第114話 続・華と夢衣の疑問


エゴやエゴ使用時のスキルについてこの際まとめてます。









 夢衣のお腹を一通り揉んだ所で華は落ち着きを取り戻していた。


「ごめん、ちょっと取り乱した」

「あんなわちゃわちゃ揉んでちょっとー?」

『仲がよろしいんですね』

「まぁね! 一応幼馴染みだし!」

「あんたに一応って付けられたら私の立つ瀬がないじゃない!」

「一応だもん!」

「一応じゃない!」

「もん!」

「うっさい! 日本語を喋りなさい! もう……私達はちゃんとした幼馴染みでしょう――が!」

「あいたぁ……」


 夢衣はおでこを軽く抑えてチョップしてきた華をにやにやして見つめる。


「そうだよねぇ、ちゃんとした幼馴染みだもんねぇ」

「恥ずかしいから顔近づけるの止めなさい」

『顔を赤くしている華さんと嬉しそうな夢衣さん。仲の良さは伝わりましたが、エゴについてはもうよろしいのですか?』

「「……お願いします」」

『? それでは続けます』


 トリトスは落ち着いた合間を狙ってただ疑問を向けただけなのだが、華と夢衣は恥ずかしさと申し訳なさを綯い交ぜにした雰囲気を滲ませる。疑問符を浮かべながらもトリトスは申し出に答えた。


『と言っても先程言ったようにアニマを変質させる手段というだけなのですが、勿論それだけではないのはご理解していますね?』


 トリトスが体調不良で息を整えている翠火と未だ気絶しているリョウを見る。


『彼女らのようにエゴの使用は魄とソウルに多大な負荷を掛けます。具体的に言うと――』

「あたし話の流れでわかるよ!」

『では夢衣さんにご説明願いましょう』

「えっとねー、魄を変えるってことは型を変えちゃうわけだよね! そうすると苦しいってこと!」


 夢衣が説明が終えた感を出すが、当然それに待ったを掛ける人物が居る。


「……え、終わり? あんたそれだとトリトスの言葉にちょっと付け足しただけになるけど」

「んー説明が難しいぃ……ほんとにわかってるんだよ?」

「……」

「ほ、ほんとだってぇ! そんな目で見ないでよー!」

「はいはい、何年一緒に居ると思ってるのよ? それ位わかるわよ、私もなんとなくはわかってるんだけど上手く説明できないし。だから先生・・に正解を聞きましょ」

「はーぃ……」


 説明出来ることとわかっていることは当然イコールではない。説明出来て初めてわかった・・・・から理解・・になる。華は夢衣が朧気ながらわかっていることを理解しているので諭すように告げると、華は続きをどうぞとジェスチャーで促した。


『大筋は夢衣さんの言葉で合っているので補足する形で行きましょう。魄を変質させると、魂にも影響が出ます』

「え!? 魂に影響を与えるの? さっき魄があるから問題無いって……」

『影響と言っても怪我や死亡のように致命的な状態には繋がらないので日常生活に支障はありません』

「う、でもなんで魄が変われば魂にまで影響が出ちゃうの?」

『それは魂魄の関係上仕方が無いのですが、別の例えで表現しましょう。ここに水風船があるとします。既に水が詰められている状態をイメージしてください』


 トリトスが有るはずのない水風船を摘まみ、手のひらに乗せるジェスチャーをする。


『わかると思いますが水風船のゴムは魄です。そして中に入った水を魂としましょう。オルターの初期段階【本能】は水が入っている状態を指し、ギリギリまで水が入って膨れあがった状態を【イド】とします』


 華と夢衣があまたの中で思い浮かべながら軽く頷くのを見て続ける。


『現在この水風船はイドになり、今にも破裂しそうな状態になっています。そこで水風船をひしゃげる程握るとどうなりますか?』


 てのひらに水風船が乗っているのをイメージしたことを前提に、トリトスが握る動作をする。


「なんか瓢箪ひょうたんっぽい形になると思う」

『はい、それではそのイメージを元に説明します。魄の働きで瓢箪のように器を変形させたこの状態をエゴとお考えください』

「なるほど」

『それではこの中に入っている水はどう動いていますか?』

「え? それはそのまま水風船の形に変わってるんじゃない?」

『その通りです。ですがここで思い出して欲しいのは魂は本来なら見ることも触れることも出来ないが、影響は与えられるという点です』

「そういえば……」

「ふむふむ」


 華と夢衣の納得感が伝わったのを見てそのままトリトスは解説を進める。


『ゴムという魄によって中身の水という魂は見ることも触れることも出来ません。しかしこうして器を変えれば、魂をその形に変えるという影響を与えることになります』

「でもでもぉ、なんでそれが魂に負担を掛けるってことになるのかなぁ?」

『では夢衣さん、割れない水風船という前提でいきなり強く力を込めると中の水はどうなります?』

「んー割れないならぎゅって押し出されて中の水はぐるぐる回るんじゃないかなぁ? でもそんなことになったら……どうなっちゃうの華ちゃん?」

「え、なんで私に振るのよ」

『握ったゴムはある程度でその形を留めますが、水はいきなり止まらず少しの間動き続けます』

「まぁ……そうなんじゃない?」


 肯定の声と同時に翠火が身を静かにゆっくりとお越し、トリトスを見る。意識はあったのか、話を聞いていたようで生徒が一人増える。増えたにしてはその表情は先生に向ける物ではないがお面で隠れているため誰も気づかない。


『水風船のように魄は止まっても魂は動き続けるのです。基本的に魂とは不動の物、日常生活では決して影響を与える物ではありません。それを強引に動かすということは、雪山で大声を出すのに等しい行為です』

「山で大声を出すのってそんなに変かなぁ? あたし絶対やっほーって言っちゃう」

「普通の山ならいいわよ、でも雪山で山彦やまびこなんてやったら雪崩を起こしかねないのよ?」

「えぇ!」

『そして一度動き出した流れはそう簡単には止まりません。魂も同じく魄の変形した影響で動き続けます。普段動くことがない物が動き続けるということは、それだけでとてつもない負担になるのです』


 そこで言葉を句切り、トリトスは息の整い始めた翠火を見遣る。すると解説を聞いていた翠火が疲れ気味に口を開いた。


「魂に負担をかけたからこれほど疲れるのでしょうか?」

『そうです。正確には魂が動き続けた結果、器である魄の中を引っ掻き回しているせいで肉体に影響を与えたのです』

「ではリョウさんは私と違い、なぜ気絶を?」

『負担の許容値を超えればリョウのようにアニマが耐えきれなくなり気絶します。これは安全装置のような物で、これ以上使えば命に関わるサインでもあります』

「なるほどねぇ~」

「随分上手い具合に出来てるわね」

「それにしてもトリトスさんはオルターなのに博識なんですね」


 翠火が何かを探るような聞き方をするが、トリトスは機械でありオルターだ。特に動揺することなく簡単に返す。


『オルターだからです。オルターに関する知識はそれなりにあります』

「そうですか、そういえばトリトスさんはエゴまでですよね?」

『はい』

「私の焔もエゴまで出来ますが、喋り方はあまり流暢ではありません。何かコツとかあるんですか?」

『私は機械ですが頭脳はAIです。会話程度はそつなくこなせますが、オルターの口調は段階が上がれば流暢になっていきます』

「……そうですか」


 これ以上の質問を翠火は止める。キツネのお面でわからないが、もし顔が見れるのならばその表情はかなり神妙な面持ちをしているだろう。


「翠火ちゃんは気絶しなかったけどリョウちゃんはなんで気絶しちゃったのかなぁ?」

『それはオルタースキル【未来予測フューチャライズ】を3回使用したせいですね』

「え? オルタースキルを使うと魂に負担が掛かるの?」

『いえ、負担が掛かるのはエゴの状態で使えるスキルに限ります。それと時間の経過と共に掛かる負担もあるので疲弊の原因はスキルだけではありません』

「質問ばかりで悪いんだけど、未来予測ってどんなスキルか聞いてもいい?」

「華さん……それは不味いのでは――」

『構いませんよ』

「「え!?」」

「翠火ちゃんはとにかく華ちゃんは自分で聞いたのになんで驚いてるのかな?」


 華は夢衣の言葉を置いてトリトスに対して再び聞く体勢を取る。名前から予想出来るであろうスキルの全容が気になって仕方がないらしい。


『未来予測は単純です。未来に予測出来る・・・・・全ての映像を見ることが出来るスキルです』

「え……そんなの反則じゃない?」

「うんうん」

『そうでもありません。このスキルが重要ではないと言った理由はデメリットが多すぎるからです』

「デメリット……ですか?」


 翠火の問いに答えるべく、トリトスはリョウを見下ろしながら語る。


『はい、このスキルは私とリョウ、どちらも万全でなければ使用出来ません』

「?」

『才能とAI故の計算能力とだけ、他のデメリットは未来の選択肢が多すぎることです。ある程度絞り込めば数百通りしかありません。限定された状況ならば殆ど予知に近いことが出来ます。逆に絞り込まなければまなければ数千数万、状況によっては数億と候補が上がりますね。候補を絞らなければ負担にしかなら無いスキルです。そしてソウルの消耗が著しく高く、アニマにかかる負担はご覧の通りです』

「数億……」

『はい、そしてここまで手間をかけたとしてもそれが正しい未来なのかはわかりません』

「えぇ~なんで?」


 情報の収集や現実可能なパターン、絞り込みや選別等で膨大な処理をした上で魂の消耗を強いられるこのスキルはリョウとトリトスだから実現可能な物だが、それでもまだ懸念材料がある。


『それは未知の外的要因が存在するからです』

「未知の外的要因?」

『私達の予測は現時点で収集した情報を元に候補を選び抜きます。ですが、目に見えずマップでも確認出来ない現時点で不明な情報までは予測外なのです』

「でも今回は私達が現れることまで予測出来てたんでしょ? なら……」

『リョウのマップ貴方達の位置は確認済みでした。そしてオルターを顕現させたのを見れば、折を見て介入すると予測するのはそれ程難しいことではありません。それに今回邪魔してきた奴らは全て排除・・されていたのを確認しています。そのお陰で先程言った限定された状態を利用して未来を特定するのはそれ程難しくはありませんでした』

「排除……」


 トリトスの放った言葉はスキルの解説よりも、翠火の意識を変えるには十分な物だった。


『はい、ジェノサイダーが全て殺していきました。気絶させた相手も戦闘に巻き込まれて全員絶命しています』


 あまりにもあっさりと告げるトリトスの言葉は、場の空気を冷やすには若干強すぎる位だ。トリトスの素直すぎる性格と抑揚のない語りは不気味な印象を抱かせる。


「アホ!」


 そんな空気を変えたのは目が覚めたリョウだった。


『おはようございます。もうよろしいのですか?』

「いや、オレがアホって言ったことを気にしてよ」

『あぁ、あれは私に言ったのですか?』

「そうだよ!」

『てっきり寝言の類いだと思っていました』

「お前はなんでオレに対しては扱いが雑なんだよったく……」


 いきなりの掛け合いに若干空気が変わる。その隙を逃さないように翠火が尋ねた。


「もう起きても大丈夫なんですか?」

「ああ、こいつがオレの服を清涼感たっぷり染み渡らせてくれたお陰でね」

『効率を優先したのです』


 そう言って手を差し出すトリトスと当たり前のように手を取るリョウは何不自由なく立ち上がる。


「エゴを解除する前に見た未来予測だと確かに安全だったけど、誰も来ないとは限らない。早くここを離れよう。アイテムボックスはオレが回収しとくから先に行っててくれ。後で街に戻ったら箱を開けよう」

「そだね!」

「じゃ行きましょうか」

「……わかりました。お任せしますね」


 各自言葉を交わして一時、解散した。




 金色に輝くアイテムボックスを回収したリョウは、ゆっくりと歩きながら翠火達を追う。その後に続くトリトスに顔だけ向ける。


「ねぇトリトス」

『なんでしょう』

「オレが大分前から起きてたのはわかってただろ?」

『勿論です。起きようとするつもりが無いのはなぜかわかりませんでしたが、触れない方がいいと考え、そのままにしました』

「それってさ、何でもかんでも目の前のことを最優先するお前からしたら大分進歩したと思わないか?」

『……』

「前には出来なかった空気を読む……じゃないけど相手のことを考える気遣いが出来てるんだよ」


 前に向き直り、トリトスとの過去に思いを馳せるリョウにトリトスは言葉を発せずにいる。


「って言ってもそれがオレだけなのは問題なんだけどさ。もう少し回りにも気を配ってもいいと思うんだ」

『……それは先程のリョウが起き上がる前のことですね』

「お、わかってたのか?」

『私は空気を読むという感覚は非常に難易度が高い処理だと考えます』

「それは言い過ぎ」


 リョウのツッコミに反応せずトリトスは続ける。


『しかし人を排除するという言葉を発してから会話のテンポがおかしくなったのは理解していました』

「そうだなオレもあれはいけないと思った」

『はい、ですが私達の進行を邪魔する者を排除した・・ではなく排除された・・・と表現したのですが、何が問題だったのですか?』

「……そっか、お前なりに気を使ってたんだな」


 通常ならトリトスは若干早めに歩を進めるのだが、いつまでもリョウを追い越さずに後ろを歩いている。彼女なりに何かを悩んでいるためリョウに意見を聞きたいのだ。


「よし、それじゃ何がいけなかったか考えを言おう! まず第一にお前は間違ってない」

『?』


 トリトスは自分が間違えたと考えていた。しかしリョウはそれを否定する。なのに益々状況がわからなくなってしまう。


「人間って難しくてさ、間違ってなくても間違えちゃうことがあるんだ」

『真剣に答えてください』

「真剣だって、今から理由を言うからさ」

『……わかりました』

「ふ、不満気だな、そこは上手く表現出来てると思うよ」

『この顔は元からです』

「はいはい、そんじゃ言うけど排除されたって合ってるけどトリトスは人が死んだって意味で言ったんだよね?」

『そうです』

「それがいけなかったと思う」

『どうしてですか?』

「この世界は死って当たり前にあるけど、少なくとも翠火さん達はそのことを快く思ってないんだよ。自分達は勿論相手であってもね」

『はい』

「女の子は繊細だからトリトスが機械的に排除って言うから怖かったんだと思うよ」

『……怖いですか?』

「その後もジェノサイダーに殺されただの、全員絶命しただの、チョイスがおっかないんだよ」

『なるほど……ではリョウならなんていいますか?』


 直接的にしか表現出来ないトリトスは対処方法を聞くが、リョウは言い笑顔で言い放つ。


「自分で考えよう!」

『……貴方らしいですね』

「オレは生き残るためにお前とで会うまで必死に考えたからね、種類は違うけど考える苦悩は分かち合おうな!」

『わかりました』


 トリトスの無機質だった表情は変わらない。しかしリョウを追い越して歩き始める足取りはいつものように先へと進むのがたまらなく嬉しい彼女らしい物だった。


「そんなに難しいことじゃないんだ。お前程皆は状況がわかってるわけじゃないけど、コミュニケーションを取ればそれだけで伝わることもあるんだぞ、トリトス」


 リョウはトリトスに聞こえない声音で自分を置いていこうとするトリトスに語りかけた。








次回から主人公に戻ります。

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