番外編 サジーと虎徹


「お望み通り本気を出してやるよっ……虎徹!」


 俺は刀のオルター虎徹を【イド】にした。嫌になるぐらいアニマ修練場で魔物と戦ったが、やっぱり自分で努力すればするほど身につく力は良い。この“最高の世界”で俺は英雄になれるかもしれない!


「どうしたどうした! 防戦一方じゃないか!」


 今はトップの奴らに攻略は先行されちまってるけど関係ないね! 虎徹がイド限定で発動する帯電は最強だ! 触れるだけで相手に一瞬だがスタンが付く。ここまで来るのに苦労したんだ。後は追いつくだけ、その門出を邪魔したこの雑魚遠距離シューターをとっとと片付けてやる。――なのに、なんでこいつは切れもしなけりゃスタンもしなっ!?


『ドカァァン!』


「な、なんだ? 今のは?」


 なんなんだよこのガン使いの遠距離シューターは! 銃はこっちを向いてないのに撃ちやがっ――は? こめかみに緑の銃を自分に? 何がしたいんだよコイツ!? おまけにごちゃごちゃ言いやがって意味分かんねぇ、役立たずの遠距離シューターだってのにこのイドの俺より偉そうにしやがっ――ま、まずい! 【残影!】


『ダァン!』


 目で追うのがやっとだった……咄嗟に残影を使ってなくちゃ間違いなく――は? ジョブは序盤の時にしか出ない差? 何言ってんだよ、皆シューターは役立たずって言ってるだろ! 隠すつもりがない? イドを見せてやる? 訳わかんねぇよ! またこめかみに突き付け――させるかよっ!


『キィン!』


 くっ、間に合わなかった! ってまた銃を自分にっ!? まずいまずいまずい! あれだけはさせちゃいけねぇ! 距離は離れてるが、一瞬で良いから怯ませてやる!


「【空絶!】」


 よし! 後は瞬歩で距離を――!


『カァァン!』


 畜生! 間に合わなかっ……た?


「ゴハァ……!」


 俺の……声? なんで、こんなっ……どうして真っ暗だった森の中なのに月の光が見えるんだ。ど、どうして、な……なんで俺がシューターに対近距離クロスレンジで圧倒……されてん、だ?


 そもそも、なんで……俺が、力を手に入れた、この俺が……雑魚シューター…………なんか、に…………








「よっし! やっと虎徹のイドが定着したぜ! いやぁ~ここまで長かったな~」

「ったく、サジー今度なんか奢れよ? 今日は疲れたし先あがるわ」

「おう! 助かった! 俺はもうちょい飲んで浸ってるからよ!」

「程々にな」


 俺は今日手伝ってくれた仲間に手を上げて応える。


「くぅ~っうめぇ!」


 この世界の酒はやっぱ美味い。ビールみたいな見た目なのに全然苦みがない、でも麦の情景がハッキリと思い浮かぶ程鮮明に香る。どんな風にしたらこんな味になんだかわかんねぇが、これは俺のお気に入りだ。後サジーってのは俺の名字が相良でそこからもじって作った俺の名前。


「虎徹も嬉しいだろ?」

『ウッス!』


 俺はオルターの虎徹を出して聞くと案の定元気に返事が返ってきた。イドになってから返事がくるようになって思ったが、こいつはほんとに可愛い奴だな!


「おっと」

「ん?」


 どうやら虎徹をいきなり出したせいで後ろの人に刀の切っ先が当たりそうになったみたいだな。


「すまねぇすまねぇ! ハハッわりぃな」

「……店の中で武器なんか出すなよ常識無い奴だな」

「ちっ謝ってんだからいいだろうが」


 ぶつかったわけでもないのにうるさい奴だ。気分良く飲んでんのに茶々入れんなよな。変な仮面付けやがって苛つく野郎だ。こいつの目も気に入らねぇ。


「なんだその目は?」

「なんだと思う?」


 そう言うと仮面の野郎がそのまま奥の席に行きやがった。なんだと思うだぁ? ……まぁいい、おっと酒が切れたな。ったく調子が狂ったな、虎徹を仕舞って飲み直すか。


「おぉ~い」

「は~い! お呼びでしょうか?」

「ビルテンモルグもう一杯!」

「はいおかわり入りまーす」


 やっぱこの集合都市テラは最高だな、飯は見たこと無いもんばっかだが美味いし、店員は可愛いしよ!


「お待たせしました~」

「きたきたっ、んっんっ――かぁ~! っとと?」


 やっべ、一気飲みばっかしてたせいでちょっと酔ってきたか? でも気分は悪くない。あれ? もう空か、もう一杯もう一杯っと。


「お~い! おかわりっ!」

「お客さんもう5杯目ですよ? そんなに一気ばかりして大丈夫ですか?」

「大丈夫だって、しっかり喋れてるだろ? ってことで頼んだぞ~」


 それにしても5杯か、結構飲んでるな。ここまで安全に虎徹を育てるのに苦労したからなぁ~そっから解放されたと思ったら、ついつい酒が進んじまう。


『ガシャン!』

「あぁ! 申し訳ありません!」

「服に掛かったわけじゃないから気にしないでください」

「す、すぐに新しいのをお作り致します!」

「ゆっくりでいいですよ」


 けっ仮面野郎の料理が落ちたのか、いい気味だぜ。


「ふぅ……にしても」


 さっきの仮面野郎、苛つくぜ。思い出すとむしゃくしゃしてきたな。……あれ、酒入ってなかったっけ……おぉそうだおかわり頼んだんだった。


「お~い、おかわりはまだか~」

「も、申し訳ありません。少々お待ちください!」


 たく早くしろよな?


「すみませんお客様、こちら新しいお料理です」

「ありがとう」

「ごゆっくりどうぞ!」


 なんだよ、あいつよりおせぇってどうなってんだ?


「おい! いつになったら酒を持ってくるんだ!」

「た、ただいまお持ちします!」


 あぁん? あの仮面野郎、何見てやがんだ?


「何見てんだ!」

「……」

「ハンッ!」


 すぐ目逸らしやがったぜ、ビビってんじゃねぇよ雑魚が。


「はぁはぁ、お、お待たせ致しましっ――」

「おう、遅ぇ――」


『バリンッ!』


「も、もも申し訳ありませんっ!」


 店員の姉ちゃんが俺の新しいビルテンモルグを落としやがった……いつになったらおかわりが飲めるんだよ。


「た、ただいま新しいのを――」

「あぁ、頼……」


 あの仮面野郎何また見てやがんだ? すぐ飯に戻ったが間違いねぇ、馬鹿にしてやがったな!


「そ、それではただいまお持ち致しますので少々お待ちください」

「ざっけやがって!」

「きゃっ!」

「もう我慢ならねぇ、おいてめぇ! 今俺のこと馬鹿にしたろ?」

「……」


 こいつ、何無視して焼きそば啜ってやがる!


『ドガッ! ガシャン!』


「おぉいっ! 聞いてんのかよ!?」


 仮面野郎のテーブルを蹴り上げたせいで食器が落ちたが知ったことか、イドを定着させてる俺を相手にその態度はとったのがいけねぇ。


「このソース美味すぎだろ……野菜との絡み方が半端ない。この野菜だけでご飯いけるわ」


 こいつ皿だけ確保してまで俺を無視だぁ? 舐め腐ってやがる!


「このガキがっ!」

「お、お客様おやめください!」

「黙ってろ! これは個人の話し合いだ!」

「きゃっ」


 止めようとする店員を押し退けて仮面野郎の胸ぐらを掴む。


「お前殺されてぇのか?」

「酒臭い顔近づけんなよ。飯食えないから手を離せ、店にも迷惑だろ」

「てめぇが無視してるからだろうが」

「無視? なんかわめいてると思ったら俺に言ってたのか。個人の話し合いなんて言ってるから俺には見えない誰かと話してるのかと思った」

「……死にてぇみたいだな?」

「え? 俺の今の話しで本当にそう思うんなら二度と絡むな。店で喚き散らす言葉の通じない相手に話す程病んでるつもりは無いからさ」

「お、お客様! おやめくだ――」

「っせぇつってんだろっ!」

「あっ」


『バリンっ』


 うぜぇ店員を突き飛ばしたら仮面野郎の皿も一緒に落ちちまった。まぁ今はどうでもいい。


「お客様は神様だろうがっ! だったら静かに――ぐぉっ」


 ぐっ店の外に投げられた? くっそ転けちまった……みっともねぇ。


「人の料理落としといて謝ることも出来ないのか? ホントにふざけ奴だ」

「不意打ちなんて汚ぇ真似しやがって……」

「挙げ句にお客様は神様だなんて、よく恥ずかしげも無く言えるな?」

「んだとぉ?」

「店に迷惑掛けてる奴が神様だなんてよく言えたなって言ってんだよ」

「おめぇが原因だろうがっ!」

「絡んできたのはお前なのに俺が原因って……酔っ払いはホントに勘弁して欲しいわ」

「この俺が気分良く飲んでる所を邪魔しやがって!」

「店で刀振り回したり備品を壊したり他の客に迷惑をかけてる自称神様は言うことが違うな」

「殺すっ!」


 俺は虎徹を出して仮面野郎の腹目掛けて振り抜く。


「とっとと、刀? プレイヤーだったのか……よし」

「避けんじゃねぇ!」

「お前に教えてやるよ」

「死ねぇ!」

「店ではルールを守れる客が神様で、守れない奴はただのクズなんだよ」

「んだとぉ!? ……っ! 逃げんなっ!」


 仮面野郎が急に反転して逃げ出した。俺は慌てて追いかける。絶対に逃がしゃしねぇ!






「お、お客さん……お代を……行っちゃった」









「ここでいいか」

「こんな所まで逃げやがって……」


 青い月の光も届かないこの森は集合都市テラからそれなりに離れた所にある。こんなとこまで逃げやがって……まぁいい。


「練習台になって貰うぞ?」

「はぁ? ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ! ぶっ殺してや――」


『ダァン!』


「!?」


『ギィン!』


 あ、危ねぇ森に入ってから【心眼】使っててよかった。【球弾き】が発動……ってん? こいつオルターを、それも銃のオルターを出しやがったな……ならプレイヤーか? しかも、しかも!


「また不意打ちかよ……クックックにしても、それなら・・・・仕方ねぇよな?」

「は?」

「お前が遠距離シューターなら不意打ちは仕方ねぇって言ってんだよ! 雑魚は雑魚でも本物の雑魚だったとはなぁ? 死んで詫びて貰おうかっ!」


 まぁ教えてやる義理もない。コイツはどれだけ遠距離シューターがゴミなのか、知らずに死ぬんだからな!









「うっ……ここは?」


 そ、そうだ! さっき俺はあの仮面の奴にボコボコにやられ……どうして生きてるんだ? それに身体がどこも痛く、ない? 何がどうなってるんだ!


「あ、お客さん起きました?」

「へ?」


 ゆ、夢だったのか?


「それじゃぁ備品の代金と酒代に焼きそば代4人前、それと迷惑料込めてこれぐらいになります」

「は?」


 なにがなんだか……言われるがままに払ったが、迷惑料が洒落にならない金額だった。ビルテンモルグ20杯は飲める。


「訳がわかんねぇ、って俺は未来ハイ焼きそば食ってないだろ? それに4人前?」

「はい、でも食べた人が「こいつは俺に負けたら全部弁償するって言ってたから請求は全部コイツに回してくれ」って仮面付けた人が言ってましたよ?」


 い、言ってねぇぇぇぇぇ……クソっやっぱ夢じゃ無かったのかよ? で、でもこれで済んだと思えば……だが…………はぁ、もういいや。俺が粋がってあんな化け物相手に喧嘩売ったのが悪いんだしよ。逆に生きてただけでも儲けもんだ。


「そう、か、さっきは酔ってたせいで済まなかった。迷惑料の支払いもホームカードでいいか?」

「はい! 大丈夫ですよ! 後私もお酒持って来るの遅れてイライラさせちゃったのがいけなかったんです。それに弁償もしていただいたのでお気になさらず!」

「ああ……酔いも覚めちまったし飲み直そう……」


 これからは調子に乗るのは止めよう……もう二度とあの仮面野郎と関わるのはごめんだ。


「お待たせしました。そういえばお客さんはギルドのメンバーの方ですよね?」

「ああ」

「大規模クエストには行かれなかったんですか?」

「んー行きたいけど、俺らの実力だと死にかねないって結論が出てっからな。だから今は力を付けることに集中してたんだ」

「そうだったんですね~でもその選択正解だったみたいですよ?」

「は? どうしてだ?」

「あんまり大きな声では言えませんけど――」


 へーそんなことが……え?


「え!? 俺そんな寝てたのか!」

「はいそれはもうぐっすりと」

「まぁ疲れてたしな、それにしても神命教が魔物を強化して大パニックか……運が良かったってことか?」

「ですねぇ~」

「そういやあの仮面はどこ行ったんだ?」

「仮面の人は血相を変えてお客さんをここに置いていくと、さっきの一言残してすぐにどこかへ行っちゃいましたよ? もう大分前の話ですけど」

「居ないのか、ならいいや」

「おぉ~い姉ちゃ~ん! 注文頼む!」

「あ、はーい! お客さんは次は飲み過ぎないようにしてくださいね!」


 俺は半分残してるビルテンモルグを抱えて応じた。

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