第139話
「それで、なんだい?」
部屋の中に連れ込まれ二人きりになってから切り出す。
「世間話なら任せてよ。現代の視聴者に飽きられないようにたくさん勉強してるんだ」
「ちょっと黙ってて」
残念ながらお気に召さなかったらしい。
これ以上ふざけた対応をしたら本気で怒られそうなので、黙って彼女の話を待つ。
大体三十秒ほど黙って難しい顔をしていた澪は、ゆっくり、慎重に、言葉を選びながら口を開いた。
「その……勇人、頭大丈夫?」
────?
僕はなぜ正面から罵倒されているのだろうか。
死に別れ五十年ぶりに再開した仲間に呼ばれ二人きりになった途端これだ。流石の僕も傷つくし、笑顔を維持出来るほど鈍感ではない。
「あっ、ちが……そうじゃなくてえっと、気持ち的な話!」
落ち込んだことを察したのか慌てて訂正された。
よかった。
仲間に頭がおかしいと思われていたら僕でも立ち直れなかったかもしれない。
「僕は平気だけど」
「あ〜〜…………もう、直球で聞くけど! メンタルね、メンタル。精神状態大丈夫なのって聞いてるの」
「異常があるように見えるかい?」
「取り繕うのが上手いのは知ってる。何十年一緒に居たと思ってんの、舐めないで」
……薄々感じてはいたけど、やっぱそうか。
澪はスケルトンの状態でも自我があった。
そしてその状態で僕の感情や思考はかなり伝わっていた。霞ちゃんですら僕の感情を容易に察知出来るんだ。それよりも深く長く繋がりあった澪がわからない筈もない。
つまり、あれだ。
一番荒れてる時の、最も知られたくない僕を彼女は知っている。
言い逃れは……無駄だな。
ため息を一つ溢してから、諦めて肯定した。
「基本的には問題ない。底はとっくに抜けてるし、今回感情が強く乱れたのは君だと想定してなかったからだ」
「……底を抜けてるのは信じる。酷い時はもっと酷いもの」
言ってくれるね。
だけど事実だから何も言えない。
無駄にすれ違うのは勘弁願いたいので、ここは恥を忍んで言うことにする。
「本人に言うのは恥ずかしいけど、僕は澪と綱基を死なせてしまったことがトラウマっぽいんだよね」
「ド直球で来た……」
「隠してもしょうがない。出来れば僕の痴態は誰にも言わないでくれるとありがたいんだけど」
「言いふらすわけないでしょ。……でも、そっか。やっぱり気のせいじゃなかったか」
憂う表情で澪は呟く。
「何となく、そうじゃないかって思ってた」
「僕が君らのことを引き摺ってることかい?」
「うん。ていうか、酷い時自分で言ってたし」
ああ……そうだったか。
いやもう、本当にさ。
閉じ込められて数年間はそれはもう酷くて、毎日毎日ずっと自分を責め続けてたんだ。リッチを殺して無気力になって、もういいかと思い足を止めてしまった。物理的にダンジョンに閉じ込められたのも大きい。
疲れてしまった。
仲間はみんな死んで、自分より年下の学生だった子らが真っ当に青春を過ごすことも出来ずに死んでいった。
……そうだ。
世界を守るなんて言えば聞こえはいい。
だが真実としてあるのは、仲間を犠牲にしてでもモンスターを殺し続ける男が居ただけ。二人には青春を味わう権利があったのに、僕はそれを止めることができなかった。
その上で、僕はあの旅が楽しかったんだ。
誰もが不幸になったこの世界で、戦う力のない人が虐げられる悪辣な世界になった後で、僕は充実感を得てしまった。
殺し合わねばならない世界になって日の目を浴びた僕は、自分のことが嫌いなんだ。
「知ってる」
「……君には何の隠し事も出来ないね」
「しなくていいって言ってんのよ。どうせ香織には知られたくないんでしょ?」
……ああ、そう言うことか。
だからわざわざこんな部屋に連れてきた、と。
「こっちは何十年とメンヘラ男の自責を一方的に聞かされてるんだし、今更取り繕われた所で何とも思わない。だからたまに吐き出すようにしてね」
「いやあ、それは申し訳ないよ。ただでさえ僕が君を縛り付けてるようなもんだし」
「その縛り付けがなかったらここに居ないんだけど」
「……年下に甘えるのはやめたんだ」
「それ雨宮ちゃんの前で言える?」
天を仰いだ。
昔から澪に口喧嘩で勝てたことはない。
五十年前の時点で僕も綱基もボコボコに負けていた。
感情面で訴えかけてくる彼女に一方的に言い負かされる僕らに苦笑しながら澪を宥める香織、そんな関係だった。
「はい決まり。これからは定期的に吐き出しなさい」
「えぇ……」
「それにその内トラウマが払拭されるかもしれないでしょ? 私がいつまでも勇人の足を引っ張るのは嫌なの」
「……そういうもの?」
「そういうもの。逆に聞くけど、立場が逆だったらどう思う?」
そりゃもちろん僕のことなんてさっさと忘れて前を見て欲しいと思うね。
…………。
「語るに落ちたわね」
なぜか満足気な雰囲気で澪は頷いた。
「なんでそこまでしてくれるの? ぶっちゃけ、僕のことは難くないのかい?」
どうしても気になった。
だって彼女の立場からすれば、僕は仲間を全員踏み台に生き延びた裏切り者みたいなものだ。しかも何十年と一緒にいるくせに正体に気が付かないし、スケルトンだった彼女を手荒に扱ったこともある。
なぜこんな風に寄り添ってくれるのかがわからなかった。
「んー……色々あるけど……」
困ったように眉を顰め顎に手を当て考える仕草をした後、苦笑しながら彼女は言う。
「親よりも誰よりも、私は勇人と一緒に居たんだよ。少しくらい助けてあげたいと思うのは普通でしょ」
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