第56話 プレイヤーの強さと魔物の格


 翠火に少し早めの晩ご飯を奢ってもらい、アキラと翠火は食後の世間話に興じていた。と言っても、ダンミルが来る前の続きだ。


「やっぱりアキラさんでもソロでキング討伐はきつかったんですね」

「なんの準備も出来なかったからな、今でも生き残ってるのが不思議なくらいだ」

「こう言ってはなんですが、控えめに言って化け物ですね」

「俺も少しおかしいとは思ってたんだ……」

「あ、なんかごめんなさい」

「傷ついてしまった。ナシロとメラニーをそんなこと言う人には任せられないかもしれない……」


 アキラの言葉に翠火が急いで言い繕う。


「で、でも! アキラさんと似たような人も少なからず居るそうですよ!」

「……へぇ~」

「ほ、ホントですって、私はユニオンの中ではトップクラスの実力があると自負していますが、それはあくまでユニオンの中だけです。戦闘を専門にしたユニオンなんかでは4人パーティでエンペラーを倒した人も居るそうですよ!」


 翠火の話を聞くアキラだが、次第に首を傾げ始める。


「ど、どうしました?」

「エンペラーって言われても、俺よくわかんないんだよね」

「ご説明しましょうか?」


 アキラは事前情報で特殊なモンスターの存在を知ってはいても、その詳細については知らなかった。


「お願いしていい?」

「はい」


 翠火が小さく咳払いして居住まいを正す。


「魔物というのは種類に関わらず、必ずトップが居ます」

「ほうほう」

「トップというのは魔物の生息しているエリアの頂点ですね」

「ってことは、リーダーだったりコマンダーっていう存在が必ず生息エリアに一匹居るってことか?」

「そういうことになります。ただ、ダンジョンのような例外も存在するので、フィールドのみと考えてください」

「わかった」


 ダンジョンのように仕切られたエリアがあれば大広間のようなエリアも存在し、トップクラスが集まって作られた群れも存在する。


「名前の後にトップの資格を持つ魔物を通称クラスモンスターと言います」

「クラス……」

「クラスについてはヘルプのクラス一覧を見れば種類がわかりますよ。それと、私が説明した内容も載ってますね」

「え」

「フフ」


 翠火がお面越しに悪戯に笑うと、アキラが愚痴るように言い返す。


「ヘルプにあるよって教えてくれても良かったじゃん……」

「そしたら会話が終わってしまうでしょ?」

「ナシロとメラニーが居なくなるの間違いだろ?」

「いえいえ、そんなことないですよ」


 アキラの肩でじっとしているメラニーに翠火が微笑み、メラニーも嬉しいのか、囀りながら翠火のお面の耳に飛び立つ。


「ちょっと覗いてみるか……」


 アキラがヘルプでクラスの項目にある一覧に目を通す。



【クラス一覧】

class1

・リーダー

・チーフ

・ボス

class2

・コマンダー

・ジェネラル

・キング

class3

・エンペラー

・ジェノサイダー

class4

・ファンタズマ

・ジェネシス

class5

・イノセント

・イビス

classX

・???



(このクラスってのが本当なら、俺は下から2番目に属する相手にあんな苦戦を強いられたのか?)


 現時点のレベルや進行度では異常な功績なのだが、キングも所詮は全体から見ればあまり強い存在では無いのがわかる。


「エンペラーは別格に強いのか、ふぅ強くならなくちゃな……」

「そうですよね……私も自分の身位は守れる程の強さが欲しい。守りたい物を守れるわがままを通せる力が欲しい。この世界ではそれが出来る可能性がある」


 彼女自身も何かを得るために戦っているようだ。アキラはそれを聞いて、この前の模擬戦で見せた諦めない姿勢もそこに関わりがあるのだと察する。


「あ! まだ話してないことがあります」

「まだなんかあるのか?」

「はい。注意が必要なのはクラスとは別種にノートリアスモンスターという存在です」

「ノートリアスモンスター?」

「悪名高いって意味なのですが、この魔物はエリアを持たずに常に徘徊しています。ただ、数が多くないので滅多に出会うことは無いのですが、現時点でプレイヤーは一番弱いであろうノートリアスにすら勝てません。勿論パーティを組んで、です」


 アキラは一番弱いであろう存在にすら勝てるプレイヤーが存在しないことに驚きを隠せない。キングにギリギリで勝てた現時点でのアキラでも勝てないのだろう。


「徘徊してるって言うけど、村とか街とか平気なのか?」

「不思議と人里には近寄らないんですよね。一応その理由もあるらしいのですが、はっきりしたことはわかりません」

「そっか、そういえばダンジョンのボスってのはどの括りになるんだ?」

「ダンジョンボスはそのままダンジョンボスですね。ダンボスと略す方もいますし、クラスを設定されることもあればされてなかったりと色々ありますね」


 気になっていた魔物関連の情報を整理できたアキラはっても満足気に頷いている。


「ヘルプについても教えてくれてホントに助かったよ、ありがと」

「お気になさらず」


 お面で見えない表情だが、口元と目で笑っているらしいことは理解できる。


「そういえば夢衣と華はそろそろ戻ってきても良いと思うんですけど……まだ帰ってきませんね。何か依頼でも受けたのでしょうか?」

「そういえばオラクルで会った時にキングの調査依頼を受けてたな」

「なら尚更早く帰ってくると思うのですが?」

「俺が討伐したの教えてないからそれはどうだろう」


 その一言で翠火がアキラにジト目を送る。機嫌を窺うのに目と口しか判断材料が無いのも考え物だ。


「翠火さん何か誤解があるようだから弁明させてくれ」

「お聞きしましょう」

「その調査依頼の内容を俺は知らない。そこは理解してくれ」

「はい」

「そして、俺が倒したってことを教えても調査自体は行わなければならないと思う。一応あれもサブクエストだしな」

「そうですね」


 ここまで理解を得られたなら話は簡単だ。アキラは決して面倒くさがったわけではないが、誤解は解かなければならない。


「倒したと教えて証拠まで見せたら、調査に支障が出るかもしれないだろ?」

「支障……というと?」

「俺がキングは出ないと教えたせいで油断した二人の所に魔物の襲撃なんか受けた日には……」

「なるほど、アキラさんの言いたいことはわかりました。確かにそのせいで何かがあったら私は貴方に掴みかかるかもしれません」

「だろ? ふぅ」

「しかし」

「え、な、なに」


 アキラは翠火が理解してくれたと油断しきった所に、追撃の声を受けて一瞬戸惑ってしまう。


「フレンド登録なり連絡する手段を残す位はしてあげてもよかったのではないですか?」

「ほら、俺、あれじゃん?」

「ダンジョンに籠もっていて人とのコミュニケーションに難があるって言いたいんですか?」

「俺、なんも言ってないんだけど……確かにそう言おうとしたけどさ……」


 アキラの言い訳にもなっていない言葉を先回りした翠火が、更に逃げ場を無くすように責める。


「では遠回しに言ってあげる方法もありました。「ゴーレム・キングとは出会わなかったけど油断するな」など、そういう言い回しはアキラさんなら出来たはずです」

「た、確かにそうかもしれないな、うん」


 そこまで言われてアキラは気まずくなる。


(あれ、なんで俺こんな責められた風な感じになってんだ?)

「あ……すみません、言い過ぎました。……ただ、夢衣と華に何かがあったらと思うと心配で……」


 翠火は自分が言い過ぎたと感じたのか、理由を述べる。


「ま、まぁしょうがないって、うん」


 アキラは面倒くさがったせいで何かがあったらと、逆に不安になってきたのか、それを紛らわすために何か話題を考える。


「んー……あ!」

「どうしたんですか?」

「ナシロ!」

「…zzz」

「目はこんなに開いているのに……寝てるんですか?」

「こいつの変な寝方は気にしない方がいい」


 アキラはナシロを抱えた翠火に近寄って頭を撫でながら声を掛ける。


「おーい、起きろー」

「…起き……てる」

「嘘つけ」

「…へへ」

「ナシロはやっぱり可愛いですね」


 翠火はナシロの背中に顔を埋めてるが、お面に当るせいで多少露出した肌にしか触れないため、感触が微妙にしかわからない。


「…アキラよ……何用か」

「……まぁいっか、今日はテラとかホームのリスから何か伝言受け取ってないか?」

「…いんや……特に」

「そっか、ありがと」

「…うむ」

「……」

「んぎゅっ」


 アキラがナシロの鼻頭を軽く小突く。ナシロは自分の鼻頭をその肉球で抑えたまま動かなくなる。


「アキラさん! ナシロに意地悪しないでください!」

「いいんだよ、こいつにはこの位で」

「もぉ! ナシロ、大丈夫ですか?」

「…zzz」

「え、寝るの早くないですか?」

「翠火さん、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」

「アキラさんも気にしないんですね」

「ナシロだからな」


 肉球で鼻を抑えたまま、再びナシロが目を開けて寝息を立てるのを流したアキラは、翠火のお面に乗ったままのメラニーに手招きする。


「アイ!」

「あのな、メラニーとナシロは明日から暫く翠火さんのホームに行って欲しいんだ」

「え!?」

「イイヨ!」


 翠火が驚きの声を上げると同時にメラニーは簡単に返事を返す。


「アキラ! ヘヤ、ナクナッタノ?」

「違う違う、俺は多分また帰るのが遅くなるからだ」

「アキラさん? 今回はパイオニアの挑戦は強制では無いはずですよね?」


 翠火が食事中に聞いた話から、依頼は受けても今回は脅すような真似も、ソロで指定するような依頼も無かったと聞いている。


「それなのにどうして……」

「……俺は、まだ弱い」

「そんなこと」

「ずっと考えてたんだ。ドラゴニュートに空から落とされ、ゴーレムに殺されかけたあの時から」

「それは事故みたいな物です。生き残ったんですからアキラさんの勝ちではありませんか?」


 だから強いと、翠火は言っているが普通ならばそうだろう。理不尽な展開に苦手な状況と続いたが、要因は様々だが結果的に生き残ったアキラの勝ちだ。


 しかし、アキラはこれでは絶対に足りないと考えてしまった。


「俺がもっと強ければそもそもゴーレム・キングと戦うことすら無かったんじゃ無いか? 空から一方的にやられたとは言え、追い払うことが出来ていれば、俺は落ちることすら無かった。更には、生き残るために自身の手を失う程の愚さえ犯さなかったかもしれない」

「そうかもしれませんけど、生き残るために命を懸けるリスクを犯して強くなるなんて本末転倒です」


 翠火はアキラの考えを正そうと説得するが、なぜか無駄だとわかってしまう。


「本当にそうか? 今回は運良く生き残れたかもしれない。だが、また同じ様なことが絶対に起こらないって言えるのか?」

「それは……」

「死ぬわけにはいかないのは誰もがそうだ。なのに人を殺そうとする輩まで出て来る始末だ。結果としてダンジョン内だろうが、ダンジョン外だろうが、俺は常に命の危機に晒されてる。そしてクラス外のノートリアスモンスターだってそうだ」


 翠火はその言葉を聞いて、アキラが挑むつもりなのかと勘繰る。


「挑むつもりは絶対無い。だけどわかるんだ、俺は絶対にいつかそいつと戦うことになる」

「なぜ、わかるんですか?」

「……知ってるかどうかはわからないが、翠火さんは三世界って知ってるか?」

「噂では聞いたことがあります。過去、現在、未来を見通す占い師が居ると、でもそこへ行く方法も行った人もわからないので一つのゴシップ扱いされています。ニュースでも時々出てきますが、投稿者は全て匿名扱いなので詳細はわかりません」


 三世界が一定の知名度を誇っていると知り、内心驚いているアキラだが、その驚きは呆れに近い物だった。あの予言師はきっちり客を捕まえているらしい。


(商売魂たくましい人だ)

「それがどうかしたんですか?」

「俺は三世界に行ったことがあるんだ」

「……嘘ですよね?」

「真面目な話、あれは本物なんだろうと思わされた」


 アキラは翠火の反応を流して話し続ける。その反応を見た翠火は「もしかして?」と思わされる何かを感じた。


「俺の“予言”にはな……なんと、魔物に食われる未来があるらしいんだ」

「え?」

「そんな未来は嫌だからな。そう言うことで、ナシロとメラニーを明日からよろしく!」

「あ!」


 アキラがナシロを翠火から取り上げ、メラニーを指に乗せてその場を去る。


 いきなりアキラが茶化すような言い方をしたため、からかいながら話をはぐらかしたのだと感じた翠火は、明日からナシロとメラニーが自身のホームに来るのを素直に喜べなくなってしまう。


 ナシロとメラニーは、アキラが居なくなれば確実に悲しい思いをするからだ。翠火自身、友達のように思っていた人が居なくなってしまうのは純粋に寂しいのだ。


 結局、アキラが難易度パイオニアに挑む事実は変わらない。その事実に翠火は歯噛みするしか無かった。






 そして、その次の日からナシロとメラニーがラウンジで待機している。そこにアキラの姿はない。


 ナシロとメラニーは翠火との暮らしが始まり、アキラを待ち続ける日々も始まろうとしていた。

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