第32話 成長の兆し【イド】
影を倒して少し、痛みに耐えているアキラはアニマ修練場から未だに出ることが出来ずにいた。
「くっそぉ……この傷はヴィシュじゃ直せないのか……っていつになったらここから出れるんだ?」
アキラは亀裂は直せても手に空いた穴はヴィシュでは治せないことに気づく。それ程の威力がインパクトドライブには宿っているらしい。
アキラがバッグからポーションを出す直前、アキラの目の前に人魂のようなオレンジ色の炎が現れた。揺らめいている様子は本当に人魂のようだ。
「なんだこれ? 触ればいいのか……火傷しないよな?」
アキラが恐る恐る手を伸ばして炎に一瞬だけ触れ、温度を確かめようとする。かなり慎重にことを運ぶアキラを嘲笑うかのように人魂は消えてしまう。
「え!? ちょっと待て! こんなん焦るだろ!」
アキラが吸収するように消えた人魂を見て焦り、必死で手を振ってしまう。
どうにも出来ないと知って気まずげに触れた部分を見ていると、勝手にシヴァとヴィシュがアキラの目の前に現れる。
「え? なんで?」
落ちないように咄嗟に受け止めようとするが、実体が無いのか、触ることが出来無い。
「なんなんだこ……れ?」
突如としてアニマ修練場全体に響く声がする。
『修練を修めた者よ、その証としてオルターを次の段階へと成長する権利を与えよう。オルターは本能から目覚め、イドをその
何かを示す老成した声は、一方的に告げるだけで聞こえなくなってしまう。そして宙に浮いたシヴァとヴィシュヌは、影が使っていた【イド】と呼ばれた輝きを放ち、アキラの中に入って消えてしまう。
「……え? これで俺もイドってのが使えるのか?」
【イドの解放を確認】
条件を満たしているため、イドが目覚めました。
アキラが疑問を声に出してからヘルプのようなメッセージがウィンドウに現れた。それを読み終えてから消すと、途端にアニマ修練場に入った時のように景色が変わった。
「っは! 戻ってきたのか、手も治ってて本当によかった!」
アキラはアニマ修練場から死んだ時同様、元の椅子に戻されていた。そして目の前に宝箱がある。
ゴブリンを倒した時の素朴さは感じられず、膝丈程ある大きさで、白く光輝いたプラチナの宝箱だった。それを開けると、中に本と装備が入っている。
「は、初めての……装備! 本は、何々【アニマ修練場】ね……あとあと! 今はこの装備だ! グローブかぁ丁度いいぞ! 多分!」
テンションが上がっているアキラは今までの苦労が報われた思いだった。そしてその装備と本をバッグにしまって装備と本の説明を表示する。
【ミリタリーグローブ】クラス:シニア
軍事工房ヨランダで製作されたグローブ。拳を守り、銃の反動を抑えてくれる。
【アニマ修練場】
アニマ修練場について書かれている。
「なるほどな、早速装備しよっと!」
説明を読んで満足したアキラは早速バッグからミリタリーグローブを取り出す。色は全体的に黒で、指の甲と拳を守るプロテクターが付いている。
素材は樹脂で出来ているらしく、軽い音と硬質な感触だ。
付けてみればピッタリ肌に吸い付き、指同士擦っても生地独特のつっかえがなく、関節を畳むように拳を握っても、厚ぼったさを感じない。
中の手を守るための、衝撃を緩衝する素材が入ってはいないか心配だが、軽く叩いてみてもまったく影響が無いのを考えると地球の指標で計ってはいけない気がしてくる。
プロテクターのごつさとは違い、内側は薄く作られているようだ。メッシュ加工もされているのか、蒸れをあまり感じず、シヴァを実際に握っても窮屈さは素手より若干ある程度だ。
とても優秀な防具にアキラの顔はご満悦だ。
「なんだろう、苦労して入手した装備が良いと、どうしても嬉しくなるな。シヴァもそう思うだろ!」
『ウンウン!』
「だろ? 今ならシヴァの声も聞こえる。それ位高ぶってるみたいだな、もしかして今ならヴィシュの声も……ん?」
アキラは確かに、手の感触からシヴァが喋る声が聞こえた。気のせいでは無いのだ。
「あれ? シヴァ、お前喋れるの?」
『ウン!』
「これも、イドって奴に成長したからか? ってことはヴィシュも!」
すぐ左手にヴィシュを呼び出してアキラは問いかける。
「ヴィシュ、お前も喋れるのか?」
『ソウ』
「なんか控えめだな」
『ソウ……』
時々手に来る感触でコミュニケーションを計っていたが、印象通りの返事だった。シヴァは元気で、ヴィシュはあまり感情を表に出さない物静かなイメージだ。それが返事の仕方と手に感じる感触で印象通りなのがわかった。
「ん~なんか違和感あるな? 二人とも同じ言葉しか喋れないのか?」
『チガウ!』『イエ』
「じゃぁ、それ以外の言葉は話せるのか?」
『チガウ!』『イエ』
「ってことは『はい』か『いいえ』なら言えるのか?」
『ウン!』『ソウ』
「なるほどな、なんか意思疎通が少しでも出来るようになると嬉しくなるな」
ダンジョンに入ってから閉じ込められたような物で、回帰の泉で心が安定しても精神はより傷が付きやすい状態になっていく。
(ん?)
なんとなくシヴァとヴィシュを眺めていると、ヴィシュに青いラインが一本入っているのが見えた。緑、青があり、その後は何も光っていない。それを含めて今後のことを考える。
(シヴァとヴィシュと喋れるようになったけど、このダンジョンをさっさとクリアする方が先決だ。
ホームの心配をするアキラだが、すぐに目の前の目標を片付けるために準備をする。
(いや、それは戻った時に考えればいいか、今はイドについて詳しく調べとかなきゃ)
アキラは指を滑らせてオルター画面でシヴァとヴィシュを確認する。青いラインについても、皮肉だがアニマ修練場の戦いで見たことはあったので予想は付いていた。
【オルター】
名前:シヴァ
タイプ:
詳細
アキラの
遠距離型の攻撃方法とは真逆に、シヴァに触れている限りDEXの値が条件によってSTRに加算されてしまう。そのため、シヴァ装備状態での遠距離攻撃は著しく低下した状態になる。超至近距離のみ効果を発揮する【インパクトドライブ】を銃弾に宿す事が出来る。
イド状態の遠距離射撃は反動が大きくなる代わりに、通常の威力で攻撃出来る。また【インパクトドライブ】を使用すると、VIT値が低い場合自身にダメージを負う。
名前:ヴィシュ
タイプ:
詳細
アキラの
1.【
命中した対象の
一度バフが切れると
2.【クイックメントI】※イド以上限定
命中した対象の
3.-
アキラは説明を読んで戦い方を組み立てる。
(制約が多いけど益々近接特化になったな、一応イドってのにすれば遠距離攻撃は出来るけど、なんだろう……凄く不安だ)
オルターのメニュー画面を閉じると、アキラの目の前にヘルプが現れる。
【HELP】
オルターを召喚状態で
成長状態は、安定するまで長時間維持出来ません。戦闘で魂の質を高め、魄を定着させましょう。
「イドの横に【定着】ってあるけど……パイオニアの修練が原因かな。手間が省けてるならいっか」
アキラはアニマ修練場での成果が、オルターにも影響を与えていることを薄々察している。そのおかげで常にイドにすることが出来るのだから気兼ねなく使用できる。
「それじゃ、いつもの回帰の泉で試しますか。インパクトドライブは使えないけど」
『!』
「大丈夫だよ、そのうち使うから」
『ウン!』
アキラはシヴァを宥めてから回帰の泉でオルターの確認を行った。イドに達したアキラがこのダンジョンをクリアするのは時間の問題だろう。
難易度がパイオニアでなければの話だが、今のアキラに“最後の先”を知ることは無い。
「よし、こんなもんかな」
アキラはシヴァとヴィシュのイドに成長した状態のスキルやバフ、銃の威力の確認を終えた。
結局、回帰の泉とアニマ修練場を往復するだけで、先にある大広間へは入らなかったがこれからは違う。ダンジョン依頼の一つを達成し、残りはダンジョンボスの討伐を残すのみだ。
「行きますか」
その一言を最後に、回帰の泉を後にする。
大広前の道には今までに無い光源が現れた。道は洞窟を舗装したかのように歪ながら、道が整えられている。その左右の壁には一定間隔に
この通路は他とは違う何かがあると思わせる順路を進んでいくと、青銅で作られたアーチ型の両開きするタイプのドアが見えた。
「ここのボスは多分ゴブリンだよな? 随分気合い入った造りだな」
モンスターが未だにゴブリンしか出ていないことから、アキラがボスの傾向を予測して扉の前に立つ。
「さぁ、とっととボス戦終わらせるぞ!」
意気込むアキラはドアに両手を当て、押し込む。
「ふんー!」
更に押し込む。
「んんんー!!」
扉は、開かない。
「なんで開かねぇんだよ!」
アキラが悪態を突きながらドアを蹴る。鈍い音が鳴るだけで扉は開かない。
「……」
アキラは無言でシヴァとヴィシュを呼び出す。
「シヴァ、ヴィシュ、イドにしてくれ」
『ウン!』『ソウ』
シヴァの元気な返事とヴィシュの素っ気ない返事が腕から伝わる。瞬間、シヴァの三本の赤いラインが真っ赤に光り、黒の銃身を瞬く間に赤く染め上げる。
その輝きはルビーのような宝石の鈍い光を放っていた。
ヴィシュも同時にその緑の銃身をエメラルドの輝きに染め上げる。それを見届けたアキラは、自身のこめかみにヴィシュの銃口を押しつける。
既に、アニマ修練場で数え切れない程行ってきたその行動にぎこちなさは見られなかった。怯えも無ければ気にもしない、自然な動作で引き金を絞っていく。
『カァァン!』
影で聞いた遠くに響き渡る金属同士のぶつかる音が遠くに響く。アキラは自身のバフに【賦活】が付与されたのを確認し、時間が表示されなくなっているのを見て更にヴィシュに指示を出した。
「ヴィシュ、クイックメントIを使う」
『ソウ……』
ヴィシュが返事をするのと同時に、エメラルドの銃身にある三本のラインの真ん中が青く銃身を浸食し、サファイアのような美しさに染め上げる。
アキラが再び、引き金を絞ってヴィシュの特殊弾をその身に当てる。先程と同じ金属音が鳴り、アキラのバフに【クイックI】が追加された。
アキラはクイックIIなら知っていたが、ヴィシュが習得していたのはIだった。ヴィシュにはまだまだ発展先が存在することを示している。
「それじゃ出来るかわからないが、こじ開けるぞ!」
インパクトドライブを使用すると反動を受けるため、アキラは蹴り破ることにした。シヴァを強く握れば握る程、三本のラインが一つ、また一つと光を強くする。
その分アキラのSTRが増えていき、筋力が上昇していく。三本全て光ったのを確認すると、修練で学んだ身体の使い方や力の入れ具合を確認する。
修練場の影が【イド】の状態で【クイックメントII】を使って消える程の速度で移動をしたが、その速度に追いつかないまでも、人としては有り得ない速度で動けてる実感がある。
動体視力も強化されているらしく、動きに目が追いつかないと言うこともなかった。
今ならこのダンジョン内のゴブリンが何匹来ようとも殲滅出来る程の自信をアキラは手にしている。
後方にステップを踏んで助走距離を取り、強化状態のアキラはドアに向かってダッシュする。
地面が石のおかげで、足場を利用して得たその速度は通常の人生では、一生出すことの出来ない加速を生み出す。更に扉直前で強化状態の筋力で地面を踏みしめ、身体を回して、捻りを生み出し、最高威力の後ろ回し蹴りを扉に向かって放つ。
その威力は吊された鉄球クレーンが壁に衝突する程の破壊力を感じさせる勢いで、青銅の扉が歪んで吹き飛んでいった。
「……イドでこれって、この先どうなるんだ?」
アキラの心配は吹き飛ばした扉の行方では無く、今後成長するオルターの行く先だった。
「ゲームの扉って普通壊せないけど、やっぱこの世界はシステム的なのはあっても壊れるもんは壊れるんだな」
アキラは素っ気なく言いながら強化状態のまま扉があった跡を通る。少し先に歪んだ扉が倒れているが、気にせずその上を歩きながらヴィシュのバフである【クイックI】を解除するために、ヴィシュの引き金を押し込む。それだけでバフは解除された。
身体に押しつける必要が無いらしく、そのまま先へ進む。無防備に見えるその行動だが、周囲の気配は感じ取れる程アキラの感覚は研ぎ澄まされている。
見えない世界での戦いは、気配すら感じ取れなければ抵抗も許されない。そんな果てに身につけた技術は、アキラの油断無き余裕を実現させる。
中に入って改めて気づく。大広間だが、未だに敵の姿形も見えない。
しかし、アキラを見つめる何かがその広間には居る。遠目に見られる視線までを探知する術は今のアキラには無い。
それに気づかないまま歩くと奥に扉が見えたので、そこへ向かう。
扉までもう少しというところで違和感を感じた。見られているのに気づかなくても、状況に対してあまりにも静かすぎることには感づく。
(おかしい……こんな所に何も無いわけが無い。なんだろうな、これ以上一歩も進みたくないな)
アキラが急に立ち止まったせいか、アキラを見つめる存在は訝しむ。ばれたのでは無いか? と不安に感じる。そんな中、アキラは良く周囲を観察し始めた。
(何も無い……あれ? 天井も無いっておかしくないか? ここは洞窟の筈だろ)
アキラが天井が見えない程に暗いことに違和感を抱く。淡く光り輝く洞窟だったが、なぜ天井だけ何も無いのか? それ程の深い穴でも光源くらいは見えるのにその先は闇だった。
アキラがその理由を考え始めた時、それを機と感じたアキラを見つめる存在が状況を動かした。
「!」
いち早く何かに気づいたアキラは、即座にしゃがみ込んで頭上を通る何かをやり過ごし、両手を地面に付けて力一杯押し込み、馬のように後方を片足で蹴り上げる。
「ギィ!」
反射的に反撃したが、そこにはダンジョンで見たことの無いタイプの黒いマスクをしたゴブリンが居た。攻撃直前まで気づかなかったのはゴブリンの頭上にある【アサシン・ゴブリン】と書いてあるのを見て大凡の察しがつく。
気配を消す術を持ったゴブリンが序盤のダンジョンに居たのだ。パイオニア限定で出現するとしか思えない存在だ。
いきなり攻撃してきたのも、答えは単純に既に敵の警戒範囲に侵入していたからだろう。派手な演出が無いだけで既に現れていたのだ。
しかし、この
「マップは便利だな、全ての敵の位置だけはわかる。相変わらず見えてない奴も居るけどな」
マップを見つめつつ、赤い点が増えるのを確認したままアキラは察する。
終わりは近いのだと。
アキラを見つめる存在は奇襲に失敗したが、驚きはしていない。これも想定の範囲内なのだろう。
もしアキラがアニマ修練場を経由せずにここに来ていれば、確実に一撃貰っていただろう。死にはしなくても重傷を負っていたはずだ。
もしかしたらその奇襲が原因で死んでいたかもしれないが、既にある程度の力を手に入れたアキラはそんな有り得なかった未来は考えない。
「取り敢えずこいつら倒すか」
アサシン・ゴブリンは初めて見たゴブリンとは違ってアキラの胸元程度の背丈しか無い。かといって貧弱なイメージは感じられず、蹴り飛ばされてもすぐに起き上がって逃げるように退く。
「は? なんでそっちが逃げるんだ?」
ここでアキラは疑問を抱く。
今までとは違う猪突猛進な敵とは違った“何か”があるのではないか?
そんな疑念を抱きつつ、アキラ対アサシン・ゴブリン戦が幕を開ける。
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