第159話 侵入


 本来は一日の感覚がわからず、精神的に負担を掛ける罪都の牢獄。しかし、今だけはその不気味な明るさはなりを潜める。


 星々が明るく照らし、青い月光と共にコロシアムの中央をまた別の白い光源が照らす。スポットライトのように注目された一人と一体が、それぞれ頭を垂れている。


「私は人形遣いのリョウと申します」

『私は人形のトリトス。今宵皆様のお時間を頂戴することを、主共々お許しください』


 簡単に自己紹介を終え、リョウが身体を起こす。静寂を切り裂くように手を振り上げ、五指から伸びる張り詰めた糸がトリトスの姿勢を正した。その人形らしい美しい容姿に囚人ギャラリーはそれぞれ声を上げる。


「おいおい、あれが人形だってのか?」

「う、美しい……」

「凄く綺麗だな~」

「俺はどっちかって言うと人形遣いの方が――」




『それでは始めさせて頂きます。タイトル――壊れた人形』


 そう挨拶した無機質な笑顔と美を併せ持った人形らしさを滲ませつつ、スカートの端を持って恭しくお辞儀する。今まで見たことのなかった存在に、囚人達は閉口して魅了された。


 ガシャン!


 と中央だけが真っ暗になった直後に何かの機械音が響く。囚人達はそわそわしながらも、次第に灯る光が安心感を与えてくれた。


「うわぁっ!」

「えっ!?」

「あっ!」


 それぞれ周囲から驚愕の声、それは中央に置かれたトリトスに向けてだった。上半身だけをそのままに、下半身のパーツが部分毎にばらまかれている。


【美しい彼女がバラバラになっている】


 この事実だけで彼等は度肝を抜かれた。


『私は人形、何も出来ぬ人形』


 そこから喋りだすトリトスを見て「そういえば人形だった……」と安堵の溜息がどこかしこから声になって漏れだした。


『折角我が主が造ってくれたのに、もう二度と……私は動くことが出来ない。叶うことならば、我が主と共にありたかった……けれどもう、我が主は二度と……私を手繰ることが出来ない』


 そんなトリトスから語れた、一種の結末のような台詞。泥だらけであり、くすんだ髪は壮絶な何かがあったようにしか思えない。


『もし……もしがあるのなら、私はあの時からやり直したい――』


 語りを終えるのと同時に再び中央が暗転した。


「よし! 完成だ!」


 その台詞が終わるのと同時に中央は明るさを取り戻す。


「初めて意思を持った人形を作れたけど、上手くいっているかな!? さぁ……上手く出来ているなら起きるはずだ! 起きて、起きるんだ!」


 先程はバラバラだった人形の場面とは打って変わって、人形遣いが工房らしき背景の中、糸に吊り上げられた人形を見て声を上げる。


『……』

「や、やった!」


 静かに目を開けて、人形遣いをその瞳に映す姿に手応えを感じたのか、喜びの声を上げた。


「何か喋ってごらん?」

『…………』

「あ、あれ?」


 口は動いている物の、声が出ていない。


「く、口だけじゃ声は出ないのか!?」


 やってしまったと人形遣いは頭を抱える。


「じゃ、じゃぁ他は!? さ、さぁ歩いてみてよ!」


 そういって吊り下げた糸を繋いだまま降ろし、人形遣いは糸を上手に操る。


「あぁ、動きに問題は無かったのか! よかった~」


 自然に歩く姿に観客もざわつきながら見守る。


 ドンドンドン!


「あ、またあいつらが嫌がらせに来たのかな?」

「よう人形遣い! 職人の仕事を自分でやっちまうなんて、いつから人形を使うんじゃなくて造るようになったんだ!?」


 出てきたのは如何にも悪役と思しき空気を纏った身なりのいい男だった。


「僕には理想とする人形があるんだ! あんな如何にも木で組み立てましたって人形しか造らない職人なんて頼ったりしないよ!」

「はん! あんな形になるのには理由があるんだ! どうせお前の造る人形も失敗に決まっている!」

「なんだって!? よしっ!」

「どうせ出来たとしても、満足に動かすことも――」

『……』

「どんなもんだい!」


 嫌味な男の前に、人形を操って前に立たせる。その美貌に、造形に、男は息を呑んだ。


「なんて、美しいんだ……」

「これでわかっただろ!」

「フ、フン! こんな美人に“人形役”をやらせるなんて、お前はもう人形遣いでもねぇや!」

「なんてことを言うんだ! この子は僕が丹精込めて造った人形だぞ!? その証拠に……!」


 リョウが人形の腕を観客に見えるように取り外す。


「どうだい? これでわかっただろう!」

「お、お前が造りたい人形ってのは、人間だっていうのか!?」

「そうさ! 僕は人間のような素敵な人形を造りたかったのさ!」

「こんな見事な人形は初めて見た……いや、だがこの人形は――失敗だ!」

「負け惜しみは止めてもらおうか!」


 指を突き付けられて人形遣いは勝ち誇っている。嫌味な相手を見返した優越感でいっぱいなのだ。


「人間のような人形なんて、それは本当に人形なのか?」

「……え?」

「お前の腕は認めよう! だが、俺様は最初素敵な女性にしか見えなかった! わざわざ分解しないと人形だってわからないなんて、それは本当に人形なのか!?」

「あ、当たり前だろ! “彼女”は人形だ!」

「いいや! どう見ても人間にしか見えないね! これは次の発表会が楽しみだ! それともわざわざ人形だと証明するために皆の前で、今みたいに見せびらかす気か!? それも、数多く見に来る流れる人に一々!? それこそ皆思うだろうな! この人形は壊れているんだ……ってな!」

「な、なっ……」

「それともそのまま置いておく気か? だがそれこそ皆思うぜ! あれ? 人形はどこだってな! それかこうこうだろうな! わざわざ人間を立たせるなんて、どういう神経をしているんだってな!」

「あ……あぁ……」


 人形遣いは言葉に出来ず呻く。この男の言う通りだと感じてしまったのだ。完璧すぎた人形は人形に非ず、人間でも無い。


「精々恥を掻いてもいいように準備しておくんだな! ハッハッハッハ!」


 そういって男は姿を消した。


「なんて、ことだ……声が出ないことは問題にもならない。それじゃぁ、僕は一体どうすればいいんだ?」


 失意に暮れた人形遣いを最後に、ゆっくりと暗くなる。



 キー! ガッシャァン!


 突如、暗転中に観客の耳をつんざくただならない音、そして画面が明るくなれば頭と片腕に包帯を巻く人形遣いが自身の人形の前に居た。


「折角あの子に声を与えられると思ったのに、馬車に轢かれるなんて……」


 人形遣いを襲う悲劇はそれだけではなかった。


「ああ、僕は人形遣いとしても、人形作りにしても終わりだ」


 そう言って自身の吊り下げられた腕を見る。


「腕が二度と動かないだなんて……」


 場が薄暗くなる。それだけで人形遣いにとってこの世の終わりのように感じられた。


「僕の初めての人形よ、ごめん」


 彼女の手に、自身の手を重ねて乞うように謝る。


『……』

「え? 手が……どうして?」


 スポットライトが一人と一体を照らす。人形遣いの動かない手と同じ腕が操ってもいないのに動き出し、頭を撫でてくれた。


『……』


 喋れない彼女はただただ黙って撫でる。貴方の腕の変わりとなりましょう。そう言っているようだった。


「あり、がとう」


 彼女は意志を持った人形であり、人間のように造りたいと願った奇跡が、人形だった彼女を突き動かしたのだ。


「まだ、時間はある。諦めるのは早いよね!」


 こうして、人形遣いと人形の物語が始まる。








 舞台終了後――



『――以上をもちまして、壊れた人形を終了致します』


 リョウとトリトス以外の役者も揃って方々のギャラリーに向かってお辞儀を繰り返す。


「うっ……うぅ……よかったなぁ~」

「あぁ! ずぐいはあっだんだー!」

「もう、手が動かないって言われてどうやって人形を動かすのかと思ったら……壊れたってそういう意味だったのか!」

「まさかこんな所に来てこんないい物が見られるなんて……」

「あの人形どうやって動いてるんだ?」

「よかったぞ~! いつか絶対また見に行くからな~!」

「人形イケメンだぞー!」

「見れなかった奴は可哀想に」


 一部感動以外の感想を持っているが、リョウとトリトスをメインにした人形劇は大盛況に終わる。そう、二人ともアキラがオルトロスを倒した日にはこの罪都を訪れていて、夜には特訓した公演を披露していた。


『まだ情報が更新されない? ……まさか』


 その中、困惑していたのはトリトスだった。観客の中をいくら見回してもアキラの姿がどこにも無いからだ。


 今夜行われた公演は事前に決まっていたことで、囚人達のガス抜きの為でもあった。追い詰めすぎず、かと言って甘やかさ過ぎず。だが確実に精神には傷を与える。ここはそんな場所だ。数少ないサーカスの公演は3日後が最終日であるため、明後日には出て行ってしまう。チャンスは限られていた。


『他の死刑囚は居るのに、けれどアキラの姿は無い? 脱獄は有り得ないと仮定し、今現在彼は一体どこに?』

(こっちも見えなかった。仮面付けてる人なんて誰一人居ない。まさか仮面が脱げたのか?)

『いいえ、それはありません。必ず付けているはずです』

(……なら一体どこに行ったんだろ)


 リョウとトリトスのみが使える思念による会話は、双方とも焦りから始まった。現在アキラは拘束場に居るため、見つからないのは当然だったが、その事実を未だ知らない二人は行動を起こす。


『情報収集をしましょう。今の私達なら僅かですが、囚人達と語らうことも可能です』

(了解! 団長に話してくるよ)

『よろしくお願いします』


 そして判明した真実は――




「え? 居ない?」

「ああ、その仮面の死刑囚なら拘束場に連れて行かれたよ。なぁ?」

「そうそう! あれは凄かったよな~首輪5回も6回も使われてるのに生きてたしよ!」

「あの人が怒鳴った時はびっくりしたけど、ちょっとスカッとしたぜ……連れてかれちまったけど」

「だよな! ああそれよりさぁ~次の部はいつなんだ?」

「あ、ああその……次は明日になりますよ」

『なりますよ?』

「あ、あはは……うるさい」


 最後だけボソっと静かに呟くリョウの声に囚人の一人が笑いながら手を差し出す。


「ははは! 舞台とは一転して日常でも人形を動かしてるのか? 練習熱心だな! 握手してもらってもいいか?」

『喜んで』

「おぉ! こっちか!? どうやって動いてるんだ?」


 現在リョウとトリトスは一足先に罪都へと到着していた。時刻も夕暮れで所属するサーカスの出し物も終えているため情報収集をした結果、拘束場に居ることが判明した。


「俺も俺も! 公演は明日か~! あんたの人形? 劇っぽいのまた楽しみにしてるからな!」

「ありがとう」

『ございます』

「息ピッタリだ!」

「はは、どうも」

『ではこれにて失礼致します』


 そう言ってその場を離れながら、誰も聞き取れない距離でリョウは声をかける。


「なぁトリトス……」

『どうしました?』

「ここ本当に牢獄か?」

『はい、牢獄です』

「囚人自由に出歩きすぎだろ?」

『このエリアだけです。恐らくリョウが感じている牢獄とはイメージが相当違うと思いますが』

「最初は怖かったけどさ、皆いい人だしフレンドリーでびっくりしたよ」

『それは私達が劇団員だからです。ただでさえ少ない娯楽を提供しているのですから』

「そっか……」

『理由はそれだけではありませんが』

「え?」

『ではこれからについてです』


 詳細を聞こうとしたリョウに、トリトスはピシャリと会話を断ち切る風に話題を変えた。


「あ、うん」

『拘束場にアキラが居ると判明したのです。流石に今から向かう訳にもいきません』

「そうだよな、場所がわかっただけ御の字か?」

『はい』


 そこでリョウが先程の会話の疑問点を思い出したのか、顔をパッと上げて問う。


「でも首輪何回も使われて生きてるって気になるな……どういう意味だろ?」

『首輪の拘束装置を使用したのでしょう』

「あぁ! なんかそんな機能があるって言ってたな!」

『はい……ですが、使用されたのですね……』

「え、もしかしてそんなにやばいの?」

『あれはソウルに直接影響を与える物です。おいそれとは使わない物なのですが……』

「どの位やばいの?」

『今私とリョウが練習している技のデメリットのみを、外部から突然受ける程です』

「ぅえぇ~!?」


 リョウの驚いた声が注目を集める。今居る場所は回りに人は居ない物の、流石に大声を出せば人目を引いてしまう。


「あ」

『……そろそろ場所を変えますか、いつまでも留まっていては不自然でしょうし』

「そ、そうだな」


 トリトスはゆったり歩くが、リョウは逃げるように小走りにサーカスの留まっているエリアへと向かった。


「すみません、控え室に戻りたいんですけど」

「はいよ、劇見てたぜ! 感動したよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「次も見に行くからな! おーい! 開けてくれ~」


 サイレンと共に門が開く。足早にトリトスと共にエリアから出ていった。


「ちょっと探検する?」

『いえ、それはやめておいた方が良いでしょう。いくらここが自由だとしても、怪しい動きがあれば勘繰られる恐れがあります』

「そっか……大丈夫かな」


 誰とは言わないが、当然アキラのことだ。


ソウルに影響のある負荷を何度も受けれる・・・・ような人です。そこは気にしなくても問題ありません』

「受けれる?」

『はい、通常一発受けただけで気絶する筈です。リョウや私でも3回目まで持つか怪しい所、それを何回も受けたのならば彼のソウルの強度は私達とは比べ物にならない筈』

「確かにあの負荷はとても耐えられるようなもんじゃないけど……」

『ですから心配無用です。明日の“興業”には出てくるはずですので、そこで改めて今の状態を確認しましょう。悠長には出来ませんが、慌てても仕方がありません』

「そうだね、でも……人の命を見世物にするなんて、何を考えてるんだか」

『人という生き物を理解するには、その醜い部分すらも私は受けれねばならないのでしょうね……』

「……ごめん」


 しんみりとした空気が流れるも、トリトスはリョウの言葉に軽く首を振って返す。


『日程通りなら明日は翠火さんがいらっしゃいます。彼女の協力があれば格段に成功率は上昇します』

「……うん!」


 なんの? とは当然聞かない。処刑まで中盤を迎えるも、絶対に助けるとリョウは改めて誓う。

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