第44話 メサイア定食
ソナエ道具店にて、アキラは挨拶が後に回ってしまったゲンゴロウに会っていた。
「随分挨拶にくんのがおせぇじゃねぇか! えぇ!?」
「い、いやぁ忘れてたわけじゃなくて……あ! 携帯食料まじで助かったよ、味も案外いけるしテントだってあれがなきゃどうなってたことか」
「ったく調子のいい奴だなぁおめぇさんは、商品褒められて手厳しい返しをする程このゲンゴロウも腐ってねぇ」
「あんがとよ」
「けっ」
アキラはソナエ道具店に来ていた。既にアキラが戻ってきていた情報を耳にしていたらしい。
「変な仮面なんざ付けてどうしたんだ?」
「ちょっと事情があって取れなくなったんだよ……」
「ぁん?」
「そのことには触れないでくれ、取り敢えずはタクリューってのに乗るからさ、アジーンから離れるんだよ」
「触れるなっつぅならいいけどよ、タクリューに乗るってぇとあれか? 夜光衛星オベロニクスにでも行くのか?」
初めて聞くロマンスを感じる響きにアキラはクエストの内容を思い出しながら否定する。
「なんだそこ、違う違う」
「ってぇと岩山跡地オラクルの近くにあるダンジョンに行くのか?」
「そこそこ、でもなんでそんだけしか選択肢ないんだ?」
「そりゃおめぇ、タクリュー使うんだからタクリュー停留所のある場所までだろ? 後は海洋漁港エステリアだけどよ、あそこに行くくらいなら歩くだろうし、後は国境近くしかねぇぜ? 実力は知らんが、メンバーになって1ヶ月や2ヶ月の新米が行くところじゃねぇだろ。死にに行くようなもんだぜ」
(国境なのになんでそんな物騒なんだよ……でも)
アキラが心で悪態を付けながら、ゲーム的にはきっと向かう所なんだろうと心で呟きつつ質問を続けることにした。
以前メーメー牧場の子供から王都という単語を聞いてからアキラは気になっていたのだ。
「王都は?」
「王都にタクリューで行ったらおめぇ、ライダーに堕とされんぞ? そもそもタクリューはそこに行けねぇぜ?」
「素直に歩いてくよ」
「それがいい、楽すんのはいつでも出来るかんな」
アキラがライダーという新たな疑問を持って、携帯食料とメタルマッチと言う最新式の火付け道具を買い込む。枯れ枝はタイニートゥルスから大量に仕入れたため、後は火種があれば野宿も出来そうだ。
「そんじゃいつかはわかんないけど顔出すよ、ゲンさんのおかげで俺は生き残れたようなもんだからな」
「へっへ、ソナエ道具店に死角はねぇからな! またいつでも来いよ!」
店から出たアキラはギルドへと顔を出す。顔を合わせた回数は少ないが世話になった相手に挨拶だけする。幸いにもその筆頭のエミリーは居た。
(さっきリョウとここで別れたばかりだけど、なんか人前で別れを切り出すのも恥ずかしいからな)
誰に言うでもなく、心の中で言い訳するアキラはすぐにエミリーに声を掛ける。
「よっ」
「アキラさん、ようこそ!」
「俺、次のダンジョン攻略のためにアジーンから離れるんだ。エミリーには世話になったし、挨拶だけでもな」
「そうだったんですか……メンバーになるまでの短い間でしたが、お元気で」
「エミリーもいつまでも元気でな、それと赤毛のマリーさんによろしく言っといてくれ」
「赤毛のマリーさん……フフッ」
エミリーのツボに入ったらしく、笑いを堪えている。
「それじゃな」
「は、はい! アキラさん、また来てくださいね!」
ギルドから出たアキラは最後の目的地として防具屋を目指す。現在装備しているのは頭と手の防具のみなので、臨時収入と依頼報酬で補うつもりなのだ。
(マップだとこっちだな)
アキラは防具屋の鎧のアイコンをした店へと歩を進めた。
「あそこか? 街中にあるのに他の家と少し離れたところに店構えてるな……」
近づくにつれて段々とアキラの顔が歪んでいく。
「……なんか臭うなここ、普通こういう場所って郊外とか製作所を別にするんじゃないのか?」
アキラは
アキラは防具屋クローザーへと意を決して入店する。
「あい、いらっしゃい。もう閉店時間だからあんまり長居しないでおくれよ」
(あれ? ここは臭くないな)
店内は革の匂いが落ち着いているのを感じつつ、自分が着れそうな手頃な革鎧を探す。この防具屋の店主は老人がやっているらしく、融通が利きそうな大らかさを感じた。
マネキンに革鎧や鉄製のプレートメイルやらが飾ってあるが、アキラには良さや質がイマイチよくわからない。こう言うのはプロに任せようと考えて、アキラはすぐに髭を撫でている老人へと声を掛ける。
「お爺さん、ちょっといい?」
「なんじゃろか」
「俺、射撃をメインにやってんだけど動きやすい革系の胴と脚と足用の装備が欲しいんだ」
「ほぉバラ売じゃな、幾ら出せる?」
「正直ここに来たのは初めてでよくわかんないんだよ」
「お前さんそれなりに腕に覚えがありそうじゃな、おまけに見たこともない仮面にグローブをしておる。いや、グローブはどこかで見たことがありそうな作りを感じるのぉ……よし全部まとめて2500Gで売ってやるぞい?」
防具屋の店主がアキラのシニア級の防具の作りに気づき、安いくらいに感じる金額を提示された。
「結構安いのか? 鎧なのにそんな高く感じないけど」
「お主は駆け出しなんじゃろ? だというのに最近来てた奴らのだらしない雰囲気と言ったら敵わんて」
「え? そんな理由で安くしてくれたのか?」
「わしにとってはの、言うてもメンバーになって中堅より前の者が使う位のレザーアーマーじゃて、お主のグローブとは比較も出来んがな。後、早く店閉めたいんじゃ、フォフォ」
笑いながら老人が奥へと戻って加工済みの革を持ってくる。
「すぐ終わるからそこに立っとれ」
「わかった」
革を持ってアキラの身体に当てて大きさを測っている。ナイフを使って直接革に修正予定の下書きをしているらしい。
「直接印付けても大丈夫か?」
「誰に物言っとる」
「初対面だろ」
「それもそうじゃな、フォフォ」
雑談を交えながら計測作業を終えたのか、老人が告げる。
「明日の朝には終わっとるから、そん時取りに来ちょくれ」
「料金は?」
「受け渡しの時でええ」
「わかったそれじゃよろしく」
アキラが店から出て行き、顔を顰めながら離れていく。老人はそれを見ながら何かを思い出したのか、慌てて外へと出る。
「まずいまずい、中に居ったから消臭剤の交換をすっかり忘れとったわ。道理で今日は客足が悪かったわけじゃ、フォフォ」
家の横にある工房の消臭剤を換えると辺りに満ちていた臭気が消え去る。一瞬で清涼な空気が流れだし、すぐにあることを思い出す。
「そういえば……あの若造が付けていたグローブ、まさかとは思うがヨランダさんの作じゃあるまいな? 取りに来たら聞いてみるか」
そう呟きつつ、革防具の支度をするために老人は家に入っていった。
アキラは防具屋クローザーの帰り道、時間的にも空腹のため食事をしに食楽街へと来ていた。
「食ってみるか……メサイア定食!」
蓮を参考にすればしばらくは戻って来れないのはわかっているアキラは、この世界で初めて訪れた大衆食堂へと来ていた。
「ちゃんとリペアして、洗い粉で手を綺麗にして……よし!」
アキラは前回の二の舞は踏まないのだ。
「たしかこれ
食事処と書かれた暖簾を捲りつつ西洋風のドアの形をした襖を開ける。
「いらっしゃい!」
「一人だ」
「それじゃこっちの席にお願いね!」
最後に見た北欧系の割烹着姿も健在で、アキラは案内された席に着く。
「なんにします?」
「……」
「お客さん?」
「メサイア定食を頼む」
「……あれま、お父さん! メサ定入ったよ!」
「あいよ~」
夜ご飯の時間には少し早かったのか、お客は今誰も居ない状態だ。アキラは一人で食べるこの大衆食堂ならではの空気を堪能し、救世主の名を関する定食を待つ。
「お客さん! 失礼しますね~よいしょっ!」
テーブルからはみ出る程の大きな長方形のトレーからは、それでも足りないと言っているのか大皿と小皿がトレーから若干はみ出ている。
「な、なんだこれ」
「値段に見合う“大きさ”でしょ? メサイア定食を頼んだお客さんはご飯と味噌汁のおかわりは自由だからね。それではごゆっくり~」
まず目に入ったのが、大きなエビ天だ。アキラの顔以上に大きい大皿には伊勢エビが小エビに見える程の大エビが一本まるまる入っている。この世界にしかないエビなのだろう。
そしてその下には紙で包まれた塊がある。なぜかぐつぐつと煮えているが、その隣にある肉の塊はまさしく赤身なのを見ると牛と似たステーキなのだろう。しかし、見た目が問題だ。
(こんな四角い肉の塊なんて初めて見たぞ!?)
アキラの拳大はありそうな肉の塊は綺麗に四角くカットされている。トレーの横にある長いナイフで切り分けろと言うことだろう。
メインの大皿より少し小さい皿があるが、当然これも十分な大きさを持っている。中にはがっつりした揚げ物や肉と違って、魚介類の野菜炒めが入っている。
(なんでタコとイカとフカヒレなんだ?)
餡が掛けられた五目風魚介の野菜炒めは、その素材からあまり良い意味合いで語られないない物ばかりだ。当然美味しいのだろうが、何か作為的な物を感じる。
小皿2つあり、肉じゃがとほうれん草のごま和えが入っていた。残りはご飯と味噌汁、そしてデザートのプリンが付いている。
(豪華なお子様ランチに近いな、そんな生やさしいもんじゃないだろうけど。そもそも食い切れるのか?)
見た目でもお腹いっぱいになりそうなそのボリュームに対して、アキラの腹は空腹を訴える。
「なんか……いけそうだな、いただきます!」
味噌汁を啜って味噌と出汁の風味を味わい、中に入った磯風味のあおさが香りを引き立てている。その落ち着きを胸に、でかいエビ天から取りかかる。
(塩もタレもないから、このままいけぇい!)
箸では到底持てないと感じたアキラは綺麗にした素手でエビの尻尾を持ち、箸の上に身を乗せる。重厚感溢れるエビを先端からかぶりつく。
(うぉ、汁が……ん? これ、タレか!? うめぇ!)
エビ特有の出汁と絡まった天つゆに近い特製ダレを口の中で絡ませれば、大きさなど気にならなくなる。
(大きいのに、大味でもなければパサパサもしてない! 中まで熱々なのに若干のレア具合が良い歯ごたえを演出してる!)
中心部まで熱が通ったミディアムレアに仕上げた職人の腕をアキラは賞賛している。
(くっ! エビ天とご飯と味噌汁がこんなに合うなんて!)
「おかわり!」
「はいお待ち、そんなハイペースで大丈夫? まだこの先にも“強敵”が待ち構えてるんだよ?」
「まぁ見ててくれ!」
アキラはエビの尻尾の中まで食べ尽くし、魚介の野菜炒めに取りかかる。後で知ることになったが、この炒め物は悪魔の海鮮炒めと呼ばれている。3つの魚介を贅沢に使っているがその魚介類が曰く付きなため、その名前になった。
勿論味は保証されている。
(なるほど、このメサイア定食は客が救世主になれるかどうかの晩餐なんだな! ……救世主って最後死ぬんじゃ……いや、今はそんなことより飯を食おうぜ!)
一旦、悪魔の海鮮炒めを中断して牛らしきステーキに取りかかる。長いステーキ用のナイフを手に取って肉にナイフを当て、滑らせる。すると驚く程スムーズに切れてしまった。
(肉って1回ナイフを滑らせただけで切れるもんじゃないだろ? もしかして柔い……おぉ、つまんだ感じは肉と一緒だな、持つだけで肉汁が滲んでるぞ。ってことはこのナイフは特別製なのかな)
アキラが肉に掛かっていたソースを絡めて口へと運ぶ。
(うん、こんなでかい肉なのにまったく顎に負担を掛けずに食える。ご飯にも合うしな!)
肉の断層を噛み千切ってあふれ出す肉汁と絡まるガーリック風味のソースが、いつまでも噛んでいたくなる程の豊かさを演出してくれる。
(この肉脂身は全然無い、良い赤身だ。それでも肉汁溢れる脂じゃない旨味がいい。あっ……肉がもう無いや、ペース配分忘れてた)
戦いに勝利すれば相手は居なくなる。強さとは悲しい物なのだ。
(くだらないこと考えてないでこの魚介行くか、うんうん濃厚なイカなのに簡単に歯が通る弾力は良い感じに楽しめる。最初野菜しか食わなかったけどこの味付けはご飯が進むな)
アキラが味噌汁のおかわりと別売りのお茶を注文する。
「ほっ……うまいな、よし肉じゃが食おう」
肉じゃがに取りかかるが、箸でつまんだ感触ではじゃがいもが煮崩れしている。しかし、にんじんはそうではない。
(やっぱり来たな、前回も仕込みに騙されたんだ今回もあると思ったぜ……なるほど)
箸でじゃがいもを割ると、中は芋の白さ……ではなく完全に色が出汁に染まっている。
(ん~醤油味だけど若干甘い。でもこれだけでご飯いけるな、にんじんと肉は一緒に煮付けてるようだけどこのじゃがいもだけはこのまま煮っ転がしとして出してるんだなきっと)
牛バラとにんじんをじゃがいもの煮付けらしきものと一緒に食べることで、肉を出汁で包み込んだ深い味わいが堪能できる。
「ご飯おかわり!」
「はい、お待ち。凄いペースね」
(そういえば米もうまいな、店開いたばっかりなのかな? 炊きたてだ、野菜炒めをフカヒレで包んで食ってみようかな……おぉ、下ごしらに使ってる八角のスパイスがかなり抑えめだな。日本人の舌に合わせてるみたいだ、これならご飯とも合うぞ!)
次いで静かになった包み焼きで煮込まれていたメイン皿の最後に取りかかる。慎重に包みを開いて中から溢れる蒸気に気をつけるアキラは、宝箱を開ける心境に似ていた。
(包み焼きハンバーグ……赤身ステーキでさっぱりいったから今度は油だな、かかってこい!)
そう言いながらナイフでハンバーグを切るが、予想していた肉汁が全くと言って良い程溢れない。
(あれ? 赤身ハンバーグなわけじゃないだろ? まぁ口に入れればわかるさ)
油断していたのか、噛んだ途端に汁が溢れ出す。
「っとと」
アキラが慌てて口を押さえ、間一髪で口から出すのを堪えた。
(噛み潰すと肉汁が出るタイプか、そのために包み焼きか。やるな)
アキラは人生でこれ程の食事を一度に摂ったのは初めてだろう。肉体を維持するための
(ほうれん草のごま和えもしっかりごまを煎ってるおかげか、香り引き立つごまと砂糖を少し入れたほうれん草はいい箸休めになったな)
アキラは最後にプリンを堪能する。
(ん? これは……カスタードじゃなくてミルクプリンか、重い物が続いたけど最後にこれならスルっと入っていいね)
アキラはお茶を飲み干して人心地つく。久しぶりに足りない何かがアキラの身体を満たした気分を味わってから、席を立つ。
「メサイア定食はいかがでした?」
「かなり満足できて上手かったけど」
「けど?」
「どっちかというと救われた気分だな。すごく満足感がある」
「頼んでも食べきれない人も居るから、そう言ってもらえるとお父さんも喜ぶと思う!」
アキラは支払いを済ませて店を出る。
「ありがとうございました~!」
元気な声を背に、アジーン最後の食事を終えたアキラは帰るためにホームへと向かうのだった。
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