第84話


 数時間の空の旅を終え、僅かな荷物と共に僕らは九州の地に降り立った。


 僕にとっては50年振り、霞ちゃんにとっては初めての飛行機。

 復興を果たしたものの、全てがダンジョン発生前に元通りとはならず、インフラ関係は新たに築かれた技術も多い。


 特に電気関係。


 完全に喪失した技術も多く、それらは執念深く研究を重ねた技術者達の手によって新たな技術として生まれ変わった。


 それが魔力技術。

 ダンジョンから齎された新たなエネルギーとして研究が進められていたそれらに目を付け、ダンジョン発生以降の人類の大多数が持ち合わせている事から国を支えるに足ると判断。


 あれやこれやと迅速に認可が下りそれから早数十年──最早ダンジョン発生前と遜色ない程に、現代は発展していた。


 その一つがこの飛行機だ。

 電力の代わりに魔力を消費し、そして魔力という不定形の万能エネルギーを用いる事で以前に比べ格段に安全性を高めている。


 具体的には燃料が切れて落ちた際に魔力保護が働いて地面に衝突しても機体に傷一つ付かないらしい。


 すごいよね。


「おっ、見えて来た」


 飛行機の窓から景色を堪能していると、いつしか九州の大地が視界に映り始める。


 あんな形だったんだな。

 50年前に来た時は陸路から海路だったし、なんなら中国地方と九州のわずかな海ですらモンスターが溢れてた。

 海の向こうから来たと告げた時は大層驚いてたっけ。


「ほら霞ちゃん、見えてきたよ」

「えっ、どこどこ?」

「あっちだ」


 ぐいっと身を乗り出して来た霞ちゃんに窓を譲り方向だけ指差す。


「わー……!」

「席変わろうか?」

「ん、いやいや、大丈夫。今は勇人さんに楽しんでもらいたいから」

「そう? それじゃあ遠慮なく」


 楽しむと言っても、のんびり外を眺めてるだけなんだけどね。


 とはいえ、50年間も何も目にせず生きていた所為か、ただ見続けるだけでも十分楽しめている。


 日の光を反射し煌びやかに波立つ海。

 先程まで見えていた山陰の霊峰と、時折映る街並み。

 密かに魔力で目を強化すれば、道路を走る車や農業特区に広がる畑が見える。


 この風景こそが、僕らが守りたかったものだ。

 後世に残したかった物を命懸けで守ってくれた英傑達には感謝してもしきれない。


 だからこそ、あの戦いで失われた命に意味が生まれた。


 本当に感謝してる。


 これから向かうのはその象徴とも呼べる地、九州だ。


 大々的に人類が反撃に出始めた戦いが起きた地。

 有馬くん達が地上で、僕らは地底で。

 上では輝かしい戦績が残り、地底では忘れられない犠牲が生まれた。あの時代では特に珍しくもない犠牲だが、僕にとっては何よりも重たい犠牲だった。


 今もあのイメージは色濃く残っている。


「払拭できるといいな」






「ようこそいらっしゃいました」


 空港に到着しエントランスに来ると、堂々と有馬頼光くんが待ち受けていた。


 その表情は非常に明るい。

 しわくちゃの爺さんの癖に妙に若々しくて、周りに控える人と比べて一回り大きな体躯が彼の力強さが今も健在だと強調している。


「約束より早く来ちゃってごめんね?」

「早く見に来てくれないかと待ち遠しかったくらいだ。思惑混じりといえ、ここを最初に選んでくださり非常に嬉しく思います」


 ギュッと握手をすれば、長年戦い続けた男のゴツゴツした手の感触。


 頼光くんの戦いの歴史がつまった手だ。

 この手で日本を立て直しながら家族を作り人を育てた──脱帽する。


「積もる話はありますが、先に紹介しても?」

「うん?」


 何を話そうか色々考えていると、彼の方から切り出して来た。


 言葉と共に後ろに控えていた人が一人歩んでくる。


「こちら、孫娘の有馬瀬名です。一級としての資格も持っており、勇人さんが九州で活動する間共に行動する予定です」


 そう言いながら、有馬瀬名……瀬名ちゃんでいいか。


 瀬名ちゃんはペコリと頭を下げた。


「有馬瀬名です。まだまだ未熟者ですが、足を引っ張らないよう役割を務めさせて頂きます」

「僕は勇人。好きに呼んでくれて構わないよ」

「では勇人さんと。よろしくお願いします」


 頭を上げて名乗った彼女と握手をし、一先ずの挨拶は終わった。


 なるほど、この子が有馬瀬名か。

 時折SNSでも名前は見たし、調べた中に名前もあった。


 有馬一族三代目の一級探索者で、現在鹿児島担当を任じられている若い有望株。


 ……が、良くない話題も目にした。

 一級の中では最底辺で、実力的にはまだまだ不足している。温情で一級になった訳では無いが、少なくとも期待されている訳ではない、と。


 批判されてるんじゃない。


 評価されている。


 命のやり取りをしているとはいえ、配信という形で娯楽にしてしまった以上そう言われるのは仕方ない事だ。


「ここで語らい合うのもなんだ。よければ我が家に招待しますが」

「いいのかい? 家族水入らずに邪魔して」

「まだまだ死ぬつもりはないですからの」

「豪快なジジイめ」


 ワッハッハと笑いながら歩き出す頼光くんに着いていく最中、瀬名ちゃんと霞ちゃんを引き合わせる。


「知ってるかもしれないけど、こちら四級探索者の雨宮霞。資格的にはまだまだだけど、実力はそれなりだ。伸び代もあるし、これから君の同僚になると思う。色々教えてやってくれ」

「よ、よろしくお願いします」


 頼光くん譲りというか、どこか圧のようなものを醸し出す瀬名ちゃん。


 顔が美人顔だからかな。

 怒ってる訳でも無いし睨んでる訳でも無いけど、どこかこう……そういう風に感じるんだと思う。


 懐かしいなと思った。


 そして霞ちゃんの挨拶に対し、彼女は頬を緩め険しい表情を


「ああ、よろしく頼む」


 ──……はは。

 口調まで似てるとは、全く、不意打ちは勘弁して欲しい。

 だが他人であることはわかっている。

 顔も声も似ていない。

 だから特に動揺する事もない。


『よろしく頼む。私は──……』


 気のせいだ。

 口調が似ているだけ。

 美人顔であるというだけで、彼女とは似ていない。


 彼女はもう死んだ。

 この世には居ない。

 

 隣のスケルトンが、僅かに身動ぎした。


 ……ん、大丈夫。

 少し驚いただけだ。

 想定しておけば、不必要に隙を晒す事だってないさ。


「……勇人さん?」

「……ああ。すぐ行くよ」


 思わず足を止めて考えてしまった。


 訝しんでくる霞ちゃんを誤魔化しつつ、静かに隣を歩くスケルトンと共に一団と合流した。






(この人が……勇者)


 手を握った感触は、まるで祖父と同じ世代の人とは思えなかった。


 肌の体温は低く、まるで死人のよう。

 ゴツゴツとしていた祖父と比べれば線が細く見えたけど、それは間違い。太く重く力強い手で、傷や汚れが無くても歴戦の勇士そのもの。


 いつも映像で浮かべていた笑みが無いと、どことなく冷たい印象を感じさせた。


(……何か粗相をしてしまったか?)


 いつも共に居た雨宮四級もしきりに気にしている。

 

 挨拶をして握手をしたくらい。

 その後雨宮四級に敬語を使わなかったくらいしか気を損なう要因が見当たらない。


(まさか、単純に気に入らない……なんて事はないか)


 彼は勇者だ。

 祖父からその人となり、そして高潔さはよく聞いている。まさか、そんな理由で初見で嫌われる訳が無い。


 ――しかし、教えてやってくれとは。


 確かに前もって雨宮四級を一級相当に育てるという計画は聞いていたが、自分のような一級最底辺に教えを請うなんて。


 九十九一級が教える立場として相応しいかと言われれば確かに微妙だ。


 ……ああ、なるほど。

 だから私が選ばれたのか?

 ある程度実力が近く、雨宮四級が追いかけるにはちょうどいい目標として。


 ――果たして、それだけで一級を二人も用意するだろうか?


(……まあいい。どんな思惑であれ、命じられた通りやるだけだ)


 私は才能が無い側だ。

 九十九のような天才でない限り、確かに教えるのに適しているかもしれない。理論立てて飲み込まなければ成長するのが難しかったから。


「えっと……瀬名さん?」

「っ、ああ。なんだ?」


 勇人さんから視線を外した雨宮四級が並んで話しかけてくる。


 敵意や探るような意図が一切ない純粋な目。

 先程の勇人さんと同じで、私を色眼鏡を通して見ようとしていない、久しく感じていなかった視線だった。


「私、まだまだ全然で。役に立たないかもしれないですが、絶対強くなるので! よろしくお願いします!」

「…………こちらこそ」


 純粋に強さを追い求める目。


 どうしてかわからないけれど。

 その目で見つめられるのが、少し苦手に感じた。

 

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