第4話 ソウルオルター


(オンラインゲームなんだからいつでもリアルには帰れるだろに…って地球から来ている設定でその総称を来訪者ってことにしてるんだから、そこまで気にすることでもないか)


 アキラは自分が頭ごなしに否定するように、やれやれと自然な動作で腰に左手を当て、額に右手の甲を当て、大袈裟に「参った」のポーズを取る。

 なぜか、ポーズが取れてしまった。


(…え?)


 ポーズが取れてしまったことの何が問題なのか?キャラクタークリエイトで作ったアバターの額にアキラの手が直接触れているのだ。額に右手の甲を持っていくことで触れるはずの、ヘッドマウントディスプレイに触れない。


 広げている手には握っていたはずの、VR専用コントローラーがどこにも見当たらない。そう、何かを持っている感触がないのだ。まるで、このアバターと思わしき身体が現実になってしまっているかのような、有りもしない不安に駆られる。


 そして、すぐにアキラの疑念が更に増大する現象が発覚する。VR特有の端っこの画面揺れが全く無いのだ。


 画面揺れるという程大袈裟なものではないが、ヘッドマウントディスプレイは簡単に言ってしまえば眼前に右目用の画面と左目用の画面を別々で用意し、その画面を立体視の原理で現実と同じに近い視界にすることで、本当の世界があるかのように見せかける物だ。


 しかし、ヘッドマウントディスプレイの動きに合わせてゲーム内でもその動きが共有されるのだが、その共有するためのセンサーが優秀すぎるためなのか、ヘッドマウントディスプレイにはVR特有の視界揺れが起こることが多々ある。自分自身で身体を動かしているつもりがなくても、ほんの僅かな人間が感知できないレベルの動きすらもセンサーは読み取ってしまうので、視界の端が微妙に揺れ動いているのだ。


 アキラはその現象を事前に知っていたので、それが無いことが自分の知っているVRでは無いと結論づける理由となったのだ。


 アキラは現実と大差のない今の現状を自分なりに考える。揺れが無くなる技術が出来たのかは無視して、自分の情報は古く、実はフルダイブシステムは実現されていた。と、ある意味では1番あり得そうな想像をするが、そもそもそんな勘違いはするわけがないし、目の前の現実がそれを許さない。


 ゲームであるはずのグラフィックが、現実と何の差もなく描写され、森林が風で揺らされながら葉の擦れる音が聞こえる。足踏みをすると、地面から若干沈む感触がした。地面の土を掬い上げ、手からこぼれ落ちる若干暖かい土、その下から覗く肌が土で汚れている。

 VR技術以前に、現実に起こった現象が意識だけ移動するフルダイブシステムを否定している。現実だと納得出来てしまう程、五感に訴えてくるリアルの感触。


 これで、仮想現実の線が限りなく薄くなる。例え、これが仮想現実だとしても、それを認識するには、今からゲームをログアウトしてフルダイブに必要な装置から体を起こさない限りは、自分自身が納得出来ない。


 そして、ヘッドマウントディスプレイを被る前に握っていたはずのVR対応コントローラーの感触が無い時点で、操作するものが自意識以外無くリアル同然に動けているのが嫌でも現実だと思わされてしまう。


「なんだこれ…一瞬のうちに拉致られでもしたのか?」


 気を失ったつもりはないが、万が一にもVRゲームを遊ぶ前に気を失い、拉致されて見知らぬ場所で拘束もされずに、生身のまま放置されている状況なのでは?と考えたが、その考えは即座に否定される。


 目的が不明だし、金持ちの息子というわけでもない。両親は既に他界し、その保険金で妹と二人暮らしをしている毎日だ。

 やはり現状を整理してみても、拉致の線は限りなく低いだろう。それに何より、電子音が鳴って半透明のウィンドウが既に現実世界を否定している。

 と、周りばかりではなく、自身の服装をチェックする。


「なんだよこの服…」


 それは、麻の布でできた簡易な服装だった。半袖のシャツに、現代では考えられないほど簡素な出来栄えのズボン、紐でベルトのように縛っており、靴に至っては皮でできたサンダルに近いものだった。

 プレイ開始時は自身の格好に何の違和感も感じていなかった筈なのに、現状を把握すればこの対応するアキラはいい性格をいていた。


「ってかこの格好あれか!キャラクター作成の時のデフォルトの衣装か!」


 漸く、なぜこんな簡素な格好をしていたか納得…


「出来るか!」


 せずに、未だに握っていた土を地面に叩きつけた。地面に叩きつけられた土は周囲に軽く散るだけだった。


「なんでこんなコスプレさせられてんだよ!これからVRで遊べると思ったのに!」


 普段の自分のふざけるリアクションを取ることで、押し潰されそうな現実から目を背ける。現状を認識すればするほどに、自分の絶望的状況を考えさせられるからだ。

 それほど長くは逃避せずに唸り、ゆっくりと現実を受け入れようとアキラは抵抗を止めて現状の把握に努めようとする。


「はぁ…そろそろ現実を受け入れるしか…無いのか」


 諦念混じりに呟くと、意識を現状改善に向けて切り替える。


「何でもいいから何か出来ることをしてみよう」


 そう溜息交じりに呟き、取り敢えずログアウトだと言わんばかりにVRのメニューを開くつもりで、本来ならホームボタンがある位置に向かってイメージしながらボタンを押し込み手を動かす。


 あまり期待はしていなかったのだが、ホーム画面ではなく、ソウルオルターのメニュー画面らしきものが出現した。

 何度か閉じたり開いたりすると、何が鍵となってメニューを開けるのかがわかる。


(なるほど、大事なのはイメージなのか。ただ【メニュー】と思うだけで表示されるのか)


[キャラクター]

[オルター]

[バック]

[スキル]

[パーティ]

[その他]


 アキラは心の中でげんなりしつつ、観念したかのようにぼやく。


「半透明なウィンドウが出現して、ゲームのメニューが出てくる。この時点でもう決まりだな…異世界に転移したのか、はたまたソウルオルターが現実になったのか?まぁ後者だろう。取り敢えず最近流行ってるラノベみたいな転移物のような展開になってる。そう考えて良さそうだな…にしてもなぜこんなことが?」


 今後のことに考えを巡らせる。メニューの確認をしたいところだが、そうもいかない。


「安全確認できないし取り敢えずここから離れるか。どう考えてもこんなとこに居ても良いことなさそうだし、それに丸腰なのも不安だ」


 今いる場所から離れる決意をした瞬間。


『ピッ♪』


「ん!?また鳴った?」


 聞き覚えがあるSEがまた聞こえる。アキラの目の前に、半透明のウィンドウが現れた。表示には【旅のお供にオルターを獲得しよう!】と書かれていた。その下に【開始】と【閉じる】の表示とデフォルメされた指アイコンが、お手本のように【開始】に向けてタッチするように操作方法を指示していた。【閉じる】を選択できないのか、表示はあっても灰色になっている。


「えぇ~…この状態でなんでゲーム進行してんの?てっきり離れようとしたのがフラグになってモンスターとか出てくるもんだと思ってたぞ…」


 しかし、これでほぼ確定した。この世界はソウルオルターの世界だ。じゃなければ【旅のお供にオルターを獲得しよう!】なんて文字は出てこない。


 アキラが、目の前のウィンドウに従ってオルターを手に入れるため、指示に従った。

 なぜ、アキラが安全を考慮せず丸腰なのに、移動もしないでイベントらしきクエストを進行させようとしているのかというと、オルターを獲得することで丸腰状態から解放されるためだ。


 なぜなら、ソウルオルターと言うゲームは、プレイヤーのオルター以外に“メイン武器”は存在しないと言う情報をアキラが知っていたからだ。丸腰状態から脱するため、アキラは開始ボタンに手を触れる。


 そもそも、なぜ丸腰なのか?

 服が用意されているのに、それ以外は用意されていないなんてあり得るのか?初期武器すら存在しないのか?キャラクタークリエイトの武器選択とはなんだったのか?と、ソウルオルターの事前情報無しだとこの現状に放り出されたら考えてしまうだろう。

 通常武器がないなら、武器を用意するためにクエストをこなしたり、購入するための行動を起こすだろう。


 しかし、ソウルオルターに用意すべき武器は存在しない。メイン武器となる物はプレイヤー側には存在しないため購入することもできない。だからこそ、プレイヤーは最初にオルターと言う武器を手に入れる必要がある。

 アキラが立ち止まってオルターの獲得を決めたのも、テスターからのまとめ情報があったからだ。ソウルオルターにインして【1番初めにすること】と書かれた項目がある。


 そこには「必ず最初にオルターで攻撃手段を確保すること」と書いてあった。なぜならそのまま指示を無視したら、丸腰の状態で敵が蠢くフィールドに放り出されるためだ。

 メニューも閉じることもできず、鬱陶しい視界のままにフィールドを探索する羽目になるくらいなら誰もが最初にこのクエストらしき物をこなすだろう。


 そもそもオルターとはなにか?

 オルターとは、自分のソウルから作られる武器であり、自分の分身とも呼ぶべき存在である。キャラクタークリエイトで武器を決めたプレイヤーは、武器と同時にオルターも決めていたのだ。そしてオルターとはプレイヤーが一から育てる疑似人格を搭載している。これはAIであり、人らしい感情を持つ武器となる。


 と言うのは、アキラが事前情報を調べてわかっていたことだ。


「最初に武器が手に入るなら、是が非でも手に入れなくちゃな!」


 アキラは心配事の一つが片付きそうなのを感じて、安心しながら表示されている指定箇所に触れる。

 しかし、この心配事が片付く頃には、2段も3段も上の厄介事がやってくるのだが、この時のアキラは知る由もない。


 触れると同時に、狼が一頭林から飛び出てきた。アキラは、マジでフラグだったのか!?と焦るが、狼はこちらを伺ったまま一向に動かない。頭上には〈フォレスト・ウルフ〉と表示されていた。

 アキラが訝しんでると、いつの間にか半透明のウィンドウが表示されている。


(パニクり過ぎてて気づかなかった…なになに【ソウルを覚醒させてオルターを呼び出せ!】ねぇ…)


 ウィンドウに記載された説明には、選んだ武器を使っている自分や、武器のモチーフ等を想像しよう!と出ている。

 取り敢えず武器が手に入ると言うことと、事前情報の通りになるかを実験するため、記載されたことを実行する。


 キャラクタークリエイトで選択した武器に明確な自分をイメージするため目を閉じ、イメージを始める。

 この時既に、アキラはフォレスト・ウルフのことは忘れさっていた。


 イメージはやはり出来る限り自分が考え得る最高形だろう。アキラが使いたい武器とは、銃である。

 アニメキャラクターのように、アクション映画のように銃を自由に使い、銃を使った格闘技を扱う自分を妄想イメージする。


 一度の攻撃で地形を変え、山を吹き飛ばすような威力の弾丸。

 そして、狙う対象に対してのみ癒やしを実行するゲームで見たことのある銃撃。映画やゲームならではの利便性の高い行動。自分がやってみたいと思うアクション。イメージによって攻撃方法を生み出せるための銃。実用的ではないがゲームならなんとかなりそうな二丁拳銃を扱う自分。拳銃を握りながら行う格闘技。


 一度始めると、妄想イメージは止まらない。事前情報でこのことを把握していたアキラは、ある程度構想を練っていたので尚更だ。アキラのイメージもとい、妄想は止まらない。


 アキラはイメージだけでなく、それぞれの考える銃に対してモチーフを付ける。アキラは銃だが神話のモチーフをイメージする。

 なぜなら、その方が強そうだからだ。


 ではなく、このモチーフはテスターの助言が出てから考え続けていた案の一つだからだ。


 何故こんなにも武器をイメージするのに、大袈裟とも言える時間とイメージをしているのかというと、これも同じテスターの言葉にオルターを創造するのに重要なことは「イメージだ」とあったからだ。


 「ゲームなのに想いに意味はあるのか?」と言う意見が大半を占め、テスターを装った未プレイ者の悪戯だろうと意見が出た。

 しかし、アキラはそういうのは嫌いではなく、今起こっているファンタジーな現状を鑑みると大切なことに違い無いと考え、ひたすら思い描く。


 イメージが終わると目を開け、息を吐き出す。なんで自分はこんなに銃のことを考えているんだ?と集中して疲れたせいか疑問に思い始めるアキラだが、とあるアナウンスがその寝ぼけた思考を打ち消す。


アニマの定着を確認】

ソウルが共鳴した。

オルターを獲得した。


 どの位の時間そうしていたのか、森林から差す日差しが更に強くなる頃、女性っぽいアナウンスと共にアキラの目の前に一丁の黒い銃が出現した。集中力を欠いたアキラは、その銃を受け取れずに土の上に鈍い音を立てて落下する。


 その存在を主張するかのように、地面に一丁の白い線が3本入った黒い、見た目自動拳銃らしき物が落ちていた。短くはない時間を掛けてイメージし、そのイメージが完了と同時に完成アナウンスが流れたのだ。

 アキラは自身が妄想イメージしたマグナムタイプの凄くゴツい銃を期待していた。妄想では強そうな銃を手に入れる予定だったのだ。

 そして、アキラが第一印象を一言呟く。


「イメージ関係無いじゃん…」


 そう、アキラが思い浮かべた銃と落ちている銃は見た目全く別物だった。一般的にベレッタと呼ばれるタイプの銃が地面に横たわっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る