第141話 破壊の概念デフテロス


《ん~この世界に来るとこの世界のルールに合わさないとならないから面倒くさいな~このルールを壊したらこの世界ゲームが崩壊するからやらないけどさ! どれどれ、例のアキラは魂だけの存在になっちゃってる筈だけどどうなってるのかな~オルターって言うのがあるから精神はギリギリ壊れてないと思うけど、それでも死を感じとってる魂が無事なわけ無いんだけどね》


 破壊の概念デフテロス、それはあらゆる存在ものを壊すことが出来る理外の存在。それは意思1つでアキラを生かすも殺すも文字通り決めることが出来る。


《あらら案の定消えかかって……お? 流石は一般人代表だね》


 何も無い真っ白な空間、そこにソレはあった。


《お~い! ……流石に意識は無いみたいだね。ならその間に僕用の身体も用意しておこうかな》


 薄らと淡い水色が白いキャンパスに描かれるようにその存在は虚ろだ。不定形で色のみが揺蕩う。


《魂が見える・・・程の濃さになってるね。どんな人生を歩んだらこれ程色が付くんだか……でも所詮・・は一般人かな。この濃さじゃ元はやっぱり無色? やっぱり過去の英雄達とは比べるべくもない、か》


 漂っているのはアキラの魂だ。この真っ白い空間に魂を連れてきたデフテロスは未だその場に姿を現していない。それでも独白は続く。


《歴史に名を残した人も陰の功労者として名を残さなかった人もこの程度・・・・の魂じゃなかったからね、色んな人の色を見てきたけどここまで酷いのは初めてだよ。まぁ普通の人にそれを求めるのはどうかと思うけど、どうしても比べちゃうね》


 そして空中に黒い点が滲み出るように溢れる。


《人型であればなんでもいっか……よしこれでいいや》


 それはただの黒、染みのように滲んだ黒が人型の体を取っているだけの粗末な物だった。子供が黒のクレヨンで輪郭だけ描いたような、ただただ不気味な存在だがデフテロスはそのような感性は持ち合わせていない。ただ人型を取ればいいとしか考えていなかった。


《ほらほら、さっさと挑戦して欲しいからね――いい加減起きてよね》

(っあ!?)


 自分勝手なその一言だけでアキラの意識は覚醒させられる。


(な、んだこれ?)


 周囲を見渡そうとも身体は動かない。いや、身体が無いことにも気づいていなかった。


《やぁ! おはよう》

(おは、よう? なんだこの黒いの)

《僕の名前はデフテロス! 自分で付けたんだこれ。どう? どう? 格好いいでしょ?》

(……………………舌噛みそうで発音し辛い名前だな)

《あ、そう? でも僕は気に入ってるからいいんだ! そんなことより、君は今どうなっているかわかるかい?》

(……そりゃ勿論――っ!? あいつは! あの化け花はどうした!?)


 アキラは声が出ていないことにも気づかない。自分では喋っているつもりであり、それが相手に伝わっているため気づけないようだ。


《君の最後の一撃で倒したみたいだね。おめでとう》

(よかった……ありがとう?)

《ん~お礼を言われるのはちょっと違うかな? 君死んでるし》

(――死、んで? は? こうして喋ってるじゃん)

《喋る? 僕は兎も角、君は目も合わさず声も出さないでいることを喋るというのかい?》

(……え)


 そう言われて自分の姿を見ようとする。だが視界は真っ直ぐに固定され動かない。辺りを見回すことも出来ない。


《君は今魂だけの特別な空間に居る。上手く動けないのも魂のコントロールが未熟なだけだよ。それと、後でわかることだから言っちゃうけど死んだと言っても本当に死んでるわけじゃないよ?》

(……)


 アキラは混乱しそうな頭で必死に思考を纏める。


(どうして、俺はここに居るんだ?)

《それはこれから君を試すため、僕が連れてきたからだよ》

(試す?)

《うん。あぁ、試す前にもし聞きたいことがあるなら教えてあげるよ。最後になるかもだしスッキリさせておきたいことがあるならどんどん聞いて! あっゲームのネタバレになるようなことは教えないからね! これは絶対だから!》

(…………何が何だか)

《そう? じゃ早速始め――》

(っ! 待て待て! あるぞ! 聞きたいことはちゃんとある!)

《あっ、そう? なら聞こうかな》


 こちらの事情をお構いなしに進めようとするデフテロスを前に、なんとか時間を獲得したアキラは細かい疑問は置くことにした。


(えっとだな……Soul Alterってゲームの筈だろ? 一体なんなんだよ?)

《あぁそれ聞く? ん~ネタバレしたくないから最後以外なら話せるけどそれでいい?》

(……それでもいいから教えてくれ)

《うん、それじゃ結論から言うとね? このゲームは僕が人に作らせた物なんだよ。僕は物を創れないからね》

(!)


 それは本能が動いたとでも言えばいいのか、アキラの動かなかった視界が一瞬デフテロスへと近づく。


《おぉ! 凄い凄い、一瞬だけ動けたね!》

(――で、続きは)


 目の前の黒い物体を捻り潰したくなる感情を抑えたアキラは続きを促す。相手の能天気な雰囲気はいつ話を止めてもおかしくない。それをギリギリ理性の働く内に理解したためチャンスを潰さないように務める。


《うんうん、人……というか。生物ってさ、どうしようもなく弱いじゃない?》

(なんの話をしてんだ?)

《まぁ聞いてよ! 災害に遭えば命を落とし、ちょっとした怪我も打ち所が悪ければ命を落とす。本当に些細なことで生き物という種は死んでしまう》

(生き物を種として扱うのはどうなんだ?)

《そんなことはどうでもいいの! それでもね? 弱いなりに生物は世代を重ねて強くなっていったんだ。喜ばしいことだよ……でもさ》


 喜びから一転、落胆するような溜が作られる。


《ある時、生物は成長することを止めてしまったんだ。そしてあろう事か、成長のためにある世代の積み重ねを数を増やすだけに使うようになったんだよ。勿論種によってはそれが結果なのかもしれないけど、少なくとも効率のみを優先した結果に先は無いんだ》

(……まだ何が言いたいかわかんないけどさ、それは完成したってことじゃないのか?)

《え? 完成? あぁ、言い方が悪かったね。逆だよ逆、数を増やすようになってから寧ろ退化しちゃったんだ》

(退化……)

《全ての生ける種には魂が存在する。そして身体を作る魄も存在する。この2つは表裏一体で切り離そうとも切り離せない物だ。あぁ僕とかは別に生きてないから魂魄とか無いし関係ないよ?》

(お前は何者なんだ?)

《その質問は後で答えるよ。んでね、ちょっと前までは沢山居たんだよ? 魂魄を利用することで超常の現象を扱う者達がさ。でも人の数が増えることでそんな一部の人達は異分子として虐げられたんだ。中には上手く付き合う人も居たけど結局は時間が経って消えるか、数の暴力で消えていったかのどっちかなんだけどね。自分達が窮地に陥った時は真っ先に頼った癖にだよ? まぁ虐げられたって言ったけど、そんな可愛げのあるレベルじゃ無い。あれは淘汰だね》


 アキラは言っていることが未だ朧気ながらしか理解出来ていないが、デフテロスの言葉には理解よりも先行して深みを感じる。


《その結果、超常の力を操る者達は隠れるようになりその数は次第に減り、今じゃ数えるほどしか居ない。そりゃ表に出たら数の力で押し潰されるんだから仕方が無いよね。でもそれって人としての限界を自分達で作ったってことでしょ? 一歩進んだのに自ら下がる。これが退化じゃ無くてなんなのさ? プロトスなんて数の力っていう限界のある物に負けるようならこの成長も失敗だって言って、この星を見放しちゃったけどね》

(……だから、Soul Alterをなんでお前は作らせたんだ?)


 新たな人物の単語は出たが、話を脱線させないために先を聞く。


《この世界を体験してきた君ならわかるでしょ? この世界ではさっき言った、人という種が成長出来るんだ!》

(だが所詮ゲームだろ!)

《そうさ、ゲームだよ? でもただのゲームじゃ無い。ストーリーを進めたなら知ってるはずでしょ? この世界で培った物は現実の世界でも使える》

(それは! ……嘘じゃ、無いのか?)

《ははは、これが嘘だったらなんのためにそんなこと教えるのさ! まぁそんなくだらない嘘を付いてる可能性は確かに今は否定出来ないけどさ! はっはっは!》


 黒い影は膝らしき部分を叩いて笑う。そこまで聞き、アキラは1つの可能性に辿り着く。


(もし本当だとして、お前の目的は……)

《っはっは……あぁおかしい。そうだよ、僕は現実世界に数の減った成長した種を増やそうとしてるんだ。そのためにこのゲームを作らせたんだよ。僕はプロトスと違って放任主義じゃ無いからね。アプローチを変えてみただけさ。まぁず~っと昔に同じ様なコトして怒られたけど、またやってやったのさ!》

《っ……》


 反省の欠片も見られないが、それはアキラには関係がない。それよりもスケールの違いに戸惑っている方が大きいのか、声も出ないでいる。


《それに現実世界に君達の身体は無い。君も気づいてるだろ? ここで過ごしてる内にゲームはゲームでもこの世界は本物だ! ってね。あ、なんのためにそんなことを? って聞かれそうだから先に言うけど、そこから先は現実世界のネタバレになるから言えないんだ! 悪いね》

(……くっ)


 そもそも悪いと思う感性はデフテロスにはない。形だけ悪びれていない風を作っているだけだ。そしてアキラはアキラで考えがまとまらないのか、聞きたいことは山ほどあるのに形に出来ないもやもやと見つからない言葉に苦悶を漏らす。


《それじゃ聞きたいこともこれで終わり? まぁあっても大体がこの世界を探せば見つかる物ばかりだと思うからもういっか。よし! それじゃこれから君にしてもらうことだけど――》

(ま、待てよ! お前がどういう存在なのか答えてない!)

《あぁそうだったね。これはネタバレでも何でも無い。僕は本当につまらなくて単純な存在さ》

(単純?)

《うん。僕の名前はさっき言ったけどデフテロス、皆適当に呼ぶから自分で作ったんだ》

(皆? 適当に呼ぶ? お前らみたいなのがまだ居るのか!?)

《ん~、大まかに僕達みたいなのは僕も入れて4つ存在してるね》

(お前らみたいなのが4人も……)

《あ、勘違いしないでよ? 別に誰も君や君達を相手にしやしないし、それに人って数え方は違うかな、皆人じゃないし。それにその内の1つに限っては存在を失ってるんだ。だから今はこの世界で精一杯生きてるから敵対しない限り本当に害はないよ?》

(何が何だか……)


 アキラは次から次に吐かれる事実に困惑しっぱなしだ。そして次のデフテロスの言葉で更に困惑する。


《それと僕も個人に試練を与えることはあっても害を為すつもりは無いよ?》

(お、お前は何を言ってるんだ? こんな大事件を引き起こしておいて……)

《? あぁ、君達にとってはそうだね。確かに害を与えてることになるかな? でも長期的に見れば必要なことだしなぁ……ん~まぁなんでもいいや》

(いいわけあるか! 人を虫のように扱いやがって! 神様にでもなったつもりかよ!)

《君達だって虫や動物を扱ってるのと同じようなことをされただけだろ? それに神様になったつもりって、それは君達人が勝手に作った存在だろ? 本来なら淘汰されるような弱い人達が心の支えで居もしない虚像に縋るため作ったり、人が人を支配するのに都合良く利用するため作ったんだ。まぁ僕もそう呼ばれたことはあるけど過去の偉人や英雄としか話したことは無いからね。ああ言う人達は勝手にそういう物が居ると思い込んで押しつけてるだけさ、それを考えると本当に君達は弱いんだか強いんだかわからないよ》


 困ったように笑うデフテロスにアキラの苛立ちが爆発する。


(ふざけんな! お前のクソみたいな都合になんで人が……俺が振り回されないといけないんだ!? 俺は帰らないといけない! もう半年だぞ!? 俺はもうずっと連絡も取れないままこの世界で過ごしてんだぞ!? 手紙の一通だって送ってやれないこんな世界に……どうして……こんな所に…………)

《ん~なんか悪いね。でも僕は一切手を緩めるつもりは無いよ。質問の続きだけど、もう1つはプロトスと言って僕が勝手に名前を作ったんだけど……あれは放任主義で環境を整えることしかやってないんだ。主に見守ることがメインになっちゃってるし、創造は壊すことより難しいから僕にはさっぱりわからないんだけどね》


 熱くなっているのはアキラだけだ。デフテロスは通常通りに続きを語り出す。近づきも引きもしない。本当にただ答えているだけだ。


(おま……え、は!!)

《最後の存在はまだ生まれてないけどこれから生まれることが確定している存在、名前を付けるとしたらテタルトスかな! ははっそのまんま過ぎるか!》

(ぐっ!)

《おお! もう少しで普通に動けそうだね。それじゃ聞きたいことはもう終わりかい?》

(くっそ! どうしてだ! どうして俺をこんな所に呼び出した!)


 最早ヤケクソだった。アキラはこんな所をSoul Alterの世界という意味で言ったのだが、デフテロスは違う意味に受け取る。


《単純なことだよ。君は強くなりすぎたんだ》

(強く……?)


 初めて遭遇してからあまりにも変わらないテンションで話しかけられ続けたせいか、アキラも話だけは耳に入る。


《僕はね、英雄と呼ばれる者、神話に出てくるような存在、変革をもたらした偉人、世界を開拓する冒険者、救いの道を造り出す救世主や聖女。数多くの人々に試練を与えたんだ。だからこそ歴史に名を刻む活躍が出来たんだよね。まぁその裏で試練を越えられなかった者は山ほど居るんだけど》

(こいつ……いや、落ち着け! 冷静になれ今は考えるな! もしこいつの言ってることが本当な――)

《そうだよ。君も皆のように時の人と系統は違うけど試練を受けてもらう》

(くっそ、無いか! なんとか躱す方法は……!)


 アキラは背筋が張ったような緊張を覚える。身体は無く、魂だけだが人としての感覚は失ったわけではない。


《あるわけないじゃん。ここに連れてきたのは試練を受けさせるためだからさ》

(俺はこの世界に一緒に来た奴らよりかは多少だが強いさ! だが圧倒的じゃない! 3~4人に囲まれれば負ける程度の力だろうよっ!)


 アキラの考えは的外れでは無いが、その強さは多少所ではない。この世界に来てトップレベルの実力と目される者すら手玉に取れる強さにまで成長している。


《それで君は格上の敵をどれだけ屠ってきた? この世界に来た人は揃って生まれたての最弱スタートだ。魂魄を操れる例外も居るけど、それでもただの一般人がここまで来るなんてとてもじゃないけど有り得ないでしょ? 君の……というか一般的な人の魂は吹けば飛ぶ程度の脆弱な物、なのに魂が見えるほどの成長をしてる。弱いって意味じゃ変わんないんだけどね》


 そう言って黒い染みが動き出し、アキラへと伸びる。嫌がるようにアキラも後退するが、その動きは淡い水色がゆらゆらと揺らめくだけでとても緩慢だ。


《時代を代表する歴史上の人達の魂はこれ程酷くない。なのに君はそれ以上の質、上回る難敵を退けているんだ。興味が尽きないよ》


 そしてその黒い染みはアキラの魂を摘まむように挟む。


(や、めろ!)

《もしだよ? 時の人でも耐えられない、用はなり損なった人より弱い存在が僕の試練を、それも特別な力を持たない筈の君が乗り越えられたら? それはきっと、今までに見たことが無いそれこそ革新的な何かが起こるかもしれないんだ》

(ふざけろ!)

《ん~そんなに嫌なら選択肢を上げよう》

(……?)


 あれ程強制させる雰囲気を滲ませていたデフテロスが用意する選択肢、それはきっと碌でもない物だと肌で感じ取れる。


《僕の試練を乗り越えれば力を授けよう。だけど君がどうしても嫌なら、大事な物を1つ差し出すんだ。そうしたら試練程とはいかないけど力を授けよう。大事な物ならなんでも構わないよ? 現実の物でもいい、僕が勝手にもらうからね》

(……なら俺の部屋にあるパソコンでもやるよ。持ってけ、命より大事な物が一杯詰まってるからな)

《フフフ、そんな答えじゃダメなのはわかってる癖に!》


 探りのつもりで言った回答に怒るわけでも無く、嬉しそうな風を醸し出すデフテロスに今までに無い強大さを感じ取る。


《因みに僕に差し出したのなら、問答無用で壊させてもらうからね。例え人でも物でも――それこそ目に見えない絆なんかでも、ね》

(……お前は本当に何者なんだよっ!)

《ああ、話が脱線してて答え忘れてたよ。僕は創世の意思、その片割れ、破壊の概念だよ》

(破壊の概念……)

《まぁそれも語れば長くなるから適当に想像してね。さぁどっちにする? 選ばないのなら勝手にこっちで決めるよ》

(くっ)


 アキラはどうしてこんなことになったのか、と吐き出す相手もいない。そして悔やんでも悔やみきれなかった。彼はただこの世界で死なないために、死ぬ思いで力を手にしただけだ。子供の頃の事故が心に燻りを与え、このような世界に来たことを契機に二度と理不尽には屈さない、例え遭遇しても覆すと決めた。


(俺は、ただ……家に……深緑いもうとの所に帰りたいだけなの、に)


 ただそれだけだった。たった1人の妹の待つであろう家に帰るため、この残酷な世界を歩いていける力をそれこそ命を賭して培ってきた。そしてこの世界を歩ける程の自信を掴み、多少の理不尽さえ跳ね返す力を手に入れたと思えば――待っていたのは、より強く、より強大で、より無慈悲に、それこそ世界が自分を拒んでいるとさえ感じる程の理不尽の権化だった。


《……理不尽に負けないということはね、単純なことだけど、とても傲慢でもあると理解するべきなんだ》

(どの口が、それをっ――)

《例え僕が来なくとも、君は似たような状況に追いやられる。理不尽に屈さないと言うことはこの世の事象全てが敵に回っても負けないということだよ? そんなことはそれこそ君らの言う想像上の神にしか出来ないことさ。無論壊すことしか出来ない僕にも出来ない》

(それこそ、理不尽だろ……)

《そうだね。今回は偶々それが僕だったってだけさ! それにね、さっきも言ったけど君は勝ちすぎたんだよ。だから知らなければいけない。本当の意味で負けられない戦いで負けるとどうなるのか、ということを! そして真の理不尽という物はそんなことを感じる間もなく訪れるということを》


 何度心を折ったかわからない。そして時間を掛けて立ち上がる。その度に絶対家に帰ると決めるが、結局は更なる困難にぶつかる。困難を乗り越え、新たな力を手に入れればそれより上の存在が現れ、それを乗り越えて力を増したと思えば、相手は前とは比較にならない程大きくなっていく。この終わらない連鎖にまたしても、アキラはもう心を折らないと決めた決心を呆気なく揺らされる。彼は英雄でも救世主でも無く、ただ妹を思うだけの兄なのだ。


《真の敗北を知り、もし立ち上がれたのなら君はきっと英雄にすら届く力を手にするかも……うんそうだね。決めた! 君が決めないのならこれにしよう!》

(! わ、わかった! 俺だ! 俺自身を――)

《いやいや、時間は与えたのにグズグズしてるのが悪いよ! もう決めたからね!》


 摘まんでいたアキラを軽く放り投げる。


(ふざけんな! お前の話を聞いてる間だったろ!)

《本来与える試練は失敗のペナルティとして大事な者か物、それらを壊すことだったんだ。それこそ自分の命を差し出してでも守りたい程価値のある物をね。時代を動かす人には必ずそのどちらかがあった。そして君にもあるみたいだからそれを賭けてもらう……予定だった・・・・・。だからこうしよう、差し出す物を試練の最中にも壊すことにするよ!》

(予定? 途中でも壊す? ……まさか!? よせ! やめろっ何をするつもりだ!!)


 間違いであってくれと祈るアキラ、そしてその祈りは届いた。


《安心してよ。“まだ”手は出さない》

(まだ!? もし深緑に手を出してみろ! どんなことをしてでもお前を絶対に殺してやる!)

《聞き飽きた聞き飽きた。そんな陳腐な脅しに何の意味があるのかな? そもそも僕は生きるとか死ぬとか関係ないんだけどね。まぁいいや》


 掴みかかる腕は無いが、必死ににじり寄るアキラだったがそれどころでは無くなる。


《僕の力はこの世界のルールに合わせるけどそれで勝てる可能性があるなんて勘違いしないでね。そもそもそんな次元なんかじゃないからさ。じゃ行くね》






《フェノメノン》

(ルールを合わせるってそういう――)


【ムニキス】


 そのスキルと同時に、アキラは何かが無くなった感覚に襲われる。


(な、なんだこの感じ……)

《今から課す試練のクリア条件は単純だよ。僕を倒してくれ!》

(こっこいつ! 勝てる可能性が無いって言っておきながらそれを条件にすんのかよ!?)

《言ったろ? 君は経験すべきなんだ。負けられない戦いで負ける。そして“全て”を失い、這い上がる経験、君という“個”を破壊し、より強い個へと築き上げる。僕は破壊の概念デフテロス、壊すことで新たな創造の場を作り、創世を促す存在》


 目の前に居る超常の存在、それはいつか来るかもしれないと恐れていたアキラへ無慈悲に理不尽てきとして現れた。


(俺の……何を壊しやがった)

《まずはアキラ、君の名前を壊した》

(名前を壊した? ……いや待て)


 ここにはデフテロスとアキラしか居ない。


(アキラって……俺のことか? 俺はそんな名前じゃぁ――え? なんだこの違和感、記憶喪失の時と似たような感覚……いや、もっと致命的な――)


 まるで他人の名前を呼ばれたかのような感覚。


(――俺の名…………は? なんでだ? どうして名前がわからないんだ? 俺は、誰だ?)


 存在その物を壊す。その最早試練とは名ばかりのデフテロスによる理不尽が今始まる。

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