第65話 向き合う真実


「兄さんは私を見たことがあるの?」

「……そういう趣向かよ」

「ねぇ、聞いてる?」

「……悪趣味過ぎる」

「また私の声は聞こえないみたいね」

「……」


 アキラは学生服を着た深緑が自分の方へと歩いてくるのを黙って見ていることしか出来ない。意識を失ってから身体は一向に動かないのだ。


 まるで、必要な物はその意思だけだと言うように。


「私は失意に暮れて、一時期死にそうだった」


 精神を責めてくるタイプの物だとアキラはわかっていても、深緑のこの言葉を無視することは出来なかった。


「あれは、まだ子供だったから……」

「兄さんにわかる? 目が覚めたと思ったら誰も居ない部屋で起きた時の不安感」

「お、お前は、深緑じゃないだろ……」

「そうね、でも私は虚構の深緑、兄さんの記憶から読み取った私は深緑に近い存在なのよ?」


 アニマ修練場の虚構の存在を暗に言っているようにも捉えられるその発言は、本当の深緑じゃないとわかっていてもアキラの体勢は劣勢のままだ。


「あの時は本当に意味がわからなかった。最初に病室に来たのが兄さんで本当に嬉しかったのよ?」

「確かに泣いてしがみついてきた時は驚いた。俺は爆風の影響で体中怪我や骨折してたのに無理しておまけに泣き付かれたて困ったんだ。熱が出て絶対安静と言いつけられるレベルになったからな」


 虚構の深緑とわかってはいても、本当の話のせいで当時の事故の後の影響を自然と世間話のように語ってしまう。


「また兄さんが居なくなってから、私は医者から全て聞いたわ」

「俺はその場に……」

「居なくても医者から話したことは聞いたでしょ?」

「……」


 まるで本当に深緑がその場に居たのではないのか? そう疑う位に話し方は自身に満ちている。アキラの記憶には深い部分で深緑が残っているためか、細かい部分を含めて作られる深緑の存在は長く近くで見ていたせいでより詳細に虚構を作り上げられていた。


 今のアキラでは虚構とわかっていても、対応に困窮してしまう。


「家に戻ってからはもっと酷かった。両親がいない家で、兄さん共々生きる気力を無くしていた。それでも兄さんはお父さんとの約束のために私を守ろうとしたでしょ?」

「深緑……」

「兄さんが立ち直っても私は変わらず、ゲームという仮初めの世界が私の立ち直る切っ掛けにもなってくれた」

「俺が勧めた……」

「そう、育成ゲームよ」


 アキラが必死で立ち直る努力をし、深緑を立ち直らせることに心力を尽くした結果、その努力は実らなかったが、ゲームのおかげで元気を取り戻せた。だが、同時にそれはアキラの心の闇を作る結果になっていた。


「それからよ、兄さんが私を見てくれなくなったのは」

「……意味がわからない」

「理解を拒んでいるんだもの、わからなくて当然じゃない」


 見てくれなくなったと言われてアキラの中に焦りが生まれる。乾いた砂で隠していたのか、吹けば簡単に現れる受け入れがたい事実が眠っているかのようだ。虚構の深緑はその事実を容赦なく表に出そうと言葉を重ねる。


「それじゃ違う視点から見てみましょうか、ウルフと戦っていた時に私の心を守ると言ってくれたよね?」

「当然だろ! このまま俺が帰らなかったらまた家族が居なくなった時のようにボロボロに……」

「それが私を見ていないと言っているの」

「虚構のお前が、何を」

「私の心を守ると言ったけど、本当に守ろうとしてたのは何?」

「は?」


 深緑から告げられる質問にアキラはわからなくなる。深緑の心を守ると言っていたのになぜか別の物を守ると言わんばかりの言いようだった。この質問は、アキラの無意識にしていた行動の核心を突く物だが、アキラにはまだ取っ掛かりすら掴めない。


「兄さんはあの時死を恐れていたし、小さい頃の思い出で生きようと発心したでしょ?」

「それが……結果的にお前を守ることに繋がるからだ」

「ふぅん、生き残るために必要なことがなんで兄としての決意だったの?」

「……?」

「お父さんとの約束で私を守ることでも良かったじゃ無い」

「何が言いたいのかさっぱりわからない。結果的に生きてるならそれで正解じゃないか」

「あの動物園のバスで決意するまでは散々私を鬱陶しく感じていたのに?」

「!」


 虚構の深緑はあの場面でどうしても生きなければならないなら、守ろうとした決意ではなく、両親と諦めずに生き抜く約束を思い出さなければならない。そう言っているのだ。


 命の危機的状況で守ろうとする決意と、命の危機的状況で生き抜こうとする決意、ウルフ戦で思い浮かべなければならない決断はどちらかと言えば当然後者だろう。あの状況で守るも何も無いのだ。


「理解した?」

「そんなの、無意識で思い出したことだ。単なるこじつけだろ」

「無意識だからじゃ無いの?」

「さっきから遠回しに言いやがって……わけわかんねぇよ!」

「そう、自分で気づけないなんて救いようが無いね」

「言いたい放題だな」


 深緑はアキラに何かを気づけと言っているようだが、心当たりの無いアキラには当然思い至らない。


「それじゃ、こんなのはどう? どんなに時間を掛けようが元の世界に帰る……そうすれば無事だと信じている私は生きているはず。ふふ」


 アキラが心で思っていたウルフ戦の心境を言った後、深緑が小さく笑う。当然アキラからすれば面白くない。


「……何が、おかしい」

「だっておかしいでしょ? 数ヶ月ならまだしも、何年も経てば死んだか、私を守るのに“疲れた”から消えたのか、そのどちらかしか思い浮かばないと思うんだけど? 私、何かおかしなこと言ってる?」

「なっ!」


 深緑のあまりな物言いに驚きの声から後が続かない。


「ねぇ兄さん、常識で考えてよ? どこの世界に行方不明になった家族を永遠に待ち続けられる人が居るの? 確かに生きてるかもしれないけど目の前に現れないなら居ないのと変わらないじゃない?」

「違う!」

「そうね、もしかしたら私ならまだ信じられるかもね。いつかまた会いに来てくれるかもしれないって思うかも」

「だったら……っ!」


 アキラは反射的に声を出してしまう。そして、無意識に先を言おうとする口をなぜか閉ざしてしまう。その行動に虚構の深緑はアキラが何を言おうとしているのか当たりを付けていた。


「どうしたの? だったら“問題ない”とでも言うつもりだったの?」

「……い、いや」

「そうよね、そんな結果が良ければ過程なんてどうでもいいような言い方しないもんね? でも兄さんは絶対認めないもんね。だから私から言ってあげる」

「よせ」

「薄々勘づいてるみたいね。……そう、兄さんは最初から私の“心”なんて見ていないってことを」

「黙れ! 馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!」


 声は出るが、やはり動けない。だからなのか、虚構の深緑に食ってかかる勢いで必死に否定する。


「図星を突かれて怒っている。なんて無茶な物言いはしない。動揺してるのも焦っているのも、当然根も葉もないことを言われたから怒ってるんだよね?」

「当たり前だろ! 侮辱されて怒らない奴がいるか! これ以上深緑の見た目で変なこと……」

「じゃぁ……なんで?」


 途中で疑問を挟まれてアキラの声は止まってしまう。どこから小さく聞こえる水の落ちる音や体中が怠い感覚、なぜか荒くなる呼吸に合わせて時折頬から顎に伝う物が流れ落ちる感覚、先程までは何も感じなかったのにだ。


「? な、何がだ。はぁ、はぁ」

「本当に違うなら……なんで兄さんはそんなに大量の汗を掻いているの?」

「……え、なんだ、これ?」


 今まで口でしか物が言えなかったアキラが反射的に自分の身体を見ようとすると、ちゃんと身体が見えていた。大量の汗にまみれた服と共に。


「人ってさ、極度の緊張でも汗を流したり呼吸を乱したりするんだってね」

「はぁ、はぁ、ち、違う。さっきまで、俺は身体の感覚すら……」

「? 兄さんの身体は最初からその場にあるじゃない?」

「で、でもさっきは」


 虚構の深緑は今思い出したとでもいう風に、手を叩いてアキラに辛い事実を語る。


「あ、知らなかったと思うけど、ここってね。心の中で押し隠している物が深ければ深い程、自分を見失う場所なんだ。まぁ逆を言えば……ってそれは今は関係ないか! あ、後自分が絶対に認めたくない物を少しでも理解し始めると……見失ってた自分を取り戻せるんだよ」


 この事実が、メニューが使えなくなる障害やオルターを出せなくなる結果に繋がることに思い至る。


「こ、これはそういうギミックなんだ。騙されるなよ……ここはゲームだ。だからきっとどうにか……うっ」


 得ていた感覚がまた無くなり始め、アキラが意思だけの存在になろうとしている。


「あ~あ、また殻に閉じ籠もろうとするからだよ? 別に私を信じないのは構わないけどさ、自分のことまで信じられないのは流石に救いがないと思わない?」

「俺は、深緑を物みたいに扱ったりなんか……」

「私は心を見ていないとは言ったけど、物みたいに扱ってるなんて言ってないよ?」

「だ、まれ……」

「はい、兄さんの言う通り黙りますよ」


 この世界に攻略法があるとすればとても単純だ。自分の闇を受け入れればいい。しかし、人は自分の醜い部分を見ようとする生き物ではない。避けようとする生き物だ。


 アキラが臆病なわけじゃなく、これが普通なのだ。


 だが、パイオニアは普通ではない。常にその身を危険に晒して先へと進む先駆者に普通でいることは求められていない。その精神が壊れる前に自身の闇を受け入れるか、それとも耐えられない現実に飲まれるしかないのだ。


 アキラの受難は新たな方向から襲いかかってくる。




「……」

「落ち着いた?」

「……」

「だんまりねぇ……最初と同じだよ?」


 アキラは集中してここからの突破口が無いかを考えていた。そしてその過程で予言師の言葉を思い出す。


(あいつの言ってた己の弱さと向き合う……これのことだってのはわかった。でも、俺は深緑の思いをどうでもいいと思ったことは……ダメだ、よくわからない)


 必死で自分の今までを振り返るアキラは、何かヒントがないかを探す。深緑の心をなんとも思っていない。そんな事実を受け入れたくないが故の行動だ。だが、そんな行為を嘲笑うかの如く虚構の深緑は追撃をしてくる。


「本当に辛いのは取り残される側」

「!」

「兄さんが三世界で言った言葉だよ。死んだ側より取り残された者の方が辛いと言ってたけど、これがまた矛盾していることに気づいてる?」

「……深緑が俺の生死を知ることが出来ないから成り立たないって言いたいのか?」

「そんな所かな。兄さんが居ない時点で既に私は取り残された側だという認識が無いのが先の話でよくわかったよ。本当に私のことを思っていたのなら、こんな楽観的な意見は出るはず無いんだから」

「ぐっ……」


 虚構の深緑から繰り出される言葉に何も反論できず、アキラはただ歯嚙みするしか出来ない。


「これだけ並べているのになんで認めないの? 私という闇を自分の一部だって認めるのが怖いの?」


 もしこの深緑の言葉を認めてしまえば、自分は本質的には妹のこと等何も考えていないと同意していることになる。当然アキラに受け入れる選択肢は取れない。


「頑固なのもいいけど、兄さんはそれでどうするの? 足踏みするだけの現実を永遠に過ごすつもり?」

「お前の言葉に頷けば、俺の今まではなんだったんだ? この世界に来る前の俺はなんだったんだ?」

「質問に答えましょう。私は同時に貴方でもあるんだから」


 深緑がそう言うと、今度はその形が仮面を付けていないアキラ自身に変化する。


「俺の今までは簡単だ。ただ深緑という存在を守るだけの生き物だ。常に何があってもいいように守るためにあんなに引っ付いたんだ。気持ちを考慮して俺が離れてる間に何かあって見ろ。俺は自分で自分を許せない」

(くっそ……あぁ……こいつは間違いなく俺だ)


 虚構の自分から発せられる声にアキラは自分の本音を見た。


「そうだ……俺は、父さんと母さんが助けられなかったことをずっと後悔してた。子供の自分に何が出来るわけでもなかったのに、な」

「だから父さんの遺言だけは命懸けで守ろうと決めたんだよな? それで心を考慮した結果、不幸が起こればまた同じ気持ちを抱くだろうからな」

「悔しいけど……その通りだ」


 深緑からの言葉は受け入れられなかったが、自分の声を代弁してくれる虚構には素直に納得できた。本質は変わらなくても、言い方一つで考え方はいくらでも変わる。


「これは認めるんだな」

「だって、俺は……俺はもう後悔したくないんだ。父さんと母さんを失い、泣きすがる深緑を見て俺は何があっても守ってやると決めた……でも、俺はあまりにも無力だった」

「そうだな、深緑を元気づけることは俺には不可能だったもんな」


 目を腫らす深緑に多少は元気になったアキラが何をしても快方に向かうことはなかった。


 どうにかしたいと考えた結果、試しに育成系のゲームをやらせただけで劇的に効果が出たのだ。


「あんなに努力して、深緑に笑顔を取り戻したのが……ゲームだったんだ。ただ疲れてて、ちょっといいと思って何かの足しになるかもと試してみただけなのに……次の日から劇的に元気を取り戻してた」

「お前は散々策を講じたのにな?」

「俺もゲームは好きだから余計に辛かった」

「その時の無力感は筆舌にし難いだろうな」

「……そうだ、だからなのかもな。深緑の心を……あいつの世界に立ち入るのをやめようって思ったのは……」


 今までのアキラは深緑を守るだけの存在として形作っていた。


「でもお前はそれだけでは済まなかった」

「なんだよ……俺にはまだ何かあるのかよ」

「お前自身は平気そうにしていたが限界だったんだろ?」

「……」

「過去の映像にあった教室で過ごす筈が、すぐに放課後になったな」

「くっそ……」


 アキラはこれには心当たりがあるのか、虚構の自分が何を言うのか予想が出来てしまう。遮ることも出来ないので聞くしか無い。


「深緑の心を気に掛けなくなったお前が何をしたのか、そうだ、ただの孤独だ」

「……やめてくれ」

「空虚な心は満たされず、友達との関係は上の空、離れていく友人は両親を失ったお前が声も出さないから関わることもなくなった」

「……もう、何も言うな」

「父さんの遺言で深緑を守ってくれと言われたが、日常ではまず何かが起こる方が稀だ。父さんの言葉にはそれ程縛られなくても良かった。もし深緑の心を自分で救えていたならな」


 アキラが四六時中深緑に張り付くのは想定外の備えをするためだ。それ以上でも以下でもない。


「それなのに一番肝心な心を救ったのが自分ではなかった時、お前は自分が本当に必要な存在なのか悩むようになった」

「……頼むから、勘弁してくれ」


 自己の存在意義を感じ取れなくなる辛さが、アキラの心を追い詰めていた。それを目の前で曝け出される気分は、想像を絶するだろう。


「もう一度聞こう。お前が本当に守ろうとしてた物は、なんだ?」

「それを……俺の口から言わせるのかよ……」

「別に強制はしないさ、理解出来てるならそれでいい。だが、理解するのと声に出すのとでは次元が違う。形で現すことは、真にそれを認める行為なんだからな」


 必要があるかどうかも疑わしい妹の存在を守ることしか出来なかった思い、妹を守ると誓った父との約束を自分で果たせない思い、そして自分の存在自体が必要なのか問いただす思い。アキラが本当に守りたかった物は……。


「俺が、守りたかったのは……くそっ、なんて醜いんだ……反吐が出る。妹を言い訳にして生きてるのすらむかついてくる」

「……」

「俺が本当に守りたかったのは……“俺自身”だ」

「そうだ、お前が守りたかった物は簡単だ。自分なんだ」


 アキラの身体が完全に認識でき、メニューやマップにオルターも出せるようになる。だが、アキラはそれには気づかない。膝を屈して蹲り、震えている。


「俺が居なくても……深緑は……きっと生きていける。最初から、俺なんて必要無かったんだ」

「それなのに、お前は自分を守るために妹に理由を押しつけた」

「最低だ、死ぬことが怖いだけの臆病者なのに、兄なんて名前だけで妹に縋って生きてる……」

「この世界に来てからお前は本来の自分で居られた。ある意味枷を外して生きてきたんだ」

「なんで……なんでこんな」


 アキラは悔やみながらも自分の闇を受け入れた。そしてこのままではその闇に押し潰されてしまうだろう。人として誰しもが持つ暗い面を自己と認識した今のアキラに辛辣な言葉は投げかけられなくなる。


「でもね、兄さん」


 アキラの姿を取っていた虚構の姿が深緑に変わり、アキラに何かを言おうとしている。


「……」

「兄さんのオルターがどうしてその2種類なのか知ってる?」

「いきなり……なんだよ……もうほっといてくれ、俺はもう……」

「イマジナリーブリザードで学んだことをもう忘れたの?」

「……俺は、一人じゃない。シヴァとヴィシュが居る」


 アキラの手にはシヴァとヴィシュが呼び出される。


『ウン!』『ソウ』


 呼び出しと同時に嬉しそうな反応と冷めながらも挨拶をしっかりする反応がアキラの手に、心に伝わる。


「この世界はイメージがとても重要だけど、それはこの世界からイメージした物じゃない。生きてきた過程がそのソウルには込められてるの」

「……?」

「シヴァの攻撃手段がメインウェポンとしてどうしてあんなに扱い辛いのか知ってる?」

「俺のイメージが……」

「それもあるかもしれないけど、私が言いたいのはそうじゃない」


 オルターはただの武器ではない。それはこの世界に来てから伝えられ、実感してきたことだ。オルターとは己自身、アキラのもう一つの姿である。アキラはそれを知ってはいるが、理解していない。


「現実でどれだけ閉じこもっても、貴方は生きることを止めなかった。現実との板挟みにあっても生きようとする思いは胸に秘めていたのよ。それが、不器用な生き方を体現したシヴァという存在なの」

「あんな、どうしようもない俺が生きようとしていた?」

「そう、気づいてないだけで貴方は生きることを諦めていないのよ。そしてそれはヴィシュも同じ」


 虚構の深緑はアキラの全てを知っている。当然オルターについてアキラが知らないことも知っている。


「ヴィシュも?」

「ヴィシュが攻撃手段を持たず、悪意ある相手に銃弾が当たらないのはどうして?」

「それは……多すぎる能力の、いやこれは違うんだろうな」

「そう、その銃弾は相手を守るためにある物、人を傷つけず対象を癒やすのは貴方が妹を大事にしたくてどうにか出来ないかと苦心したから生まれたのよ」


 だが、この言葉をアキラは素直に受け取れない。


「気休めはよしてくれ、俺は深緑のことなんてなんとも思って……」

「誰がそんなことを言ったの?」

「え、それはお前が……」

「深緑の心は確かに無視していたけど、貴方は自分を守るため常に深緑を守ろうとしてたじゃない? その心を押し殺してまで、深緑自身の心を蔑ろにしてまで深緑を守ろうとしていたのではなかったの?」

「……」


 アキラは別に妹を見捨てたわけでも、妹を助けたくないわけでも、ましてや居なくなって欲しいとも思っていない。やり方が不器用なだけでどんな状況に陥っても必ず助ける意思を持っていた。


 確かに日常で張り付いても何かが起こることは稀だ。だが、その行動には理由があるのだ。


「希望を見出したことがないと思ってたらしいけど、そんなことない。ただ実感できなかっただけ」

「実感できなかった?」

「貴方にはオルターという自分自身の可能性という希望がある。本当に妹を救うために必要な物の一つである希望は、貴方の手にある。今まで深緑の心を救えないとふて腐れていたけど、これから本当に救えばいいんじゃない?」

「……」


 虚構の深緑はアキラに道を示す。そして、アキラの胸にあった希望を教える。


「未来を作るのは、いつだって自分の積み重ねた行動の結果にあるの。だから、例えどんな凄惨な未来が来ようとも、下を向いてはだめ、常に見るのは……」


 虚構の深緑から聞こえてきた言葉が次第に遠のいていく。そして、その言葉を最後にアキラの意識は遠のいていった。


 人の心の闇を映す世界は人の心の光さえも見ることが出来る。暗い過去を認めることで、明るい未来を築くために作られたこの場所は、魂魄では至らない強い心を作る場所なのだ。

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