第86話

 自分達の墓を感慨深く眺め、中に誰も居ないと分かっていながら手を合わせて祈った後、僕らは食堂へと足を運んでいた。


 思っていたよりも長居していたようで、気が付けば夕刻時。


 親睦会の準備をすると言って何処かへと消えていった頼光くんの代わりに二人で話していた女性二人の間に入り込んでいる。


「あ、勇人さん」

「二人とも早いね。まだご飯には時間があるんじゃ?」

「私が誘ったんです」


 ほほう、意外だ。

 瀬名ちゃん側から誘うとは。


「歳上ですし、知らない家ではないので」

「それもそっか。僕もついさっき頼光くんに案内してもらってたところだ」


 彼の普段着は和服だったけど完全に和文化に染まっているわけでもなく、有馬家は和洋折衷。


 フローリングだしクーラーもついてる。

 トイレ……は使ってないが、一応確認したら洋式だった。

 豪邸だけど無駄に部屋が多いわけじゃない。設計に口出ししてないとは言ってないけど、彼らしい家だ。


「あっ、ずるい。私も見に行きたかったのに」

「……それくらいなら、後で私が案内するが……」

「え! いいんですか?」

「あ、ああ。それくらいは別に構わない。それに面白いものがあるわけでもないが……」

「広いお家ってだけで面白いんですよ! ね、勇人さん!」

「そうだねぇ。それに、自分の墓を見るってのは案外面白かったよ」

「ン?」

「え?」

「今なんて?」

「だから自分の墓参りが意外と面白いって話だけど」

「……??」


 困惑中の霞ちゃんはさておき、その隣に居る瀬名ちゃんは知っていたのか、納得したと言わんばかりの表情で言う。


「ああ、中庭をご覧になったんですね」

「頼光くんに案内して貰った。瀬名ちゃんも知ってたんだ」

「はい。幼い頃から勇人さんの話はよく聞いていたので」


 おいおいあの爺全然隠してないじゃないか。


 大衆にバレなきゃいいやの精神だったな間違いない。


「国を救った勇者であり、有馬家にとっても恩人だと」

「手放しで称賛されると恥ずかしいと知ったのは戻ってきてからだよ」

「それほどのことを成し遂げてますから」

「そうかなあ。僕からすれば、ちゃんと国を支えるために人生を使った人達の方がよっぽど凄いと思うけどね」


 僕に出来ることは壊すことだけ。

 電柱を直したり、水路のメンテナンスをしたり、そういうことは出来ない。だからそういった人達にこそ感謝の念は送られるべきだと思う。


 そう言うと、少しだけ驚いた表情をしてから、彼女はくすりと微笑む。


「”勇者”でも、そんな風に思うんですね」

「僕の性根は小心者だからね」

「小心……者?」


 こら霞ちゃん、茶々入れない。


 そんな形で和気藹々と談笑していると、近付いてくる気配。


 瀬名ちゃんの後ろから来ているのは男性と女性。

 男性は中高年くらいで、女性の方はかなり若い。瀬名ちゃんとあまり変わらないくらいじゃないだろうか。


「盛り上がっているようで何よりです」

「若い娘に囲まれてジェネレーションギャップを感じる毎日さ。君は?」

「申し遅れました。有馬忠光と申します」


 ほ。


 有馬忠光──つまり頼光くんの息子で、瀬名ちゃんの父親。


 有馬三代の内二代目だ。


 彼もまた、頼光くん譲りの鋭い目をしている。


「なるほど、君が……」

「お噂はかねがね伺っております。かつての戦争を止め人類を救った勇者本人と会う事が出来、光栄です」


 瀬奈ちゃんと同じような事を言うなぁ……


 絶対頼光くん僕の事盛って話してるぜ。

 僕と頼光くんが一緒に戦った回数なんて数えるほどだし、九州での一件以外で関わった事は無い。濃密な日々だったのは否定しないけれど、ここまで尊敬を向けられるって、一体何を言ってるのやら。


「今回私が直接関わる事は少ないでしょうが、何かあればすぐに申しつけ下さい。瀬名を通して伝えてもらっても構いません」

「基本的な事は瀬名ちゃんに頼るつもりだから、彼女が対応できない事はよろしくね」


 彼女は一級探索者で九州が地元。

 忠光くんと変わらないとまでは言えないけど、僕らが知らず判断出来ない事を沢山知っている筈だ。そのための現地ガイド兼育成枠である。


 忠光くんの後継者は瀬名ちゃんだからね。

 戦力として充実させるのは苦しいかもしれないけれど、僕なりに手は尽くす。友の子供が不幸にならないように気を配る位の事は僕にだってやれるのさ。


「はは、そうなると私の出番は無さそうだ」

「えっ」

「へぇ、期待していいんだ?」

「もちろん。瀬名は既に一人前ですから」


 なんか驚いた声が瀬名ちゃんから聞こえたけど……


 チラリと視線を向ければ、どこか呆けた表情をしていた。


 うん?


 なんだろ。

 何か驚くようなことあったかな……?


「さて、少しよろしいですか?」

「ああうん、構わないけれど」


 ま、それは後で考えるとして。


 忠光くんが下がり、隣に居た女性が前に出てきた。


 先程までもニコニコしていたが、笑顔を残したまま元気よく口を開く。


「初めまして! 一級探索者の九十九直虎と申します!!」

「元気だね。僕は勇人、よろしく直虎ちゃん」

「はいっ!!」


 まるで少女のような反応だ。

 でも直虎ちゃんは大人の女性だし、ちょっとギャップがある。確かにネットでは「元気がいい」とか「健康的」だとか「元気が良すぎて被害が出る」とか書いてあった。

 瀬名ちゃんとは正反対だ。

 子供っぽさという点では霞ちゃんも負けてないね。


「勇人さん?」

「ハハハ、何も考えてないよ」

そういうの・・・・・わかるからね」


 ジトっとした目で霞ちゃんに睨まれた。


 くっ、最近意識して隠そうとしないとすぐバレるな。


 この娘の僕に対する理解度が進んだのか、僕のリッチとしての能力が高まったのか判断が出来ない。

 感情を塗りつぶす練習もしないとな……


「瀬名さんもお久しぶりです!」

「……あ、ああ。久しぶりだ」

「一級になってから一緒になるのは初めてですね! よろしくお願いします!」


 なぜか引き攣った表情をしている瀬名ちゃんにぐいぐい積極的に距離を詰めていく直虎ちゃん。


 良い意味で空気を読まない。

 僕はある程度理解した上で空気を誤魔化せるけど、彼女の場合は素なのかな。エリートとの戦いでは是非とも欲しい。


 霞ちゃんにもそこは参考にして欲しい部分だ。


「勇人さん。私は準備がありますから一度消えますので、今しばらくお待ちいただきたい」

「うん、わざわざありがとう」

「いえ、これが我々有馬家の悲願でしたから」

「そうなんだ……」


 流石にリップサービスなのはわかるけど、それでも何となく嬉しいもんだ。


 死んでもなお想われてるってわかると結構嬉しいんだよ。

 死んでないけどね。

 

「また父上と話してやってください。貴方が戻られてから毎日が楽しそうなんですよ」

「むしろ僕の方から話しをさせてくれと頼みたいくらいだ。50年間、話したいことは山ほどあるからさ」


 そう告げると、忠光くんは嬉しそうな表情で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る