第81話

 三日経過した。

 予定通り本日関東を出て九州へと出発する。

 その後一年かけて全国を回り、最終的な目的は一級及び四級探索者雨宮霞を敵指揮官個体呼称エリートとの戦いに投入できる程に強くすること。


 そして僕に求められているのは全国のダンジョンを見回りエリートの痕跡を探し、もし存在したのなら対応すること。


 やることは50年前と変わらない。

 違いがあるとすれば、あの頃の仲間はすでに亡く、しかし日本が滅んでおらず文明の形を成している点。

 そして、人類の敵であるモンスターに対する抵抗手段が備わっている事だ。

 緊急時に戦時下になる下準備は常に行われているみたいだし、不安は抱いてない。


「ねえ勇人さん」

「なんだい霞ちゃん」


 荷物の準備は昨日の内に終えていて、後は空港まで向かう迷宮省の車を待っている状態だ。


「絶対納得してない気がするんだけど」

「えっ、そうかな」


 視線を背後のスケルトンへと向けた。


 に着せる服は色々悩んだが、着ぐるみは嫌そうだったのでしょうがなく普通の服装を見繕ってきた。

 青のジーパンに白いシャツ。

 靴はエアーマックスのおしゃれなやつ(50年前の感覚)で、手袋にマフラー帽子、更にマスクで季節感は崩壊し不審者感が満載だった。


 しかしスケルトンは動かない。


「……いやあ、案外気に入ってるんじゃないかな?」

「絶っっっ対、誓ってもいいけど不満だと思うよ」

「ふう……やれやれ、霞ちゃん。いいかい?」


 ため息を吐きながらわざとらしく首を振り、僕はスケルトンと肩を組んだ。


 霞ちゃんはむっとした表情をしている。


「考えてもごらんよ。おしゃれな服装で顔も素肌も見えているスケルトンを街中で連れ歩いたり飛行機に乗せたりしたらどうなると思う?」

「それは…………パニックになるけど……」

「だろう。だから僕は着ぐるみが一番いいと思ったんだが」


 スケルトンはカタカタ震えた。


「ご覧のとおり着ぐるみは嫌だと訴えてくる。なら普通の服装で、なおかつ顔や手を極力隠せるようにするしかないだろう?」

「それは、そうだけど……あれ? この震えてるのって勇人さんがやってるわけじゃないの?」

「ああ、こないだのはわざとだけどこれは僕がやってるわけじゃないね」

「…………それ、上に言わなくていいのかな」


 多分言わなきゃダメだね。

 でもまあ、彼は骨人形スケルトンというモンスターだが、そうである以前に僕の支配下にある魔力生命体だ。


 もし彼を否定するのなら、それすなわち半分リッチに成り果てている僕を否定することになる。


 誰にも文句は言わせない。


 僕にとってスケルトンは共に数十年過ごした大切な仲間だ。

 霞ちゃんに悪感情が伝わっていたのだから、スケルトンに僕が好き放題吐き捨てた悪意が伝わっている可能性もある。

 それを思えば、とても手放す気にはならない。

 孤独だったけど、一人きりじゃなかったのは結構嬉しかったんだぜ。


「あ、静かになった」


 それに理解力もある。

 というか、どうやら人類社会に関してなんとなく理解してるっぽいんだよな。恥の概念があるモンスターって、そりゃエリートって言うんじゃないか?


 が、確証を得ないのでそれを口にする事はない。


 それこそ僕が黒髪のエリート、雨宮紫雨のようにリッチとして完全に力を得れば喋らせることも可能なのかもしれないが……


「お姉ちゃんの力があれば話せるかなぁ」

「どうだろう。多分同じ力だと思うけど、彼女の生み出したモンスターは鎧姿の剣士だったし」

「うーん、お姉ちゃんの趣味って感じがする」


 そう言いながら霞ちゃんはくすりと笑った。


 ──彼女には真実を包み隠さず伝えた。

 推測や仮説は含まない、現実として迷宮省でも確認した事実だけを。


 元二級探索者の雨宮紫雨は過去に関東第二ダンジョンに立ち入って以来消息不明となっており、MIA……つまり事実上の死亡者として扱われている。


 彼女が本物かどうかはともかく、今回関東第五ダンジョンに出現したエリート集団の一角【黒髪】の顔がかつて存在した雨宮紫雨と瓜二つである事。そして全身鎧の剣士型エリートを生み出せることから何らかの上位個体になっていること。


 ──霞ちゃんには、姉の姿をした黒髪を含むエリートとの戦いが期待されていること。


 それら全てを伝え意味をしっかりと咀嚼し理解した彼女は、ただ一言呟いた。


『うん』、と。


「えっと、じゃあ……先輩? スケ先輩って呼ぶね? うわっ、カタカタ震え出した」

「はは、嫌だってさ。スケルトンには『スケルトンくん』って大事な名前があるからね」

「それも納得してるようには見えない……」


 カタカタがガタガタになるくらいには不服だったそうだ。


 全く、女性との付き合い方はともかくスケルトンとの付き合い方なんて学んでないんだ。君が初めてなんだし、多少の間違いは許して欲しいな。


「あ、また静かになった……」

「まあ、これから長い付き合いになる。いずれ色々決めないといけないが……急がなくても時間はあるさ」


 だから今はこれくらいでちょうどいい。

 急いで決めて愛着のない名前をつけたくない。きっと僕が消える時このスケルトンも一緒に消える、霞ちゃんとは違う意味で一蓮托生の存在。

 なんとなく、そう感じるんだ。


 それに加えて意志があるとわかった以上、一個人として扱ってやりたいしね。


「じゃあ……スケちゃんさん?」


 スケルトンはカタカタ……震えなかった。


「スケちゃんさんって呼ぶね! 勇人さんに支配されてる同士、これからよろしくねっ」


 とてつもなく風評被害を生み出しそうな言葉を口にしながら霞ちゃんは手を伸ばし、手袋に包まれた骨の手と握手をした。


「……ン? あれっ、手が離れない……力強っ、あ、あれっ? 勇人さん? 勇人さん絶対やってるでしょ!? 痛っ、いたたっ!?」

「いやあなんのことかさっぱり」


 スケルトンに3分後に離してあげてと脳内で命令を下し、鞄を持って部屋の外に出る。


 階段を降りてリビングに行くと、ソファに座ってる晴信ちゃんと柚子ちゃん。

 その横になぜか堂々と座っている道長くんと、げんなりした表情の御剣くんがいた。


「見送りどうもね」

「これからまたもや国の危機に立ち向かう英雄を見送るのに、少なすぎるくらいだぞ」

「今はこれでいつでも会えるし見れるだろ?」


 ぽんぽんとタブレット端末を軽く叩けば、道長くんは豪快に笑った。


「とても50年振りに地上に出てきたとは思えぬ馴染みっぷり。儂のような老人にはようわからんのよ」

「一応僕は君とそう変わらない年齢なんだけどなぁ」

「ははは、スマホが死語になり既に50年! 何もない破滅の時代を長く過ごしてきたがゆえ起きた弊害じゃ」


 うわっ懐かしい……

 昔はスマホって読んでたよなぁ。

 タブレットも、なんだっけ……iPadってのが一番有名だった。


「もはや前時代の遺物と言えよう」

「全くだ。僕ら取り残されてるぜ」

「勇人さんは見た目も脳も若いから実質若者みたいなものでしょ。お爺ちゃんはもうお爺ちゃんだし」

「柚子っ……!」


 孫娘から容赦のない口撃を浴び道長くんは崩れ落ちた。


 そのまま会話の流れは柚子ちゃんに移り、彼女は立ち上がってわざわざ姿勢を正してから続けた。


「……まあ、その。あんまり関わりあるわけじゃないですけど…………霞を、よろしくお願いします」

「うん、任された」


 柚子ちゃんと晴信ちゃんは霞ちゃんにとって数少ない友人だ。


 そんな彼女達の仲を裂くようなことをしてしまって申し訳なく思う。


「いいんです。もうこうなったら一緒にダンジョンには潜れないですし、それに……」

「……それに?」

「いっそのこと、次会う時までに強くなってやろうって決めたので」


 柚子ちゃんは力強く明るい笑顔を浮かべながら言った。


 ああ、なるほど。

 だから御剣くんが連れてこられてる訳か。


 おそらくこのしょぼくれ方から察するに、色々無理やり押し付けられたんだろうな。彼はなんだかんだ仕事をやり遂げるタイプだから、柚子ちゃんのお願いと一級の仕事の板挟みに合う現実に絶望してるんだと思う。

 絶望してるだけでそれでパフォーマンス落とす人間じゃないから大丈夫だ。


「それじゃあ師匠勝負だね。僕と御剣くん、どっちが師にふさわしいか」

「冗談やめてくれ。俺がアンタに叶う訳ないだろ」

「案外いい師になるかもしれないだろ?」


 肩を竦めて御剣くんは誤魔化した。


 こいつ、意外とやる気に溢れてるぞ

 でもそれを表に出さないようにしてる……と思うね。僕の勘がそう言っている。


 そして最後に無言だった晴信ちゃんに視線を向ける。


 彼女には世話になった。

 地上に戻ってから何もわかってない僕に現代の知識で学ぶべきことを教えてくれたおかげで、無駄なく情報収集が出来た。


 衣食住──食事は必要なかったが──まで用意してもらって、彼女には多大なる恩がある。

 いずれ恩返ししたい。


「ありがとう。君のおかげで今の時代を知ることが出来た。助かったよ」

「気にしないで。それくらいしか出来なくて、むしろ申し訳ない」

「本当に助かったんだ。素直に感謝は受け取ってくれ」

「ん……それじゃあ、うん。どういたしまして」


 ぎゅっと手を握る。


 しばらくここにいる皆には会えないけれど、それが一生の別れではない。


 また会えるんだ。

 感動的な別れにする必要はない。


「一年後、また戻ってくる。そのときは僕の奢りで買い物でも行こうか」

「いいの?」

「それだけじゃないけどね。その程度でこの恩は返しきれない」


 そう言うと、珍しく口元に笑みを浮かべながら彼女は頷いた。


「楽しみにしてる」


 挨拶としてはこんなものか。


 鬼月くんや副大臣も来ようとしてたみたいだが、僕の方から止めておいた。

 どうせ問題が起きたら関東に飛んで来るんだ。

 彼らと顔を合わせる確率はそこそこ高い。


 前述した通り、この別れを悲観的なものにするつもりは一切ないからね。


 また会えるのにわざわざ壮大な見送りをしてもらう必要はないだろ?


「ハァッ、ハァッ、ゆ、勇人さん……」

「おっ、解放してもらえたかな」

「ぜ、全然振り解けなかった……」


 挨拶が済んだところで、ちょうどいいタイミングで霞ちゃんが降りてきた。

 一緒に服を着込んだスケルトンも来ている。

 荷物は少ない。

 僕は何着か買った服と、迷宮省には渡さなかった剣だけ。

 スケルトンには替えの鈍器を任せている。


 鞄と武器を一振り、ファンタジーの旅人みたいで風情を感じるよ。


「それが今の君だ。スケルトンは一級とやりあえるくらいの強さはあるし、目下の目標はこの子に勝つことだね」

「う、……頑張ります」

「よろしい」


 それに迎えも来た。


 息を切らしていた霞ちゃんから荷物を取り上げ代わりに持って、玄関に歩いていく。


「霞ちゃん」

「はい?」


 扉に手をかけたまま、言葉を続けた。


 長々と言うつもりはない。

 彼女が覚悟を示すのにただ一度頷いたように、僕もただ一言告げる。


「頑張ろうね」

「……うん!」


 50年前、僕は戦った。

 日本を、世界を混乱に陥れたモンスターと殺し合った。

 仲間を全員失い、守りたいものは守れず、50年間無力を味わい続けた。


 今度は違う。

 そうはならない。


 きっとそうだろう、みんな。


「行こう」


 扉を開き、太陽の光を浴びながら外に足を踏み出した。











 薄暗い地の底にて、一人の女が目を覚ました。


 周囲には複数の人影がある。

 その中でも一際大きな男は、楽しそうに口元を歪めながら言った。


「よくやった新入り! こいつを扱えるならあの野郎にも対抗出来うるぞ!」


 嬉しそうに、心底無邪気な笑顔で言う男に黒髪は無表情のまま問う。


「……本当にこれでなんとかなるの? あんな強い相手に、たった一体追加した程度で……」

「この娘と同じなのは癪だけど、同意見。まあそこそこやれそうだけど、飛び抜けた強さを持つ訳じゃないのにどう対抗するって言うのよ」


 続いて獣人も苦言を呈する。

 仲間からいい反応をされてないと言うのに、それでも男は意見を曲げなかった。


「ま、俺たち古参しか知らねえ情報もあるんだよ。こいつは完全に支配してんだよな?」

「えぇ。一応自我を出したりも出来るわよ」

「そこら辺は調整が必要だな。いやー、お前がリッチに適合してくれてよかったぜ」

「……そう。それは良かった」


 はしゃぐ男とは対照的に、黒髪の女は無表情のまま呟き視線を逸らした。


 一人の女が立っていた。

 銀に近い灰色の髪。


 力量としてはおそらく同程度。

 調整すれば言語を話すことも自我を戻すことも可能だが、それだけだ。自分達を叩きのめした恐ろしき怪物を相手に出来るとは到底思えない。


 むしろ、黒髪からすれば抵抗出来ずに自分以外のモンスターが駆逐されてくれれば嬉しいのだが──口には出さず噛み殺し、リッチとしての能力を密かに発動する。


 支配権を持つ存在を情報を探ることが出来る能力は誰にも話していない。彼女はエリートと呼称される上位個体になりながら、決してモンスターに堕ちきらず、まだ人としての自我を残している。

 自分はまだ人間であると常に唱えつづけ、湧き上がる殺害衝動や人類に対する嫌悪感を封じ込めていた。


 ゆえに、驚く。

 女の持つ情報に目を見開き、動揺を隠せなかった。


「ぇ……」

「あん?」

「な、んでもない。ちょっと、違和感があっただけ」

「違和感なぁ。何かあんなら言えよ」

「ええ、その時は頼るわ」


(う、そでしょ。この人……死亡時期、50年前。あの男の、仲間……!?)


 おそらく人類側の最高戦力である男を思い浮かべた。

 先日は酷い目にあったが、向こうが退いてくれたお陰で命を失わず済んだ。残念な事に他の個体は一体も死ななかったが、人類侵攻のタイムリミットが若干伸びたのは彼の戦闘力が高すぎたが故。精神的なダメージを除けば最高の出来事だった。


 自分がいない間にとんでもない怪物が生まれていたと安堵したのも束の間、読み取った情報から黒髪──雨宮紫雨は、自分が地雷を踏み抜いたことを悟る。


(…………やばい。やばい、やばいやばい! やった、絶対にやらかした……!)


 読み取った記憶からは、浅くない関係であったことがわかってしまった。

 恋人とまでは行かずとも、互いに想い合っていたのを瞬時に理解できる程度には。


 それはまさしく鬼神の弱点。

 弁慶の泣き所であり、アキレスの腱。


(……ぜ、絶対に思い通りにさせたら駄目。なんとかコントロールしないと……)


 人知れずモンスターでありながら人の心を持つ、雨宮紫雨の孤独な戦いが始まった。

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