第85話
空港から有馬くんの家までおよそ一時間。
その間車内で霞ちゃんと瀬奈ちゃんが親睦を深める姿を眺めつつ、時折僕も会話に混ざり顔見知り程度には互いを知った。
分かったことは、瀬名ちゃん、彼女がかなり真面目だって事。
……ていうか。
出会う人が大抵真面目なんだよなぁ。
50年前と比べてどうにもその感覚が強い。
ネットサーフィンしてても思うけど、ネットに書き込んでる人にすら最低限の品位がある。なんていうか、批評や批判はするけど誹謗中傷はしないって感じ。
好き放題言ってる割にはどこか一線引いていて、その一線を超えた人間にはかなり厳しい。
これもアレかな。
一度人類滅亡寸前まで追い込まれたから全体の精神が成長したのだろうか。少なくともモラルに関しては昔と比べ物にならないくらい高くなっている。
いい傾向……と、言えるのか?
誰しもが無自覚に夢を見なくなった、それだけじゃないだろうか。夢を見ることをやめて、現実に耐えることを選んだ。
己の人生を受け入れるしかない、そんな世の中だ。
人によっては退屈で、そんなものクソッタレだと言いたくなる人もいるかもしれない。
ただ、それが必要な情勢だった。
調べていく中で分かった事だけど、かなり強引な手段でモラルそのものに手を加えていたのもわかっている。
良くも悪くもそのお陰で今僕はこうして安全な身分を得て、人の役に立ててるんだ。
ああだこうが言える立場ではない。
詳細な手段や時代推移については頼光くんが別の車に乗っていて話を聞く事は出来ないため、この思考はここで打ち切る。
話を元に戻して瀬奈ちゃんのことだ。
彼女は非常に真面目で勤勉。
霞ちゃんほどダンジョンに全てを注いではいないが、強さを求める部分は似通っている。柚子ちゃんや晴信ちゃんのような立場でありながら彼女らとは比べ物にならない立場と実績があるので、どれだけ努力を重ねてきたかはよくわかる。
一ヶ月近く勉強して知識を蓄えたとはいえ、僕はまだまだ学び始めたばかり。
ダンジョンの知識に関しては教わることも多いだろう。
「そうなると、気になるのはもう一人の方だけど」
九州で僕らは四人で活動することが決まっている。
僕、霞ちゃん、瀬奈ちゃん。
あと一人、広島県を担当する九十九直虎一級だ。
ポテンシャルを秘めた才女で、魔力量は鬼月くんに追い縋るほど、身体能力は頼光くんに匹敵するんじゃないかと言われている。
これだけ聞くと不知火くんレベルじゃないかと期待するんだけど、彼女は彼女で事情があるっぽい。
力の制御がうまく出来なくてまだ一級としては力不足、しかし将来性は抜群で、僕が現れて霞ちゃんを蘇生するまでは一番の有望株だったそうだ。
僕が導くべきは九十九直虎一級の方だね。
元々色んな人が彼女に指導をしたらしいんだけど、どうにも上手くいってなかった。
魔力操作に関しては宝剣くんや不知火くんが。
身体能力も頼光くんや鬼月くんが直接教えたけど駄目で、とりあえず暫く身体が馴染むのを待つことを選んだ。
ふふ、懐かしい話だ。
身体と魔力が言うことを聞かない、よくわかるよ。
生まれながらに魔力を持ち合わせていたし、身体能力も高かった僕だけど、操ることに苦労した事はなかった。
そう、あくまで持ち合わせていたものに関してはね。
後付けで植え付けられたリッチとしての力に関しては、アジャストするのに少し手間取った記憶がある。
「いやあ、楽しみだなぁ」
椅子──やけに品質が良くてフカフカなやつ──に腰を下ろし、背を預け、足を組み、指三本で頬杖を突く。
不知火くんはそう時間がかからず僕の領域に来る。
宝剣くんや鬼月くんも極めてしまえば早いだろう。
御剣くんや桜庭女史が僕らの場所まで来るのはかなり困難だと思うけど決して不可能じゃない。彼らが今の鬼月くんほどの年齢になる頃に辿り着いていても不思議ではないし、それに加えて九十九直虎一級や霞ちゃんにまだ見ぬ若者たちが居る。
頼もしい限りだ。
──コンコンコン。
三度ノックの音が響き、思考を中断し対応する。
「はいはい、誰かな」
立ち上がり扉を開くと、そこには見慣れた渋顔。
「頼光くん。どうしたの?」
「お休み中に申し訳ない。少し、よろしいですかな」
「ああ、いいけど」
頼光くんの服装は50年前と同じ和服。
着物のようにしっかりしたものではなく着流し──ゆるく着れるものだが、金も立場もある人だ。下手なものは着てないだろう。
もっとも、服の品質なんて僕にはわからないんだけれど。
着流しの似合う老人になった頼光くん。
年下の好青年だったのに、成長したなぁ……
「大旦那さま。お出かけですか?」
「ああ。夕食までには戻る」
「かしこまりました、お気をつけて」
廊下を歩いていると、途中で声をかけられる。
三十路は過ぎているだろうか、それくらいの女性だった。
頭を下げてその場を去った女性を見送り、それとなく頼光くんに視線で尋ねると、彼は困った顔で苦笑しながら言った。
「ハウスキーパーですよ。かれこれ十年近く住み込みで働いているので、最早メイドや侍女と言うのが正しい気もしますが」
「ほほう、メイド……」
「おっと、変な想像はしないでいただきたい。儂は自分で掃除すると言っていたのに、忠光の奴が、『父上はもういい年なんだからいつまでも自分で全部やろうとしないでくれ』……などと無礼な事を言ってきてな」
「はっはっは、敬われてるなぁ、爺さん」
「儂は生涯現役だ! ……と、言いたいところですが」
「うん?」
歩きながら、彼は安らかな表情で続ける。
「案外、引退も良いものかと思うようになりました」
「……そっか」
「うむ。子供は見てないところで育ってるんだと、しみじみと感じたからのう」
老人二人、切ない話だ。
寿命の概念が限りなく遠くにある僕とは違い、頼光くんには定命の定め……老衰が目前に迫っている。
今はまだパワフルで現役と比べても遜色ない元気さをしているけれど、ある時を境に急激に衰える事もあり得る。
「おいおい、せっかく帰って来たのにそりゃないぜ。もう少し元気でいてくれよ」
「もちろん死ぬつもりはありはせん。ただまあ、そろそろ託してもいいんじゃないかと思い始めたのです」
託す、ね。
一応50年前にダンジョンに閉じ込められて強制的に託すことを強いられた人間としては、後悔や不安が募るばかりで全く良いことが無かった。
ただそれはやるべきことがまだあって、自分の中で消化できてないから起きた事だ。
頼光くんのようにやるべきことをやって、己の衰えも自覚し、自分の手で世を託す下の世代を育てて来た男とは違う。だからなんと声をかければいいか思い浮かばず、場を取りなすなんでもない微笑みで会話を遮った。
「で、どこまで何をしに? まさか老人二人で仲良くデートするわけじゃあるまいね」
「はっは、嫌でしたか?」
「まだ老後の余生を過ごすには早すぎるさ」
「いいえ。遅すぎるくらいですよ、特にあなたの場合は」
「長い長い余生が待ってるんだ。もう少し働いてからでも悪くない」
エリートとの戦いは僕の宿命でもある。
奴らとの戦いが全ての始まりであり、僕の全て。
これから生きていく上で新たに生きる意味を見出すのはもちろんだが、過去と決別するために必要な戦いなんだ。
それに、50年働き続けた彼らと違って僕は50年間何もしていない。
その苦労の一端でも良いから担ってやらないと。
広い屋敷の廊下を二人談笑しながら歩き続けることおよそ3分。
「ここは……」
てっきり外へいくものだと思っていたから少し驚き足を止めている僕を尻目に、頼光くんは躊躇いなく足を進める。
庭園と呼ぶに相応しく、整えられた芝生と花壇で育てられた色鮮やかな花で飾られた中庭の中心には、一つの墓が立っている。
それは墓と呼ぶには些か大きい。
まるで何かの記念碑のようであり、しかし、それほど大きくない。
目立ちはするが何かの装飾かと思えるそれに近づき、頼光くんはこちらに振り返った。
「元々、ここはただの中庭でした。儂は要らんと申したが、昔は一級探索者という地位に着いていたのは儂と道長くらいのもの……復興の象徴として、当時出来る限りの技術を集約しこの家は出来た」
ありき日の記憶を想起しているのか、彼は目を細めながら言う。
「設計には関わっておらんが、儂が唯一口を出したのがここじゃ」
そして、視線をゆっくりと記念碑のような墓へと向けた。
「
「──……ハハッ、なるほど。ここは僕の墓か」
「正確には四人、全員まとめて名を刻んであります」
僕ら四人だけの共同墓地ってわけだ。
もちろん骨も何もないし、そこには名が刻まれているだけ。
その名前だって正面からは見えないようになっていて、多分、僕らの遺言通り知られないようにひっそりと刻んだんだろう。
「近づいても良いかい?」
「もちろん」
芝生を踏みながら墓へと近付く。
目を凝らすのはなんだかもったいない。
『過去の勇者達、ここに眠る』──よくもまあこれで隠してるつもりだな。
全然隠れてないじゃないか。
ただ、この家に招かれる古い知人は僕らのことを知っていてもおかしくはない。それにかつての動乱を知っている老人の家にある勇者が眠るという墓だ。
亡くなった人を纏めて勇者だと表現していると誤魔化せる気がしてきた。
墓の下側、小さな石板に刻まれた名前を見るために屈んで膝をつき、指をそっと這わせる。
「…………」
家族も、家も亡くした女の子。
モンスターへの復讐心だけが彼女を支えていた。幸か不幸か魔力を持っていて、殺す術を身につけることが出来てしまった。
君に魔力が無ければ、きっと綱基と二人で幸せになれたかもしれない。
そして戦いの道に引き込む判断をしたのは僕ら大人だ。
許してくれとは口が裂けても言えない。
目の前で幼馴染を失った時の慟哭は、今も耳に残っている。
澪の幼馴染で、彼自身はモンスターから直接的な被害を受けたわけではない。それでも幼馴染の澪のために戦いに付いてきた好青年で、気さくで親しみやすい性格をしていた。
君は聡明だった。
僕らの旅路の果てには死があるとわかっていた筈だ。
澪を連れて逃げたって良かった。
僕らとは違い、戦い続ける義務なんてなかった。
放っておけないなんて言葉は、幼馴染のために言ってやれよ。
懐かしい名前だ。
象徴としてわかりやすい名前であるために、そして家族を巻き込まないために僕は苗字を捨てた。そもそも両親とも疎遠だったし、もう名乗ることはないだろう。
勇者である勇人は生きている。
斯波勇人はもう死んでいる。
それでいい。
そして、最後。
この九州の地で死んだ、僕にとって忘れられない大切な人。
富豪の娘で社長令嬢、いずれ会社を継ぐことも決まっていたらしい。要は、安全地帯に逃げ込んでいずれ戦いが終わるのを待つ特権があった。
それでも彼女は戦いを選んだ。
己に闘う力があるからと。
非常時のために我々には特権があるのだと。
僕の価値観は彼女によって塗り替えられ新たなものになった。
君が生きた証がこの世に残っているのかはわからない。
けれど、君が齎した影響は間違いなくこの世にある。
君に出会えたから僕は勇者なんて肩書きを装着することを選んだんだ。
誇ってくれ。
……なんて、ことよりも。
本音を言えば、君には生きていて欲しかった。
でもまあ、君は高潔な人だ。
きっとあの時死ななくても、また違うタイミングで死を選び、僕らの戦いに貢献していたと思う。
それくらい厳しい戦いだった。
誰かを生かそうと出来るほど甘くなかった。
「……………………」
肉も骨も拾うことが出来なかった。
それでも、名前だけでもここで弔ってくれていた。
それで十分じゃないか。
「…………うん。そうだね」
これまで忘れられてなかった君たちは、これから歴史の表舞台に堂々と姿を表せるようになる。
語り継ぐさ、どこまでも、いつまでも。
この話のラストでやるのもアレですが、申し込んでいた第九回カクヨムコンテストにて現代ファンタジー部門特別賞を受賞しました。
それに加え期間中最もコメント付きレビュー数の多い作品に送られる熱狂賞も受賞し、感無量です。
これも全て読者の皆様方が読み応援してくださったからこそ実現出来たことです。
これまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!
そして、これからもどうか拙作をよろしくお願いします……!
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