第172話
穴。
真っ直ぐ地中に繋がる巨大な穴。
ダンジョンの入り口がまるで崩れ落ちたかのように巨大な穴へ変貌しているのを見て、思わず息を呑む。
「確認出来てる深さはすでに2000mを超え、これ以上はいかに探索者といえど専用の装備と十分な支援がなければ探索すら難しい深度になっています」
「僕は耐えれるだろうけど、装備はどうかな」
「確証はありませんが……おそらく問題ないかと。こちらを」
手渡されたのは大型のカメラ。
暗闇を照らすライトのついた簡単なデザインだが、重厚さは感じる。
「これは深海探索用のカメラです。旧時代から使用していたものを魔力技術によって改造したもので、耐久性も利便性も向上しています」
「へえ、すごいね」
「以前不知火一級が太平洋深海ダンジョンに潜った際も使用していますので、問題なく耐えられるかと」
逆に不知火くんはよく深海のダンジョンに潜ったな。
深海ってダンジョンと同じレベルで解明されてない場所だと思うんだけど……
「何はともあれ、実績があるならこれ以上の装備はない。手配感謝だ」
「仕事ですから。……よろしく頼みます」
すでに仲間達も出撃準備を終えてモニター室で待機している。
ちょっとした調査で済めばいいんだけどねぇ。
どうにも怪しい感覚が拭えない。
こんな深い穴を掘って一体どうするつもりなのか。
地球そのものをぶっ壊すつもりか?
ダンジョンの機能だとは思えない。
深度、そして現状の人類側の対応がどう出てくるかを考慮すれば、間違いなく罠だと思う。
それでも踏み込まない理由にはならない。
罠があるなら踏み潰すだけだ。
油断も慢心もない。ただ純粋に力で踏み潰す。
エリートの悪巧みを叩き壊す。
その役割が僕らにはある。
「それじゃ、行くか」
ダンジョン突入用の扉はすでになくなっている。
それごと崩壊し地中へと落下しているからだ。
周囲を立ち入り禁止テープで覆われた中に足を踏み入れて、穴を直接覗き込む。
深い。
暗闇に慣れてる僕でも目で見れないってことは、相当な深さまで続いてる。観測出来てるのが2000m、つまり2キロなだけであって、もっと深い場所まで辿りついてるっぽいね。
カメラが写ってるかどうかのチェックを終えて、穴に身を投じた。
緩やかな落下。
あまり素早く突入して状況が急激に変化するのも望ましくない。
魔力を使って少しずつ落ちるように調整し、周囲の壁を観察する。
壁に変化は──無い、かな?
目立つものがあればすぐわかるんだけど……モンスターの残骸とかそういうの。だけど一つもない。モンスターを巻き込むつもりではない、と。
じゃあダンジョンが暴走したってわけでもないね。
ますます罠である可能性が高まった。
100……200……300。
ゆっくりと、緊張感を伴いながら深く進んでいく。
魔力に反応はない。
僕から見て、さらに2キロ先に魔力レーダーを展開している。
奇襲に対する備えもバッチリだ。
400……500…………1000。
観測できる深さの半分に到達しても、光景が変わることはない。
温度が高くなってきた。
カメラは曇ってすらいない。いい性能をしてる。
「しかし、綺麗な空洞だ」
壁に取っ掛かりの一つすらないのだ。
綺麗に平べったく、しかし円形にくり抜かれた穴。
これが何かの手によって作られてないとは思えない。
アリジゴクの作る砂場のような土じゃあないんだ。
もっとボロボロの面になるだろう。
紫雨くんも出来るのかな?
戻れたら試してもらいたい。
1500m地点。
変化はない。
暑さが増した。
生物の気配はどこにもない。
2000m地点。
観測できる最後の深さまでやってきた。
ここらで一度通信を取るために壁に手を埋めて無理やり留まり、懐から通信機を取り出す。
「あ、あー。こちら勇人、聞こえる?」
『──聞……てる。どう?』
「見ての通りだ。なんの変化もない」
『フゥン。やっぱり罠かしら』
「十中八九そうだろうね。唯一感じるとすれば暑さくらいだけど、それはこの深さなら当然だしなぁ」
『連絡が取れなくなってもあんたが念じてこない限り動かないから。やばくなったら早めに言いなさいよ』
「わかってるよ。頼りにしてるぜ」
命綱なしのダイブにしては呑気なやりとりを終え、通信機を戻す。
……よし。
少し落ち着いた。
緊張感がある。
僕も人だ。
未知の場所に踏み込むのは勇気がいる。
腕を離して、また同じ巡航速度で降りていく。
空を飛んでるわけじゃなく魔力を消費して落ちているので中々燃費は悪いが、僕基準では少ない消費量だ。だから今のところは気にする必要はない。
2500m地点。
まだまだ先は見えない。
魔力に反応もない。
通信機は問題なく使用できた。
3000m地点。
レーダーに反応なし。
どんだけ深く掘ってんだ?
4000m地点。
通信機が遠くなってきた。
流石に深くなって魔力も安定しなくなってきたのだろうか。カメラが生きてるのかわかんないけど、可能な限り移していくしかない。
4100。
4200。
4300。
……………………。
「……なんだここ」
15000m地点。
僕ですら暑さを感じる領域にて、穴の拡張は終わっていた。
そこにあったのは巨大な空洞。
地中を這うように掘られているそれはただの空洞というより何かの移動跡と表現するのが正しい。
とっくに通信は死んでる。
カメラもまあ、もう死んでるだろう。
だけど個人用端末は使用できるのでとりあえず写真だけは撮っておく。
「連中の移動手段か……?」
ダンジョン間を移動する手段かとも思ったが、紫雨くんがそれは違うと否定していた。
テレポートのエリートが移動させていたらしいし、こんな物理的な手段は取らないだろう。
奴が死んでそのあと移動する手段がなくなった、とは思わない。
あいつは元人間だ。
元人間のエリートがいない間移動手段が無かったなんて、それはないでしょ。
じゃあなんだって話に戻って、何かの移動跡、というのがもっともしっくりきた。
15000m地点なんて人類じゃ到達できない。
全員が僕のようなモンスター混じりになれば可能かもしれないけど現状不可能だ。だからこれはきっと、エリートが関与してる何かの筈……
────レーダーに反応。
巨大な魔力。
膨大な──それこそ、
速い!
何がくる?
わからない、防御を
それは雄大だった。
魔力の満ち足りた空間での休息を経て、その龍は偉大な肉体を取り戻した。
三メートル程度の体躯だったそれは十五メートルほどにまで巨大化し、翼や尾まで含めれば全長三十メートルに届くだろう。
『……防ぐか、これを』
声を紡ぐ喉からは爆炎が漏れている。
かつて異世界にて人類を追い詰めモンスターすら支配下に置いた過去すらある龍族。
その頂点として君臨していた存在が、たった一人の人間を葬るために放った
しかしそのことを嘆くわけでもなく、龍は嬉しそうに喉を鳴らした。
『この程度で死なれてはつまらん。そうでなくてはな、勇者よ……』
チャージはすでに終わっている。
開戦の狼煙はとっくに上がっているのだ。
龍王は、その砲撃を、再度放出した。
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