第99話 進むための選択


 貴族街に建造された数少ない大きさの屋敷の一つ。その一室で報告を聞いていた館の主であり、ドローネ家当主のラモン・ド・ドローネは目を瞑り静かに一呼吸置く。


「……ふむ」

「以上です」

「帰って早々悩みの種を増やすとはな」

「……」


 報告を終えて頭を下げたままのフォーメールが沈黙を貫く。


「クロエを護衛した者はどうしている?」

「はい、気絶から目覚めてからは何も言うことなく、客間で静かに過ごしています。クロエ様も疲れからか、部屋でお休みのようです」

「わかった、ご苦労だったなフォーメール。時間も惜しい、明日までに編成の草案を出せ」

「わかりました。失礼します」

「あぁ……そうだ、そのヒューマンを応接室に通せ」

「かしこまりました」


 フォーメールが退室する途中にラモンの傍らに居た執事が返事をする。その執事はこの館のメイドにバトラーと呼ばれたラモンに付き添ってきた執事だ。返事と共に、フォーメールが出て行った後にくだんのヒューマンであるアキラの元へと向かう。


 フォーメールとは違い、静かに音を鳴らさず閉まる扉を見つめながらラモンは独りごちた。


「フライスの件やクロエの件にガンダとか言うドワーフの問題、そして一番深刻なのが護衛してきたと言うヒューマン……この大事な時期になぜこうも問題が立て続けに……」


 次第に声を出すことも無く、ラモンは問題の対策を強いられることとなった。






「応接室に通されたのはいいけど……」


 応接室のソファーで寛ぐアキラは、暇潰しにしていたクエストの確認を終えてメニューの時間を見ながら小さく呟く。


「申し訳ありません、もう暫くお待ちください」


 アキラがそわそわと落ち着き無く発した呟きを拾ったのか、壮年の執事が丁寧にアキラへとお辞儀する。


「……はぁ」


 溜息で返すアキラだが、通された応接室では既に30分近く待たされているのだ。


(本も読んだしクエストも確認した……今後の活動を少し整理するか、人が居て落ち着かないけど)


 王都アザストに入ってから【船旅の準備を】のクエストはクリアしている。その証拠に王都へ入場すると共に、クエスト完了の通知が来ていた。アキラは完了通知を見て報酬に羊皮紙が1枚だけ用意されているのを確認している。


(あの羊皮紙は書いてあるまんまだからいいけど……さっきのクエストはクエストって言えるのか?)


 王都アザストに来て初めてのクエスト【人生の選択】と題された物だった。このクエストは二つの内一つを選択するだけでクエストが終わってしまう単純な物で、アキラは既に選択を終えている。


(“あっち”を選ぶ人も居るんだろうけど……俺には絶対に選べない選択だよな。他の人は“どっち”を選ぶんだろ? ちょっと気になるな)


 ラモンが来るまで、アキラは今後に関わる活動方針を考えていった。






 アキラが無駄とも思える時間を有効に使おうと努力している頃、ホームの一角で一つの争いが終着しようとしていた。


「ナシロ! メラニー、イカッテルノ!」

「怒ってる。だね? ナシロ、ちゃんとメラニーにごめんねは?」


 翠火がメラニーの言葉を訂正しつつ、ナシロに謝罪を促す。その行動にナシロも思う所があったのか、身体を地に着けたままの――いつも通りの体勢で謝罪した。


「…めんご」

「イイヨ!」

「仲直りですね」

「え……今ので解決?」


 二匹は同時に華の顔を見て疑問符を浮かべる。動物が首を傾げる仕草は滅多に見られる物では無いため、それだけでも愛らしく感じてしまう。


 真っ黒な小さな雀と、手足短く、お腹が真っ白で外側は茶の色合いをした長毛種の猫だ。片言で一生懸命喋っているのがメラニーで、いい加減な謝罪をしたのがナシロであったが、二匹とも問題ないらしい。


「…メラニーは……懐…広い」

「ナシロ! メラニー、オオキイ?」

「ナァ」

「オオキイ! オオキイ!」


 ナシロの頭に乗ったメラニーはその場で小さく跳ねながら回っている。二匹は喧嘩と言う程でも無いが、小さな争いをすぐに収め、相変わらずの仲良しな姿を見せつける。ナシロとメラニーが起こす小さな争いは、今のホームの現状を現している。華が声のする方を向くと、あちこちで諍いが起こっている。


「おい! 話と違うだろ! 折角募集が埋まったのに……」

「いつでも抜けて良いパーティの筈だろ? それがあったから入ったんだ。こっちにも都合があるんだから入ったときに言ってくんないと困るぜ」


「ウィザードなんだから物理効かない相手にはもっと火力出せよ、お前しか魔法居ないんだからさ」

「俺にばっかり負担掛けるのは違うだろ! 近接4ってのがそもそも……」


「新しく実装されるダンジョンのために最適構成をもっと練らなきゃ」

「その前にシューター不足やばくね?」

「居ないもんを考えてもしょうが無いだろ」


 ホームのラウンジでは活気に満ちているが、その内容は主に戦闘面だ。その様子を尻目に和んだナシロとメラニーを見ながら華は嘆息しつつ、いつもの光景に癒やされる。


「ホームがピリピリしてるのに、ナシロ君とメラニー君はいつも通りね……所で」


 華は一人の女性に目を向ける。それは、いつもなら必ずその輪に入ろうとする存在が珍しく静かなせいだ。今のホームの“現状”に当てられたせいで大人しいのかと言えばそうでもないのは、真剣に何かを読んでいることから把握出来る。


「夢衣がこの輪の中に入らないなんて珍しいわね」

「そうですね……何を読んでいるんですか?」

「んー」


 翠火は夢衣が見ている空中に浮いた半透明のプレートを覗き込むように見る。この世界はプレイヤーがメニューやステータス、クエストの詳細や通知等のシステム利用して“何か”を閲覧している場合、他者から見ると何も映らない半透明の板が出現する仕組みになっている。


「あたしさぁ、今のホームの“空気”が嫌いなんだよねぇ」

「確かにそうですね。息が詰まりそうです」

「だからね、息抜きがてらちょっと雑学系のニュース読んでたらつい読み込んじゃって」


 視線を翠火に向けると、若干気恥ずかしげに眉尻を下げる。


「夢衣がこの子達より気になる物ってなんでしょう?」

「えっとねぇ、あたし達プレイヤーってヒューマンで言う王都アザスト、みたいな主要都市に行くとぉ……選ぶ? だけのクエやらなかった?」

「やりましたね……大分前なのでタイトルは忘れてしまいましたが、内容は覚えています」

「そんなのもあったわね。確か【人生の選択】って大それたタイトルの割に一瞬で終わる奴よね?」

「そうそう! それそれぇ!」


 夢衣は忘れていても一緒にこなした華は当然のように覚えている。調子よく相槌を打つのはいつものことながら、華は呆れながら続けた。


「戦う道を選ぶか、職人としてこの世界で生きていくか決めろって奴よね?」

「そんな感じ!」

「あんた、働くなんて無理! って理由であっさり戦う道を選んだのよね」

「だってあたしはそういうのはまだちょっと早いって言うかぁ」

「はいはい。死にそうになったこともあるのによく言うわね、まぁ私もギルドの戦闘以外のお使いだったり、農作業だったりとかは向いてないからわからないでもないんだけどね。……そういえば翠火はなんで?」


 夢衣は納得出来るが、華が性格的にいい加減な決め方をするとは華を知る者なら到底思えない選択だ。翠火と一緒にパーティを組もうと約束したのもあるかもしれないが、素直に夢衣が心配だと言わない所が華らしくもある。そんな気持ちを詮索されたくないのか、翠火に話を振った。


「私ですか?」

「私達のは大した理由じゃ無かったけど、翠火のも気になるじゃない?」

「……私もそれ程大した理由ではありません【現実に帰る方法は戦う道にしか無い】それを知っていたのですから、この選択は当然です。人任せにするのは気が咎めますからね」

「なるほどねぇ」

「翠火らしいわね」


 その選択にどれ程の覚悟を持っているのか、微妙なニュアンスは二人には伝わってはいるが、話題にはせず話を戻す。


「それであんたは何を熱心に読んでたのよ?」

「えっとねぇ、職人を選ぶ人はオルター以外の武器も道具も扱うことが出来るようになるのは知ってるよね?」

「えぇ、戦う道を選んだ人はそれ以降もオルター以外の武器を扱うことは出来ないのよね」

「職人はオルターの成長が一定のラインで止まってしまうというデメリットもありましたね。戦うことは出来るけど、どっちらかと言えば戦うより手に職を付けて生きる方法と受け取った方が自然な感じでした」

「でも今更その記事のアンケートを見てどうしたの?」


 当然と言えば当然、過ぎたことをなぜ気にするのか疑問が出てくるのは仕方が無い。


「んとねぇ……実際プレイヤーがどっちを選んだか気にならない?」

「なるほど、確かにそれは気になるわね」

「結果はなんて書いてあるんですか?」

「なんとねぇ、6割の人が【戦う道】を選んだんだって!」

「命懸けって点を考えても、結構居るわね……」

「それについても色々書いてあったよー端折はしょるとねぇ現状の力でも十分生きるのに困らないのと、成長が止まっちゃうのを不安がる声の方が多いみたいなの」


 この世界は衣食住の住はホームの存在が解決してくれている。残りはギルドでメンバーとして依頼を受けていけば十分食いつなぐことが出来るのだ。


「でもあたしが気にしてるのは職人を選ぶ人の割合なの!」

「と言うと?」

「職人を選んだ4割の人が、近距離ブレイブ1割、中距離ウィザード2割、遠距離シューター7割で居るんだぁ」

「随分偏っていますね」

「あれ?」


 ここで華が何かに気づいたのか、疑問の声を上げる。


「そもそもシューターって数が少ないのよね?」

「……そういえば」

「それなのに職人の7割って、相当な数のシューターが職人を選んだってこと?」


 約40%のプレイヤーが職人なり、その40%の内7割がシューターと言う事実は相当数のシューターが戦う道から離れたことになる。


「職人を選んだ人の意見はあるのでしょうか?」

「勿論あるよぉ、物作りをするのが好きな人が目立つねぇ、でも……戦うのが嫌とか疲れたとか、シューターでやっていく自信が無いとか、マイナス意見も結構あるんだぁ。中にはパーティに居場所が無くて、一人でやっていく自身が無いって意見があってぇ……」

「……一人? あっ」


 一人と聞き、夢衣が何を気にしているのか漸く華が気づく。


「もしかして気にしてるのって、アキラ君のこと?」

「そうそう! アキラちゃんどっち選ぶのかな~って、アキラちゃんシューターだしー……結構なシューターの人が職人選んでるのを見るとちょっと不安になったの」

「それが気になってナシロとメラニーの輪に加わらなかったんですね」

「そうね、あの人のこと探している人はかなり居るからね……」


 この場に居る3人はアキラの強さを一部とはいえ知っている。現在ホームで漂う穏やかでは無い雰囲気と関係があるのだろう。そして、華の言うようにアキラをパーティに入れようと探している人が多いのだ。


「アキラさんはどう考えても普通のシューターとは一線を画していますからそうなるのもわかる気がします」

「…アキラ……そろそろ…帰る……筈」

「スグモドル、イッタ!」

「……貴方達は何をしているんですか?」 


 元気なメラニーは逆さまになっている。それもその筈で、ナシロがメラニーのシャーペンの芯のような足を咥えているからだ。ソファーで寛ぐナシロと、その状態でも何も言わないメラニーは新たな遊びを開発しているに違いない。


 表に感情をあまり出さないナシロ、口調は片言だが一生懸命身体で感情を表現するメラニー、このコンビはいつまでもそのままなのだろう。






 場所は戻り、ラモンに呼び出されたアキラが応接室で考え事をしている。


(あれ? 帰還の標って本には強くなる必要があるって書いてたよな、職人選んだらオルター以外強くなれないんじゃないか?)


 アキラがふと読んだ本の内容を思い出す。強さを求める上で欠かせない存在であるオルターの成長が止まると言うことは、レベルやスキルの熟練度、ダンジョンで魂魄こんぱくを鍛える方法のみに絞られる。現在のアキラの知りうる情報は以上だ。


(まぁ俺はそれを選ぶなんて有り得ないからいっか。戦う道を選んだんだ、気にすることも無いか……でもそれならそれで強くなる方法も曖昧だよな? ゲームとしておかしいのが、レベルが飾りに近い状態になってるし)


 アキラはソウルアニマを鍛えるだけでステータスの数値以上の実力を身につけている自覚があった。そのためにレベルを軽視している節があるが、それも仕方が無い。


(オルターの強化だってガンダとか言うドワーフのエゴを見れば一目瞭然だ。今の俺に出来る全力の攻撃だってお構いなしに返される。あんな巫山戯ふざけた威力を手に入れる機会がそうそうあってたまるかっての)

「んっん゛ー」

「はい?」


 強くなる方針が見えた所で咳払いが聞こえる。応接室のソファーに座った人物の行動に慌てたのは、その背後に立っていたフォーメールだ。


「はいじゃない。ラモン様がお話ししているのに今の話を聞いていたのか? 上の空だったようだが」

「……当然だろ」


 絶対嘘とわかる間を空けてフォーメールに返事を返すアキラは、ラモンに向かって透かさず返事をする。


「クロエさんの依頼を完了した報酬の件ですよね?」

「……」


 アキラは威厳ある雰囲気を醸し出すラモンに敬語を使う。なぜか、この人の前でクロエを呼び捨てにしてはいけない謎のプレッシャーを感じていたため、他の言葉も敬語になってしまったのだ。


「あれ?」

「それはさっきの話だ」

「……勿論だ、あれだろ。報酬を選べってことだろ?」

「聞こえていたなら早く返事をしろ、どれだけ待たせる気だ?」

「あぁーあぁー、魔人のフォーメールさんに付き合わされたサウナで逆上のぼせたせいで体調が辛いなー、散々待たされたのに俺の時は待って貰えないのは辛いなー」

「む……」


 ラモンが攻め辛いならと、フォーメールに文字通り口撃ついでにラモンもつつく。アキラらしい意趣返しにフォーメールがクロエと同じ言葉の詰まり方をする。


「そう急くな」

「……失礼しました」

(いやいや、急かしたのあんたじゃん)

「して、護衛料50万Gでは足りないか? 代わりの物で対応出来るならそうしよう」


 アキラが心の中でツッコミを入れて報酬の選択に戻る。


(やっぱ急かしてんじゃん……まぁぶっちゃけ金はいっか、メンバーならそれとなく稼げるっぽいし)


 ゲーム通貨のため、50万の重みを未だ知らないアキラは本来一つだけだった要求を一つ増やして告げる。


「金よりお願いがあります」

「できる限りは答えよう……」

「一つ目はカジノに入るための紹介状が欲しい」

「もう一つは?」

「二つ目は王城に連れてってくれ」

「……一つ目は問題ない。しかし、王城は駄目だ」


 小考と言うには短すぎる時間が経過し、目を瞑ったままのラモンが返答する。


「まぁまぁ、俺の話はまだ終わってないんですよ」

「要求は二つと聞いたが?」


 アキラはラモンの言葉に返答するようにバッグの貴重品タブにしまってある羊皮紙を取り出す。


「これを見れば二つ目の要求の意味がわかると思います」

「今どこから……まぁいい」


 アキラが差し出した羊皮紙を読みながらラモンは徐に右手で何かを摘まもうとする動作をする。すると、隣に控えていたバトラーと呼ばれた執事がその動作に合わせて何かの丸い塊をラモンに渡す。


(なんだあれ)


 無言のままそれを受け取ったラモンは、アキラの羊皮紙にその塊を押しつける。形が崩れ、円を描くように広がったその粘度のような部分に、自身の指輪を殴るように押しつけた。


「これでいいだろう。カジノの紹介状は後ほど用意しよう」

「え? 何したんですか?」

「蝋を張り付けて印を押しただけだ。これで問題ないだろう」

「おお、流星が格好いいな……」


 そう言いながらアキラに羊皮紙を返す。そこにはクロエが言っていた赤と白を基調にした流星型の家紋、ドローネ家の封蝋がされていた。ラモンはさっさとアキラの要求を済ませてしまったらしい。


「これで王城に入れるんですか?」

「問題ないが、付き添いも必要だろう。使いを出す」

「あっさり済んだな……」

「時間も時間だ、今日は客人として寛いでくれ。済まないが未だ身内の不始末が済んでいないので失礼させて貰う」

「感謝します」


 有無も言わさず用事を済ませたと言わんばかりな態度に、短く返礼した。アキラはこの親の態度から若干クロエに同情する。


(この親なら意見し辛いよな……クロエ、頑張れ!)


 クロエの今後を応援してアキラは歓待を受けるのだった。






クエスト

【王城】

ヒューマンの王城へと足を運びましょう。

※報酬で受け取った羊皮紙に記入された条件を達成しなければ入城は出来ません。

1.ギルドで依頼を達成し、登城条件を満たす。

2.一部の貴族から封蝋を貰う。

3.特定の魔物を討伐した際に出る報償で許可証を貰う。


以上の条件を修練者【アキラ】がどれか一つでも満たした場合、入場を許可する。

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