第113話 華と夢衣の疑問
快晴を知らせる温かい太陽の温もりとその光を影にして生まれる木陰は、ピクニックが出来そうな程朗らかな環境に見える。ただその地面が所々焦げ、土は捲れるように掘り返され、一部香る腐臭までも許容できる寛容な精神を持った者という有り得ない前提があればだ。
本来ならそこは鬱蒼としていて空を見ることも困難な森林だった。
しかし、それは翠火率いる4人パーティがデッドマンズツリー・ジェノサイダーを倒すために発動したユニゾンスキルが原因で変わってしまう。発動したスキルによる爆発が見上げるだけなら気持ちのいい環境を作ってしまったのだ。そしてその内の1人である華はバスターソードを握る手が興奮で震えているのにも気づかず、収まらない感激でポツリと零す。
「こ、これがユニゾン?」
その呟きと共に何か重い物が倒れる音を耳にする。
「……あ、翠火!」
倒れているのは殆ど手傷を負っていないはずの翠火だった。その身体に刻まれていた紋様は形を潜め、異常な程白かった肌は若干青ざめている。
「大丈夫!?」
「う……な、なんとか」
急いで駆け寄って華が膝枕とポーションを取り出して介抱する中、異常な程汗を流す翠火は声だけで返す。今の翠火を見れば病弱に見える肌と汗が
「ほら、ポーション飲んで」
「あ、りがとう……ございます」
「喋んなくていいから」
「……」
清涼感のある味わいを黙って飲み下す翠火だが、見る者が見れば喉の鳴る光景に釣られて劣情と共に何も飲んでいないのに喉が鳴ってしまう光景だがそんな二人に大きめの影が射す。
『ここは暫く安全地帯となります。リョウと翠火の体調が戻り次第帰還しましょう』
そこにはぐったりとして意識を失ったリョウをお姫様抱っこしたトリトスが居た。
「リョウは大丈夫なの?」
『ええ、特に外傷はありません。暫くすれば問題ないでしょう、出来ればポーションをいただけますか?』
「ええ、ちょっと待ってね……はい」
『ありがとうございます。私はバッグには触れませんので助かります』
そういって受け取ったトリトスはリョウを降ろして仰向けにし、ポーションを全身に振りかける。
「ちょ、乱暴じゃない?」
『多少服には染み込みますがクリーンを使えば問題ありません。それにエゴで負担した
「そういうことじゃなくて、トリトスは可愛いのにそんな粗雑なことばっかりしてるともてないわよ?」
『私はリョウのオルターです。煩わしいトラブルが回避出来るのであればもてない方がよろしいかと』
「……そういえばそうなんだけど、さ」
華はトリトスをオルターと理解はしている。しかし、理解はしていても言いたいことが伝わらずにもやもやしてしまう。
綺麗に整えられた
華はトリトスが機械だということを忘れてそのポテンシャルに見向きもしないのを勿体なく感じていた。
「はぁ~ま、いっか。そういえばあの人達は?
『それも含めて心配無用です』
「そうなの?」
『はい、ジェノサイダーを倒した後に
「未来予測……ってどんな能力なの? ってこれ聞いても良いのかな?」
『それほど重要なスキルでもありませんので構いません』
「知りたい知りたーい!」
元気で能天気な夢衣の声が聞こえる。いつの間にか華とトリトスの会話が聞こえる程近づいていたようだ。
「あ、夢衣! 大丈夫だった?」
「うん! ユニゾンのせいでMP切れただけだからねぇ、一応エーテル飲んどいたぁ」
「ならよかった……そうだユニゾン! 未来予測も聞きたいけど私達まだエゴに出来ないからそっちが先に知りたい! トリトスわかる?」
『ええ、少し長くなりますがよろしいですか?』
「お願い!」
「聞く聞く~」
『では語りましょう』
「「イェ~イ」」
気が抜けすぎたのか、仲よさそうにハイタッチする華と夢衣はすぐトリトスに向き直る。
『では確認します。“エゴ”とはそもそもどう言う物だと思いますか?』
「イドの次でぇ……うーんとねー」
「私は翠火とリョウのエゴを見て姿形が少し変わったのと凄く強くなったってことしかわからないわ」
「……あー! 今からそれ言おうと思ったのにー!」
「ふぅん、そうなの? 悪いことしたわね、じゃあ続きを説明してもらえるかしら?」
「うん! ……華ちゃんどこまで言ったっけ?」
「てい」
「あぁ……」
夢衣のウインクに華のでこチョップが炸裂し、抵抗の言葉も出てこない虚しく悲しい声が木霊する。不思議そうにトリトスはその光景を見るが、一段落したと察すると説明に移った。
『確かに見た目に多少の影響は出ますね。強くなるのもそうですし、認識はそれで問題ありません。ではなぜそうなるのかを詳しく話します。エゴとはイドのように人やオルターの魄を強化するだけではなく――』
「先生!」
『なにか?』
先程の気落ちを感じさせない夢衣の元気な声が上がり、トリトスは特に気分を害した様子もなく淡々と返事を返す。
「魄ってなんですか!」
『はい、魄というのは私や貴方達の身体を
「身体? 器?」
『難しく考えず、肉体のことと思ってもらって問題ありません』
「むぅ……見えない器ってこれのことよね?」
「やーん」
華がなぜか両手で夢衣の身体をペタペタと触る。夢衣は棒読みで声を上げるも軽く身をよじるだけだ。
「それってそれってぇトトちゃんも?」
『そうです。私は機械であってもリョウのオルター、人と同じ魄で出来ています』
「へぇ~、人の臓器とか筋肉とかもひっくるめてってこと?」
『その認識で大丈夫です』
「魄って凄いんだね~」
『先程の続きですが、イドはオルターとその所持者の魄を強化します。人によって魄の質は異なり、スキルや身体能力に大きな影響を及ぼします。レベル上げのように多少は鍛えることも出来ますが、専門的な鍛え方以外だとあまり伸びしろはよくありません』
「ならどうやったらちゃんと鍛えれるの?」
『限界はありますがプレイヤーが利用している魄修練場を利用するのが一番です。他には生命の危機を
「命の危機はともかくパイオニアに入るだけでいいのね? あ、でもパイオニアって……」
パイオニアに行けば帰ってこられない。これは華だけでなくプレイヤーやこの世界の住人の常識だ。
『はい、パイオニアを選択すれば魄を鍛えることは出来ますが生還は厳しいでしょう』
「ち、因みに、なんで?」
『大半は激痛に耐えきれずに自殺、中には精神の摩耗に耐えきれず痛みすら忘れて無気力になり無作為に時間が経過します。そしていつしか耐えきれなくなった魄が完全に崩壊し、その影響で
「へ?」
『パイオニアは魄に対して強制的にダメージを与えるのと、ステータスやレベルという概念が根本的に変わる影響で……失礼、これも脱線しますね。要はそれ程危険だとお考えください』
「わ、わかった」
『続けます。エゴはイドのように魄を強化するだけではなく、先程説明した見えない器、魄を変質させます』
「変質?」
『はい、魄を強化するには限界がありますが、それは魄が器の形そのままに縛られているからです』
「わかるようなーわからないようなー?」
華と夢衣は予備知識として魄について知ったため生まれた疑問だが、トリトスの説明はまだ終わっていない。
『大多数の生命は成長期を終えると、大きく見た目が変わることも無くなります。ある程度発達することが出来ても限界はあります』
「確かに」
『それは生命で決められた器に収まっているので自然の摂理として仕方がないことです。しかし、もしその器を変え、それに見合った身体になれば大小ではありますが何かしら影響するとは思いませんか?』
「「ああー!」」
『大きくなれば力強く、小さくなれば早く、皮膚の硬さや環境への耐性等々、極端な例ですが生命の大きさや状態はそれに特化した能力を有しています』
「なるほど!」
華が食い気味納得し、夢衣は何度も頷いている。
『それを利用したのがエゴです。エゴとは魄を無理矢理その器を変質させた状態を指すのです。そして――』
「あ、待った待ったぁ!」
『どうしました?』
「エゴってあたし達の身体の型を変えちゃうんだよね?」
『型? ……そうですねその通りです』
「じゃぁじゃぁ、なんで翠火ちゃんとかリョウちゃんはエゴになっても身体が大きくなったり小さくなったりしないの?」
「確かにそうね?」
尤もな疑問に華も頭を捻る。トリトスは華の言葉を若干引用して説明した。
『あまり難しく考えない方がいいでしょう。器を型と表現しますが身体を変えると言うことは環境に適用させること、所謂進化です。しかし進化に必要な期間は数百年、時には数千年の時を要します。型を変質させてもすぐに身体がその型通りに変わるわけではありません』
「ほぇ~上手く出来てるねーでも……」
夢衣が感心するようにトリトスの話に耳を傾ける。まだ気になることがあるようで、トリトスが付け加える。
『エゴで型を変質させても、進化と同じく型と同じ身体へと変化させるにはあまりにも時間が短いため対応が追いつかないのです。そのため身体に多少の影響は出てもエゴが解除されれば魄は元に戻るので型も元の形に近い状態へと戻り、肉体の影響もすぐ消えます』
「はぁ~よかったー」
夢衣がそれを聞いて大きな大きな安堵の息を吐く。
「どうしたのよ?」
「あたしエゴが出来るようになって筋肉モリモリになったらイヤだなぁって……」
「プフッ、ちょっといい加減にしなさい!」
「もー笑わないでよぉこっちは真剣なんだよ?」
「あんたはいつも極端なのよ、そもそもウィザードなんだから身体あんまり変わらないんじゃない?」
「あ、そっかぁ! 逆にお腹とか綺麗にくびれとか出来るかも!」
「そ、そうね、もしかしたら胸とかも――じゃなくて本題に戻らない?」
和やかになった雰囲気の中、華が先に進めると夢衣とは違った部分に期待する思いを掻き消す。
『問題が解決したようなので続けます。エゴはかなり特殊で今まで使ってこなかった自身の魂を消耗します。ですのでリョウと私を例に上げ――』
「先生!」
『なにか?』
「魂ってなんですか!」
「……」
夢衣もトリトスも無自覚が上手く嵌まっているのか、真面目な雰囲気で交わす同等の言葉と同等のテンポに華はまた笑いそうになるのを堪えて黙る。エゴについて一向に話が進まないのだがトリトスは何も言わず、夢衣はこう見えて真剣なためその雰囲気に笑いの沸点が再び臨界点を越えそうな華は勘弁して欲しいという思いを持って
『魂とは魄を存在させるための生命の根幹、命と言ってもいいですし精神と言ってもいい。生物の本能と言う意見もあるので、生き物にとって必要な何か、という
「えぇーなんで見えないのにあるってわかったのかなぁ?」
夢衣の純粋な指摘は驚きの回答を持って返される。
『その疑問は完璧にはお答え出来ませんが触りだけ、魂と魄は総じて
「「え?」」
『勿論起源については諸説あります。しかしそれらは全て研究が始まった後に
「か、仮説とかもないの?」
『勿論ありますがどれも有力ではありません。書物や石版と言った古代文明にも様々な記載が存在しますが、やはり発見方法も存在せず魂魄を前提で記されたり、間違っていたり抽象的な力として扱ったりと説得力に欠けます。中には宇宙人からの贈り物だと言い出す輩も居ます。現在では超古代文明であり、ロストテクノロジーとして扱う他ないのです』
「はぁぇ~……」
夢衣はなんとも言えない返しで固まってしまう。それを見た華はこれ以上この話を続けると夢衣が別方向に興味を抱きかねないと察して話を元に戻すことにした。
「魄って私とか夢衣とかの身体をその見えない器で作ってるのよね? 魂も似たような役割なの?」
『確かに仕組みは似ているかもしれません。ですが全くの別物です』
「というと?」
『先に述べたとおり魄は見えますが、魂は見えません』
「言ってたわね」
『そして大きな違いとして私達は日常的にも無意識的にも魄を扱っているという点です』
「え? 私達も無意識に……あ、そっか」
華が自分の身体と手に持ったオルターを見て納得する。
『こうして喋ったり動いたりオルターを扱うのは当然のこととして行われます。少し細かく言うなら扱っているというより、定められた器をただなすがままにしているという方が正しいのですが……』
「自覚ないもんねぇ」
『はい、ですが魂は見ることも触れることも出来ません。そして生命を保つ以外にもう一つの重要な役割があります』
「それは?」
『私達の存在を維持することです』
「「……?」」
華と夢衣が互いに見つめ合い、首を同じ方向へと同時に傾げる。トリトスはそれを受けて丁寧に解説する。
『生命はオルターも含めて魂が存在します。ですが……もし、魂に害意を与えてしまうとどうなるのか?』
「あ」
『華さんがお察しの通り、先程パイオニアで上げた内容と同じく受ける影響によっては魂の持ち主、その個体が存在ごと消滅します』
「し、消滅って文字通り消えちゃうってこと!?」
『そうです。魂があるからこそ魄は器を作ることが出来、魄があるからこそ魂は外部からその影響を受けずに済んでいるのです。もし魄を失い剥き出しの魂に害意が及べば個はその存在を維持出来ず、肉体は消え去ります。魂は魄という器を失った時点でほぼ詰んでしまうのです』
「でもでもぉ、魂には触れないんじゃ……」
『見ることも触ることも出来ませんが影響を与えることは出来ます』
「なんかずるいよぉ!」
『そんなことはありません』
「「え?」」
夢衣の言葉にトリトスは首を横に振る。
『そもそも魂を第三者がどのような形であれ影響を与えている。その時点でその人は九分九厘詰んでいます』
「それって、魄が壊れないと魂までいかないから?」
『はい、確かに内容としては恐ろしいかもしれませんが、落ち着いて考えれば魂に影響を与える程肉体に甚大な損傷を受けている。この時点で殆ど死亡していると言って差し支え有りません。そもそも影響を与えると言っても普通の手段ではどうすることも出来ないので気にするだけ無意味です』
「な、なんだぁ……もぉトトちゃん脅かさないでよー。どしたの華ちゃん?」
華が自分より大きい夢衣の胸に肘を当てて振り向かす。
「……なんて恐ろしい話なの……あんたが聞いたから変な知識付いちゃったじゃない」
「えぇ、あたしのせいにするのはよくないよぉ」
「人を笑わせようとしたり脅かしたり、質問の内容鋭かったりあんたは私をどうしたいのよ!」
「えぇ!? なんのこ――ちょ、華ちゃん止め――」
華の何かが切れたのか、夢衣のお腹を背後から揉み始める。
「そ、それで落ち着くなら好きにしていいよぉ……もぉ」
特にくすぐったいわけでもなく、ただお腹を捏ねられるという日常では味わえない複雑な感覚と気持ちを抱いて好きにさせることにした夢衣だった。
※流れでもう一話投稿したいです。出来なかったら察してください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます