番外編 夢衣と華の冒険~シーレン編~


 夢衣と華がまだアキラと出会う以前の話、神殿迷宮シーレンに訪れている夢衣と華が居た。攻略に乗り出してすぐ、華が壁画の婚姻の儀に見とれている。


「華ちゃんいつまで見てるのよぉー、行こうよー」

「あ、ごめんごめん……なんか幸せそうだったから、私もこうなりたいなって」

「華ちゃんまだ17だよね?」

「結婚に憧れるのはいくつになっても変わらないでしょ?」

「おっとめ~」

「バカ言ってないで早く行くわよ、って次にどこ行くか宛はあるの?」


 華の問いに夢衣は気まずげに視線を逸らす。


「結局私じゃない」

「えーっと……ここは八角形の広場になってて、一面はあたし達の入った扉があって、その場所を除いて7つ壁には壁画があるの! それと中央に気持ち悪い手首のオブジェがあって……」

「まったく……私からでもぱっと見てわかること報告してどうするのよ」


 夢衣は探索が苦手らしい。そんな夢衣を知っていたので、気にせず今見ていた壁画の説明を調べる。


【婚姻の儀】

『クロスを救うために種族同士の協力は必要不可欠だ。この神殿に描かれた夫婦めおとはその異なる種族が手を合わせて生きていける証、史上初の異種族による婚姻の壁画をここに残す。この歩みがクロスを救う第一歩と信じて』


 説明を読み終えてから顔を上げるとある仕掛けに気づく。


「……あの子はなんでよく調べないのよ」

「何か言ったぁ?」

「こっち来なさい」

「なんかわかったの? ……あっ!」


 開始数秒で壁画が透けているのを発見した華は夢衣に何かを言いたげに見つめる。


「えへへ」


 笑って誤魔化す夢衣に対して、華は目を瞑って肩を上げる程度に留めた。いつも通りなのか、短くないと思わせる二人の関係が垣間見える。


「華ちゃんやるぅ!」

「夢衣が調べなさすぎるのよ」


 華が壁画の中に入れるのを発見すると、そのまま夢衣が華の後に続いた。入場用のゲートに描かれた部屋の入り方を発見し、仕掛け部屋に入る。


「暗いなぁ……」

「いきなりゲート閉まったりして」

「そ、そう言うこというのやめ」


『ゴンッ』


「「……へ?」」


「……閉まっちゃったね」

「……閉まっちゃったわ」


 暗闇で何も見えないはずだが、なぜか華と夢衣は互いの顔を見ている。見えないはずなのに互いの視線をしっかり捉え……。


「「キャーーー!」」

「明かり明かりー!」

「ランタン貰ったでしょ! それ出しなさい!」

「ど、ど、どどうやって使うのぉ~」

「えっと、確かこのコックを捻って……」

「は、早くぅ」

「急かさないでよ!」

「あ」


 華の手元から光が生まれる。正確にはランタンだが、夢衣は心底安心できた。


「火は……人類にとって最初の知……」

「あんた何言ってるの?」

「はっ!」

「バカ言ってないで行くわよ」

「あたしの火ぃ!」

「自分でランタン出しなさいよ」

「そ、そうだった」


 こうして最初の仕掛けに彼女達は到達した。




「あたし、もう嫌だ……心臓に悪すぎるよぉ」

「確かに怖かったけどしっかり見て、それから進めばなんの問題も無いじゃない」

「あたしは不安を覚えるとそればっかり頭が埋まっちゃうの!」

「そんなこと言っても、似たようなの後6個は続くと思うわよ?」

「そんなに!? もう今日は帰る!」

「まだ来たばかりじゃない……後1個は頑張りましょ?」

「……どうしても?」

「……」

「……ぁぃ」


 華の無言の圧力に屈した夢衣が次の壁画へと向かう。


「私も鬼じゃないから休憩しましょ私は全部の壁画を見て回るわ」

「あたしも一緒に見る!」

「それじゃ婚姻の儀の隣から見ましょ」


 夢衣の重い足取りを見て華が休憩を提案したのだが、先程までの鬱屈とした雰囲気はどこへ行ったのか、途端に元気になる。華はいつものことと割り切って次の壁画へ向かう。


「綺麗だけど……なんだろう、この寂しそうな顔」

「んー、エルフの女の子が涙を流して祈ってる? そんなに祈るの嫌なのかな?」

「そうじゃないでしょ……でも何でかしらね? 女の子の前に置いてある大きな杯も気になるわ、それにエルフの周りで光ってるのは何かしら? あれが精霊?」

「精霊かぁ、なんか綺麗! 周りの神官っぽい人も必死な感じが伝わるねぇ」


 夢衣の必死な感じが伝わらない言葉を横に流し、下にある説明を読む。


【精霊への祈願】

『オラクル始まって以来の災厄が訪れ、この地が未曾有の危機に貧している。エルフは思い人を心に刻み、訪れた神官は精霊と共に祈るエルフを支えた。災厄を退けることは出来たが、その後に残る爪痕は今後の未来に不安を残す』


「んー婚姻の儀もそうだけど、この精霊への祈願も何か足りない気がするのよね」

「え? なんか変?」

「婚姻の儀って言う割りには結婚を取り仕切る人もお客さんすらも居ないのは気になるの」

「昔だからそんなもんじゃ無いの? こっちは?」


 夢衣が【精霊への祈願】を指さす。


「これは神官は必死にサポートしてる感じがするのに、このエルフの女性だけは何か必死さの方向が違う気がするのよ。涙を流すってことは何か悲しいことがある筈でしょ?」

「んーでも絵だしなぁ……」

「絵だからこそ気になるのよ」


 華が夢衣を連れて次の壁画の鑑賞に移る。


「なんか楽しそうぉ……でも」

「うん、これって多分戦争の後か何かかもね。そこら中に血があるもの」

「でもワービーストとヒューマンが肩を抱き合いながら泣いてるね……種族の戦争ってわけじゃないのかな?」

「そうよね、他の種族も大勢後ろに映ってるのを見ると和やかな感じだし、人同士の争いには見えないわね。肩を抱いてるのに反対の手で大剣を掲げてるのも気になるわ」

「またおかしな感じがする?」


 華は絵に残る僅かな違和感を感じていた。


「えぇ、ヒューマンは喜ぶような泣き顔をしているのにワービーストはなぜか剣を見つめて目の前を見ていない雰囲気が合わないのよ。肩を抱き合ってるなら同じ感情を表すはずなのに、目の前じゃなくて剣を通して何かを見ようとする感じが気になるのよ。1枚の絵なら尚更ね」

「んーよくわかんないなぁ」


 華が鑑賞を終えて説明から自身の推察についてヒントが無いか探す。


【人類の結束】

『形だけだった結束も、共通の敵に立ち向かうことで真の絆が結ばれる。己が抱く思いが身を結び、7つの種族は互いに尊重することが出来れば未来を共に生きていけるだろう』


「んー詳しくは載ってないか、なんか気になっちゃうな……」

「じゃ次見てみよう!」

「あんた元気ね」

「今は休憩時間だからねぇ」

「……」


 夢衣は無言の華を置いて次の壁画へと向かってしまう。


「これって訓練風景だよね?」

「そうね、中心となってるのはドラゴニュートとヒューマンの稽古ね」

「周りの人達はなんだろ?」

「きっと見学か順番待ちとかじゃない? 色んな種族が居るし」

「ふぅん……華ちゃんはこれには違和感感じないの?」


 華は頷きながら絵を見ながら返す。


「他のには感じた違和感が全然無い……気のせいだったのかな?」

「説明見てみよぉ!」


【友好の架け橋】

『共通の敵を屠るが、人類の数は大きく削れてしまう。今後を憂いた全種族が共通して、己の長けた部分を伝え合い、数では無く質の向上を図った。強固な絆は全種族の繁栄に繋がるだろう』


「やっぱり何かを教えてるだけっぽいねぇ」

「そうね……次行きましょ」


 華は自分の気のせいだったのかと疑問を持ちながら次の壁画へと向かう。


「あら? ここも……」

「……あたしもこの絵はなんかちぐはぐな感じするぅ」

「ドワーフってこんながっしり体型なのに、どうして小さな荷物を持ってるだけでこんなに慌ててるのかしら?」

「そうそう! イメージだけどらしくないよ! 後女の人の笑い方が優しいのも気になる!」

「言われてみれば……後隣のエルフの子供の目線がおかしいのよ」

「エルフの子供? これってドワーフ……でもなくて……あれぇ、どこ向いてるんだろ?」

「考えてもわからなさそうだから説明読みましょ」


【種族の垣根】

『異なる種族の子供はどちらか片方の種が遺伝する。孤児にはその元となる両親が居ないため、このオラクルの地で育つ子供の多くの種族に隔たりは無い。同じ人として苦労を重ね、喜びを分かち合う生活は明るい未来を築くだろう』


「この子達って孤児?」

「そういえば同じ種族の人が居ないねぇ」

「なんか偶然には見えないわ」

「次も見てみよ!」


 夢衣は楽しくなってきたのか、残り2つの壁画を見て回るつもりだった。休憩が長くなったが、華もここまで来れば全部見るつもりでいるようだ。


「……なんか、あたし凄く悲しくなってきた」

「この肩に担がれたダンピールの人、凄い怪我……泣いてるけど痛みで泣いてるんじゃないわね。悲しそうな表情と追い求めて伸ばしてる手は、届かない物を求めるように見える」

「なんかそう言われるとそうかも、なんで悲しくなったのかわかった気がする!」

「ヒューマンの人はダンピールを担いで出口に向かってるけど、どうしてダンピールの人はここまで悲しそうなんだろう……」


【種族の矜持きょうじ

『全ての種族を凌ぐ生命力を持ってしても、その命は有限である。どのような種族に優れた長所があろうとも、そこにあぐらをかけば絶対ではない。隣人が居ればこそ、そのような愚をおかしても生存の道が残されているのは幸運だったのだろう。愛する者が居ればこそ、手を取り合うことを忘れてはいけない。人は一人で生きてはいけないのだ』


「……」

「……重いね」

「かなりね、そ、それじゃ最後の1枚だからそれ見たら攻略進めましょ?」

「そ、そだね。次いこ次!」


 酸いも甘いも噛み分けるかのような壁画には、このクロスで起こった出来事やオラクルで起こった壮絶な歴史のワンシーンをまとめているようにも感じられる。夢衣と華は最後の1枚へと足を運んだ。


「これは……ただの鍛冶かなぁ?」

「あ! いえ、でも……あと一歩出てこないなーもー……あ!」

「どしたの華ちゃん?」

「このドワーフが鍛えてる剣は見覚えない?」

「華ちゃんのオルターとは全然違うけど?」

「壁画よ! へ・き・が!」

「ん? ……あ!」


 華が丁度後ろの壁画【人類の結束】を見る。


「でも剣が同じだからって……」

「いい、夢衣? こっちに来て」

「え? え?」


 華が夢衣の手を取って壁画の中に入る。壁画の中から【人類の結束】を見ると、漸く夢衣にも理解できた。


「あ! この剣、あのワービーストの人が持ってるのと同じ!」

「そうなのよ! 今気づいたけどここから見ると綺麗に重なって1枚の絵になるの!」

「えっと……剣が合うように壁画の位置を……あ」

「わかった? ワービーストの彼が剣を見つめてる意味は、この剣を鍛えたドワーフとその向こうに居るワービーストの女性を見ていたのよ!」

「女性はちょっと考えすぎじゃ……」


 夢衣は華の欠点が露呈するのを直感する。婚姻の儀でも発揮していた乙女心が刺激されたのだろう。


「きっとこの二人は夫婦なのよ! 戦いに駆り出される夫を思って剣を鍛えられる風景を目に焼き付ける。そして戦に勝利して生きて帰れる安心感からこの剣で彼女を思い描いていたのよ!」

(こ、この絵でそこまで妄想しちゃうの? この壁画って種族に囚われない考えを持てってことじゃなかったのかな……だから普通に妹か、このドワーフの奥さんなんじゃ)

「夢衣! 他のも見るわよ!」

「え、でも次の仕掛け部屋に」

「そんなの後よ後!」

「えぇ!」


 その後もエルフが涙を流す原因やなぜドラゴニュートの絵には何も違和感を感じなかったのか、ダンピールの悲しそうな表情の原因が大凡理解できる。


 この部屋は2枚で1枚の絵を作り出す仕掛けで、その仕掛けをヒントにして手首に飾るブレスレットを決める仕組みになっていた。


「それじゃこれと同じブレスレット探しに行くわよ!」

「わかったから華ちゃん落ち着いて!」


 夢衣と華の冒険はこれからも続く。

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