第111話 機械の限界


 女性の肌にピッタリ張り付くように纏ったシースルーにホットパンツと派手な服装の青い髪の美女、リョウのオルターであるトリトスがデッドマンズツリー・ジェノサイダーと呼ばれる巨大な大木のクラスモンスターと対峙してから数分と経過している。


 トリトスの姿は汚れ一つ無くその姿を見れば戦況は悪くないと予想されるが、彼女は苦境に立たされていた。


[装甲損耗率80%]

『このままでは……保ちませんね』


 装甲とは戦闘形態アクティブモードに移行する際に頭部、腕部、脚部を守るように宛がわれた装甲プロテクターのことだ。頭部には防御の他に戦闘を有利にする機能が搭載されたバイザー、腕部と脚部にも黄色に透過処理されたプロテクターが付かず離れず張り付いている。


『今の私ではこれが限界ということですね、ジェノサイダーの力は想定内でも私自身のスペックが追いつかなければ対応も遅れてしまう』

「ボォ!」


 ジェノサイダーが苛立つように三本の内一本の切り株型の腕を乱暴に打ち付ける。その速度は見た目に反して早く、あまりにも広範囲な一撃は避けることも出来ない。トリトスに出来ることは一番被害が少なく、後の展開を少しでも悪くしないことだけだ。


『サイフォンシールド――っ!』

「オ゙オ゙オ゙ォ!」


[装甲損耗率88%]


 逃げる方向にステップすることで負うダメージを最小限にするが、プロテクターの損耗率は上昇する。サイフォンシールドはプロテクターの防御箇所を局所に集中することで損耗率とダメージを両方コントロールするテクニカルなスキルだが、彼女だからこそ有用に活用しこのギリギリの状況を保っていられた。


「ア゙ー!」

『!』


 ジェノサイダーが全ての腕を地に着けたことで地響きが起きた。トリトスは何が来るのかを理解する。元となるデッドマンズツリーの攻撃パターンはトリトスの記録に存在するため対応策は理解していた。だが完璧に対応するにはあまりにも現状出来ることが少なく、最善の行動は緊急回避のみだ。


 瞬間自身の周囲数メートルの地面全てから鋭い木の枝が飛び出す。飛び出してから避けるという荒技を繰り返し、枝と枝の隙間を縫って無傷で切り抜ける。突起する枝の波が収まっても地響きは鳴り止まない。トリトスはその次のパターンも理解しているため次の一手を打つため地を蹴り上空に飛び上がる。


『完全に避けられるのはここまで、防げるのもこの一回限り』

「ガア゙ボア゙!」


 ジェノサイダーのどこから出たのか不明な咆哮と共に地面が盛り上がり、突起した全ての枝を射出し始める。トリトスは器用に姿勢制御のみで躱しきるが当たればダメージを負うこの枝は本命の攻撃では無い。盛り上がった地面三カ所から木の根がトリトス目掛けて急速に生えてきた。


『サイフォンシールド……やはり限界っ!』


[装甲損耗率99%]


 トリトスがそれを把握すると同時にガラスが砕ける音共に残りの二本がトリトスの左腕と胴体に直撃する。


「ボーア゙! ボーア゙!」

『ここまで……ですね』


 ジェノサイダーが喜ぶように腕を引き上げながら弾む。トリトスの左腕はねじ曲がり、胴体には風穴が空き傷口からは血の変わりに白い液体が彼女から吹き出し、下半身をクリームのように濡らす。


(やはり一人で出来るのは格下を相手取ることのみが私の限界、同格以上の相手はリョウが必要不可欠)


 トリトスはあくまでオルターでしかない。そのため己の機能を十全に使うにはリョウが近く居なければならず、彼女本来のスペックを発揮するには格上との戦闘は想定していない。格下を相手にする場合のようにステータスと戦術で勝ててもジェノサイダーのような格上相手では防戦に徹する他無い。単独でそれも制限が課せられた状態では良くもった方だろう。


『リョウ、私はもう大破寸前です。装甲プロテクターもバイザー以外は機能不全に陥っています。これ以上ダメージを負えば機動に影響が出るでしょう。そうなる前に自爆し――』

『もうすぐ着くのはわかってるだろ!? なんとか耐えてよ!』


 被せるリョウの物言いに一瞬固まるトリトスだが、無機質だった表情は感情を完璧に学んでいない彼女でも自然と穏やかな物にへんかしていた。


『……無茶を言います』

『壊れたら当分は戻って来れないのはわかってるだろ!? お前だって機械だけど今を生きてるんだ! 停滞するのもさせるのも絶対認めないからな!』


 リョウはメーメー牧場で過ごした生きるだけの苦痛な日々を決して忘れていない。停滞した日々はあの時だけで十分だと考えているためトリトスに無茶を押しつける。命の懸かったこの世界で取る選択肢としては間違いなく不正解なのだが、人は理屈ばかりで生きているわけではない。リョウはその命を天秤に乗せてでも守りたい物があるのだろう。


『ですが、私にはもう手段が……』

『諦める前にお前はまだ生きてるんだろ!? だったら少しでも足掻いてくれ!』

『足掻く?』


 瞬間、トリトスになる・・切っ掛けがフラッシュバックする。そして同時に、記憶から辿ったその記録から一つの方法を思いつく。


『そうだ! あと少しでいい、オレが着くまで少しでも――』

『わかりました』


 トリトスはリョウの言葉を遮るように返事をした。彼女は足掻く方法を明確に思い出す。


(私はまた以前の自分に戻る所だった。この場所に来れた意味、ここに立っていられる理由、リョウのオルターとして共に歩めるようになった“時”を、決して忘れてはいけない。あの時足掻いたからこそ今の自分があるのだから)


 無機質なようで居て何かを決心する人のような表情になったトリトスは、ジェノサイダーが二本の根を地面に突き立てているのを見て次の攻撃を予測する。バイザーから発せられる情報は最大級のスキルを使用してくる攻撃だと示していた。


 データでは構えた根から突撃を行う攻撃を行ってくるのを想定する。彼女の視界にはプレイヤーのように敵がスキルを使用する時の演出は無いが、この世界の知識がそのハンデを上回っていた。


(大破さえしなければ問題ない。出来ることがないなら出来ることを作らなければならない。“彼”はそうやってこの世界を生き延びたのだから)


 彼女の行動は足掻くことの意味を思い出したときに決まっている。とある青年がしたことと同じ犠牲を払う案が自身の生き延びる方法なのだと、唯一出来る手段なのだと自覚していた。


『時限タイマーセット、対象左腕』


 トリトスはねじ曲がりその機能を果たせなくなった左腕を……強引に引き千切った。痛覚の無い機械の身体だが身体のバランスが崩れるのを自覚する。即座に体勢を立て直したが、その時既にジェノサイダーから根を先端にした一本の槍が飛び出す。


『ハッ!』


 飛び出す槍目掛けてトリトスも自身の引き千切った左腕をその槍に投げつける。


(身体の一部をわざと壊す。そんな方法、知っていなければ決して思いつけなかった。これが本当に最後の手段!)


 一度のみ使用出来る自爆、その対象を絞ることで彼女は一つの可能性を見つける。自爆の再使用時間リキャストは時間のかかる物だが、取り得る最後の手段でもあった。


 そしてその左腕が根の槍にぶつかると大規模な爆発が発生するのだった。




「トリトス!」

『…………』


 爆発を間近で確認したリョウはトリトスに呼びかけるも応答が無い。


「自爆したのか!? くっ!」


 もし自爆したのなら当然リョウのする行動は撤退に決まっている。だが、気がつけば足は止まらずトリトスの下へと駆けていた。


「トリトス!?」


 その場で見た光景は爆心地から離れた木に背を預け、項垂れて一切動かない黒焦げのトリトスだった。


(自爆したんじゃ無いのか!?)


 トリトス専用のスキルに自爆の存在を知っているリョウは急いで駆け寄る。


『リョ……ウ、間に合……いまs…………たか』

「間に合ったよ」


 その返事を聞いてトリトスの姿に胸を締め付けられる思いと間に合ったことに対する安堵が同時に押し寄せたせいか、困ったような笑顔をしながら優しげな声音で返事を返す。


「でも、これはやり過ぎだろ?」

『あg……がいた……sせいか……で……s』


 トリトスの言語野がおかしくなっているが、両者共にそこは気にしていない。思いも会話も伝われば些末な物だ。そしてリョウはトリトスが対峙していた相手を見る。


 ジェノサイダーは自身が投げた根が爆発で戻ったらしく、胴体に突き刺さっている。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」


 誰が見ても怒っているのがわかると同時にトリトスも初めて聞く叫び声パターンだった。それ程強いダメージを負ったのだろう。その証拠にHPゲージには二割弱削れているのが確認出来た。


「怒っているのはお前だけじゃないからな」

『……』


 静かな怒りを孕んだリョウの声に、トリトスは無言でその横顔を見つめる。爆発の影響で大破寸前のせいか、トリトスの映像が乱れた視界には初めて強い怒りの感情を顕わにしたリョウの表情が映っていた。


 これまで自身が大破したことはあってもここまで酷い惨状になったことがないのが原因なのか、リョウの違った一面を感じ取れる瞬間でもある。


「トリトス、やるぞ」


 リョウが拳を突き出すとトリトスも無言で返そうとするが、途中までしか腕が上がらない。それを受けて気を使ったリョウが自身の拳をトリトスの拳に押し当ててスキルを使用する。


「リペア」


 リペアはプレイヤーの全MPの半分と引き替えに発動出来るスキルで、オルターの破損状態を完全修復する。一度発動してしまえば3時間は使用不能になり使用場面も自身のオルターに触れていなければならないので使用用途が極端に制限されているがその分強力なスキルだ。


 一瞬だけ光に包まれるトリトスは焦げも無ければ乱れた青い髪を含めて全て元通りになっていた。肩にかかった青い髪を軽く払い、目を閉じたまま微動だにしない。自身の調子を確かめているのだろう。


『異常ありません。戦闘形態アクティブモードを継続します』

「皆が来るまで無茶はしない。だけど……オレのオルターにしたことをやり返してやる! レゾナンスVファイブを発動して挟撃だ」

『了解レゾナンスVを起動します。……共感覚の誤差が無くなりました。スキルのアンロックを確認』

「お前はいつも通りオレの身体を動かしてくれ」

『ではユニゾンを前提と考えて問題ありませんか?』

「勿論だ」


 レゾナンスは段階が上がる程オルターとの共有する感覚器官が増えていき、最大値まで上昇させると互いのダメージすら共有してしまう程リスクの高いスキルだ。勿論相応のメリットも存在する。


「命を預けるから最適解をオレ・・から抜き出してくれよ」

『得意分野です』


 そのメリットはステータスを合算し、オルターでもプレイヤーのスキルを使用出来る。そしてオルターはプレイヤーの操作をも可能にする非常に技術要求の高いプレイスタイルだ。


 そしてプレイヤーとオルターは互いの思考を読み取ることが出来る。リョウはそれを利用して、トリトスに自分の身体を操作させることで自身のワンテンポ動きが遅れる鈍くさいと感じるデメリットを帳消しにした。このようなプレイスタイルになった切っ掛けは以前アキラに助言を受けたのが切っ掛けである。


(アキラが言ってたオレの欠点は考えすぎることで身体の反応が遅れているんじゃないかってことだった。まだそこは完全に直せてないけどトリトスのお陰でとんでもなく効果が出てる)

『そしてリョウの“考えすぎて行動が遅れる”というデメリットはその反面、多くの選択肢を同時に導き出しているということでもあります』


 リョウの考えを読み取ったトリトスが乗っかる形で続ける。


『その思考を一瞬で判断することができる私が行動を決定し』

「オレがあらゆる選択肢を用意する」


 最適解を導きだし、冷徹な思考がそれを選択する。これがリョウの手に入れた強さだった。もし越冬隧道サハニエンテのダンジョンへ突入する前のアキラと戦っていればどちらが勝つか予想するのは困難を極めるだろう。それ程現在のリョウは成長している。


「ア゙ッボア゙ア゙ッア゙ア゙ー!」


 ジェノサイダーが自身に埋め込まれた根を取ろうとしても複雑な根がそれをさせない。そもそも手と言える程器用に扱える器官が無いため、身悶えているようにしか見えない。未だに一つの行動に執着するジェノサイダーにリョウとトリトスは攻勢に出る。


「『人の大切な物に手を出したらどうなるか……身をもって味合わせてやる!」』


 リョウの気持ちを自身とトリトスの口から発する。そして既に数ある選択肢の内からトリトスは逃走を見つけるが、例えそれが最善手だとしてもそれだけは選んではいけないことを“心”で理解していた。






「さっきの爆発音がしてから結構経つけど大丈夫かしら?」

「もうすぐでトリトスさんが見張りをしていた所です。気を引き締めましょう」

「そうよね、なにがあってもいいようにしないと」

「うん!」


 翠火率いる華と夢衣がそれぞれ返事を返す。


「どうやら戦っているようですね」


 地を激しく打ち鳴らす音が連続して響き、足の裏を振動が伝う。翠火は冷静だが華は少し動揺している。


「なんか凄い音が聞こえるけど……どうするの翠火?」


 華の横に居る夢衣もそわそわとしている。それぞれの戦闘経験の差が如実に現れていた。


「相手はジェノサイダークラスです。近づいても平気なタイプかどうかはわからないので最初は私が行きます」

「そうね、私達じゃ足引っ張りかねないし覗く程度に留めておくわ」

「あたしも怖いからパスするぅ……」

「あんたはバフで支援すんのよ!」

「えぇ! ……あそっか、あたしウィザードだった」

「フフ、華さんも参加出来る機会を窺っててくださいね。こういうのは慣れですから」

「そうよね、そうさせてもらうわ!」


 近距離ブレイブを選択している華は近接戦闘を主眼に置かなければならない。そのためのアドバイスとして自分より進んだ翠火の言葉に意識を切り替える。


「では参りますよほむら

『ホイホイ』

「返事は一回」

『ツタワレバモンダイナーシ!』

「焔はほんとに……もういいです」


 その後、すぐにイドを使用した翠火の全身に炎を象った紋様が浮かび上がる。以前は黒いだけの紋様だったのに対して若干印象が異なる。


「それでは先に行ってます!」


 翠火の背が消えるのを見届けながら彼女がオルターと軽いやり取りしていたのを話題に、華と夢衣は感心と羨むような表情で翠火とオルターを見送る。


「オルターと会話出来るようになるってなんだか不思議な感じよね」

「だねぇ」

「私も早く言葉を交わせるようになりたい……」

「あたし達はあたし達のペースでがんばろ?」

「いやもう少しペースは上げない?」


 当初の速度より大分ゆっくりになっている成長速度に華は文句を付けた。状況的には翠火とリョウがジェノサイダーと戦闘という人数的に心許ない物なのだが、なぜかこの二人には緊張感があまり感じられない。


 後に戦闘を目の当たりにすることで、華と夢衣は改めて翠火とリョウの強さを再認識することになる。

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