第92話
「え、僕の記憶を見た?」
「うん……」
神妙な顔つきで頷く霞ちゃん。
……ありえなくはない、か。
僕のリッチとしての能力は未だ未知数、生命力と魔力を注ぎ蘇生した霞ちゃんに感情が伝わっていたり、命令権を所有していたりする。
それくらいの事が起きても不思議ではない。
しかし記憶か……
変なモノを見せてなけりゃいいんだけどな。
「へ、変なモノ……?」
「うん。例えばちょっと他人に見せるには憚られる様な凄惨な現場とか……」
「あっ、ああ、そう、うん、無かった無かった」
「…………」
「……なに?」
「ううん、なんでもないよ」
若いねぇ……
「その目やめろし。……えっと、見たのは勇人さんと」
「僕と?」
「
「二人だけだった?」
「うん」
香織と二人だけの記憶……まあ、見られて困るような事は無かったかな?
ふっ、危ない危ない。
正直焦ったけど二人だけの時の記憶なら大丈夫だ。
どちらかと言えば
澪が目に見えて弱っていくけどどうする事も出来ず、最期の最後まで戦いに連れ出してしまった。
あれは今でも後悔している事の一つだ。
「それでさ、勇人さん」
「なんだい?」
「もしかして香織さんと良い仲だった?」
「んー……」
なんと答えたものか。
良い仲、つまるところ恋仲だったかと言われると微妙なラインだ。
互いにそれなり以上の想いを抱いてたのは間違いないし、自惚れだと思えないくらい距離は近かったさ。
だが直接想いを伝えあった訳ではない。
そんなことしてたら死にそうだったしね。
生き残れたら考えるのも悪くはない、そんな雰囲気だった。
「恋人だったわけではないよ」
「えー、本当かなぁ」
「はは、そんないい雰囲気に見えたかい?」
「それはもう」
珍しく、楽しそうな様子で霞ちゃんが絡んでくる。
ははぁ、なるほどこれは……
いつも僕に弄られてばかりだから反撃しようとしてるな? そうじゃなかったとしても、配信で反撃するための素材を探してるね間違いない。
それくらいなら全然いいよ。
寧ろ僕が恥をかく事で香織の存在が知れ渡るならそっちの方が嬉しい。香織がどこのお嬢様だったのかは結局教えてくれなかったけど、モンスター共と戦うと明言して家を出た訳じゃない。
彼女がどのようにしてどこで死んだのか。
そしてどんな人で、どれほど魅力的だったか。
それが少しでも他人に伝わればいい。
「そうだなぁ、そうなれば良いなと思った事はあるね」
「おお!」
「好きだったかと言われれば、うん。間違いなく好きだった。人としても、男としても」
なにせ僕に全てを与えてくれた女性だ。
逆に好きにならない方がおかしいでしょ。
何千何万とやり直しても絶対好きになる自信がある。
「う、うわぁ……!!」
霞ちゃんはと言えば、僕の発言を聞いて耳を赤くしていた。
なんで?
「え、いや……これ聞いてドキドキしない女の子は居ないでしょ」
「そうなの?」
「うん。これ配信でやったらヤバいかも」
へえぇ、そういうもんか。
「……でも、良かった」
「うん?」
「思ったより引き摺って無さそうで安心した」
そう言うと、霞ちゃんはにへらと笑みを浮かべる。
……最近色々だだもれだったから心配させちゃったな。
香織の事は勿論だけど、僕は50年前に色んなものを置き去りにしてしまった。それをね、ゆっくりと消化していけたなら良かったんだけど。
50年間何をやっていたんだという話だ。
「……ああ、そうだ。霞ちゃんには言っておこうか」
「なに?」
「君の姉は事実上エリートとして現在認定されてるだろ?」
「……うん」
ここからは真面目な話になる。
その雰囲気を感じ取ったのか、霞ちゃんも真剣な表情になった。
「君は自分の姉を倒す覚悟をした。きっと僕も同じ覚悟をすることになるだろうと思っていてね」
「……? ……え、そ、それってつまり……!?」
「そう。君にとっての姉にあたる敵が現れる可能性だ」
「あ、ああ。そっちか……」
「え? それ以外に何かあった?」
「ナンデモアリマセン」
少し気になるが、本人が聞いて欲しくなさそうな顔をしているのでここはスルー。
「香織の話題が出たのもちょうどいい。僕の仲間が敵になっていてもおかしくないんだよね」
死体を確認できてない。
ダンジョンの中で死んで放置している。
この二つが揃ってる時点でまあまあ怪しいと睨んでいて、敵が僕という存在を認識していて脅威に考えているのなら確実にやってくる。
僕が戦っていたあいつらなら絶対に。
「だからまあ、もし僕が動揺するような事があったら頼ってもいいかな」
覚悟はしてる。
してるけど……いざ目の前にしたとき、なんの動揺もしないとは言い切れない。覚悟できてる状況ならなんでもいいけどさ、不意打ちは幾らでも出来るからね。
そういう狡猾さを持ち合わせている事は知っていた。
改めて香織の話をして、過去を思い出して理解した。
僕はやっぱりあの頃が事が忘れられないんだ。
忘れるつもりはないし、けれど、引きずるつもりもない。
過去は過去で美しいものだったと思える事があって、そう言った出来事を大切にしておきたいのさ。
情けないお願いに対して、霞ちゃんは真剣な表情のまま答える。
「うん、わかった。その代わり勇人さんも、お姉ちゃんの事よろしくね?」
「ああ。全く、互いにままならないよなぁ」
「ほんとにね」
何もこんな所まで一緒じゃなくていいだろうに。
苦笑して場を濁す事しか出来なかった。
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