第7話
「じゃあまずは言い出しっぺの僕から質問しようかな」
:霞の恥ずかしいあんな話やこんな話が……!?
:やっべ興奮してきた
:お巡りさんこっちです
:Dstreamerに欲情したな! 法廷で会おう!
:霞の赤面顔がマジで頭から離れない もっと見せてくれ、不審者の兄ちゃん
:不審者呼ばわりすな
:そうだ、霞の命の恩人だぞ
:ダンジョン黎明期に詳しくてなぜかめちゃくちゃ強くてスケルトンを従える謎のお兄さんだぞ
:不審者以外の何者でもねえじゃねえか
:霞の情報も気になるけどこの兄ちゃんの方が気になる
:何者なの?
:各種SNSで超話題になってる
:あのスケルトンの剣は何? 私見たことないんだけど
「はは、めっちゃ荒れてる」
「笑い事じゃないですよ!」
「悪くない提案だと思ったんだけどなぁ」
配信を見ている人達は僕のことが気になるらしい。
どうしたものか。
別に僕のことを語るのは構わないんだけど、言い出しっぺの僕から質問を投げかけないのはね。
「……それなら、ゆ、勇人さん」
「うん?」
「私から質問してもいいですか?」
:ゆゆゆ勇人さん!!?!?!?
:なまえよび
:バイタル跳ねてて草ァ!
:草じゃないが
:男の人の名前呼ぶのに慣れてなくてかわいいね
:男側は慣れてるぞ
:まんま男に慣れてない美少女がイケメンに拐かされてる構図やん
:オタクくん見てる〜?
:ハァッ!! ア゛ッ!
:この流れさっきも見たな
:霞を心配していたファンの心はもうボロボロ
:硬派な実力派美少女の命を救ったイケメンと名前を呼び合ってたらそりゃあそうなるでしょ
:こんなの見せちゃあ……ダメだろ!
ちなみにチャット欄で度々言及されているバイタルとやらは僕も見えている。
モノクルの端っこに心電図と全身の簡単なデフォルメイラストが浮かんでいて、そりゃあもうすごい跳ね方をしているのがよくわかる形だった。
「も、も〜〜〜〜っ!」
恥ずかしそうに耳を赤に染めながら霞ちゃんはモノクルを睨む。
まあ、若いうちにそうやって揶揄われるとそういうつもりじゃなくても恥ずかしいよね。その気持ちはすごくわかる。僕にも似たような経験があるから。今は歳とってすっかり枯れたから何とも思わないけど、あんまり気持ちいいものではない。
ここは一つ、老人の手助けをしておこうか。
「みんな、霞ちゃんが可愛いからってあんまり揶揄っちゃダメだぜ」
「かわっ……!?」
:コラ〜! 口説くな〜〜!!
:憎しみで人を殺したい
:俺たちの揶揄いと反応が違くないか?
:そりゃもう顔よ
:命の恩人のイケメンに口説かれたら誰でもこうなる 俺でもそうなる
:おかしいな 画面がぼやけてて見えないや
:涙が止まらない
「はははは」
「……勇人さん? わざとやりました?」
「いやいや、そんな訳ない。僕は少しでも君の手助けになればいいなと思ったんだけど、失敗しちゃったみたいだ」
「むう……」
流石に揶揄われていると気が付いたらしく、頬を膨らませて不服そうにしている。
コメント欄はそんな彼女の姿に大盛り上がりだ。
多少緊張は解れたかな?
さっきまで心拍数が緊張状態そのものだった。
モノクルに映し出されているバイタル情報でそれは筒抜けだった。
まあ、一度死ぬ思いをしてようやく復活したと思ったら正体不明の男に付き纏われる羽目になったんだ。気を抜ける状況じゃなかったのは理解も納得も出来る。配信を付けて視聴者と話し始めてから少しマシになってたけど、やっぱりこう、どこか遠慮してたからね。
本音を言えば敬語も止めて欲しいんだけど……一度に全部押し付けるのは良くない。
徐々に慣れてもらおう。
「さて、それじゃあなんでも聞いてくれて構わないよ。思いつかなかったらコメントから募集なんてのもいいかもね」
「わかりました」
顎に手を当てて考える仕草。
僕の装着したモノクルを通して映る姿に視聴者は今も盛り上がっている。
そうか、モノクルを通した画面しか配信できないから普段一人でダンジョンに来ていた霞ちゃんを見れるのは新鮮なのか。それにさっき、ダンジョンに潜る行為以外の事をしてこなかったとも聞いた。
つまり一人でずっとダンジョンに潜り続ける配信をずっと流していた、と。
やっぱり凄いな。
行方不明になった姉を探すためとは言っても、何度か死線を経験すれば心は疲弊していくものだし、「もういいかな」って諦める気持ちが湧く事もある。心の疲れってのはバカに出来ない。身体が健康でも心が死んだ人は黎明期に嫌という程見て来たから、よくわかっている。
それにこれを生業にしてるんだろ?
それはつまり、これからずっと続けていくって事だ。
命の奪い合いでお金を稼いでいくっていうのはね、普通に生きて暮らしていくよりよほど辛いよ。
「うーん、どうしよう……なんかいい案ある?」
小声でボソボソ話しながらモノクルの先にいる視聴者と話している霞ちゃんは、見た目から想像も出来ないような覚悟を身に秘めている。
やっぱり僕にはそれがどうしようもなく羨ましく見えた。
戦う事でしか役に立てない僕とは違う。
何十年と生きてる癖に子供と呼べる年齢の彼女に嫉妬するなんて醜い事この上ないけれど、思わざるを得ないんだ。偶像として崇められることこそ、あの頃喉から手が出る程欲しかったことなんだから。
僕は暗く沈み込み絶望に包まれた世界をどうにかしたかった。
それでも僕に出来たのは敵を殺す事だけで、人を救う事は出来なかった。
だから、自分が戦う姿で人に好かれている霞ちゃんが、本当に羨ましい。
死んでも口に出せない、長生きしただけの子供の感情だ。
「え? いやでもそれは流石に……ど、どうしても? 本当にみんな聞きたいの? いや、それは、私も気になるけど……」
:行ける行ける、聞こう
:正体とかも気になるけど今一番大事なのはそれだから
:これを確認出来たか出来ないかで全てが変わる、主に俺達からの好感度が
:これで霞を本命にしていたら憎しみで殺す
:もう憎しみで殺すと決めてる人いるやん
:あーあ、これ霞が育てました
「でも一発目からそれは流石にさぁ……」
:なんでもいいって勇人さん言ってたじゃん
:そうそう
:怒られたら逆切れしよ
「そんな事するわけないでしょ! ……うー、でも他に目ぼしいのも無いか……」
少しの間コメントと相談した後、長めの溜息を吐いてから霞ちゃんは改めて僕に向き合った。
一応補足しておくと、僕はその間モノクルのコメントをチラチラ覗き見している。
だから何を問われるのかもある程度想定出来ている。
正直恥を晒すだけになりそうで怖いけど、言い出しっぺは僕だ。
聞かれたら答えない訳にはいかない。
まあ、そういうちょっと浮足立っていると言うか……浮ついた話題で楽しくなれるのは、本当にいい事だから。僕もこれからはその空気感に適応していかなければいけないので、他人事じゃない。あの時代の価値観と空気感をいつまでも持っている訳にはいかないんだ。
「ふー……よし、勇人さん覚悟はいいですか」
「なんだって答えてあげようじゃあないか。無駄に生きた数十年の積み重ねってものがあるからね」
「それじゃあ、聞きますよ」
妙に意気込んでいる霞ちゃんを見て、ふと思う。
なんでただ質問をして互いを知ろうとしただけなのに、こんな雰囲気になっているのだろうかと。
「えー……ずばり! 勇人さんは何歳ですか?」
……ふむ。
なるほど、どうやら霞ちゃんは僕の自己紹介タイムを作ってくれるらしい。
それはありがたい。
彼女の配信で僕が主役を務めるってのはなんだか違う気がしたから互いに質問をと言った。その意図を正確に汲んでくれたね。僕が一方的にパートナーだと思っている訳ではないと実感できてうれしい限りだ。
:あれ? 違くね
:俺達のアドバイス消失しとる
:いやそりゃ気になるけどさ、結局何者なのか
:おい!! 好きな人聞けよ!!
:まあそれは後でもいいじゃん
:てかいきなり好きな人を聞くのはまあまあキモいで
:小学生男子の価値観
:ボコボコでワロタ
:間抜けは見つかったようだな
:あんな事本気で聞く訳ないだろ
:いや結構ガチな空気だったけど
:それよりスケルトンはどこ? まだ近くにいるんでしょ、武器見せて欲しいんだけど
:あとあの強さと埋もれてた理由を知りたいね
:50年前と比較してるのはなんでだ? まさか全部真実を話しているとか言わないよな、言わないでくれ頼む
:謎が多すぎるだろ
:冷静に考えると謎過ぎる
:同接20万行ったwww
かなり注目されてるかな。
都合がいい。
折角霞ちゃんが用意してくれたんだし、ありがたく乗っからせてもらおう。
「霞ちゃん」
「はい?」
「もしよければ、直接コメントとやり取りしてもいいかな」
さっきは霞ちゃんと視聴者がずっと話していたし、僕が突然話を始めるのが許される空気では無かった。
でも今は真逆だ。
皆僕の事を知りたいと思っている。
そして話題を呼び同接──つまり見ている人がどんどん増えている。
これはチャンスだ。
「……! はい、構いません」
「うん、ありがとう」
さて、果たして僕は信じて貰えるのだろうか。
……それは僕の説明次第か。
なんとか信じて貰えるように頑張らなきゃね。
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