第70話
剣と剣がぶつかり合う。
交差はわずか一瞬、されど魔力によって強化された身体能力にとって一瞬とは、とても長い時間のことを指す。
全身鎧のエリートの剣技は中々のものだ。
かつて戦ったエリートと比べても卓越した技量を持っている。
奴らは身体能力と魔力に全てを任せる暴力的なスタイルを好んでいたけど、間違いなくこのエリートは技術というものを身につけていた。
以前の敗北が要因かな?
奴らはどいつもこいつもあり得ない身体能力に馬鹿げた魔力量と嘘みたいな
だから、技術に手を回した。
……あり得ない話ではないけれど、なんだか弱い気がするなぁ。
『貴様っ! その剣、我らが同胞を使ったな!?』
「あ、わかるんだ。暗闇の中でやることもなくてね、唯一の趣味がこれだよ」
エリートと共に4腕のスケルトンも斬撃を浴びせてくる。
手数勝負では勝ち目がない。
相手は合計九本分の剣を使ってくるのに、こちらはたった一本の剣。
本来なら手数で勝てるわけがないけれど──生憎、僕は普通じゃない。
怒りを露わにし先ほどよりも倍早い威力で打ち込んできたエリートの剣を受け流し、スケルトン共の剣を一閃で打ち崩し、切り返す剣を魔力で強化した肘で受け止める。
その剣は重い。
重い、が……
んん、うーん……
もう少し探ってみるか。
腹をぶち抜く勢いで前蹴りを放ち、エリートをぶっ飛ばす。
音を置き去りにする速度で吹き飛んだエリートはダンジョンの壁をも破り、そのまましばらく断続して音と衝撃が響く。
その間に残されたスケルトン共を処理することにしよう。
僕の推測だが、あのエリートはこいつら二体を操作するのに意識を割いているんじゃないだろうか。
僕みたいな規格外が相手じゃない限り人間を絶対に封殺出来るコンボだ。
耐久力、速度、攻撃力に優れたエリートが主軸を担い、傍にいる二体のスケルトンがゆっくりと、真綿で首を絞めるように削る。
それが連中の学んだやり方。
まるで50年前の僕らじゃないか。
スケルトン二体を処分するのに時間は必要ない。
こいつらは僕と比べて何段も劣る。
振るわれた剣を全て肉体で受け止めて、隙を晒した骨をぶった斬る。
この二体のスペックは確実に一級相当、同時に相手をすれば御剣くんを封殺するくらいの強さはあるけどそれじゃあ足りない。
規格外を殺すのに必要なのは規格外の力だ。
それを先に学んだのは僕らの方だったみたいだね。
スケルトンが復活できないように骨を踏み砕きながら歩く。
エリートが開けた穴は閉じかけてるけど、それらを無理やり拡張しながら進んでいく。ダンジョンの壁は壊しにくいけど、元から開いてるなら壊しやすくなる。
これはいい情報だ。
活用出来る。
暗闇と土煙で塞がれた視界の中に、一瞬の煌めき。
吹き飛ばされたエリートが音もなく忍び寄り、這うような体勢から斬り上げてきたのを、剣で受け止める。
『アアアアアッッ!!』
雄叫びと共に押し込もうとしてきたのをその場で止める。
魔力で強化してるんだろうけど、根本的な膂力が僕も上昇してるからね。それに加えて魔力強化も行ってるんだから、固めれば並大抵の攻撃じゃ揺らがないよ。
鯨並みの魔力お化けが相手じゃ無い限り早々押し負けないし、もうこの個体の情報はある程度推測できた。
仕掛けようか。
『ガッ!?』
兜を左手で掴み、そのまま握り潰す。
ぐちゃりと言う音と不愉快な粘液。
鎧に生命が宿ってるタイプのモンスターではない。スケルトンを従属させてるからお仲間かと思ったが、少し違うな。
一瞬力が抜けたのを見逃さず、両腕を斬り飛ばす。
鎧は硬いけど抜けないレベルじゃない。
胴体を押し倒し、腹を踏み抜けば臓物と血肉が弾け飛んだ。
人であれば死んでるであろう有様になってなお、このモンスターは生きている。いや、これは人じゃなくてモンスターでも死に至るであろう状態だ。最初に潰した頭が再生を始めているのがその証拠になる。
『きっ、貴様、化けもn』
首ごと斬って黙らせる。
不死身のモンスターなんている訳がない。
こいつらは僕ら人間より魔力に適合してるから再生が容易なんだろう。僕が再生を扱えて不知火くんや宝剣くんが使えないのはそういう理由もある。エリートクラスならやれて当然だ。
生えかけていた腕を斬り落とす。
抵抗しようとしていた足を斬り落とす。
塞がった腹をもう一度丁寧に踏み抜いて、そのまま胸部も剣で入念に切り刻む。その度に飛び散る血肉がやかましいけれど、こいつが死ねば蒸発するから気にする必要はない。
目を覆うように飛んできた血を避けることもせず、左の視界が真紅に染まったまま思いつく限りの手段でエリートの殺害を試みる。
死なない?
そんなわけがない。
こいつは死ぬが、死ぬトリガーを限定しているタイプだ。
身体のどこかに核があってそれが無くならない限り死なないとかね。わかりやすい心臓や脳は弱点じゃないなんてのはやって当然の偽装だ。
しかし、斬れど潰せどエリートは再生を続ける。
こちらに疲弊の二文字はないが、向こうにも無さそうだ。
このまま千日手となるのは避けたい。
御剣くんに雑兵の処理を頼んでいる現状、彼の負担がこれ以上増えるのは望ましくないからね。彼を同行させた理由は、まあ、つまりはそういうことだろう。
元々万能で色々役割を担わされてる彼に、対エリートではなく、エリートと戦う舞台を整えられる駒としての力を付けさせるつもりだ。
本命である対エリートは鬼月くんや宝剣くんのような一芸特化組、もしくは不知火くんのような全てが高水準すぎる実力者に任せるんだろうね。
贅沢だなぁ。
それくらい贅沢が出来るほど戦力が充実してるって言うのが何よりも素晴らしい。
「っと、思考が逸れちゃった。それより……」
踏みつけたまま、刻まれた肉塊が徐々に再生していくのを見つめる。
流石にここまで全身隈無く削って死なないんだから、いい加減気がつくことがある。
思えば最初から分かりやすかった。
四腕のスケルトンはおそらく誰かの操作によって動かされてたものだ。そう考えたのは連携があまりにも完璧だったこともあるし、あの時代を経験したからわかることだけど、操られてるモンスター特有の動きだった。
指揮に入ってるだけのモンスターと、操られてるモンスターはまるで違う。
前者には無駄があったけど後者には無駄がない。
このエリートは喋ったり意志のようなものを見せたりしてるけど──どちらかといえば、後者に該当する。
「君、ハリボテだろ」
本体、いや、多分核が別にある。
ダンジョンの奥底か、それとも別のモンスターに宿らせているか、はたまた本体のエリートが持っているのか……可能性はいくつかある。
ただ一つ現時点で言えることは、こいつはエリート個体として作られた存在だ、ということ。
50年前やり合った連中はこんなもんじゃなかった。
人間の戦略を真似て何も出来ず僕に擦り潰されるような雑魚じゃない。
…………となれば。
「いるのは、そっちか」
肉塊に魔力を注ぎ回復を阻害しながら、最下層へと狙いを定めた。
「──オイオイ、どうなってんだよあいつ。気付いてるぜ」
「ふふっ、とんでもないわね」
「……言っておくけど、手は抜いてないわ」
「見りゃわかる。相手が悪い」
薄暗い洞窟の中に似合わない、白い円卓を囲むように三つの人影が座っていた。
「実験としては成功した。お嬢ちゃんが
「あら、私だって同じようなことは出来るんだけど?」
「お前のは傀儡だろ。死体であれこれ弄れるのはリッチの特権だぜ」
心底楽しそうに語る男と、それを不快そうに受け止める女。
その間に挟まれた女は、何か言いたげな表情だった。
「リッチの嬢ちゃん。次は量産してもらうぞ」
「……これで完成でいいの?」
「十分だろ。相手が悪いだけで普通の相手なら余裕で殺してる。お嬢ちゃんが死なない限り向こうのリソースも枯れねえし、実質不死の軍勢だ」
「そう」
女は興味を失くしたかのように呟き、その後すぐに目を見開いた。
それに気がつかないまま、男は気分良く続ける。
「あいつは時間稼ぎしてまた封印しちまえばいい。いくら個の力が突出してようが、50年閉じ込められてたんだから今度も……」
「──待って」
「あん?」
訝しむ男に、女は顔を青くして言う。
「……捕捉されてる」
「……は? 何が?」
「だから、見つかってるのよ。ここが」
「はは、な訳あるか。魔力探知不可能な場所だぜ、ここは」
笑い飛ばした男の真上。
ぴしり、と天井にヒビが入る。
ゴガシャアッッ!!と天井を突き破り、多くの瓦礫と共に侵入した。
円卓は瓦礫に沈み、しかしそこに座っていた3人はその場から飛び退いている。
そして積み上がった瓦礫の頂上に、一人の男が居た。
溢れんばかりの魔力。
右手に握った剣と、左手で引きずる肉塊。
その肉塊をブンと放り投げて、三人のちょうど真ん中にそれは落ちた。
「お返しだぜ、エリート諸君」
50年前に最もエリートを殺害した、人類の勇者。
彼ら三人にとっての天敵が、そこに現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます