第140話

「おじゃましまーす」

「ああこら、靴を脱げ靴を」

「あ、ごめん」


 ひょこひょこ部屋の中に入っていく澪とそんな澪を甲斐甲斐しく世話をするように着いていく香織を見送って、僕は一人玄関に立ち尽くしていた。


 スケルトン。

 またの名を遠藤澪。

 五十年近くずっと僕と共に居たスケルトンくんは遠藤澪であり、そして彼女の意識も何十年の間共にあったと知ったのはつい数時間前の事。

 

 復活した澪をどうするのかで揉めに揉め、最終的に僕預かりになった――――嘘だ。


 全く揉めなかった。

 最早会議という体すら成してない顔馴染みになりつつある部長以上の人達が集まり即決で僕預かりになった。

 

 澪が復活してからたった一時間でこれである。


 彼ら彼女らも随分と僕のやらかしに慣れてきたね。

 もう大体僕に投げれば何とかなると思ってるだろう。

 まあ実際何とかするし、今の所無理難題を適当に投げるのではなく僕自身のやらかしによって起きた事を処理しろと言われているだけなので不満は一切ない。


 ていうか、僕自身のやらかしというか……僕もあずかり知らぬところで勝手に起きてるって言うか……


「何してんの勇人」

「……世界の理不尽さを噛み締めてたところさ」

「……? そんなのとっくに味わい尽くしてるでしょ」


 何を今更と言いたげな澪に苦笑を浮かべながら、僕も靴を脱いで部屋の中に入っていく。


 つい先日まで泊まっていたホテルはキャンセルになった。


 理由は単純、同居人が増えたから。

 これが腰を据えて活動する地域になるなら賃貸のマンションでも借りたんだけど、残念ながら滞在自体はそう長くはない。

 

 あと一か月半って所だ。

 それに加え人間らしい生活をする必要もない。

 食事に関しては料理に手をかける必要がなく、睡眠も別に必要ない。老廃物すら出ないので風呂に入ったりする必要もないとなれば、わざわざ拠点を作ろうと言う気にもならなかった。


 だが新たに人数が増えれば流石に生活する空間が狭いということでホテルを変えることにしたのだ。


 したのだが……


「なんで和室なんだ」


 これまで泊まったホテルは洋室だったのに唐突に和室だ。


 しかもホテルなのに和室。

 旅館とかじゃなく、普通にビジネスホテルなのに和室なんだ。これってよくある事なのだろうか。


 靴を脱いで中に入れば、そこには畳と座布団のそれはもう和風な部屋が。


「パンフレットには日本文化の保全のためと書いてあるが……」

「どういう形での保全を目指してるのかな」


 まあ日本文化どころかこれまでの人類文明全てが無くなる寸前だったのだから、それくらいしても罰は当たらない。


 どこか頼光くんの趣味が入ってるような気がしなくもないが、天下の有馬家がそんな事はしないだろう。

  

 でも九州って彼のお膝元だからな。

 少しくらい贔屓してても……いや、止そう。


「それで、これまでの事だけど」

「ああ、そういうのは大丈夫。大体聞いてたし」

「だよねぇ」


 先日香織と行った話し合いもスケルトンこと澪はずっと同じ部屋に居たので話を聞いていた。


 つまりわざわざすり合わせるような事をする必要はない。


 なんなら寧ろ、香織に聞かれたくないような恥ずかしい事も澪は知っている。


 僕が一番ダメな時に隣にいたからね。


「…………」

「どうした澪、変な顔して」

「勇人さぁ、そういうのわかるからね?」

「えぇ……なんでわかるのさ」

「知らないよ。あんたのせいでしょ」


 それを言われると弱い。


 霞ちゃんと香織以上の鋭さを持っている澪にとって、僕の表情から何を考えてるのか読み取る程度は楽勝らしい。

 

 こりゃ本当に隠し事が出来ないな。

 

「む? 何の話だ」

「香織は気にしなくていいの。ね、勇人。その内バレるから今の内になんとかしよ」

「……そうだね」

「…………随分と仲がいいな?」

「まあ、腐ってもずっと一緒に居たしね。腐る肉すらなかったけど」

「……澪もブラックジョークを言えるようになったんだな……」

「おかげさまで」


 どこぞの誰かさんに悪い影響を沢山受けた澪は、少し捻くれた言動をするようになった。


 まあ、五十年近く身動きの取れない身体だったのに精神的に壊れてないだけマシか。そんな状態でもなお自我を保ってた澪には心底感服するし、そんな彼女を苦しめてしまった事が申し訳なかった。


「それよりも今後の事でしょ。どうするの、勇人」

「基本的に旅は続けるよ。少なくともエリートを軒並み倒してからじゃないと安心はできない」


 日本全国を回り、一旦ダンジョンを落ち着かせる。


 今後の事はそれからしか考えられないかな。


「私もそれには同意だ。エリート以外ならともかく、奴らは未だ脅威そのもの。あれが一度に攻めてきてはひとたまりもない」

「そうね。雨宮ちゃんはどうする?」

「僕は着いてきて欲しいと思ってる。あの子はまだまだ伸びるよ」


 少なくとも今の香織に追い付くポテンシャルはある。


 最も、香織だってこれから魔力技術が発展すればまだまだ強くなるのだが、あくまでものの例えだ。


「ただ懸念があるとすれば、彼女の目的が既に果たされてる事だ。姉を見つけて生きる目標を新たに見つけた今、もう戦いたくないと言うのならば僕は止めない」

「……あの娘、そんな生易しい覚悟じゃないと思うけど」

「そう思うけど、君の前例があるからなぁ」


 ここで戦いを止めれば、これから彼女が積極的に傷付く事は減る。


 なによりエリートに巻き込まれる様な事態には遭遇しなくなる。

 

 生き返った姉と仲良く生きていく選択肢だってあるのだ。

 もしそれを願うのなら、僕は喜んでその選択を受け入れる。

 それが、彼女を無理矢理生きながらえさせた人間の義務だ。


「それじゃあ、もしあの子が休む事を選んだら」

「僕ら三人だけでの旅になるね」


 そうはなって欲しくないが、それもあり得る。


 僕は霞ちゃんに期待しているのだ。

 この期待が彼女を押しつぶす理由になってしまうかもしれないとわかっていても、僕が直接魔力を与えて存在を捻じ曲げたのは彼女だけなんだから。


「…………それも、悪くないな」

「いいよね香織は、好きな人が一緒に居るんだから」

「すっ……! ええい、軽々しくそういうことは言うもんじゃない! 私と勇人は接吻すらしてないんだぞ!」

「えっそういう問題なのこれ」


 とんでもない爆弾発言を投下した澪はさておき、僕ら三人での旅となると、どうしても五十年前を思い出してしまう。


 四人。

 魔力を持ち、ダンジョンに突入する決死隊。

 あの旅は順風満帆でもなくて、幸せでも無くて、楽しい思い出ばかりがあった訳では無かった。


 けれども僕にとっては、まるで黄金のように輝く時代だったんだ。


「……あいつは何してんのかしらね」

「…………」

「…………」


 澪の呟きに、僕らは何も言えなかった。


 なぜなら澪が復活したのも香織が復活したのも、偶然の産物に過ぎないから。


 軽々しくどこかにいるなんて事は言えなかった。


 寧ろ、エリートに利用されている可能性の方が高いんだ。


「……ごめん。変なこと言った」

「気にするな。こちらこそすまない」

「ああもう、本当にごめん。こういうのめんどくさいってわかってるのにやっちゃった」

「大人になったね、澪は……」


 そこまで言って、気が付く。

 

 もしかして、澪がこういうしんみりしたのをあんまり好きじゃないのって僕が散々やらかしたからじゃ……

 

「さ、切り替えよ! 明日ちょっと付き合ってよ、二人とも」

「構わないが、何をするんだ?」

「肩慣らししようと思って。地底、ダンジョンに潜るなら強くなきゃいけないでしょ?」

「それなら私も知りたいからちょうどいい。勇人もいいか?」

「うん、いいよ」


 渾身の笑みを浮かべて言った。

 脳内の感情も関係ない事を考えて塗りつぶしている。

 これほど意識して言わないと誤魔化せないって言うのは、本当につらい。これからはこの意識に慣れるように大切にしていこう。

 

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