第41話 女に見える彼(?)の名は


 椅子に座るアキラに近づいてくる影は、子供のような声でアキラを見て首を傾げながら呟く。


「あれ? どっかで見た人だな……ん~」

「これか?」


 アキラが手元にシヴァとヴィシュを召喚する。その特徴ある銃を見れば声を掛けてきた子供はすぐに気づいた。


「あ! すごいペースで運んでた人か!」

「そうだけど、俺の他にも凄い運び方してる奴居るだろ?」

「うん! おかげでこの前までそんな人ばっかりで楽しかったよ!」

「参考までにどんな運びかたしてたか聞いても良いか?」

「いいけど、きっと信じないよ?」


 子供はそう前置きしてから話し始める。誰かに聞いて貰いたくて仕方が無かったようだ。


「5個も一緒に担ぐ奴なんて居たのか?」

「流石に一人じゃ無かったけどね。でも3個運んだ人は居たよ!」

「そいつは凄い。そうだ、話は変わるけど一つ聞いて良いか?」

「今暇だからいいけど何?」

「あの人について教えて欲しいんだ」


 アキラは今ペースを上げて牧草を運び出した男に見えない女らしき男の情報を集める。


「あの男の服着たお姉ちゃん? メンバーになったのに家のロット依頼を受けてくれるいいお得意様だよ」

「あれな、男装って言って格好いい女は男物でも似合うんだ。仕事ぶりはどうだ?」

「なるほど、そういえばメンバーでも格好いい女の人とか居るもんね。えっと、仕事だよね、早くは無いけどちゃんとノルマこなしてくれるから助かってるね。睨まれると怖いけど……でも、今日はかなり調子がいいみたい」

「はは、そう言う日もあるさ」

「だね。あ、終わったみたい。それじゃ行くよ、依頼ならいつでも歓迎するからね!」

「ああ、助かったよ」


 アキラは夢衣から聞いた話と照らし合わせ、先程の受け答えから人格的に問題が無さそうだと当たりを付ける。


(よし、後は問題になっている点を確かめるだけだな。って言っても一緒にクエストこなしてくれるかはわかんないが)


 アキラが考え事をしていると、小屋から件の相手が出てきた。律儀にもアキラの所へ足を運んでくれる。


「話ってなに?」

「ん? おぉスマン、考え事してた。取り敢えずはギルドへ行かないか? 歩きながら話そう」

「わかった。あのさ」

「どした」

「さっき気づいたけど、このなんか力が漲る感じって、君がやったんだろ? なんか視界に見えるこれだって見たことも無いし」

「そうだけど、そのアイコンは自分だけが見えるから指さされてもわからんぞ」


 アキラがヴィシュを使ってバフを掛けたことに気づいて話かけてきた。バフやデバフと言った自身に有利になる存在を知らないらしい。


「そうなのか、取り敢えずは助かったよ。ありがとう」

「気にするな、俺はアキラだ」

「オレはリョウ」

「よろしく」

「? あぁ、よろしく」


 アキラが、今後世話になるかもしれない相手に握手を求めてそのまま牧場を後にする。






 ギルドへの道中、アキラがリョウへと当たり障り無い話をしながら依頼の話に食い込んでいく。


「なるほどな、リョウは友達と一緒にやってたのか」

「あぁ……でもね、オレがメンバーになってからも何も変わらないのを見て愛想尽かされたみたいで、ここに来てから人が変わったように冷たくなったよ……」

「まぁ、命懸かってるから変わっても仕方ないって」

「納得したくないけどそうかもね、オレって不器用でさゲーム下手なんだ。それでも笑いながら一緒に遊んでくれてたあいつが変わったのを見て、もうどうしていいかわからなくなっちゃって……」


 アキラはリョウのバックストーリーにやるせない気持ちになってしまう。


「オレなりに努力はしたつもりだったんだけどそれが結構迷惑掛けちゃってたみたいでさ」

「それから依頼の牧草やってたってわけか」

「あれなら誰にも迷惑掛けないし、生きてくだけなら問題も無い。不器用なオレでも出来る仕事を選んだつもりなん……だ」


 リョウの多少吊り上がり気味の目尻が若干下がり、困ったように笑いながら自身の依頼理由を話す。


(どうして世の中はこうもままならないんだ?)


 アキラは自分がここまで来た時の境遇を思い返す。何度死にかけて、何度死んだかわからない。


 しかし、それは一人だったからだ。リョウは一人では無く、人と協力して生きていこうとしていた。だが、周囲はそれすら許さず頼る人も居ないこのクロスに取り残されている。


(ただ人より要領が悪かっただけで、ここまで人のことを考えられる気の良い奴がどうしてこんな厳しい世界に連れてこられてまで、こんなにも追い詰められて生きていかなきゃならない?)


 リョウが何か人との間に問題を起こしたわけじゃ無い。人より生き方が不器用なだけなのだ。アキラは当初、取り残された者同士でパーティを組み今後の顔つなぎ程度に考えていただけだのだが、それもこの話を聞いて考え方を変えさせられる。


(これから似たような場面にはいくつも出会うかもしれない。俺にもあまり余裕はないが、せめて「迷惑を掛けないで生きる」なんて悲しいことを言わさないようにしよう。俺に何が出来るかわかんないけど、やる前から諦めるなんてらしくないしな)


 アキラが決意を固める。このアキラの行動が自身の未来を繋ぐ結果を生み出すことになるが、それをアキラは知らない。


「なぁリョウ」

「何?」

「このまま誰にも迷惑掛けないで生きていくだけの仕事を続けるつもりか?」


 その言葉を聞いて、リョウが言葉を多少荒げる。


「そ、そんなの嫌に決まってるさ! オレはそんな納得の出来ない人生送りたくないよ! でも、でも仕方ないでしょ……」


 リョウが歩きながら顔を下に向ける。アキラからは見えないが、恐らく涙を流しているのだろう。牧草を運ぶ時の辛そうな表情は決して現在いまの自分に納得できていない証拠でもあったのだ。


「ならどうして牧草なんか運び続けてる。それなりに力はあるんだろ?」

「素手でどうすればいいんだよ? 武器使おうとすると手から弾かれるし、殴り続けたり蹴っても魔物を倒すことが出来ない。オレは何も出来ないんだよ……」

「武器も何もオルターを出せばいいじゃ無いか」

「アキラも皆と同じこと言うんだね」


 言葉遣いを変えたリョウは男勝りでボーイッシュな女の子に見えるが、今はそれどころじゃない。


「オルターが何かわかってないのか?」

「それくらいわかってるよ」


 そう言ってリョウの指から一本の糸が出てくる。


「リョウのオルターがそれか?」

「違うさ、説明通りに一生懸命想像したらこれとセットの物が出てきたよ」

「ん? セットの物って?」

「……セットはセットだよ、戦闘の役には立たなかったから触れないでくれよ……」


 なぜか妙な態度のリョウに、アキラは別のアプローチをかける。


「お、おう。キャラクタークリエイトの時は何選んだんだ?」

「しっくりくるのなかったから創造クリエイターを選んだよ。自由に出来るなら不器用なオレにあったものが出来ると思ってさ」


 リョウなりに考えた結果らしい。


「なるほどな、チュートリアル戦闘はどうしたんだ?」

「友達が倒してくれたよ」

「……レベルは?」

「レベル?」

「ステータスから見れる奴」

「えっと、1だね」

「おかしいとは思わないか?」

「……少しだけ」


 戦う力を友達が奪ってしまう。そんな皮肉とでも言うべき目も当てられない状況がリョウの現在を作っていた。


「レベルを1でも上げることだな」

「どうやって?」

「そのレベルならファーンシープでも経験値が入るだろうからやってみるか。の前に攻撃手段を見せて貰おうか」

「そんなの無いよ……素手だけだよ」


 アキラは流石にこの言葉は看過できずに話題を戻す。


「因みにリョウのオルターって糸だけじゃ無いならなんだ?」

「……言いたくない」

「は?」

「オレはあいつに、あいつらに馬鹿にされるのはもう嫌なんだよ……」

「いやいや、俺はお前の友達とかわかんないけど」

「あ、ごめん。でも、言ったら馬鹿にされる。オレ、こんな見た目だから余計に……」

「俺なんて仮面が取れないんだぜ? 常に痛い奴だと思われるんだぞ」

「そういえば、アキラは仮面してたね……」


(えぇ……この仮面気にならないって、相当精神的に参ってるかもしれない。無理矢理聞き出すのは止めた方が良さそうだな)


 リョウは自分の見た目が控えめに言って女の子っぽく見える容姿を自覚しているらしい。ぱっと見アキラより少し下の男装した学生にしか見えない。


 そして、アキラはアキラでわからないなら予測してやると言わんばかりにリョウを見つめる。それを見たリョウは見つめられるのに慣れていないのか、若干引き気味になってアキラを見る。


「確かにリョウの見た目は女っぽいよな、フリル着せたら似合いそうだ」

「そ、そのネタで弄るのは止めてくれ……」

(なんでちょっと嬉しそうなんだよ、でもこう見ると本当に男装した女の子だよな)


 アキラはそのネタをよく言われているせいでうんざりしていると思っていたが、なぜかリョウははにかんで少し笑っている。


「なんで満更でもないんだよ、その容姿なのに女装とかある意味しゃれにならんぞ、これで趣味が人形集めとか言ったらこれから女扱いするぞ」

「……流石にそんな趣味はないよ」

「……え?」

「いや、否定してるのに以外そうなリアクションやめてくれる?」

「俺はボケるのが好きなんだ」

「それならちゃんとツッコまなきゃね」


 アキラが今のリョウの反応を見てとある可能性に思い至る。


(人形集めが趣味って聞いた時の一瞬の間、俺は見逃さなかったぜ!)


 アキラはリョウの趣味に当たりを付けたのか、その話題を更に突く。


「でも最近男でも人形集めてる奴も居るぐらいだしそんな趣味珍しくないよな、スマンスマン女扱いは言い過ぎだった」

「そ、そうなんだ。でもオレには関係ないから気にしなくても良いよ」

「そうか? そういえば俺の“妹も”ぬいぐるみが好きなんだけどさ、よくゲームセンターのUFOキャッチャーで取ってくるせいで場所が大変でな」

「あそこはでかいのが多いからね」

「お? リョウもゲーセン行くのか?」

「え? そりゃ……友達とよく行く、いや行ってたからね」


 若干寂しそうな気配はするが、無視して思考に没頭する。この場にはアキラとリョウしかいないのに“妹も”という言葉を無視しているのに気づいたからだ。


 普通ならアキラも人形趣味があるのか? と、捉えかねないのだがリョウは一切気にしていない。


 理由として、リョウにもその趣味に近い何かを持っているからだろう。当てつけに近い考えだが、それ程間違っていないとアキラは思う。


 アキラは本来の目的を忘れてリョウを追い詰め始める。


「友達と行ってUFOキャッチャーのぬいぐるみなんて見るか?」

「え? オレはよく見てる……けど、あぁでも参考代わりにも……あ、いやその」

「参考って何を?」

「は? そ、それは、別にいいだろ?」

「気になるじゃん、教えろって……あ!」

(き、気づかれたのか? いや“あれ”が趣味ってわかるわけが……)

「リョウ、お前……まさか」

「うっ……」


 アキラは既にリョウの趣味を9割人形集めだと思っているが、まだ核心には至っていない。情報集めも兼ねてアキラはリョウを揺さぶる。


「ゲーセン通いが趣味なんだろ!」

「……え? あ、いや、なんでわかったのさ? ハハ」

「そりゃ見もしないコーナーを知ってるんだからわかるさ」


 見当違いなのはアキラもわかっているが、それは本命を切り出すためのフェイントだ。UFOキャッチャー以外していないかのような質問をする。


「で、いつも何取ってるんだ?」

「え? いや、取ったりはしないよ……不器用だし。いつも見てるだけで……」


 リョウが若干テンションを落としながら告げる。


「そうなのか、なら元の世界に帰れたら一緒にゲーセン行かないか? フィギュアでもぬいぐるみでも俺が取ってやるよ」

(なんだ……ばれてるのかな……)

「何回も取ったことあるからな、手元にあればもっとよく研究できるだろ?」


 もう誤魔化しきれないと考えたリョウは自分から言うことにしたのだろう。立ち止まってアキラの方を見て固まってしまう。


「……? どうしたリョウ」

「あの……さ」

「ん?」

「俺の趣味なんだけどさ……実は“人形作り”なんだ」

「やっぱりな、人形集めだと思ったぜ」

「え? いや、作る方だよ」

「……え?」


 リョウは人の機微がわかるが不器用なのだ。思考が一足先に飛び、自分の趣味を遠回しにアキラに言われていると考えていた。


 しかし、アキラの予測とは斜め上の趣味だ。まさか職人側とは思いもしなかった。


「まじか」

「え? ばれてなかったの?」

「てっきり集める方かと思った。リョウは不器用って聞いてたけど?」

「い、いや。不器用だけど……好きなんだ! 綺麗な物を形作るの! うまくいったことはないけど、ね」

「そうだったのか……」


 アキラは益々不憫に感じてしまう。Soul Alterというゲームに、製作するようなクラフト要素は存在しない。もしかしたらあるのかもしれないが、スキルのような技術が存在するかもわからない。


 どちらにしろ、最初は戦闘面でもある程度上に行かなければ選択肢すら増えないのだ。


「もしかしてお前のオルターって……」

「そ、そっちは察さなくてもよかったんだけど」

「糸見せられたらな……」

「そうだよ……ね」

「それじゃ見せてくれるか?」

「いいけど、笑わないでくれよ? 凄くちっちゃいんだ」


 そう言いながらリョウは手の平の上に小さな人形を召喚する。その人形はただ立ち尽くすだけで、首を振って辺りを見回している。


 しかし、リョウの創造クリエイトした人形は人形でもデッサン人形だった。

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