第80話

「わざわざ来てもらってごめんね」

「いえ、こちらが要請する立場ですからお気になさらず。土下座の一つでもやってみせねば誠意に欠けると言うもの」

「やんなくていいからね? これはフリじゃないぜ?」

「はは、やるなと言われた方がやる気になりますが」

「君は本当にやりかねないから言ってるんだよ……」


 情報部のトップだぜ?

 最も厳しくやれないといけない立場だ。

 勿論最終的な決定権を持つのは大臣やらもっと上の人間だけど、厳しい提言を出さなくちゃいけない人間である。


 冗談なのはわかっててもヒヤヒヤするよ。 


 改めて、家までやってきた北郷くんにお茶を出して席に座る。


 まるで自宅のような自由さだがここは晴信ちゃんの家だ。

 家主はダンジョン侵入禁止令が解けたのでバディと共に潜りにいった。今頃戦いの様子を配信しながらせっせと励んでいるだろう。

 隣には霞ちゃんが座っている。

 彼女は特に緊張した様子はない。

 流石の胆力だ。


「では早速本題に入らせて頂きます。まずはこちらの書類をご覧ください」


 そう言いながら持参した鞄の中から大きな茶封筒を取り出してこっちに差し出してくる。


 受け取り封を切ると、中には数枚の書類が綴じられたファイルがそれぞれ二つあった。


「内容は……一緒か」

「ええ。お二人に見ていただくのですから、当然二部用意させて頂きました」

「気遣い感謝するよ。はい霞ちゃん」

「ありがとうございます」


 迷宮省のお偉いさんがいる為敬語モードに入ってる霞ちゃんにそのまま一部手渡してから確認する。


 うお……

 なんだか懐かしいな。

 時が経ってもこういう計画書とかの書き方はあまり変わらないみたいだ。パワポとかエクセルとか、そこら辺は消え去ってないんだろうね。


 パソコンかぁ。

 久しぶりに触れたい気持ちはある。

 50年前はそれなりに弄ってたからね。

 ただ、これだけ携帯端末が発達していると備え付けのデスクトップがまともに発展してるのかは気になるところだ。


「書いてあります通り、これらの計画は基本開示するものとなっています」

「一応理由を聞いても?」

「隠し通すのが無理です。勇人さんの顔は全国に知れ渡っている上、現地の協力を得なければなりませんから」


 同意見だ。

 そもそも隠したところで意味はない。

 連中が地上の様子を探っているのかどうかはともかく、知られて困るものでもない。ああいや、僕の不在を狙って仕掛けてくるってんなら確かに困るな。


 でもそれは織り込み済みだろう。


「もちろん。とは言っても、あまり良くない策略にはなりますがね」

「僕も完璧じゃない。聖人君子のように世の全てを守れるなんて思っちゃいないさ」

「力及ばず、申し訳ない」

「……?? なんの話ですか?」

「陰湿な責任の取り合いだ。気にしなくていい」


 この作戦には穴がある。


 いや……違うか。

 エリートの出現によって生まれた穴がある。

 それは日本の防衛に関する話で、簡潔に告げれば北と南、両端の防衛力の薄さだ。


 一級の中で特記戦力と定めたのは僅か4人。


 関西を中心に活動する一位不知火くん。

 関東を中心に活動する二位鬼月くん。

 中部を中心に活動する八位宝剣くん。

 広島を中心に活動する二十一位、九十九くんだ。


 不知火くんは言わずもがな、鬼月くんも僕を除く人類最大保有魔力によって実力が担保されている。


 宝剣くんはいずれ僕に追い縋れる技量を持っているし、これからまだ磨かれればいずれ僕を追い抜く可能性だってある。根本的に僕は生み出す側じゃなく、既存の技術を真似る側だ。0から1を生み出せる彼女には強く期待してる。


 九十九くんとはまだ顔を合わせた事は無いが、鬼月くんも期待を寄せる将来有望な娘らしい。


 彼ら彼女らならばエリートを相手にしても、多少の軍勢を相手にしてもなんとか対応できる……あの映像からそう見積もったみたいだ。


 じゃあ、彼ら彼女らがいない場所でもしエリートが現れたらどうする?


 答えは簡単。

 僕、もしくは他特記戦力が駆け付けるまで時間を稼ぐんだ。

 命を捨てる覚悟で、しかし冷静に防衛線を組み、持ちこたえる。


 それが他一級に課せられた任務であり義務だ。


 北……北海道、東北に関してはかなりリスクがある場所になっている。


 もし僕が南に行っている間に何か起きれば関東から鬼月くんが向かうしかない。そこが完全な穴であり、意図的に作られた穴だ。


 事を起こすのならば、戦力の集中する南ではなく北を選べと敵に対して圧をかけている。


 ……ま、地上の様子が探れるのならって話だけど。

 そういう事を確かめるためにあえてそうするらしい。


「無論備えはしてありますから、確実に悲劇が起きるなんて話でもありません。そう心配しなくても大丈夫ですよ」

「そうだね」


 資料に視線を戻す。


 …………なるほど。


 南から順に回る、そういう形にしたのか。


「北は常に荒れてますから」

「そっちの方が性急な気がするんだけど」

「その為に一級を三人も配置しています。それも、実力的に見劣りしない人員です」

「それは頼もしい」


 九州地方に2ヵ月。

 四国地方に1ヵ月。

 中国地方に3ヵ月。

 関西地方に2ヵ月。

 中部地方に1ヵ月。

 北陸地方に1ヵ月。

 東北地方に1ヵ月。

 北海地方に1ヵ月。


「……後半カツカツじゃないか? 中国地方を2ヵ月にしてもいいと思うんだけど」

「いえ、九州で有馬一級とついでに九十九一級の教育をして頂く予定なので」

「ああ、なるほど近い地方の一級も集めちゃうのか」


 ただ教育するだけならまだしも、ダンジョンの見回りも兼ねてるから全地方回るのは確定。


 その上で効率よく教育していくのならこの形になる。


「九州で有馬一級──ああ、有馬頼光一級ではなく孫の有馬瀬名一級と、中国地方から引っ張って来た九十九直虎が対象です」

「ふうん……」


 九十九くんはともかく、有馬くんの孫か。


「期待できるんだね?」

「ええ。若くして一級になる才覚があります」


 確かに九州地方を支えられる人材が一人増えれば南は盤石になる。


 最終的に南側を安心して守れるようになれば、僕は北に集中できるし良い事尽くめだ。


「…………むう」

「うん? 何唸ってるんだい?」


 納得した僕とは対照的に、霞ちゃんは資料を手に持ちながら難しい顔をしていた。


「……何か?」

「……いえ、なんでもないです」

「何か聞きたい事があるなら今の内に聞いておきなよ。僕も気が付いてないかもしれないし」

「いや、そういうのじゃないので大丈夫です」


 正直違和感は無かった。

 だから彼女が違和感を抱いたのなら聞きたかったが、問題ないと言うなら追及するのも良くないだろう。


 目線を元に戻す。


「…………なばっ……ん」


 …………何か言ってるけど聞こえない。


 聴覚強化しとけばよかったな。


「詳しい内容もありますが、都度変更になる可能性がある点はご留意ください」

「ん、わかった。こっちからも一つ追加したい事があるんだけどいい?」

「なんでしょうか」


 最後まで軽く目を通したけど何処にも表記が無かったため、ここで念のため話を通しておく。


「スケルトンの事だ」

「スケルトン……ああ、勇人さんと一緒に居た」

「うん。あの子も連れてくけど構わないね?」


 そう聞くと、北郷くんは一度難しい顔をしてから、表情を元に戻して言う。


「……ええ、問題はないでしょう。国民感情からしても勇人さんに対しては軒並み好意的ですし、彼または彼女が暴れる危険性はないんですよね?」

「基本的に僕が命じないと付いてくるだけだから無いと思う」

「流石に街中そのまま連れ回すのは勘弁願いますが、服を着せて一緒に行動するのなら大丈夫です。私の判断で許可を通します」

「ん、ありがとう」


 許可を貰えたのは嬉しいけど、スケルトンに似合う服か……


 霞ちゃんがダンジョンに潜る時着る奴みたいなお洒落な奴仕立ててもらおうかな。それが駄目だったら着ぐるみとかで誤魔化すしかない。

 着ぐるみの中が骨だけとかちょっとしたホラーだよね。

 まさしくスケルトンだ。

 平和な世の中になったらそういう商売してみるのも悪くないかな。


 ガタン!


「おや、何の音でしょうか」

「はは、なんだろう。屋根裏に動物でも居たのかな?」

「特に珍しくもありませんからねぇ……最近はビルも増えましたしインフラ環境も整ったからあまり見ませんが、それこそ20年前はそこら辺を野良犬が歩いてるなんて事は当たり前でしたよ」


 うまく誤魔化せた。

 どう考えてもスケルトンが動いた音だった。


 着ぐるみでホラーパニック従業員はあんまりお気に召さなかったらしい。


 僕らは今後もずっと一緒に暮らさなきゃいけないんだから、もうちょっと理解を深めていかないとなぁ。


 この後資料に書いてある事で特に不備も見当たらず、思い当たる事もなかった為ここで北郷くんは連絡先だけ残して去って行った。


 三日後、ここから出て九州に向かう事が決まった。

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