第100話 顔を覗かせる悪意
「ん~身体が怠い……」
体調が悪いのか、身体が未だしっかり目覚めていないのかはわからないが、どうやらアキラの身体が地面に倒れていたようだ。起き上がろうと左手を地に突くが、上手く距離感が掴めない。
「あっれ? なんだこのメリケンサック……ん、これヴィシュか?」
アキラの言う
ヴィシュと思われる武器は銃と正反対の存在であり、銃身すら無い。通常ナックルダスターは殴る反動で指や拳を痛めないため、手の平部分に支えがある。銃身が見えず、手の中には拳を痛めないように支えがあるのだが、それとは似つかない何かの感触があった。
不思議なことに、似ても似つかないその異常な存在をアキラはヴィシュと認めている。手にはまるその感触を含め、己の手と思える程違和感がない。
「近接攻撃ばっかりしてたからその反動が来たのかな~なんて……有り得そうだな。おーいヴィシュ、いい加減返事してくれって」
『……』
「あれ? 取り敢えずシヴァを――出せな……い?」
手に持つヴィシュらしき最早銃とは言えない姿からは返事が無い。同時にシヴァの存在も感じられない。ヴィシュはただの無機物に、シヴァはそもそも存在していないかのようだ。
「一体何が……そういやここどこなんだよ」
周囲を見渡して広がる光景は一目見れば生物が存在しているかが疑わしい世界だ。毒々しい紫色に覆われ、その質感は弛んだ皮膚のような壁で出来ている。地面は波打つ硬質な岩だが、黒と紫が混ざり、おどろおどろしい色合いだ。
「うわ、こんなとこに顔付けてたのか」
不思議なことに、目の前には宝箱があり、その色は淡く輝く
「何が何だかわかんないけど開けてみ……ん?」
ふと視界の隅に倒れている人が映る。どこかで見たことのある後ろ姿に、疑問をない交ぜにした緊張感が身体を支配する。無意識心当たりのある人物だと考えたからだろう。
「
倒れているのは翠火だった。傍には翠火が常に身に着けているお面とその
本来であれば顔が気になる所だが、異常な状態に異常な場所がマッチしているせいか、今のアキラにその余裕は無いようだ。何が起こったか把握するために周囲を見回す。すぐに知り合いがその視界に収まる。
「一体何が……夢衣さんに華さんも!? っ!」
突如、アキラの身体が痛みを訴える。手は震え、筋肉が軋みを上げているかので動かすことも出来なくなってくる。元々負っていたダメージだと今のアキラでは気づけない。
「は、はぁ? いきなり、なんで、ぐっ」
アキラは
「なっ! これは……人形?」
一瞬人の手だと思ってしまったアキラだが、それは上腕部分が割れるように折れていて作り物だとわかってしまう。
「……この日を……この時を、どれ程待ちわびたかっ!」
「!」
即座に後方から迫る殺意に反応しようとしたが、身体は何かに縛られているかのように動かない。容赦なく迫る殺意に抵抗出来ず、後ろを振り返ることすら許されなかった。そして背中を押される感覚の後、吐血が始まり、何が何だかわからないアキラの意識は薄れていく。
(くっそ、一体なに……が)
「っ! ハァー、ハァー……ぁ?」
突如跳ね起き、荒い呼吸の後に胸を押さえながら間の抜けた吐息と共に疑問の声が漏れる。
「……ここは、ベッド? そういえばクロエの屋敷で泊めてもらったんだっけ? それから、んー」
最後にドローネ家の屋敷に入ってからアキラはクロエと顔を合わせてはいない。クロエの護衛で得た報酬の後にも、不思議なことに何も無かったのだ。
(クロエの性格的になんか釈然としない物を感じる……もしかして“
アキラは目覚めの悪さと訳のわからない夢の原因を三世界で告げられた内容のせいだと結論付けた。
「はぁ、これまで以上の困難ってなんだよ……」
時間はアキラが報酬を受け取った晩まで戻る。最初に案内された客間へと再度案内された後の出来事だ。
「それではアキラ様、ごゆるりとお寛ぎください」
「ありがと」
案内してくれたメイドに短く礼の言葉を発する。静かに失礼の無いように扉を閉める動きは相手を不快にさせない心配りが感じられた。よく教育が行き届いていることから、やはりドローネ家の地位はそれなりに高い物だと感じさせる。
(多分そうなんだろうな、多分)
アキラがそんな風にそれらしいことを思いながら、食事の時間までニュースや未読の本で時間を潰そうと考え始めた。
『コンッ、コンッ』
「ん? どうぞ」
「……」
メイドが伝え忘れたことでもあったのかと考えて返事をするが、扉を開けることも無ければ、返事もしない。
(ノック2回はトイレの確認って意味不な決まりがあったな……)
くだらないことを考えながら、何があるか気になったアキラはドアを開けて確認する。
「あ」
ドアを開けた先を見て素早く後ろを確認するが、自分の案内された客間があるだけだ。再び前を確認すると、奥にはタロットテーブルにその向こう側に女性が居る。髪はクリーム色で薄い褐色の肌、口元をフェイスベールで隠していた。
「よくいらっしゃいました」
「……」
母性さえ感じさせる穏やかな微笑みは、口元が見えなくても目元だけで十分伝わる。アキラが何も言わずに見ていると、小さく手を振り始めた。美人なだけでなくそのギャップに可愛らしさまで感じてしまう。
アキラはそのまま黙って中に入り、取り敢えず予言師の前に設置してあるタロットテーブル前の席へと腰を下ろす。女性の隣にいるアラビアン風な服装の少年が口を開いた。
「お兄さんだんまり?」
「あら? 何も仰らないんですか?」
丁寧な話し方をしている女性は予言師だ。この特殊な場所は
(ガンダとのやり取りもそうだが、人が関わる事柄はなんで予言されないんだ?)
アキラはその予言を聞いて人生の指標にしていたが、個人が関わることについては明言されないのだ。そのことを気にしつつも、アキラはこの先に言われるであろう内容に緊張しつつも先を促す。
「……いいから始めてくれ」
「それではご要望にお応えします」
「先生! やっちゃってください!」
(何をやるんだよ)
その横に並ぶ子供の言動に、アキラは心の中で突っ込む。
「3枚目のアルカナが何かは覚えていますか?」
「勿論……………………一応確認のために言ってみてくれないか?」
「え……?」
「いや、念のためだって」
占いの結果をメモもしていないのだ。あれからそれなりの時間も経過しているため、重要な“
「うまいもんだ……」
アキラが小さく呟いたのは、最初に占いをした
最初の1枚は、羽の生えた人物が空中を通るように水を杯から杯へと移す不可思議な絵柄【節制】のカードが描かれている。初めて見たときと違って絵柄全体がかなり薄くなっていた。
2枚目は女性が獅子を穏やかな表情であやしている。その獅子の口元を両手で包み込んでいるが、覗く牙は恐ろしい物だと本能的に感じてしまう程だ。そしてこの【力】のタロットカードが逆位置だったのを鑑みるに、アキラの行動はピタリと当てはまっていた。
(このカードも色が薄い……節制とか力の絵柄は正確に覚えてないけど、最初に教えられた時もこんなんだった気がする。そして次のは……塔か、この絵柄は見た目でわかるから楽だな)
3枚目のカードはアキラの感想通り【塔】だ。このカードは正位置逆位置に関わらず、あまり良い結果をもたらす物ではない。当然このカードの色ははっきりしていて、これから起こることを予期している。
「塔の逆位置ですね」
予言師はこのカードを捲った時の内容を現在に置き換えるように告げる。
「貴方は……何かが足りない。そんな悩みを抱えていますね?」
「そりゃこんな世界だからな」
ふて腐れるようにアキラは答える。決して予言師に八つ当たりしているわけでは無い。眉を寄せて困ったように笑う予言師に、アキラは自分の言い草を誤魔化すように先を促す。
「その悩みはいつも通り貴方らしくあれば解決します」
「え、そうなの?」
「はい、ですがそれで終わりが来る、と言う訳ではありません」
「ですよねぇ……」
アキラが抱えている悩みは自分の力が伸び悩む焦燥感に駆られていることだ。感覚的にこれ以上強くなれないと考えていた。エゴに到達しているガンダを見てその焦りは更に色濃くなっているため、この予言師の言葉はありがたい。
(その不安も解決……するのかは置いといてその先が気になるな)
予言師の言葉で先が気になったアキラは無言で続きを催促する。
「貴方がその悩みを解決しても、その内に残る不安は決して埋まらないようです」
「解決しても不安は埋まらない?」
「はい、はっきりと申し上げることは出来ませんが私の見える光景はそのように映っています」
「具体的に教えてくれ」
「……心苦しいのですが、それは出来ません」
「理由は?」
「それは私の領分を超えているためです。私はあくまで“予言師”であり、予知をする者ではありません」
きっぱりとした否定に、アキラはただ黙してしまう。
「誤解を招く前に言っておきますが、伝えないのではなく伝えられないのです。この世界で私に出来ることは予言に留まる。それだけご理解ください」
予言師にもなにやら事情があるのだろうと感じたアキラは、それ以上問い詰めるのを止める。追求が鳴りを潜め、予言師が若干の安堵感を滲ませつつ続けた。
「その思いを胸に秘めたまま、致命的と言っていい苦難が待ち受けています……なぜか肝心の中身が見えません。恐らく、それは意図して引き起こされることなのでしょう」
「どういうことだ?」
「そうですね、そもそも私の行う予言というのは――」
予言師の行う予言とは、対象者の進むべき道を見通すことで、その結果を見れるようだ。過程は朧気しか掴めないが、それでも十分だろう。しかし、それには例外がある。
強い思念を持って予言の対象者に行動を起こすと、それはその人物の運命さえも予言の影響を大きく受けるため、現時点で見ることは叶わないと言うのだ。
「予言をする土台として貴方に介入する相手もこの場に呼ばなければなりません。ですが、それも恐らく……」
「話の流れ的に友好的な相手じゃ無いんだろ?」
「そうです。そしてその後に訪れる終わり……私には倒れ伏す貴方しか見えません」
「え、俺倒れてんの?」
「そうですね」
「死に掛けてたり?」
「それはわかりません」
「えーかなり重要なのに……」
「続けます」
「まだあるのか」
予言師はアキラのもう十分だと言う雰囲気に軽く微笑むだけで、予言を止める気は無いのだろう。
「倒れ伏す貴方の周囲には……同じく倒れている方々が居ます」
アキラにとってその予言が受け入れづらい物だ。自分一人ならまだいい、自分が影響して周囲を巻き込んでしまうのは心情的に受け入れ難い。恐ろしい事故を経験している身として、忌避すべき事態だ。
「……なんだよそれ」
そのためか、否定したいのに小さく疑問をぶつけるに留まっている。いや、呟くような言葉は現実を受け入れたくないのかもしれない。
これが街角の片隅で小さく営業している占い師なら何も問題は無い。話の種にでもなって終わりだろう。しかし、ここまで人生の岐路とも言うべき所を当てられているアキラとしては、なんとなく当てはまるどころでは無い。信頼性の高い助言なのだ。
「他の人が介入すると見通せないんじゃ無かったのか?」
「いいえ、人が倒れている結果だけが見えているので貴方に強く干渉しては居ません」
先程の言からおかしいと告げるが、予言師は落ち着いて答える。なんとか否定したいアキラだが、次の否定する材料を探すのを止めて冷静に尋ねる。
「言える範囲でいい、教えてくれ」
「何をでしょう」
「原因は……俺なのか?」
「……貴方が原因、とも言えます」
「?」
歯に物が挟まったかのような物言いに、アキラは疑問符しか浮かべられない。
「そうですね、例えば貴方が私の見通した場所に行かなかったとしましょう」
「ああ」
「貴方が居ないだけで他の人が倒れる結果は変わりません」
「お、俺が原因でもあるけど、それだけじゃないってことか?」
「これ以上は私から言えることはありません」
「……どっちにしろ、やることは変わらない、か」
「そして、その次に……」
「まだあるのか? 初めて会った時と違って随分長いな」
アキラがまだショックから抜けきれないせいで力なく返す。予言師は愚痴に対して答えるように続ける。
「それは塔のカードが司る性質故、指し示す未来は貴方に重要な選択を迫ります。避けては通れない、これまで以上に厳しい困難な壁が立ち塞がります」
「……今まで以上の困難? 倒れてる自分が居るってのに更に厳しい状況ってなんだよ、想像もしたくないってか出来ないんだけど」
何度死にかけたかは既に数えていない。ボロボロになりながら立ち向かい、困難な道を乗り越えてきた。そして予言の最中に告げられる自身の危機、状況はそれに留まらないと予言師は言う。
「あんたに会うと碌なことを言われないな……」
いい加減にその告げられる内容にうんざりしたのか、アキラは愚痴ってしまう。
「ご安心ください、本日の予言が終われば暫く会うことは無いでしょう」
「はぁ……」
初めてタロットカードで予言をしてもらった時は簡単な流れしか説明されなかった。そして今、最初より詳しい内容を告げられてはいるが、アキラには不安しかもたらされない。予言と言う助言を受けたことで、アキラはまだまだ油断出来ないこの世界に溜息を吐いた。
「それでは……」
「え」
アキラがまだあるのか? と疑問の声が出てしまう。
「フフご安心ください。本日の料金を頂くだけですよ? お代は500Gになります」
「あ、なんだ……はい」
これまで黙っていたアラビアンな服装であるいつもの少年がカードを差し出す。アキラも釣られてカードを差し出し、金銭のやり取りを行う音が鳴った。
「毎度!」
「まらいらしてくださいね」
「……あれ? 前回400Gじゃなかったか?」
「今回は長かったので上乗せさせていただきました」
「ぐぅっ……はぁ」
予言の内容と料金がアキラの中で理不尽な物を感じさせるが、予言の内容に文句を付けるのはお門違いだと理解している。それでも納得のいかないやり場の無い鬱屈とした感情を2回目の溜息にして押し出した。
「それじゃ」
「そうでした、一つだけよろしいですか?」
「なんだよ」
「料金のやり取りは終えてしまったので、これは雑談になってしまうのですが……お願いがあります」
「お願い?」
「決して、何があっても諦めたりはしないでください」
「あ、あぁ……」
アキラはイマイチ釈然としない面持ちで答える。そんな態度は望む物では無いのか、再度語りかける。
「ご理解されていますか? お願いですから死んでも諦めないでください」
「先生! どれだけ必死なのさ!」
「しばらくは会えませんからね、悔いは残さないようにしなければいけません」
「はぁ……わかったよ、それくらい危険ってことなんだろ、言われなくたって死ぬつもりも無いし死んでも諦めたりするもんか」
予言師がアキラを真剣に見つめる。すぐに目元が綻び、取り敢えずの宣言が聞けたことに満足したらしい。
「その言葉が聞けて安心しました」
「それじゃ、今度こそ行くからな」
「お兄さんじゃぁね!」
「またな」
入ってきたドアからドローネ家で用意されていた客間に再び入る。振り返ると三世界は消えている。あるのは来るときに通った廊下だけだった。
「はぁ~」
昨日の出来事を思い出し、今流行の溜息を吐く。
(昨日は飯に呼ばれたけど、あの後じゃ食欲沸かないって……貴族の料理ってなんだったんだろ)
豪華な料理を期待していたアキラだが、その実体は謎のままだ。
『コンッ、コンッ』
「はい?」
「お客様、朝食の準備が整っています。昨晩はお召し上がりにならなかったようですが、本日はいかがなさいますか?」
早すぎず、遅すぎないノックのタイミングに返事をすると、この屋敷のメイドと思しき女性がアキラを気遣うように食事の都合を聞いてきた。流石にこのタイミングを逃す程愚かでは無い。
「いただきます!」
「……それでは外で待機しておりますので、ご準備の方が出来ましたらお呼びください」
アキラの元気な声に一瞬間を開けてしまったメイドだが、動揺せずに対応する。
(飯でも食って元気出せ、俺は絶対に死ぬわけにはいかないんだ!)
予言の内容に若干怯んでいたが、今は新しい場所での初めての食事に胸を弾ませることにした。沈んだ状態で食事を食べても決して良い結果には繋がらないのは、アキラ自身よく知っているからだ。
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