ぅ……ラ、ラーメンのネギトッピングは……辛すぎる……半分で……半分? ここどこだ?」
アキラはラーメンのネギトッピングは多すぎると常日頃から考えているようだ。意識がはっきりすると、視界にヘルプが出ていた。アキラは自然に読み上げながら立ち上がる。
【HELP】
※セカンドコーズが設定されました。以後、虚構の精神が現れることはありません。
「アニマ修練場に初めて入った時も似たようなの見た記憶が……まぁ二度と出ないって言ってるしいっか。それにしても、あれが虚構の精神? って言うのか、心にぐさりときたな」
今まで深緑と過ごしてきた時間を思い返すと自分が如何に空虚な存在だったかを後悔する。
「そういえば、いつも元気に振る舞ってた深緑はなぜか悲しそうだった……なんで今まで気づかなかったんだ。俺は深緑を守るって言いながら傷つけてばかりいたのか、随分気を回させて……酷い兄貴だったな」
自身の心と向き合い、現実から逃げずに立ち向かう精神を養うのには時間がかかったが、この時をもって本当に現実と向き合う決心が出来たアキラだった。
「そうだ、ちょっとしか経ってないけど何時間位ここに居たんだ?」
ふと時間が気になり、メニューからクエストを選択して表示する。
エリア:[D]神殿迷宮シーレン
難易度:パイオニア【☆☆☆】
備考:クロス経過時間[14日] ダンジョン経過時間[42日]
踏破条件:アニマ修練場で自身の影を倒し、ボスを攻略する。
「……」
アキラはあまりにも現実を受け入れられいないのか、改めて時間を見直す。
クロス経過時間[14日] ダンジョン経過時間[42日]
「ま、まだアニマ修練場入ってないんだけど……ってか数時間じゃなかったのか!?」
精神を養うには時間が掛かる。既にクロスでは2週間、ダンジョン内では1ヶ月以上経過していた。
「飢餓とかのデバフも無いし……なんでかわかんないけど運がいいと思えばいいのか、複雑だ」
過ぎたことは仕方が無いと考え、方針を決めるために辺りを見回す。
「……あれ、ここ狭くないか?」
アキラは漸く気づいたが、ここは正方形の形をした部屋なだけで特に何も無い。辺りが暗いと感じていたが、実際は光源が無いだけでロキと別れる直後、虚構の精神世界に囚われてしまったせいでとてつもなく広い場所に来たと錯覚していただけなのだ。
(取り敢えず……円盤乗るか)
ここに来た時の足場に飛び乗ると、元の壁画のある八角形の部屋へと戻ってきた。だが、円盤は止まらない。
「あれ? どこ行く?」
そのまま上昇してしまい、ヒューマンを除いた全ての種族が中央に手を伸ばしてる壁画まで連れてこられた。
(た、高いな案外……)
高い所に若干の苦手意識を持ちつつ円盤が止まってしまったことで何か出来ないかを探す。
「んー取り敢えずこうすればいいのか? ……ここ捕まる所無いから怖いんだが」
アキラが恐る恐る並んでいる種族のヒューマンがだけが居ない不自然に空いたスペースに触れる。すると変化が訪れた。
『数々の歴史を乗り越えて困難な道のりを渡り、果てに待つのは世界の継続か、停止か。創造主の願う結末へと進むことを願う。そして、その結末へ向かうために一時の安息を』
「え、まぶ!」
天井の壁画に触れているアキラの手から発光が起こり、アキラの視界が光で覆われてしまった。
「急に光ったから何かと思ったら……安息って安地のことだったのか」
アキラの周囲は最初にこのダンジョンに入った時と似たような四角い通路だった。違いとしてすぐ目の前には広い場所があり、見覚えのある食事と飲み物の自販機が設置してあるのを見れば、同じ場所ではないのはすぐにわかる。
「折角だ、ちょっと休んでくか」
安全地帯へと来たアキラは早速自販機へと向かう。
「相変わらず高いな……屋台からの飯があるしいっか」
すぐにテントを用意し、中で食事の準備をする。
「あ……ウルフの毛皮夢衣さんに渡したままだったな」
屋台で購入したサンドウィッチを頬張りながら毛皮について思い出すが、そこまで大した問題にはならないと考え、防寒具や寝具を改めて用意すると決めてサンドウィッチを楽しむ。
「バターっぽいの塗ってると思ったらマヨネーズが混ざってるのかこれ」
アキラがサンドウィッチを買った所は注文を受けてからサンドウィッチを作るタイプの店で、一つ一つ丁寧に手作りだった。
(作るのも早いから見てて楽しかったな、あれ。うまいうまい)
挟んであるオムレツに近い状態のタマゴサンドにローストビーフとレタスらしき緑の野菜の包まったサンドウィッチを食べ終える。
「なんか足んないな? 2人前は食ったんだけどな……串焼きも食おう」
改めてバッグの中へ多めに用意していた串焼きを用意する。
「この肉を食ってる! って感じは何回食っても飽きないな」
こうしてアキラの一人だけ過ごす夜は終わる。
アキラが夜を過ごす同日、ホームのラウンジで寛ぐ夢衣と華が居た。今日の戦果を話し合っているのだろう。
「この装備は夢衣が使いなさい。私はこっち貰うから」
「え? 華ちゃんもこのアクセサリー欲しがってたんじゃ……」
「効果はウィザードのあんたが一番なんだから戦力を下げるようなことしちゃだめ」
「わかった、ありがと!」
「これで終りね」
「今日も疲れたなぁ」
「お疲れ様です」
こうして戦利品の分配を終え、1日の余韻を感じていた二人に近づいて声を掛けたのは翠火だった。
その背後には常にメラニーがナシロの首輪をその小さな足で掴み、飛んでいる。
「お疲れ」
「お疲れ様~」
「今日はどうだったんですか?」
「うんとね、初めて灼熱神殿エルグランデに行ったんだけど思ったよりもすぐに収穫があってよかったんだ! 後頭だけでジュニア級揃うんだよ!」
「そこが終わると
翠火は色々なパーティを渡り歩くのに疲れ始めていたが、見通しが立ち安心していた。
「やっとかぁ……でも越冬隧道サハニエンテって何?」
「凄く寒そうなのは伝わるけど、今は攻略中のダンジョンを気にしなさい」
「はぁい、にしても寒い所なんだ……」
「?」
「夢衣さんどうかしたんですか?」
「あの、ね。華ちゃんイマジナリーブリザード覚えてる?」
「あんなの忘れられるわけないでしょ」
夢衣と華はあれ以来ノートリアスモンスターには出会ってはいないが、底の知れない敵を忘れることはない。思い出して身震いする華に向かって夢衣は謝りながら先を続ける。
「ごめんごめん。あのね、その時にアキラちゃんから貰った毛皮を思い出しちゃって」
「……」
「そ、そうね」
その一言で翠火と華は気まずげにナシロとメラニーを見ている。
「……」
「ドシタノ!」
見られていることに気づいた二匹だが、反応はそれぞれいつも通り変わらない。気を使っているのは周りだけだ。
「ナシロちゃんとメラニーちゃんは心配じゃないの?」
「……?」
「ナニガ?」
「アキラちゃんが帰ってこないこと」
「ちょっと夢衣……」
ナシロもメラニーも固まってしまった。だが、嫌な空気ではなく何を言ってるんだろうとすぐ小首を傾げている。
「…二回目……だし…まだ2週間」
「マダマダ、ヨユウ!」
どうやらこの二匹はアキラが死んだのかもしれないとは微塵も考えていないらしい。
「……そっか! そうだよねぇ、遅いだけだもんねぇ」
夢衣もこの二匹と同じ考えに至ったようだ。当然翠火は疑問に感じた。
「え? 夢衣さんは心配じゃないんですか?」
「んー、あの化け物から生き残ったの見たからかなぁ、あのダンジョンじゃアキラちゃん死ななそうだもん。パイオニアがどんなのかはわからないけど!」
「夢衣……でも、確かにそれ言われると私も何を心配してたのか不思議に感じるわ。多分パイオニアには、私達が知らない時間のかかる何かがあるのよ、きっと。じゃないと理由が考えられないわ」
「お二人はあの人を随分信頼しているんですね。私は話しに聞いただけなのでまだ想像が出来ませんが」
翠火の疑問も当然だ。アキラが自分より強くてただ者では無いと感じていても、ここまで時間を掛けて帰ってこないなら何かがあったとしか思えない。
「私達が恐怖しか感じていない中であんな動き見せられたらね……」
「そうそう! こう、氷柱がブワァ! っと飛んできて、銃でガキンッ! って弾いて、氷柱の連射をシュバッ! って躱して……」
「夢衣、それじゃ何言ってるかわからないわ」
「えぇ~」
「凄かったのは伝わりましたよ」
翠火が困ったように笑いながらフォローを入れる。
「でも、飛んできた氷柱を当たり前のように弾いたのは驚いたわ。視界が悪くて音も聞こえないのによくあんなこと出来たわよね……今思うと防ぐじゃ無くて弾いたのよね? どうすればあんな芸当出来るのかしら?」
「きっと何かのスキルだよ! 華ちゃんも持ってるじゃん!」
「アキラ君はシューターよ? ブレイブが使う【球弾き】を習得してるわけないわ」
「ん~」
「翠火はどう思う?」
二人は翠火のイドが定着したのを知っている。自分達より強いのなら何かを知っているに違いないと思い、聞いたのだが当然色よい返事は帰ってこない。あれが命を削って習得した技術だとわかるわけがないのだ。
「私もエゴまでもう少しだと思うのですが、それでもあの人のしたことが想像できません。飛来してくる物体を弾くなら私も【球弾き】を使用します。ただ、一部の方は球弾きの動きを真似て、スキル無しでも実行しようと練習している人が居ますね」
「え、何それ」
「あれじゃない? この世界は回復出来ちゃうから命懸けの練習が出来るんじゃないかな?」
「ですが、それでも物にしている方を噂に聞く程度です」
アキラは明らかに実戦中、反射レベルで球弾きクラスの技を使いこなしていた。
「……帰ってきたら聞きましょ」
「そうだよね! 帰ってきてから聞こう!」
「私も気になってきました。その時は教えてくださいね」
「…寝る」
「メラニーモ、ネル! キツネ! サキ、モドル!」
「わかりました。私も後で戻りますね」
翠火がナシロとメラニーを見送る。その光景を不思議そうに夢衣と華は見ていた。
「なんか、あの子達が懐くって相当だね? 翠火は何か特別なことでもしたの?」
「私は特に何も、あの子達曰く『いいお面してる』点が評価になっているそうです」
「……感性が翠火に似てるわね」
「気が合うのかな?」
「そうなのかもしれませんね」
翠火が嬉しそうに笑う。
その光景を遠目から見つめているドラゴニュートが居る。それは色々と問題を起こしたダンミルだった。だが、以前と違って顔が隠れる程のローブを纏っている。
報復を受けてから時間が経って顔も忘れられているのだが、本人は自意識過剰な性分なので顔を隠しているのだ。ダンミルは、既にダンピールに誘われたパーティから抜けている。強くダンピールに言い聞かせられたのだが、彼は言うことを聞かなかった。
アキラもそのことについては予想していたが、終わった出来事をこれ以上蒸し返せないので仕方が無い。根拠や名分が無ければこれ以上責めることは周囲の怯えや反感を買う恐れがあるからだ。
「許さねぇ……翠火も、あのくそヒューマンも……」
酒を飲みながら呟く声は不穏の予兆にしか見えない。
それから少し時間が経ち、アキラは安全地帯から先に進んでいた。
「うぉおおお!」
先には進んでいたが、必死に走っていた。
「こっちは[クイックII]が付与されてんだぞ! 速度おかしいだろ!」
なぜ必死に逃げているかというと、アキラは巨大な丸い岩を背にしているからだ。当然壊そうとしたり、やり過ごそうとしたのだが……。
「俺の速度に合わせて転がるのも変だし、殴ってもヒビ一つ入らない! 隙間は埋められてて壁も脆そうなのに壊れないしどうなってんだ!」
試験会場ライセンスのボス前で壊した扉とは違って、耐久力が段違いのようだ。今のアキラでは壊せないらしい。もしかすれば、壊すこと自体不可能なのかもしれない。
「しかも! なんでここだと息切れしねぇんだよ! これが正攻法なのかよ!」
そして一番の問題として、岩に触れると強制的にダメージを受けて元の位置に戻されてしまうのだ。
「ここまで来たんだ! 絶対逃げ切ってやる! ……え」
ストレートに逃げていたのに道が蛇のようにうねり始めているのが見えた。
「……やるしかないぞ!」
やり直す時は痛みを伴うので、ここまで来たら必ず成功させたいアキラはうねる道に逆らわずに、壁を走るように蹴り上げながら進んでいく。今の身体は元の世界とは段違いの耐久力と力があるせいで遠心力と蹴り上げる力を利用して一瞬天井を走り抜けたり、壁を回るように走る。
なぜかピッタリと背後に付いてくる岩が見えるのだが、アキラは別のことを考えていた。
(やばい……ちょっと楽しくなってきたぞ)
走る速度に合わせて岩が迫ってくるのだが、一度速度が乗るとそれ以下にはならないのだろう。依然とアキラと岩の距離は変わらない。
「お!」
遠くに出口の光が見えるが、ここもパイオニア仕様らしく、下り坂からの急な上り坂になっている。普通なら筋肉が耐えられない程の負荷が掛かるのだが、それも無視出来るアキラは本気を出して下り始める。
(ちょっと怖い!)
クイックIIのおかげである程度は視界に映る世界は緩いのだが、それでも身体の飛ぶような浮遊感は慣れない。
勢いを付けて、転けそうになるのを踏ん張って上り坂に差し掛かる。
「やばい! 思った以上に長い!」
自動車で出せる程の速度で駆け上がるが、岩は速度がなぜか衰えない。アキラに段々と迫ってくる。
(ベクトル違うけどホラーじゃん!)
もう少しで追いつかれそうになる。
「ぐっ、意地を見せろぉ!」
自分で自分を鼓舞して両手を使って更に駆け上がる。握っているシヴァとヴィシュの銃身を持ってハンマーのように壁に突き立て、シヴァの補助を最大限に発揮して叩きつける。
そして若干埋まった銃床をフック代わりにして上っていく。さながら虫のように。
「ゴールだ!」
『ゴンッ!』
アキラが出口らしき光に飛び込むと、人が通れる程の入り口しかない場所で岩が詰まり、今度こそ追ってこなくなった。
『ゴォン……』
「嘘だろ」
その代わりと言わんばかりに、岩がぶつかった衝撃で天井から新たな岩のお代わりが降って来た。
「なんだよここ! ピタゴラ装置かよー!」
アキラのダンジョン攻略は続く。
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